異変
全体の指揮を執るエーレウスに、まず先に自分が出ることを告げ、真っ先に前線に出る。
ケイエカの街の外れの方へ向かうと、シャル人はすでに街の中に侵入していた。
前方にいる100人からの兵は全て敵であり、味方を巻き込む可能性は万に一つも無い。
まさに、《ディアライス》を生かすにはうってつけのシチュエーション。
クルセウスは《ディアライス》を鞘から抜き放ち、横に一閃する。
上空から見ることが叶うならば扇状になっている、薄い空間の断絶が発生し、前方のシャル兵達は軒並み、それぞれが、樵に倒された樹木のように、腹からずれ、上半身が地面に落ち、次いで坂半身が倒れる。その時には空間断絶は消え、元に戻っている。
いつも通りの呆気ない戦闘の終わりだ。
クルセウスが《ディアライス》を下賜されてからというもの、戦闘の度に目にして来た光景だ。クルセウスの剣術の腕は、若いながら達人の域に達しつつある。
しかし《ディアライス》を握って以降は、その剣の冴えを披露する機会がやって来ることはついぞ無い。もちろん、《ディアライス》が一閃ですべてを終わらせてしまうからだ。
そのことにクルセウスは不満を覚えることもあるが、任務の達成の為には強い力は持つに越したことはないと考えて、現状に甘んじている部分がある。これは命のやり取りをする戦士としては、贅沢な悩みと言えるだろう。
もっとも、このネーマル圏では、シャル人のお陰で事情が違うわけだが。
どこかに隠れているであろう、オレイカルクスの欠片を所持したシャル人ーー仮に魔術師とクルセウスは呼んでいるがーーが、いま倒した100人を生き返らせるに違いない。
その前に、魔術師を探し出し仕留める必要がある。
クルセウスは、木々の間、藪の中など、動きを注意して観察する。
すると、少し離れたところで、背の高い草ががさりと揺れた。
そこに人の気配を感じたクルセウスは、その草むらに向かって疾走する。すると焦ったのか、そこから人影が躍り出た。
クルセウスは、ニヤリとして、
(やはりな)
と確信する。
隠れていたのは、兵士よりは仕立ての良いだぶだぶの服ーーカプ・ティワで倒した奴と同じーーを着た魔術師だった。
魔術師は姿を見せると、必死の形相で両手を天にかかげる。その手には握られている物があり、オレイカルクスに違いなかった。
クルセウスは、方向修正して、生き返りの術を使おうとしている魔術師に向け剣を向ける。すでに《ディアライス》ならば、刃が届く距離。
迷いなど微塵も見せず、《ディアライス》を振り抜く。
空間断絶が発生し、魔術師も倒れる。これで、生き返りは起こらない。
つまり、戦闘は終了。
そう思った矢先。
クルセウスは、身体の異変を感じ取る。
今まで難なく扱っていた、右手に握る《ディアライス》が異様なほど重い。
そして、今まで経験したこともない身体の怠さと、関節の痛み。
我慢できず、《ディアライス》を地面に落とすが、それでも立っているのが辛く、クルセウスは、膝をつき、手を地面につき、四つん這いになってようやく体勢を維持できた。
まるで、限界まで鍛錬した後のような疲れと虚脱感。こんなことは初めてだった。
先ほどの魔術師が何かしたのか?
(そんな素振りは無かった)
《ディアライス》の使い過ぎか?
(アーテルの使い過ぎによる副作用は、聞いたことがない。それに、もっと使ったこともあったが、こんなことにはならなかった)
だったら、何故?
ふと、地面につく自分の手の甲が目に映る。
それは、クルセウスが記憶しているものとは違っていた。
皺だらけで、しみの浮いた皮膚、それはまるで老人ような……。
驚いて腕を見る。
若々しい筋肉に覆われていた腕は、細く、弛んでいる。
顔を触れてみる。
張りのある頬は痩け、触れる指先が感じ取るのは深く刻まれた皺。
「何なんだ、これは!」
驚いて発した声に驚く。
嗄れた老人の声だ。
もう間違いようがない。
クルセウスの身体は、もう老人のものに変わっていた。




