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ネーマルの女王2

金の族は下の者に接する時は、こういう顔の一部を隠す仮面を着けることになっている。仕来りとしてそうなっているだけで、クルセウスはその理由を知らない。

その仕来りを、女王は自ら破った。

つまり、クルセウスにとってはの目前で、仮面を取って見せたのである。

すると、仮面の下から、美しくも可愛らしい(かんばせ)が現れる。幼さを感じさせる頬、僅かに口元に浮かべる微笑み。

女王が、クルセウスに視線を移すと、クルセウスはそれに魅入られたように見とれた。

碧の瞳が美しい……。

クルセウスは、その瞳に吸い込まれそうな感覚に囚われる。例えるなら澄んだ川の緩やかな流れが、きらきらと陽の光を反射するような。

(おっと……)

と、クルセウスは思考を切り替える。

たとえ頭の中だけであっても、金の族の女王をただの女性のように評価するのは不敬にも程がある。金の族の方々は、下の者の思考を読めるなどと言う話もあるので尚更だ。

それに今は、感情に浸っている場合でも無い。

クルセウスはさっと様子を窺うが、女王も代弁役の女も、気分を害した様子は無い。思考は読まれていないと判断し、クルセウスは、ほっとして口を開いた。

「ネーマルの女王よ、まずは現状をお教えください、さすれば、アト・アムンより援軍を呼ぶことも可能でしょう」

希望を持たせる意味も込めて、クルセウスは提案する。

しかし女王は、ふるふると、愛らしく首を振って見せた。

「今から海を越えて援軍を呼んでも、間に合わないでしょう」

「しかしこのままと言う訳には……」

と返すクルセウスに答えたのは代弁役の女だった。

「手遅れなのですよ、クルセウス殿。もはや、ネーマルの生き残りは、我々のみ!」

「……は」

息を吐くような声だけが、クルセウスの口から吐かれた。

彼女の言葉は、言葉を紡げなくなるほどに驚きだった。

(一万人は居たであろうネーマルの民が、女王とその側近を残して……全滅した、だと?)

シャル族の攻勢が苛烈だったことは、都市の中を見てきたクルセウスにも判る。だが、だからと言って全滅?

「逃げ延びたものは居るだろうが、探す手立ても、連絡を取る術も、もう無い」とタソス。

クルセウスは、視線を床に向け、考えを巡らせる。

これは、想定していた幾つかの状況の中でも最悪のケース。

だが、主人の命令を遂行するには、逆に好機とも理解できる。

「女王にお聞きします。今後、皆様は、どうなさるおつもりなのか」

女王は黙り込む。

クルセウスよりも年下で、おそらくはこの数ヶ月以内に王位を継いだばかりの彼女には、この質問は荷が重すぎる。なぜなら。

自分が生き残るためには、この街を捨てるしかない。

しかしそれは、王としての責務を放棄することであり、さらには王の立場を捨てると言う意味にもなる。

一方で、この女王にとって、責務を果たすべき民は、もはやここに居る2人しか残されていない。ゆえに責務を放棄しても問題はないとも理解できる。だが、2人だけでも存在するなら、責務を果たすべきと考えるかもしれない。

その選択は、どちらを選んでも女王にとっては苦悩に満ちた選択になるだろう。

だが、クルセウスは立場上、訊かない訳には行かなかった。

助け船となったのはタソスだった。

「幸いにもピラミデの麓に集まっていたシャル族は、彼が一掃しています。さらに無のアーテルを超える術も彼にはあります。ここから動くのは、今が好機かと」

「そなたが敷いた、アーテル・マニエは何とする?」と代弁役の女。

「私が賜ったアーテルは、一度設置してしまえば、それきり動かすことは叶いません。そのまま置いていくしかございません」

「……そう、であったな」

「では、参りましょう」

女王は、案外あっさりと決断する。

「ですが、生き残っている民が居るなら、助けたいのも確かなことです。アト・アムンのクルセウス、それは可能ですか?」

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