壊滅への序章2
「言うのが遅くなったが、今日は、ケイエカにとっては久しぶりの大勝利だ。何しろ、襲ってきた敵を全滅させた訳だからな。それを祝って、ささやかながら祝宴を開くことになっている。功労者の君も参加して欲しい」
タソスは、そう言って厳つい顔に笑顔を浮かべる。
戦争の功労者が讃えられ、何らかの報奨を得るのは、アト・アムンもネーマルも変わらない。そして、これを断るのはかなり失礼に当たることも、また変わらないのだろう。
確かに今回の戦いでは、クルセウスは慢心から危機に陥ったが、それでも第1の褒美を得る資格は十分にある。
「そう言うことでしたら、遠慮なく参加させていただきましょう」
「ああ、そうしてくれ」
準備が出来たら、広場に来てくれと伝えて、タソスは部屋を後にした。
身だしなみを整えて広場に向かうと、そこには焚き火に照らされて、100人は居るだろう多くのネーマル人が、一般の市民も、鎧姿の兵士も、皆が入り混じって笑顔で食事に興じている。
敵に包囲されているのだから、食事は質素な物だろうと想像していたが、そんなことは無く、食べ物はふんだんに用意されていた。
「こっちだ、クルセウス殿!」
と手を振ってくれたのは、兵達を束ねるエーレウス。その大声に、思い思いに過ごしていたネーマル人たちが一斉にクルセウスを見る。
慣れない注目にクルセウスがたじろいでいると、
わあああ、と大きな歓声が起こる。
みな、クルセウスが立役者であることを知っているのだ。
おそらくはエーレウスかファイナキスが皆に教えたのだろう。そのことに気づき、クルセウスは恥ずかしさが込み上げてくる。幸い、顔をの赤さはたき火の光が目立たなくしてくれているが、そのことに気づいていないクルセウスは、顔を隠すように俯いてエーレウスの居る場所に向かった。
エーレウスが見えたさらに先には、セゼール様とイレミア様が、宴の中心からは少し距離をおいた場所にいた。
セゼール様は椅子に座り、その前のテーブルには料理が置かれている。
イレミア様は一歩退いた位置に立って、甲斐甲斐しくセゼール様のお世話をしている。セゼール様のテーブルの横に、槍の石突を地面に付け、直立不動のタソスがいた。
そのタソスから声が掛かり、セゼール様の前に進み出る。
クルセウスが跪くと、セゼール様が言った。
「ここにある食べ物は、全てあなたの為に用意したもの。遠慮せず口にしてください!」
その声には、都カプ・ティワに居たときにはなかった、明るさが宿っていると、クルセウスは聞き取った。
シャル人の襲来を退けたことが嬉しいのだろう。
(いや、違うな)
クルセウスは思う。
(敵を退け、民を守ることが出来たことを、喜んでおられるのだ)
出会って大して経っていないが、クルセウスは、セゼール様という少女王をその様に理解している。
「姫さま、それでは意味が伝わらないのでは?」
少し慌てた様子のイレミア様がセゼール様の耳元に囁くように告げるが、その声はクルセウスにもしっかり聞こえていた。
「そ、それもそうですね。……クルセウス、今日の働きは見事でした。感謝の形としては些少ですが、この食事を与えます」
「ありがとうございます」
「このようなものでしか、気持ちを表せないのは残念ですが……」
セゼール様が残念そうにそう呟く理由は、戦いの報奨が食べ物だけというのは、あまりにも少ないからだ。本来なら、『命を賭した結果が、この程度か!』と報奨を受ける側のやる気を削ぐことに繋がりかねない。
しかしここは、敵に包囲された街。食料は限られる。
クルセウスは、その事情を理解していた。
「今、この場所では、これ以上の報奨は他にそうはないと存じます。謹んでお受けいたします」
ぱあっと、セゼール様の表情が明るくなり、
「では、ここに座って……」
と、クルセウスに、その隣の席を勧めてくる。もちろん、金の族の王の隣に並んで座るなど、出来るはずもない。
「姫様、それは思いとどまりください!」
当然ながら、イレミア様の窘めが入る。
「無礼講と言う訳にはいかないのかしら?」
「ネーマルの者だけならそれもよろしいでしようが、他圏のクルセウス殿にそれを強いるのは、いささか礼儀が不足しましょう」とタソス。
「そうですか……良い考えだと思ったのに」
再びしょんぼりするセゼール様。
その、消沈と高揚を行ったり来たりする様子に、クルセウスは笑いが込み上げてくる。もちろん、表に出さず、口元に浮かんでしまった笑みは掌で隠す。




