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発見と認識

なぜだ?

何故こんなことが起こる?

頭はパニック状態で、精神的動揺に呼応するように心臓が早鐘を打つ。

息苦しい。まるで、全速力で長距離を走った後のよう。

「……」

クルセウスは、目を閉じ、深く深呼吸をする。

戦闘中の動揺や混乱は命取りだ。それゆえ、クルセウスは普段から自分を落ち着かせる方法を身につけていた。

これが、役に立った。

数度、深呼吸すると、落ち着きを取り戻す。

思考が戻ってくると、状況も見えてくる。

これは、先ほどの魔術師の仕業に違いない。こんな異常なことを実現できるとしたら、生き返りを実行できる魔術師しか考えられない。

では

魔術師は、どうやって自分を老人に変えたのか?

思い付くのは、シャル人を迎え撃つより前に幕舎でファイナキスが言っていた、仮説だ。


『『時間(クロノス)』の法術を用いて死体に時間遡行を行えば、その死体は死ぬ以前の状態、つまり生者に戻る……と言うことになります』


では、時間の進行を早めればどうか?

物ならば崩れて消える。

生物ならば、老いて死ぬ。


クルセウスは、ほぼ無意識に、何かに突き動かされるように、両手両足を地面に付けた四つ足の姿で魔術師の死体に近づき、死んでも尚、手から話そうとしない青い破片を手を伸ばす。

死体は強く破片を握りしめていて、力を失った今のクルセウスでは、なかなか奪い取ることができない。

それでも、死体の指を一本一本伸ばし、青い破片、すなわちオレイカルクスを手中にした。

地面に膝をついて上半身を起き上がらせ、青い破片を確認する。

何やら模様が刻まれているが、カプ・ティワで入手し、今はタソスが持っている破片と変わりない。


「こ、これで……」

掠れた声が呟く。

だが、それでどうなる?

クルセウスは我に返る。


『アーテルは金の貴き方々(フュレ・クリュセ)と、その方々から承認された銀の者(フュレ・アルリュグル)にしか扱えないはず』


それはクルセウスが言った言葉であり、同時に事実だ。

このオレイカルクスの破片の本来の保持者はもういない。自分が殺した。

つまり、このオレイカルクスをアーテルとして使いこなせる者はーー、居ない。

そのことを明確に理解し、愕然とする。

皺だらけの腕をだらりと落とし、せっかく手にしたオレイカルクスが手から離れ、地面に転がる。

老人となったクルセウスが、心までも『もはや死を待つのみ』の心境の老人になっていたら、恐らく彼の人生と栄光は、これで終わっただろう。

だが、そうはならなかった。

確かに身体は老い、力を失った。

だが、その心、精神は、変わらず若いままだった。

これこそ、『法術(クランマニエ)』が因果を無視すると言われる所以である。


判りにくいと思った読者のために、簡単に説明しておこう。

時間を人間の意志によって進行させたり、遡行させたりすること自体が、この世の理を超越していることは間違いないが、『法術(クランマニエ)』では、それに加えて、因果の無視が発生する。

人間であれば、長く生きれば知識と経験が増え、精神も成熟し、やがて老成する。

もし、人間の時間を進行させて急激に老いさせ、死に至らしめるのであれば、因果に従うならば、それらも急激に起こらなければならない。

しかし、『時間(クロノス)』の『法術(クランマニエ)』が引き起こす事象は、肉体の老いのみ。

このようなことが起こるのは、この世の時間の流れと、その人間の時間の流れが一時的に切り離されるからだと考えられているが、クルセウスにそんな知識は無く、また、価値は無い。


クルセウスはある意味では自暴自棄、やけっぱちになっていたのかも知れない。

人生はまだこれからの若者である自分が、いきなり老人として生を終えるなどと言うことは許せない。

あってはならない。

私欲ではあるが、当然の感情、欲望に、クルセウスは従う。

この状況を覆す方法は、手にしたオレイカルクスを使う以外にない。


出来るのか?

それは判らない。だが、やるしかない。

その結果、金と銀の族の決まりごとに反することになったとしても。


その考えはある意味では王圏制度への反逆と言える。もちろん、クルセウスにそんな意志も意図も無い。ただ、身体を元に戻したいだけだ。

だが、これが最初の芽となって、クルセウスの人生を左右することになる。

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