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ホプロイのタソス2

気にすべきはその肌の色と服装で、明らかにシャルの者たちとは違う民族であり、クルセウスの知識と照らしても、彼はネーマルに連なる人物なのは間違いなかった。

このクルセウスの判断と同じようなことを、背の高い男も考えていたようだ。確かにクルセウスは顔立ちも肌も服も武器も、シャルだけでなくネーマルとも違う。

「先に問いたい、そなたは何者だ?」

背の高い男が訊いてくる。

(先にそうして欲しかったんだが……まったく)

心の内でぼやきはしたが、その批判は表には出さない。

「この身はアト・アムン圏から来たクルセウス・ケルガシュと申します、貴いお方の護衆(ホブロイ)を務める銀の者です」

「どうやってこの中に入り込んだ?」

「我がアト・アムンのアーテル・クランを用いました」

「下で包囲していた者たちは?」

「殲滅しました。が、1人2人の討ち漏らしはあるかも知れません」

「あの大人数を、どうやって?」

男は唖然としつつも、確認の質問を続ける。

「この身が護衆として下賜されたアーテル・マニエを用いれば、集まっている敵を一掃するのは、そう難しいことではありません」

クルセウスがそう答えると、男は、手にする槍の穂先を地面に向ける。そしてクルセウスの後ろ、ピラミデの麓へ視線を移す。この場所からでも、麓の夥しい死体は確認できる。それが敵か味方も、もちろんタソスの目には見えただろう。

タソスの顔に驚愕と困惑が浮かぶ。だがそれはほんの少しの間のことで、すぐに厳めしい表情に戻った。

「そなたの言うことは本当のようだ」

どうやら、一応の信用はしてくれた様子。

「では、最後の質問だが、そなたは、何故ここに来たのだ?」

「ネーマル圏との通信が途絶えたと我らが王圏の貴き方々が仰せになり、その調査のために参りました。状況によってはネーマルの方々の支えとなるようにと」

「なるほど。これは無礼を働いたようだ、申し訳ない。私はタソスという。君と同じ、貴きお方の護衆だ」

「ここに来るまでの街の様子を考えれば、タソス殿の言動を咎める気にはなれませんよ」

「そう言って貰えると助かる」

こちらへ、とピラミデを登り始めるタソスと名乗った男に、クルセウスは剣を鞘に戻して付いていく。

「失礼を承知でお聞きしますが、タソス殿がお守りする貴きお方のお名前を伺っても宜しいですか?」

暗い中で、先を登るタソスの視線が、すっとクルセウスに刺さった。

「今、御前に向かっている。我が主はネーマルの女王であらせられる」

「そう、ですか」

その女王の名前は答える気がないようだ。そもそも、貴き方々の名前を(しもべ)たる銀の者が、おいそれと口にして良いものではない。

クルセウスはそれを承知で聞いた訳だが、それはいきなり刃を向けて来た意趣返しともいえる。

無礼に対して無礼で返し、『あなたの行動は主の名を汚すものですよ』と伝えた形になる。

ゆえにそれを理解しているタソスからは鋭い視線が返ってきた。

だが、そんな意味の無いやりとりはここまで。

「拝謁を許されるのは願ってもないことです」

タソスとクルセウスは、ピラミデの頂上にたどり着き、そこにある石造りの建物へ足を踏み入れる。

壁に掛けられた松明は数が少ないが、それでも歩みを助けるには十分な明るさがある。

クルセウスが驚いたのは、松明の光が浮かび上がらせる壁の模様だった。浮き彫り彫刻になっているそれは、壁一面にびっしりと刻み込まれており、見ようによっては人間のような、また別の見方では獣のような、不思議な姿が大量に描かれている。彫りはかなり細かく、さらに赤の彩色が鮮やかだ。

アト・アムンの浮き彫り彫刻に比べるとやや粗野な印象は否めないが、その技術の確かさと、彫刻が現しているであろう信仰に対する彫り手の情熱は、一目置くべきものがある。もっとも、専ら剣術のみを磨いてきたクルセウスにそこまでのことは理解できないが。

(主が見たら、三日は動かないだろうな)

そんなことを思い、クルセウスは、こんな時だというのに、ふっと笑みを漏らす。クルセウスの主は、芸術を好み、学問を好む、金の族の中でも一際の変わり者として知られている。

だからこの壁を見れば、魅了され、他のことなどそっちのけになるのは間違いないのだ。

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