暗い部屋に落ち着く
暗い部屋に帰ってくるのが、こんなにホッとすることとは思わなかった。春からわしは大学の一回生。六畳ほどの自分だけの城には、元からある机と本棚、窓際のシングルベッドの他に、親が買ってくれた小さな白い冷蔵庫と炊飯器に、白くてピカピカのダイナブック。十三駅と書いてあるのをなんと読むのか分からないまま、地元福岡からはるばる受験し、なんとなく受かり、なんとなく寮に移り住むことが決まって、引っ越し作業が済んで母を駅まで送り出し、なんとなく近くのスーパーを独りで見て回った後に、誰もいない、すでに夕闇に沈みきった自分だけの部屋というものに、わしは初めて入った。
向かって左の部屋には眼鏡の優しそうなひと、右の部屋にはガタイのいい寡黙そうなお兄さんが住んでいた。それから、フロアの端と端にわしと同じ一回生が入っているということをフロア内での集まりで知った。廊下の一番右の部屋に住む人は親しげに接してくれたが、左端の部屋の吉川君は無口で、どうにも話が通じないような感じだった。後に、わしと同じ九州の出身だということを知ることになるのだが、このときはひとまず、形だけよろしくといった感じの浅いつながりだけを作って、わしの城へと帰った。なにとまれ同い年の子が同じフロアに二人もいるのだということにホッと安心しながら。
部屋にあった古いスチール書架には、まだ何も本は入れられていなくて、実家から持ってきていた青くて細いCDプレイヤーをとりあえず中段に置き、柴田淳のアルバム「ひとり」をかけながら、軋むベッドに仰向けで寝転がり、疲れた心とからだを、四階の窓から入り込む見知らぬ夜風へとさらしてみた。灰色のいかにも安い天井と、くすんだベージュ系の長方形が細かく並ぶ壁紙。見慣れない狭い部屋の中にわしの馴染みの曲が当たり前のように流れている。食事なんかで中断させられることなく、ひとりの時間を独り占めできる幸せ。しかし、そういえば男子寮の風呂というのは、一体どういう感じなのだろう。