マイス・ファッタイスのファイナキス
「セゼール様、」とタソスは口を開いた。「残念ながら、街の破壊状況から察するに、ケイエカの者たちが全員、身を隠して生き延びている、とは考えにくい状況です」
「ですが、カプ・ティワと違って……」と反論を試みようとしたセゼール様は、瓦礫と化した街並みに目を向け、意気消沈する。
「仰る通り、死体はない。ですがそれが死者が居ないことにはなりませぬ。ですが、逆を申せば、これを葬る者たちが居る、と言うことになりましょう。その素性と人数は判りませぬが、少なくともシャルの者たちではないはず」
「ではその者たちを探しましょう!」
セゼール様は一気に生気を取り戻した。
と、そこに。
「誰だ?」
最初に気付いたのはクルセウスだった。
即座に槍を構えるタソス。セゼール様とイレミア様はタソスの背後に隠れ、クルセウスが前衛としてまずは対応する。
「敵意がないなら、姿を見せたらどうだ?」
用心のため、クルセウスは気配の方向へ剣を向ける。
その剣先が指し示す場所、すなわち半壊した建物の影から、姿を見せたのは、黒っぽい長い髪をした若い男。
「敵意はありません、アト・アムンの若き戦士よ」
穏やかな声で告げる男はちゃんとした服を着ていて、見た目もシャルの人間とは違っている。むしろ、ネーマルの人間に近い容貌と出で立ちをしている。
だが、それならそれで、クルセウスには疑問が湧き上がる。
「敵ではないというなら、なぜ隠れてこちらを見ていたのだ?」
クルセウスとしては詰問のつもりだったが、男はニコリと笑みを漏らして答える。
「失礼ながら、目当ての方々なのかを確認させていただいたのです」
「目当てとは、どういう意味か?」
「言葉通り、ここで私が会うはずの方々という意味です。そしてどうやら、あなた方で間違いは無いようです」
「間違いないとして、その後は何とするつもりだ?」とタソス。
「その前に名乗らせていただきましょうか。これまでのご無礼はご容赦ください。私はマイス・ファッタイスの1人でファイナキスと申します。女王にあられましては、ご機嫌麗しゅう存じ上げます」
「「マイス・ファッタイスだと/ですって⁈」」
と声が重なったのはイレミア様とタソス。セゼール様は、小首を傾げて不思議そうにしているが、男が名乗った名称に心当たりは無いようだ。
そして、それはクルセウスも同じ。
説明を求めたいクルセウスに、タソスが目配せと頷きで、『この男は味方だ』と伝えてくれる。
説明は後と言うことだろう。
「アト・アムンの方には馴染みのない名前ですが、『マイス・ファッタイス』とは、巫女の一族である、とお教えすれば、ご理解いただけるかと」
「巫女……」
アト・アムン圏で『巫女』と言えば、フォーリン・フォリス様のことだ。フォリス様はその力で、アト・アムン圏の先行きを予言し、金の族の王に示唆を与える役割を担っている。そして、その身分は金の族に属する。ゆえにクルセウスは言葉を改めて言った。
「なるほど、巫女の一族であられるというなら、敵であるはずがない」
もう一度タソスを見るクルセウス。タソスは無言で頷く。大丈夫だと。
正直なところ、クルセウスは半信半疑だ。『マイス・ファッタイス』を名乗ったからと言って、証拠も無しにその通りだと信じるのは早計ではないのか。
その思いが顔に出ていたのかーークルセウスは上手く隠しているつもりだったがーー、ファイナキスは笑顔のままクルセウスに告げる。
「信用いただけないのもごもっとも。ですので、もし私に不審な言動があれば、即座に切り捨ててくださって構いません、……その、左に吊したのアーテル・マニエで、ね」
「……」
クルセウスは腰の《ディアライス》の柄を触る。
(俺がアーテル持ちだと知って居るってことか)
やはり、気を抜いて良い相手ではない、とクルセウスは思った。
「さて、女王セゼール様、私は預言を成就させるためにここに居ます。私の役目は、皆様を預言に沿って導くことですが、……その前にケイエカを見て回られるでしょう?」
「生き残っている者たちは、居るのですか?」
セゼール様が驚いて聞き返す。
それに対し、ファイナキスは首肯してみせる。
「僅かながら、生き残っている者たちがおります」
「何人ですか?」とイレミア様。
「兵士が約30人、民が約300人と言ったところでしょうか」
「そんなに!」
セゼール様のその声には、喜びの色があった。首都の状況を考えれば、よくそれだけの人数が生き残ったと言える。
しかし、ケイエカの人口はもともと1万弱。そこに700の兵士が駐屯していたことを考えると、生存率は低いと言わざるを得ない。
「では、参りましょう」
ファイナキスは踵を返す。
その後を行くセゼール様とイレミア様。クルセウスとタソスは半歩後ろで、警戒を解かずに従った。




