ネーマルの女王
さて、そんな芸術性の高い壁の廊下を進むと、やがて広間への入口が姿を見せる。
「ここで待たれよ」
タソスはそう言いおいて、広間に入って行った。
彼の主たるネーマルの女王に、クルセウスのことを説明しに行っているのだろう。これが金の族の貴き方々に拝謁するのに必要な手順であることは、アト・アムンでも変わりない。貴き方々が銀の族の前に姿を見せるには、仕来りがあるためだ。
今はそんな判りきったことは、脇に置いて。
クルセウスは、タソスとの会話の中では触れずにおいたことを、想起していた。
タソスは自分の主をネーマルの女王と呼んだ。
だが、クルセウスの持つ情報では、現在のネーマルの頂点は、王。男性のはずである。
いつ代替わりがあったのか。
いや、代替わりではなく、このシャルの者たちとの騒乱で、王は血を落とし、代わりに女性が女王に立った……、そう考えるべきではないか。
だとすれば、シャルの魔の手はネーマルの王族にまで及んでいることになり、それが意味することはーーネーマルの生き残りはほとんど残っていない、ということだ。
それは、タソスのような護衆が自ら見張りに出ていることからも、察することが出来る。それにそもそも、首都たるこの街がこの惨状なのだ。
(最悪、このピラミデに逃げ込んだネーマル人が最後の生き残り……なんていう展開もあるか)
クルセウスとしては、そうではないことを望むが、状況は残念ながら、そうであることを示している。
(となると、主が言っていた、二番目の想定を元に行動する必要があるな)
その時、タソスが戻って来た。
「女王が、お会いになられる」
「ありがたき幸せ」
クルセウスは、仕来り通りの台詞で返す。
頭の中では、目的を切り替えて、上の御前に進むことにした。
貴き方々前に出るには、顔を上げてはならない。このため、顔は床に向け、額に組んだ両手を当てて、足音を立てずに前に進まねばならない。
それがアト・アムンの仕来りだが、ネーマルのそれも、かけ離れたものではあるまい。
クルセウスは、その仕来り通りに、女王の前に進み出で、両膝をつき、跪く。許可が出ない限り、この姿勢を崩すことは出来ない。
そして許可が出るかどうかは、女王の気分次第。
「口上を許す」
と、女性の声。これは女王の意志を代わって告げる役目の者の声だろう。
「わたしは、アト・アムン圏北方守護族ケルガシュが族長イレニオスが息子、名をクルセウスと申します。我が主たるアルグレオス・エブレイ様の命を受け、この場に参りました」
少しの間があり、この間に女王から代弁役の女が言葉を聞いている。
「アルグレオス殿の命とは?」
「3か月ほど前からネーマル圏との通信が途絶しているとの情報があり、その理由を調査することが、我が主の命でございます」
「その方、1人だけでか? 援軍ではなく?」
「現状、わたしめ1人だけでございます。首都がこのような状況とは……想像出来ず……」
ため息と共に意気消沈した雰囲気が、玉座の方から漂ってきた。
だが、それも仕方あるまい。この惨状で別の王圏の者が参じれば、それは援軍の先触れと考えたくもなるというもの。
その気持ちは、クルセウスにも理解できる。だが、あまりに残念がられてしまうと、まるで自分が役立たずと思われているように感じてしまう。
「女王よ、発言をお許しください」
それはタソスだった。
「許す」
と代弁役の女。
「このクルセウスは、麓のシャル共をすべて亡き者とし、かつわたしが張り巡らせた『アーテル・マニエ』を超えてここまで来ております。実力はまさしく一騎当千と言えるでしょう」
「……つまり、タソスが迎え入れたのではなく?」
代弁役の女が、女王の言葉を待たずに聞き返す。
「仰せの通り」
「そのようなことが……」
「できるでしょう」とそれまで聞こえていなかった女の声がする。まだ若いというより、幼さの残る少女のものだ。
「姫様、いえ、女王!」
「ここに居るのは、もうこの3人だけ、格式を気にしても仕方ないと思います」
「我が女王の仰せのままに」
「アト・アムンのクルセウス・ケルガシュ、直答を許します。顔を上げてください」
ようやくお許しが出て、クルセウスは顔を上げる。
玉座に座っていたのは、声から想像したとおりの少女。クルセウスより1つ2つ年下と言ったところか。茶色の髪は王族としては珍しく短い。そして口を覆う白い仮面。




