逃避行の始まり〜ケイエカへ
二剣のクルセウスに対して、タソスが携えているのは槍、それも短槍と呼ばれる種類のものだ。一般的な槍と比較して取り扱いが容易いが、その分リーチは短い。しかしこれから森の中に分け入ることを考えれば、剣をよりも取り回しは容易だろう。
そう言えば、初めて会った時にもタソスは槍を携行していたので、もともと槍使いなのかも知れない。
さて、それはそれとして、クルセウスには、ここを発つ前に確認しなければならないことがあった。
「セゼール様、イレミア様、これから向かう先に、当てはあるでしょうか?」
これは、クルセウスが敢えて今まで訊かずにおいたことだ。まずはここから連れ出すことが重要だったからだ。もちろん、行く当てがあるなら、そちらにお連れする。
無いというなら、アト・アムンへお連れする。
これが主人であるアルグレオス・エブレイから申し渡された指示だ。
「無い、です」
つらそうな表情で、セゼール様が答える。
「おつらいことをお聞きしてしまい、申し訳ございません。ですが、これからのことを考えますと……」
「判っています」
クルセウスに最後まで言わせないように、セゼール様がそう言った。それはクルセウスの言葉を遮るのが目的ではなく、逆に自分に言い聞かせるのが目的のようだった。
そこに案を出したのはタソス。
「それでは、ひとまずケイエカに向かうのはいかがでしょうか」
「それは、街の名前ですか?」
聞き覚えのない名前にクルセウスが聞き返す。
「その通り。ケイエカはネーマル王圏ではカプ・ティワに次ぐ大きな都市であり、兵団が常駐している。ケイエカでネーマルの残存する兵力を集めてはいかがでしょう?」
「……」
クルセウスは何も答えなかった。
なぜなら。首都であるこのカプ・ティワにも兵団が居なかったはずがない。にもかかわらず、この惨状なのだ。
ケイエカの兵団がどれほど大規模且つ強兵だったとしても、軍隊として機能するほどの人数が残っているかは疑問がある。
しかし、それを告げてしまえば、希望も共に消える。
その失望感を、まだ幼い女王に抱かせたいとは、クルセウスは思わなかった。
クルセウスの目的(セゼール様にアト・アムンにお出でいただくこと)を考えれば、実は希望は失った方が良いのかもしれない。
だが、それでも、少女王の心を傷つけるような手段を用いることは、クルセウスにはできなかった。
もっとも、ケイエカがカプ・ティワと同じ惨状となっていれば、失望どころが絶望を抱かせることに繋がるのだが……自身も未だ若いクルセウスは、そのことに気付けてはいなかった。
「それでは、ケイエカへ向かいましょう」
クルセウスが促す。
「判りました」
マント姿のセゼール様が玉座から立ち上がり、歩き始める。イレミア様がそれに続き、さらにタソスとクルセウスがそれに従う。
こうして、逃避行が、始まった。
最初の関門は、ピラミデの中腹にある、白い帯状のアーテル。
これはタソスが設置したものとのことだったが。
「タソス殿。このアーテルの解除をお願いしたい」
クルセウスはアト・アムンの感覚で依頼する。しかしタソスは首を振った。
「このアーテル・マニエは、一度使ってしまえば、止めることも動かすことも出来ない。ゆえにクルセウス殿のアーテルを頼らせていただきたいのだ」
「そう言うことなら……」
と応諾しながら、クルセウスは心中では驚いていた。
『設置型の使い捨てのアーテル』ーーそんなものがあると言うことが、アト・アムン圏の感覚では理解できなかったからだ。
アーテルは金の族の方々が用いるものであり、護衆には下賜されるもの。つまり、貴重かつ丁重な扱いが必要なもの、というのがクルセウスの理解だ。
だがその事に触れないでおくことにする。他圏の事情に興味本位で触れるのは良い結果を生まないし、……おそらく、説明されても難しくて理解できないだろうから。




