予期せぬ遭遇2
貴人の護衛を務める者として、いささか過剰防衛だった感は否めないと、少しだけ反省する。
しかし、襲ってきたのはこいつらの方だ。
敵の技量を過小評価して、自分がやられるのは、さらに武人として恥ずべきこと。
そう思うことにして自分を納得させる。
(さて、こいつをどうするべきか)
ほんの少しの間、クルセウスは思案する。
しかしその間に、新たな敵が近付いてくることに気付いた。
この者たちの仲間と察し、咄嗟にざわざわと揺れる藪に向かって剣を向けたクルセウス。
しかし、まず、声をかけられる。
(若いの、剣を収めるが良い)
年配の男の声だった。
「?」
いや、聞こえたと表現するのは、正しくはない。と言うのも、その声は耳を通さず直接、頭の中に響いてきたからだ。
「誰だ?」
困惑しながらもクルセウスは、誰何する。
(姿を見せてやろう。だが、驚くのは後回しにすることだ)
ずいぶんと尊大な言い回しだが、クルセウスは、「判った」と答え、とりあえず声の主の言葉を受け入れることにする。
藪から姿を現したのは、一匹の四足獣だった。
それは、毛並みも艶やかな、黒豹。
(この豹が言葉を? まさか)
誰か人が他に居るのかと辺りを見回すが、姿は無い。
(そのまさかだ、若いの。我らの種族に会ったことはないのか)
(考えを読まれた……のか? そんなことが出来るのは……まさか、幻獣?)
(さて。そう呼ばれることもあるな。ところで、若いの、敵の生き残りが逃げているぞ)
ほとんど反射的に、クルセウスは弓持ちが居た方向へ身体ごと向きを変える。すぐ近くに居たはずの弓持ちはすでなそこに居らず、その姿ははるか向こうにあった。木々と生い茂る草に見え隠れする位遠い。
だが、クルセウスにとっては、大きな問題ではない。
敵の姿が見えている、それだけで十分だった。
クルセウスは《イエートス》を起動する。クルセウスの視覚には、遠くにあった弓持ちの身体が、ほんの一瞬で目の前に現れたように見える。そしてその時には既に、構えていた剣が弓持ちの背中から胸にかけて貫いていた。
剣を引き抜くと、派手に血が迸り出る。
命を失った弓持ちの肉体は、草むらの中に倒れ込んだ。
クルセウスは『死』を確認すると、再び《イエートス》で元いた場所に戻った。
黒豹が、それを出迎えてくれる。待っていたからには、話を続けるつもりがあると言うことだ。
「それで? 幻獣が、俺に何か用なのか? この連中の仲間って訳じゃないんだろう?」
クルセウスは、あえて声に出して尋ねた。
(この者らは、強いて言うなら、儂にとっては侵略者だな)
「つまり、敵か」
(そう言うことだ。……話を続ける前に、まずは謝罪しよう。話しかけるタイミングが悪かったようだ)
(そこは素直に謝るんだな……)
と、クルセウスはただ素直に感想を頭の中で考えた。しかし、
(罪や過失を犯したなら、それを謝るのは知性ある者として当然のことではないか?)
と、思考を読まれてやり返されてしまう。
(やりずらいな……)
(ふむ、思考の遮断が出来ておらぬか。仕方ない、そなた、話したいことは声に出すが良かろう。そうすれば、とりあえず会話と思考を分けることはできよう)
「判った」とクルセウスは声に出して続ける。「だけど、思考を読まれていることには変わりないんだよな……」
(それは思考遮断を身に着けておらぬそなたが悪い)
そう返した黒豹が、ニヤリとしたようにクルセウスは思った。
(それで、そなたのようなアト・アムンの者がなぜ、このような所に居る?)
「さすがにバレてるか」
目の前で《エートス》を使って見せているのだ、言い逃れは出来ない。
かと言って、ネーマル圏の様子を窺いに来た、ともさすが明かせない。
もっとも、この幻獣には思考が筒抜けなので、もうバレていることは間違いないのだが。
(ふむ、ネーマルの者たちからの連絡が途絶え、その原因を調べに来たと)
(やっぱり思考を読んでるじゃないか)
(まあ、固いことを言うな。そうだな、そなたの問いの答えが、こやつらの存在だ、と言えば通じるか?)
黒豹はそう言って、クルセウスが倒した死体へ視線を移す。
「どういうことだ?」
(こやつらの装備を、よく見てみると良い)




