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第十話 なりたい自分

 昨日のことがまだ夢のように感じる。登校し席に着いた俺は、ツリッターにしっかりと残されている、ゆいねこからのダイレクトメッセージを何度も見返していた。


 ふと、視線を斜め前に移すと、里奈が沢渡さん、霧島さんと仲良さそうにスキンシップを取っていた。


 いつにも増して距離感が近いような気がするが……。


 あまり見すぎると気持ち悪がられてしまうかもしれない。そう思った俺は、再びスマートフォンに目をやる。


 すると、バンッと机を思い切り叩かれた。手の甲からなぞる様にして見上げると、そこには邪悪な笑みを浮かべる鳴神がいた。


「よお、随分機嫌が良さそうだな」


「お、おっす」


 何が言いたいかは分かる。俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「あれ、瀧川だよな? 一回目の!」


「あぁ、うん」


「だよなあ〜! 羨ましすぎる! そういえば商店街でゆいねこ見たとか言ってたもんなー! 俺もすぐに思い出せればー!! というか、最近運良すぎだろ!」


 やや暴走気味の鳴神。これはしばらくそっとしておいた方が良さそうだ。そう思った俺はトイレに逃げていった。



 体育の時間。種目はテニスであり、俺は鳴神と組んで打ち合いをしていた。


 しばらくすると、試合が始まり、俺と鳴神の相手は神渚くんと彼の友達の周防すおうみなとくんだった。


 神渚くんは「よろしく!」と爽やかな笑顔で言うと、サーブを打った。


 綺麗なトスアップだなーと感嘆していると、斜め後ろの鳴神は見事に空振りしていた。


 これはテニス部顔負けの実力だ。


 しかし、その次のサーブからは気のせいだろうか、球威が落ちていたような気がした。


 こちらが打ち返すと、また打ち返しやすいところに球を打ってくれている気がする。


 ラリーが続くと、それは楽しいもので、俺は夢中でテニスを楽しんでいた。


 がしかし、俺がフワッとしたボールを打った時だった。周防くんが着地点に駆け寄り、ラケットを大きく振りかぶる。そして勢いのまま振り切ると、球は俺の方へ真っ直ぐに飛んできた。


 ヤバいと思うのも束の間、球は俺の顔面にクリーンヒットした。


「お、おい大丈夫か?!」


「だ、大丈夫」


 周防くんが心配そうな声を出すので、俺は鼻を押さえていた手を挙げる。その手は真っ赤に染まっていた。


 すると駆け寄ってきてくれた神渚くんが先生の方へ顔を向け、声を張った。


「先生! ちょっと瀧川連れて保健室に行きます」


 俺の様子を見て察してくれたのか、先生も心配そうに頷いてくれた。


「瀧川、上向いてろ」


「う、うん」


 俺は神渚くんに手を引かれながら保健室を目指した。



 保健室には先生がいなかった。神渚くんは俺にティッシュの箱を渡すと、棚からガーゼを取り出した。


「悪いな」


「いや、神渚くんが謝ることじゃないよ。というか、周防くんも狙ったわけじゃないと思うし」


「そう言ってくれると嬉しいよ。でも、迷惑かけちゃったな」


 そう言いいながら、神渚くんはガーゼで詰めものを作っては手渡してくれた。


「ありがとう。もう一人で大丈夫」


「うん、ゆっくり戻ってきなよ。もし遅くなっても先生に言っておくからさ」


 神渚くんはそう言って微笑むと、丸椅子から立ち上がった。保健室から出て行く際、また俺の方へ顔を向けると軽く手を挙げる。俺は彼の後ろ姿が見えなくなった後も、ボーッと保健室の出口を見ていた。


 やっぱり、神渚くんはかっこいいな。


 たかが鼻血だ。それに神渚くんが打った球じゃなかったのに、率先して俺を介抱してくれるなんて。


 俺も彼のようになれたら。そんな気持ちが浮いては沈んでいった。



 午後から雨が降ってきた。予報で雨とは知っていたものの、その勢いは中々衰えず、放課後には寧ろ、傘を差して帰るには危険なのではという強さにまでなっていた。


 当然、外で行う部活動はお休み。クラスメイトの多くは家族に電話し、親に迎えに来てくれるようにお願いしていた。里奈は霧島さんの親に一緒に送ってもらうらしい。


 俺は、両親が共働きだからと、雨が止むか、弱まるまで待とうと自席についていた。


 イヤホンを付けて音楽を聞きながら宿題を進めていく。イヤホン越しに聞こえる校舎を叩きつけるような雨音が不思議と集中力を高めてくれていた。



「あの、瀧川くん……?」


「え? あー、結根さん。ごめん聞こえてなかったかも」


 目の前に結根さんが来ていたことに気が付かなかった。恐らく何回か名前を読んでくれていたのだろう。


「ううん、大丈夫」


「良かった。それで、どうしたの?」


 要件を聞くと、結根さんは俺の前の椅子に座った。一言二言で済む内容ではないらしい。


「え、えーっと……昨日、相談してくれたこと……どうだったかなと思って……」


 結根さんは俯きながら、チラチラと上目遣いで俺の様子を窺う。


「あ、お節介だったかな……」


「いや、そんなことないよ。ありがとう! 元気になったよ、友達」


「そ、そうなんだ! 良かったね!」


 結根さんの声色は、まるで自分の友達のように安心したようなものだった。目は前髪で隠れて見えにくいが、確かに笑顔を浮かべてくれていた。


「ありがとう結根さん」


 改めてお礼を言う。すると結根さんは、目を大きく開けると固まってしまった。しかしすぐに、何やら慌てた様子で首を横に振った。


「私は何も……!」


「いや! 結根さんに相談して良かったなって!」


 と結根さんの慌てように、俺は余計なことを言ってしまったのかと慌てふためいてしまう。と、やや収拾がつかない状況になっていると。


「何やってんだ?」


 その声に途端に冷静になった俺は、顔を横に向ける。そこには目を細めた鳴神がいた。


「いや、別に……」


 どう説明すれば良いものか分からず、言葉を濁す。


「まあ、いいや。やることないし、帰りまで暇潰しに付き合ってくれ」


「いいよ」


 俺は机の上の宿題を片付ける。すると、結根さんは椅子を引いた。


「あ、私はこれで……」


 そう言ってバツの悪そうな顔をして、結根さんは自分の席に戻っていった。


「結根と仲良いん?」


 鳴神は声を小さくしてそう聞いた。


「どうだろう。前よりはなれたような? 俺だけがそう思ってるかもだけど」


「ふーん。ていうかさ、昨日のゆいねこのアーカイブ見ようぜ。瀧川のプレイ酷かったもんなー。振り返りだ」


「何だよそれ」


 俺が嫌そうな顔をすると、鳴神はイタズラな笑みを浮かべる。


 動画を見ながら、俺は鳴神から色々な指摘を貰った。するとその話の途中で。


「ゆいねこさー、可愛いけどすっぴんとかヤバそうだよな」


 鳴神は何気なくそう言った。


「ヤバいそうって何だよ。そういうこと言うのは無しだろ」


「いやいや、全く別人だろうなって意味でさ」


「別人か。んー俺は凄いと思うけどな。化粧ってさ、なりたい自分になれる手段の一つだと思うし、なりたい自分があるっていうのは、なんていうか尊敬するよ」


 俺の脳裏に浮かんだのは里奈だった。里奈は、少女漫画のような青春がしたいという理由で自身を変えた。


 理由は何であれ自分を変えるのには、勇気やエネルギーがいると思う。俺は頑張ってる人を尊敬したい。


 だから、里奈を応援すると決めたのだ。


「はあ……よく分かんないけど」


 鳴神はそう言って、スマートフォンに視線を落とした。それから暫くゆいねこの動画を見た後、鳴神は親が迎えに来てくれたとのことで帰っていった。


 まだ雨はやまない。気が付けば、教室に残っているのは数人になっていた。俺はまた、イヤホンを付けて宿題を進めることにした。


 それからは、また随分と集中していたと思う。


 肩を叩かれ、顔を向けると結根さんが微笑んでいた。


「瀧川くん、もう雨止んだよ」


 窓から外を見ると、確かに雨は止んでおり、雲の色も少し明るくなっていた。帰るなら今がチャンスかもしれない。


 再び教室に視線を戻すと、教室内は俺と結根さんだけであることに気付いた。


「ありがとう教えてくれて」


 お礼を言うと結根さんはニコッと笑みを浮かべて頷いた。


 俺は荷物を鞄にまとめ、立ち上がる。すると、結根さんも鞄を取りに行った。


「あの……!」


 鞄を背負った結根さんは俺の元に戻ってくると、何故か声を張った。


「よ、良かったら……下駄箱まで一緒に……」


「うん、帰ろっか」


 教室の電気を消して、俺は結根さんと並んで歩いていく。


 下駄箱までの道の途中、無言の時間の方が長かったような気がしたけど、不思議と気まずくはなかった。

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