ケイエカ
「4人同時に超えることはできるか?」とタソス。
「はい、私の能力では4人までが限度ですので。では、失礼ながら、私の身体に触れてください。そして、けして離さないように」
3人はクルセウスの指示に従う。
タソスはクルセウスの肩に手を置き、イレミア様は腕を掴む。
セゼール様は、手を握ってきた。
「……では、参ります」
動揺を隠しつつ、クルセウスは、アーテル《イエートス》を起動した。
瞬時に視界が変わると言っても、今まで居た場所よりピラミデの下の方に移動したに過ぎないが、視界が切り替わるように変わることには相違ない。
まず、近くに敵がいないか、次いで麓の敵の数を確認する。
近くにも麓にも、あるのはクルセウスがここに来るまでに殺した死体だけ。
つまり、生き返った敵はいない。そのことにクルセウスはほっとするが、こんな惨状に慣れていない金の族のお二方は、表情を歪める。
(無理もないことだ……)クルセウスは思う。
「気をしっかりとお持ちなさいませ」と叱咤するタソス。
「しばらく、こんな光景が続きます。私とタソス殿で先導しますので、なるべく見ないようにお願いいたします」
「わかりました」と答えたのはセゼール様の方だった。
死体が累々と横たわる街を抜ける。その間、セゼール様は泣いていた。声を上げるでもなく、ただ、静かに。
前を歩くクルセウスはそれを見てはいない。その涙を拭ってあげることも、していない。
それは銀の族がしてはいけないことだからだ。
街の外れまで来ると、その先に広がるのは森。
「ここから先は、手つかずの森の中となりましょう。クルセウス殿と私で、極力道を作りますが、街を歩くようにはいきませんこと、ご承知ください」
「街道を行くことは出来ないのですか?」
イレミア様は、森に入ることに躊躇いがある様子。
「街道を行けば、歩きやすい分、距離は稼げましょうが、敵兵との遭遇の可能性も高くなります。クルセウス殿のお力をお借りしたとしても、それを払いのけながら進むのは困難かと」
「判りました」と答えたのはセゼール様。「慣れぬ道行きゆえ、足手まといになりましょうが、お願いします、タソス、そしてクルセウス」
「仰せのままに」と答えるタソス。
「微力を尽くします」と、クルセウス答える。
イレミア様は観念したのか、「セゼール様がお決めになられた道を進みます」と答えたが、表情は心配に満ちていた。
ケイエカまでを原生林を通って行く道のりは、ある意味、困難を極めた。
縦横無尽に空間に張り巡らされる蔓や枝を切り払うことは、それほど難儀なことではない。また、クルセウスが持っている方位磁石と、タソスが携行しているネーマル王圏の地図を合わせれば、たとえ原始の森の中でも方角を違えることはない。
問題になったのは、やはり2人の少女が不慣れで、体力がないなことだった。
なにしろ2人とも、街から外に出たことなどほとんど無いという。出たとしても、輿に乗って整備された街道を進んだことがあるだけ。
それが今は道なき道を掻き分けて、徒歩で進まなければならない。
それでもセゼール様は、泣き言1つ言わずに付いてくる。王がそんな様子なので、お付きのイレミア様も、ため息は付くが、弱音は吐かない。
(立派なものだ)とクルセウスは思う。
この道行きは、期限がある訳でも行程がある訳でもない。問題があるとすれば、4人分の食料だが、それもこの豊かな森に頼れば、どうにか調達できる。
つまりは、シャルの兵に出くわさない限り、焦る必要の無い旅だったのだ。ただし、それはクルセウスにとっての話。
ケイエカに希望を求める少女王とその配下の2人にとっては、絶えず焦燥に駆られる道だったことはことは間違いない。
森の中を進むこと六日。タソスの話では、街道を進めば2日と半日の距離らしいが、その倍以上の時間をかけて、一行はケイエカに辿り着いた。
ケイエカは首都と同じく、城壁のない街とのことだったが、森から街に入る時に横切ったのは、明らかに街を囲むようにして作られた丸太の柵、その残骸だった。
シャルの攻撃を受け止めるために急遽建てられたもののようで、タソスはその存在を知らないとのことだった。
街の中は、首都カプ・ティワと、それほど変わりがない惨状だった。
破壊された家屋、瓦礫が歩みを妨げる道。
違いがあるとすれば。
「死体がないですね……」
「では、もしかすると……」
セゼール様は期待に瞳を輝かせる。死体が無いと言うことは、皆が生きている、そう考えたのだろう。だが、現実はそこまで甘くない。
苦い現実というものを、どうやってショックを少なく伝えるべきか。
クルセウスがちらりとタソスを見ると、彼は頷いてみせる。これは自分の領分であり、責務である、ということらしい。




