首都カプ・ティワ到着
3人を倒して以降、クルセウスの行く手には頻繁にシャルの斥候が姿を見せるようになった。
その全てを倒すことは、時間的にも労力的にも見合わないことから、クルセウスは避けられる戦いは避け、それが出来ない場合にのみ対応した。
敵はどれも最初に遭遇した連中と同じ程度の装備に、同じ程度の技量ばかりだったので、クルセウスが命の危険に晒されるようなことはほとんど無かった。ただしそれも、5、6人までを相手にしているからこそ言えることで、たとえ練度の低い相手でも、10人以上に飛びかかられるようなことになれば、かなりまずい状況になる。
クルセウスは、そんな事態に陥らないようにする策をいくつか心得ている。それに今は強力な権能を貸与されている。つまり『空間跳躍』で距離を取ればよい。これを数回繰り返すだけで、敵は遥か後方となる。
そのように歩みを進めて10日も過ぎた頃、突然森が切れた。
その先には、石組みの建物が並ぶ。
どうやら、目的地、ネーマル圏の首都『カブ・ティワ』に着いたようだった。
だが、街の様相は日常からかけ離れていた。
石造りの家々は崩れていたり、炭で黒くなっていたり。天へと立ち上る多くの煙は、けして食事の準備のための煙ではない。
焼かれたのだ。
誰によって?
シャルの者たち。
そう考えるのが、もっとも辻褄が合う。だがまだ、断定はせず、情報を求めてクルセウスは街へ踏み入れた。
道に倒れる者、壁に背を預ける者、多くの姿があったが、未だ息をしている者は1人としていない。
うっすらと死臭が鼻を突くことから、死後数日は経過しているだろう。
ほとんどが粗雑な武装の、茶色の肌を持つシャルの者たちの死体。だが、その中に違う民族の死体も混ざっていた。
ネーマル人はシャル人より背が高い。さらにその肌は黄土色を薄くしたような色合いで、クルセウスのような白い肌からすれば茶色っぽいが、シャルの者に比べれば白に近い。ゆえに一目でそれと判る。
(数にものを言わせての襲撃か)
石器武器しか持たないシャルの者たちが、どうやってネーマル人を倒していったのか。答えはこの死体の数だ。
正確に数えた訳では無いものの、ネーマル人1人を殺すために、だいたい5、6人のシャルの者が死んでいる。
「正気の沙汰ではない」
これだけの人的損耗を出しながら、栄えたであろうこの街を静寂に落とし込むまで、ネーマル人を根絶やしにすることにどんな意味があるのか。
怨恨か、憎悪か。
それとも狂気か。
シャルの意図が判らない。
ただ1つ言えるのは、これは戦争ではなく、殺戮であるということだ。
クルセウスは周囲を警戒しながら先に進む。最初に遭遇した死体は、死後数日を経過していたが、先に進むにつれて、死体が新しくなっていく。その間、この街で攻防戦が行われたと判じて間違いない。
そして、クルセウスの行く方向の先には、建物の上に突き出るかのように、ピラミデが見えていた。まるで街並みを睥睨するかのような大きさで、その高さは、天を突くと言っても過言ではない。アト・アムン圏でも荘厳な建物を目にしてきたクルセウスだが、これほど巨大な建物は目にした覚えがない。
ピラミデはネーマル圏においては王の生活の場又は王の墓の役割をすると聞いているが、この巨大なピラミデが守るのは、果たして生ける王か。それとも死せる王なのか。
巨大ピラミデの麓の方へ足を向けると、途端にシャルの者達の数が増え始める。
見つからないように近くの建物の中に潜り込み、3階から様子をうかがうと、ピラミデの麓から中腹までは、武器を持つ無数のシャルの者たち、つまりシャルの戦士達によって埋め尽くされていた。
時折その中から、ピラミデの上に向けて粗末な矢が放たれるが、さしたる効果も無いようだ。
その様相は凶暴な戦士蟻が、別種の弱小の蟻の巣を襲っているのにも似ていた。
しかし、気になるのは、彼らが襲っているのがピラミデだということ。そこには王のための贅沢な設備があるのが常だから、もしかするとそれを略奪しようとしているのかも知れないが……。
それにしても数が多過ぎる。
ただ、死者から宝を奪うだけにしては。
何かある。
クルセウスはそう理解した。




