襲撃
アト・アムン王圏に法術『空間』、ネーマル王圏に『無』が神の業として継承されているように、マ・イオ王圏には『時間』が継承されていた。
上述のように、マ・イオ王圏が滅び、この『法術』は失われたと思われていた。
「『時間』の法術は、因果を無視して時間を戻したり、進めたりすることが出来たそうです。つまり、『時間』の法術を用いて死体に時間遡行を行えば、その死体は死ぬ以前の状態、つまり生者に戻る……と言うことになります」
ファイナキスは、クルセウスが想像もしなかったことを淡々と説明する。
「そんな仕掛けが……。確かに辻褄は、合いますね」
と、エーレウスは、すぐに納得してしまう。
しかし、法具と術具の両方を持つクルセウスには、疑問が浮かんでいた。
「アーテルは金の貴き方々と、その方々から承認された銀の者にしか扱えないはずでは?」
「そうですね、そう言うことになっていると思います」
「そう言うことになっている……ですか」
思わせぶりなファイナキスの言い回しに、クルセウスは眉を寄せる。
(それ以外に何があるというのだ? アーテルは誰もが扱えるものではない。だからこそ、試練を経た者のみが下賜される。そう決まっているではないか)
というのがクルセウスの考えだ。
それに対してファイナキスは、にこりと笑顔を見せ、
「まあ、仮説に過ぎませんけれどね」
と、言い訳のように付け加えた。
エーレウスは腕を組んで黙り込んだ。
ファイナキスが、積極的にクルセウスの説を論駁しなかったので、仮説を信じて良いのか迷いが生じたようだ。だが、すぐに気を取り直す。
「まあ、ともかく、オレイカルクスを持つ敵を率先して潰すように伝達しておこうと思います。ではひとまずは、これにて」
エーレウスは幕舎を出て行った。
「それでは私も」
と、それを追い掛けるようにファイナキスも幕舎を後にした。
夕方、陽が傾き、その光が木の枝と葉の隙間を通して届く時間帯、つまりは様々な物の見え方が、曖昧になる時刻。日本には黄昏(誰そ彼)時という言葉があるが、このの時代には、そんな気の利いた言葉はない。
静寂の夜に向かって、あらゆるものが落ち着きを取り戻そうとしている中、
突然、カンカン、カンカンと木板を叩く音が、ケイエカの中央広場に響き渡る。
それは敵襲の合図。
広場の一角に座っていたクルセウスは立ち上がり、タソスの姿を探す。彼は、セゼール様とイレミア様が休む建物から出てきて、クルセウスを見つけると近付いてきた。
「すまない、クルセウス殿。私は護衆として女王の傍を離れる訳には行かない」
「判りました。私は打って出ましょう」
タソスの判断は同じ護衆として理解できる。万が一、敵に攻め込まれた時を考えれば、手練の者が貴き方々の傍に居る方が安心できる。
だが、そんな心配は杞憂でしかない。
剣の一振りで、二桁の敵を薙ぎはらうクルセウスが前線に出れば、敵がここまで攻めてくることなどあり得ない。
それに、ケイエカの兵士たちも楽が出来るはず。
「ありがたい。よろしくお願いする」
「力を尽くすとお約束しましょう」
そうしてクルセウスとタソスは別れたが、この時のクルセウスに、慢心が無かったと言えば嘘となるだろう。つまりシャル人を舐めてかかっていたと言える。
そのことが、自身を危機に陥れるとは、当然ながらクルセウスには予期できなかった。




