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離れゆく大地にて

小型の船が砂浜に乗り上げると、そこからわらわらと人間が降りてくる。

それぞれに役割が予め決められているのか、彼らは誰ひとり戸惑うことなく、船を砂浜に引き上げ、そこから荷物を運び出す者、荷物を整理する者、周囲を警戒する者などに別れて作業を続ける。

沖には巨大な、しかし帆も煙突もない、甲板にあたる部分は緩やかな曲線を描く白い船が、浮かんでいた。小型の船は上陸艇で、そこから出艇してきたものだ。

上陸艇から最後に姿を現したのは、帯剣せず、マントを羽織る若い男。彼に数人が付き従う。

見たままに貴人とその護衛の集団と判る。

その貴人が、なにゆえにこのような浜辺に上陸したのかは、おいおい語ることになるだろう。

彼は、砂浜を歩き、木陰まで来ると、

「クルセウス」

と男の名前を呼ぶ。

「は、ここに」

貴人の前に跪いたのは、銀色の髪に白い肌、そして青灰色の瞳をした、貴人よりも若い、少年のようなあどけなさの残る若者。護衛の中に居た一人だ。

「クルセウス、しばしお別れだ。君に課せられた任には、心得て居るね?」

クルセウスは、垂れた頭を上げて答える。

「はい、ネーマル王圏の状況視察にございます」

「最悪の事態も考えられる、その時の対処も、判っているね?」

「はい、可能であれば、カロリヌ・クラン・マニエを持ち帰ること」

「そうだ。だが、無理はせず、必ず生きて帰ってくれ。我々の調査は一ヶ月を予定しているが、その時、君が戻らなければ、船を残していく。それを使って、必ず戻ってきてくれ。死は許さない」

「御意にございます」

「では、行ってくれ」

「はっ」

クルセウスと呼ばれた若者は、立ち上がると貴人に一礼し、浜辺から続く森の中に分け入っていく。背には背嚢、腰には二振りの剣、そして首からは鎖に繋いだ小石ほどの大きさの『クラン級のアーテル』を下げて。

貴人はその背後をしばしの間、見送ったがクルセウスが草と葉の中に姿を消すと、自分の仕事に戻る。

「遺跡に向かう準備を急いでくれ」


この時、クルセウスは、この一人旅が、想像よりも過酷でかつその後の自分の人生に大きな影響を及ぼすことになるとは、想像すら出来ずにいた。


『クラン』とは『法』を意味し、『マニエ』とは『術』を意味する。いずれも魔法や魔術のようなものと読者にはご理解いただきたい。

さらには、『法』は『因果』であり、『術』とは『理』である。

最初に『因』が在り、『理』を以て『果』に転じる。ゆえに『因』、『理』、『果』が揃って初めて『世』を成すのが『定』である。

しかし、『法』は『理』を必要とせず、『術』は『因』を必要とせずに『果』を結ぶ。

その意味で、クランはマニエを凌駕する。

そしてアーテルとは、『聖なる物』と言う意味が最も相応しい。

ゆえに『クラン級アーテル』とは、言ってみれば『上級の聖なる物』と言った意味合いになる。


クルセウスが、この『離れゆく大陸』における任務で貸与されたのは、『クラン級アーテル』の《イエートス》。本来、護衛を務めるものに与えられるような物ではない。

だと言うのにそれがクルセウスの手元にあるのは、この任務がとても重要であることを意味しており、また、苦難を必要とするものであることをも意味している。

クルセウス自身は、そう理解し、覚悟を決めていた。

そして、クルセウスに任務に当たって貸与されたアーテルの権能とは『空間跳躍』。訪れた経験のある場所、あるいは目に入る範囲ならば、重量、距離に関係なくそこに到達できる。

ただ、それは権能を最大限引き出した場合のことであって、練度も低く、力も低いクルセウスには、せいぜいが、視界に入る範囲を、自分を含め4人程度の重量分を跳躍できる程度にすぎない。

だがそれでも、今回の任務では重宝することは間違いない。

まったく手入れのされていない原生林の中を、クルセウスは跳躍で距離を稼ぎながら、先に進む。草が大地を埋め尽くし、木々が空を覆い、太陽の光さえわずかに差し込むだけの暗い中を、しかしクルセウスはまったく戸惑うことなく進む。

クルセウスの主人たる貴人が向かうのは、別れた場所から北の方角。

クルセウスはこれに対し、北西を目指すことになる。

溢れ日が失せ、辺りが暗くなると野営をしーーと言っても大きな木に登って太い枝の上に寝転がる程度だ。テントを張るには、大地はあまりも乱雑すぎた。

クルセウスは枝の上で携帯食料を口にする。そして明るくなれば、木を降りて先を急ぐ。

食事以外はまるで原始に戻ったような生活。しかしそれもクルセウスにとってはまったく馴染みのないものではない。

まだ少年の頃、こう言うことは良く行っていたものだ。もっとも、今ほどに草木の生い茂る森ではなかったが。

そんな一人行軍を続けること4日目、クルセウスはようやく、人の気配を感じ取る。

順当に考えて、目的地に近づいていると言える。

だが、クルセウスはいったん、木の陰に隠れ、人の気配をやり過ごしつつ観察する。

この『離れゆく大陸』に住んでいるのは『ネーマル王圏』に属する人々であり、クルセウスが属する『アト・アムン王圏』との仲は悪くはない。ゆえにいきなり敵対的な反応で迎えられることは無いはずだが、用心に越したことはない。

そしてこの配慮は、結果としてクルセウスを救うことになった。

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