鍵の音
ベッドで泣くわしを智也は抱き締めて、不埒なことをしたと謝ってくれた。そして、吉川君とメルアドの交換はしたけどもう会わないようにするのだとわしに請け合ってくれた。それから、相変わらず毎晩のようにやってきても、吉川君の話は出さずに、それぞれの一日の出来事を語り合って、致し合って、一緒に風呂へ入りに行って同年代の男の子を眺め、狭いベッドに二人で寝て、翌朝、智也を送り出してから自分の授業へ向かうという平穏な日々が続いた。吉川君には悪いが、それがいい刺激になったのかもしれないと心のどこかで思い始めていた頃に、智也が、吉川君から届いたメールをわしに見せてきた。
「もう会ってくれないの?鍵を閉める音が聞こえてくるたびにしんどいよ」という文面を見せられたわしは智也にどうするのか尋ねた。困惑しながらも、けりをつけないと言って吉川君の部屋へ行く智也を、わしは不安な気持ちで送り出し、目が滑って内容が入って来ないままに小説を騙し騙し読み進めた。小一時間程度して部屋に戻ってきた智也を迎え、事に及んで、一緒に寝たが、わしは安心していいのかよくわからないまま智也に抱かれ、そもそも自分は智也にとって一体どういう存在なのだろうか、そして、吉川君はどんな形で納得してくれたのだろうかと考えながら、扉の周りの白い輪郭を眺めていた。
やがて、吉川君は、廊下ですれ違っても、気まずい顔をするようになった。智也は、わしに清水翔太のおすすめプレイリストを渡してくれ、その流れで、仙台のライブへとわしを誘ってくれた。初めて二人で旅行をすることになり、浮かれてしまったわしは、会場近くの地下トンネルをくぐる際に、人混みに乗じて智也の手を握ろうとした。すると、智也はそれに対して激しく反発し、その後、ホテルに戻って、「人前で手を握ろうとするのはやめよ。そもそも俺は、いつかは結婚したいから、彼氏とかそういうのはなしにしようや」と突き放してきた。わしは何が正しいのかわからずに「ごめん」とだけ返した。