第十三話 球技大会の練習①
あと一週間で球技大会となった。種目はサッカーだ。体育の授業でもサッカーをするようになったり、放課後に練習したりする人も現れたりと、学校全体がお祭りモードになっていた。
唯一の友達である鳴神はサッカー部なので、一軍に駆り出されていた。
帰路についた俺は一人、のんびりと歩いていた。するとその途中。
「アオー!」
後ろから名前を呼ばれ、立ち止まって振り返る。そこには、こちらに向かって駆け寄る里奈の姿があった。
「おう」
里奈が横に並ぶのを待ってから、また歩きだす。こうして一緒に帰るのは久しぶりな気がする。
「球技大会、楽しみだね」
「まあ」
「咲波ちゃんが絶対勝つ! って張り切っててね。一年だからって舐めてかかってくるだろうから出鼻挫いてやろぜって」
「はは……そうなんだ」
沢渡さんって結構血気盛んなんだな。
「でね、私も迷惑かけたくないから練習したいんだけど……」
里奈はそう言って自嘲的に笑った。
「ほら、咲波ちゃんたちさ、みんな巻き込んで練習しててね……」
里奈が何を言いたいかは分かる。沢渡さんや霧島さんが一軍の男子女子を誘ってガチな雰囲気で練習している中、俺や里奈みたいな運動神経が決して高くはない人間は、混ざっても居心地が悪くなってしまうかも、ということだろう。
「うちにボールがあったと思う。一緒に練習する?」
「うん!」
里奈は満面の笑みで頷いてくれた。俺はその顔を見て思わず笑みをこぼす。
家に着いた俺は、早速物置の中を探ってみた。中々見つからないと色々物をどかしていく。すると、空気の抜けたサッカーボールが出てきた。幸いなことに、近くには空気入れもあった。
ほっと胸を撫で下ろす。早速物置から出て、空気を入れる。その途中で、制服から着替えた里奈がやってきた。
「なんか、昔それでちょこっと遊んだよね」
「うん」
里奈は膝に手をつきながら、俺を見守っていた。今顔を上げたら、目が合うんだろうな。そう思うと、中々顔を上げることはできなかった。
空気を入れ終わり、俺と里奈は数メートル距離を空けた。家の前は、ご近所さんが駐車する時くらいにしか使わない道路なのでよっぽど大丈夫だろうと、このままここで練習することに。
どんな練習をすれば良いかなんて分からない。取り敢えず、授業でやってるようなことをすることにした。
まずはパス練習ということで、ボールを軽く蹴る。すると真っ直ぐに里奈の元までボールが転がっていった。里奈は足元に来るボールを踏みつけるようにしてしっかり止めた。そして蹴るのだが、ボールは勢いよく俺の左の方へ飛んでいく。
俺は急いでボールを取りに行く。危うく、ご近所さんの敷地に入ってしまいそうだった。
「あ、ごめーん!」
やっぱり公園にでも行ったほうが……。
「里奈、公園でやろっか」
「あはは……そうだね」
というわけで家から歩いて五分ほどの場所にある公園にやってきた。
再びパス練習から始める。
「里奈、ボール止める時のコツなんだけどさ――」
俺は鳴神から教わった方法を里奈に教える。足の広い方の面で衝撃を抑えるように止めると次の動きに移れやすいよと。
それとパスを出す時も同様に足の広い面を使うと良いよと教えた。
「本当だー! なんか安定してる気がする!」
「うん、良かった」
里奈が嬉しそうにするものだから、俺も嬉しくなる。それから動きながらパスしてみたりと二十分ほど練習をした。
「なんか私もやれそうな気がしてきたかも」
帰り道、里奈はそんなことを言い出した。
「里奈は極端だな」
「えー、でも最後の方良かったよね?」
「まあな」
「ねえ、明日も練習しよ?」
里奈はそう言って少しだけ前に屈んだ。
「いいよ」
「やった! ありがと」
里奈の肩が俺の肩にぶつかる。不思議と当たった部分が落ち着かなくなるような感覚がした。
「咲波ちゃんと乃絵ちゃん、驚くかなー」
「驚くといいね」
そんな他愛もない会話をしていたら、もう家の前に着いていた。
「じゃあね! また明日!」
「うん、また明日」
里奈が手を振りながら、家に入っていく。俺は扉が閉まるのを確認してから、自宅の扉へと手をかけた。
※
翌日の放課後、俺は里奈と一緒に帰ろうと思い、学校の正門前で待っていた。
少しして、ETALKで『部活終わったー』と連絡があった。
早く来てほしいなーなんて考えながら、校舎の方を見ていると、里奈の姿が目に映った。
その後ろには、沢渡さんと霧島さん、そして神渚くんと周防くんがいた。あと何故か鳴神もいた。
「おまたせー!」
その声に応える様に軽く手を挙げる。みんなと合流すると、沢渡さんが俺の肩をはたいた。思いの外、力が強いような。
俺が少しだけ前によろめいていると、沢渡さんがイタズラな笑みを浮かべた。
「里奈から聞いたけど、練習してるんだって?」
「まあ……少し」
「もー、言ってくれれば良いのに! ねえ?」
そう言って沢渡さんが霧島さんに同意を求めると、霧島さんは「そうだね」と返した。
すると、神渚くんが口を開く。
「どうせだったら、みんなで練習したほうがいいかなって思ってさ!」
そう言って神渚くんは爽やかな笑みを浮かべた。
「で、俺も巻き込まれたわけだ」
鳴神は仕方なしと言いたげに、鼻からため息をこぼす。
「んで、行くよな?」
「うん、行く」
そう答えると、鳴神は安心したような表情を浮かべた。
学校から少し歩いた所に大きめの公園がある。そこで練習しようということになった。ボールは鳴神が家から持ってきてくれるとのことで、俺たちは先に公園に向かっていた。
目の前では里奈が霧島さん、神渚くん、周防くんと会話をしていた。沢渡さんは気を遣ってくれたのか俺の横に並んで会話をしてくれた。
「里奈から聞いたけど、小学校からの仲なんだって?」
「うん」
「へえ。いやーあたしにもいたなー小学校の頃、めちゃ仲良かった子。中学行っても遊ぼうねって約束し合ってたのに、別々の中学行ったら会わなくなっちゃってさー」
「あー、俺も似たようなことあるよ」
「だよねー」
沢渡さんはそう言って笑ってくれた。さすがは一軍女子。俺相手でも気さくにしてくれるなーと思っていると、あっという間に公園に着いた。
数分後には鳴神も合流し、複数人での本格的な練習が始まった。
神渚くん、周防くん、鳴神の三人はサッカー部なだけあり、練習もそれらしいものだった。けど厳しいものではなく、楽しさを優先している感じった。
確かにこの練習の方が良い。頭では分かっている。
だけど、昨日みたいに里奈と二人で練習したかったななんて思いが浮かんでしまった。
そんな自分に嫌悪感を抱いていると。
「ちょっと休憩しよっか」
神渚くんがそう言うと里奈は、「私、飲み物買ってくる! みんなはいる?」と提案した。
「んじゃ――」と各々が里奈に飲み物を頼んだ。
「俺も行くよ」
俺は里奈の横に並び、近くの自販機へ行くことにした。
自販機で飲み物を買いながら、里奈は話しだす。
「みんな上手いねー」
「うん」
「あ、ねえ聞いて! 咲波ちゃんと乃絵ちゃんさー、今日、告白されたんだって!」
「へえ。同じ日にって、すごいね」
「うん。なんか告白した二人は友達同士らしいの」
まあ、あの二人はモテそうだよな。そんなことを考えていると。
「もしかして私も! ってちょっとだけ思っちゃった」
そう言って里奈は自嘲的に笑った。
もしされたらどうする?
そう聞きたかったけど、俺はその言葉を飲み込んだ。
そっか。里奈も誰かに好かれて、誰かと付き合ったりするかもしれないんだよな。
もしそうなったら、もう近くにはいられないのかな。
そう思うと、胸が少し苦しくなった。
ふと里奈の横顔をみる。ずっとこうして近くにいられたら――。
ああ、そうか。俺は里奈のことが――。




