幻獣の王
しぶしぶ、クルセウスは死体を確認する。
シャルの者と思われる男の2つの死体。
武器は磨製石器、服もボロボロで粗末。
他には、何も持っていない。
クルセウスは、それに違和感を覚える。
もし、この3人で旅をしていたのなら、もっと荷物を抱えて居ていなければならない。
だが、そうではない。
軽装で、3人単独で行動が可能な状況……。
それが示す答えは、クルセウスは一つしか知らない。
こいつらは斥候だ。
武器だけを携行していたことからも、それは説得力のある考えといえる。
であるならば、本体が別にいる。
弓持ちも命を獲ったのは正解だった。もしあのまま逃がしていれば、こいつらの本体にクルセウスの存在が伝わる。
そうなれば、3人では済まない数の兵士がクルセウスに向けて送られることになるだろう。それが石製の武器しか持たない連中だったとしても、大人数を相手にするのは面倒だ。森の中では身動きが取りにくいゆえに、アーテルもその真価を発揮しにくいのだ。
(ほう、若い癖にまともな判断が出来るのだな)
「ふん、侮ってもらっては困るな。これでも俺は護衆を務める身だ」
(ほうほうほう、それは、恐れ入った……と言うことにしておいてやろう)
クルセウスは小馬鹿にされた気分になる。
何か言い返してやりたいところだが、ここは抑えるべきだと判断する。
黒豹が気づかせてくれたことは、クルセウスにとって、それだけ重要な情報だったからだ。
「ひとまず、ありがとうと言わせてもらうよ、黒豹殿。おかげでこの先の状況が少し掴めた」
(……)
黒豹は思案しているのか、言葉が返ってこない。どうしたのかと待っていると、
(『カプ・ティワ』に向かうか?)
と、違う話題を振られる。
「そのつもりだ」
(では、この方向へ向かうと良い)
幻獣が頭を向けて方向を指し示す。それは方角で言えば北西方向。
(判った。感謝する、幻獣殿。申しくれたが、俺の名はクルセウス・ケルガシュと言う)
(儂はクアールと呼ばれておる。星が導くなら、また会うこともあるだろう。さらはだ)
クアールと名乗った黒豹は、そう告げて藪の中に消える。
「クアール……?」
独り言でその名を呟いたのは、クルセウスがそれを知っていたからだ。
幻獣の王『クアール』。
金と銀の族を束ねる王が居るように、幻獣にもそれを束ねる王が居る、いや、居た。
幻獣は100年以上は前の戦争で、その数を激減させたと言われる。それゆえ、当時は銅の族と呼ばれた彼らが、現在では、遭遇も稀な幻の獣と呼ばれている。
それ程昔の銅の族の王が、未だに生存しているとも思えないが、もしかすると、代々、名を継承しているのかもしれず、だとすれば、あの黒豹は紛うことなき幻獣の王だろう。
この時のクルセウスは、今後の自分の人生にあの黒豹が関わりを持つなどと、想像すらしていない。
しかし、『運命の輪』は廻る。確実に、そして無情に。
さて。
戦いでは、負けた側の武器や装備を戦利品として奪うのが常だが、このシャルの3人の戦士からは、奪う価値のある物を、クルセウスは見出せなかった。
弓矢くらいはあった方が良いかもしれないが、はっきり言って造りはよくない。それに、その弓矢を持つことは、彼らから奪ったことを意味する。
つまり、仲間を殺した張本人ですと主張しているのと同じ。
これは、積極的敵対を望まないクルセウスには都合が悪い。ゆえにクルセウスは、3人の武器をを持ち出しはしたが、離れた場所で捨てることにした。
戦いの当然の利権を放棄し、武器などを何も奪わないまま放置することも、変な疑念を抱かれる元になりかねないからだ。
(もっとも、シャルの連中が我々と同じ習慣を持っていれば、の話だが)
クルセウスはそう考えざるを得ない。
アト・アムンの末裔たるクルセウスとシャルの人々は、元は同じ民族だったと聞くが、現在では交流は途絶えており、どのように変化しているのかは判らないことが多い。
隣の圏であるネーマルとはその点で交流が続いていた。
(それが1年前から途絶えたからこそ、俺が来たわけだが)
やはり、クアールが言ったように、シャルの連中がここに居ることが、ネーマルからの通信断絶に関わりがあるのだろうか。
おそらく、そうなのだろう。
明確な根拠は無いものの、そう思えてならないクルセウスだった。




