カフェバー「ムーンサイド」~犬と少女編~
カフェバー「ムーンサイド」でバイトをしている俺の最大の楽しみは、料理上手な店長が作ってくれるまかない飯だ。ランチタイム終了後には昼ご飯を、バータイム終了後には夜ご飯を、田舎から出て来て一人暮らしの俺のため、カフェメニューにはない家庭的な料理を出してくれる。
しかし今日、お昼のランチ営業を終えた俺の前に出されたのは――…
「お白湯…」
お白湯生活ももう三日目、しかし決して慣れることはできない。
俺は健康志向でもないし、腸内美人を目指してデトックスしてるわけでもない。苦々しい表情でお白湯をすすった。
俺が三日間のお白湯生活を強いられるはめになった経緯は、前作『カフェバー「ムーンサイド」~絵馬編~』を見てくれ。
「今夜からやっと食べられるね」
「そうなんです!今夜は唐揚げかカレーが食べたいです!店長!」
俺が自分からまかないメニューをおねだりするなんて初めてだが、今日くらいは許されるはず。しかし店長はちょっと困ったように微笑んで首を傾げた。
「久しぶりの固形物だし、いきなり唐揚げやカレーは胃が受け付けないんじゃないかな…今夜はお粥にしといた方がいいと思うよ」
「えぇぇえ~っ!?」
やっと好きな物を好きなだけ食べられると思ったのに…辛い。ガックリと項垂れた俺に、店長の声が振ってくる。
「今日は祓いの仕事の依頼があるんだ。これから出かけるけど、都築くんは三日もまともに食べてないし辛かったらお留守番しててもいいよ」
「祓いの仕事っ!?いきます!!」
契約上、祓いの仕事は時給が倍なのだ。苦学生の俺は、時給倍チャンスを逃すわけにはいかない。俺は残っていた白湯をグイッと飲み干し、張り切ってランチ営業の後片付けに取り掛かった。
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「ポルターガイストって、えーっと…物が勝手に動いたり、誰もいないのに音がしたりってやつですよね」
「うん、ドイツ語で『騒々しい霊』って意味だよ」
それがこの家で起こってるのか。
俺は店長と共に一軒の家の前に立っていた。表札には『八伏』と書いてある。大きな白い壁に囲まれ、門構えも洋風でオサレだ。門の外からでも分かるくらい庭も広く、まさに豪邸。
呼び鈴を鳴らすとすぐに一人の女性が出て来た。淡い水色のワンピースが上品なその人が今回の依頼主らしい。店長と軽く挨拶を交わした女性は、この家の主婦で八伏弥生と名乗った。俺たちを中へと招き入れてくれる。門から建物までほんの数メートルだが、大きな花壇が目を引く素敵な前庭だった。弥生さんが手入れしているのだろう。
小さな女の子が花壇の横に立っているのに気づく。娘さんかな。小学校低学年くらいか、ピンクのワンピースが良く似合っている。俺が二ッと笑って手を振ると、女の子はちょっと恥ずかしそうに小さく手を振り返してくれた。話しかけてみようかな。
「こんにちは。お花見てたの?」
「うん」
女の子は小さな声だが、はっきりと返事してくれる。かわいい。
「俺は都築、君のお名前は?」
「さつき」
「さつきちゃんかぁ、よろしくね」
さつきちゃんと話し込んでいる俺の背中に店長の声が飛んでくる。
「都築くん、中へ入るよ」
「あ、はーい!」
俺はさつきちゃんに「またね」と笑って、店長の後を追い建物の中へと入った。
屋敷の外観はかなりの豪邸だったが、中はさらに凄かった。大きな吹き抜けの玄関ホールには高そうな調度品が飾ってあり、案内されたリビングはとにかく広く、ふかふか絨毯や暖炉、大きなソファセットなどなど…絵に描いたようなお金持ちの家だった。
「ん?」
リビングには一人の男性がいた。肩くらいありそうな金髪を一つに縛り、彫りの深い顔立ちにブルーグレーの瞳。北欧系のワイルドイケメン。八伏さんちの家族ではなさそうだ。弥生さんが男性と店長の間に入るようにして紹介する。
「尾張さん、こちらはカトリック教会から来て下さったエクソシストの方です。今回の件を調べて対応を検討して下さっています」
「俺はアレクシス・ナインハート。アレクと呼んでくれ。噂の尾張に会えるなんて光栄だ」
お、流暢な日本語。
店長はソツのない笑顔を浮かべる。あー、あれは営業スマイルだ。それにしても、カトリック教会で流れてる「店長に関する噂」ってのが気になる。
「尾張です、よろしく。こちらはアシスタントの都築」
「よろしくお願いします!」
前に店長から「エクソシストは司祭以上でないとなれない」と教わったのを思い出す。偉い人なのだ。失礼のないように俺は深々と頭を下げた。
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俺と店長は屋敷内を一通り案内してもらいながら、弥生さんとアレクさんから詳しい説明を受けた。ご主人は海外勤務のため、一年ほど前からこの屋敷は母娘の二人暮らしとのこと。異変が起き始めたのは一ヶ月くらい前からで、突然壁や床を叩くような音がしたり、勝手に物が移動したりするらしい。いかにもなポルターガイスト現象だ。それは屋敷中のどこでも起こるが、特に二階の子供部屋が酷いという。さつきちゃんの部屋だな。
「そういった現象が起こるきっかけになるような何か、心当たりはありませんか?」
二階への階段を上りながら質問する店長に、弥生さんは悲し気に少し俯いた。
「さつきが可愛がっていた犬のバロンが病気で亡くなったんです。おかしなことが起こり出したのは、それからです」
バロンはさつきちゃんの傍から離れたくなくて、遊び足りなくて、霊となって戻って来てしまったのだろうか。仲良しだったんだろうな…何だか悲しい。
階段を上りきると、弥生さんは一番手前のドアを開く。そこは子供部屋だった。花柄ピンクの壁紙に、レースのカーテン、そして白を基調とした可愛い家具。しかし、床には玩具や本が散乱し、ベッドや勉強机は傾き、椅子が床に転がっていた。やり過ぎだ、バロン!!
「これが…――ポルターガイスト?ひどい」
きちんとお片付けしてないなんてレベルじゃない、家具までひっくり返っているのだ。ベッドや机まで動かすなんて、弥生さんやさつきちゃんの力では絶対に無理だ。店長は散らばっている玩具や本を踏まないように気を付けて部屋の中央へと向かい、ぐるりと周囲を見回した。
「確かに…動物霊の気配がする。バロンの可能性が高いと思うけど、これならアレクが除霊できるんじゃないかな」
「俺もそう思ったんだが、何故か除霊できないんだ。何度やっても失敗する。俺じゃダメだってことで、尾張に支援要請が行ったわけだ」
「うーん…、アレクが手こずるような霊とは思えない。不思議だな」
店長は、動物霊としてのバロンの強さとアレクさんの力量の両方を把握しているようだ。
「アレク、ちょっと除霊してみて」
「分かった」
あっさりOKするアレクさんに俺は驚いた。えっ?そんな簡単に?俺が映画で見たエクソシストは、除霊とか悪魔祓いとか、めちゃくちゃ準備大変そうだったのに…。
アレクさんはポケットから小さな黒い本を取り出した。皮の表紙に十字架の刻印がしてある。聖書ってやつだな。続いて小さな瓶を取り出すと蓋を外し、中の液体を振り撒く。しかし魔法陣を書いたりとか、そういう派手なことはしないようだ。映画で見たより、ずっと地味なものだった。
聖書の言葉を読み上げ、呪文のような文言を唱えるアレクさん。店長は動物霊の気配を探っているのだろうか、周囲に視線を走らせていた。
「終わり」
え?もう?アレクさんの言葉に俺は目を瞬かせた。
水撒いて、聖書読んで、呪文唱えただけ。本当に地味だった。ちょっとでも俺に霊感があれば、アレクさんから立ち昇るオーラが見えたり、水がキラキラ輝いて見えたりしたのだろうか。
「除霊できてないね。今ので祓えないなんて、何故だろう」
店長は腕を組んで考え込んでしまった。さすがに何でもお見通しってわけじゃないんだな。弥生さんが床に散らばる本や玩具を拾いだしたので、俺も手伝うことにした。ヌイグルミなどを玩具箱へ入れてゆく。その時――…
「きゃぁああああっ!」
女の子の悲鳴が響く。さつきちゃんの声だ!店長とアレクさんが間髪入れずに部屋から飛び出した。俺と弥生さんも急いで後を追う。
「さつき、大丈夫っ?」
半分悲鳴のような弥生さんの声が玄関ホールに響く。
さつきちゃんは玄関のドアを入ってすぐの場所にしゃがみ込んでいた。店長とアレクさんが、さつきちゃんの傍で周囲に鋭い視線を走らせる。俺と弥生さんもさつきちゃんに駆け寄った。
「――…っ!!」
俺は目を疑った。泣きじゃくるさつきちゃんの右手の平に、大きな傷ができている。血が流れ、床へと滴り落ちた。
「止血しないと!弥生さん、タオルと救急箱を!!」
「はいっ!」
パニック状態で立ち尽くしていた弥生さんは、俺の言葉に慌てて走り出した。
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「落ち着いた?」
「うん」
さつきちゃんの手の包帯が痛々しい。
出血の割に傷は深くなく、病院には行かずリビングで手当てをすることになったのだ。俺と弥生さんは、さつきちゃんを間に挟むようにしてソファに座っている。弥生さんが手当てをしている間、俺はさつきちゃんの背中をさすっていた。さつきちゃんは泣き止んではいるが不安そうだ。店長はソファに腰かけて何やら考え込んでいる。アレクさんは心配そうに、さつきちゃんの手当の様子を見守っていた。
「今までもさつきちゃんが怪我をしたことはあったが、ここまで酷いのは初めてだ」
アレクさんも訳が分からないといった様子だ。俺は、言っていいものかほんの少し迷ってから口を開いた。
「動物霊はバロンじゃないと思います。バロンだったら、さつきちゃんに怪我なんかさせるわけない」
全員が一斉に俺を見た。え、俺そんなおかしなこと言ったか?
「ここに居る動物霊はバロンだ。間違いない」
店長が俺の考えをはっきりと否定する。でも…!
「バロンとさつきちゃんは仲良しだったんでしょう?大好きなさつきちゃんに、こんな酷いことするわけない!動物霊がいるとしても、きっとバロンじゃない」
「バロンです」
「…――店長っ!」
店長の声は、どこまでも冷静で、冷淡にすら聞こえた。
俺は唇を噛む。店長だって間違えることあるじゃないか!ランチ営業の会計で割り勘のお客さんに間違った金額言っちゃったこともあるし、バー営業用のお酒の本数を間違えて発注したことだってある!俺が食い下がるより先に店長がソファから立ち上がった。
「気になることがあるので、建物内を調べてきます」
リビングを出ていく店長に、俺はアシスタントとしてついて行く気になれなかった。気まずい沈黙が流れる。
アレクさんは小さくため息吐き、俺の肩に手を置いた。
「霊っていうのは変わるんだ。生前どんなにいい奴だったとしても、霊になってしまったら憑いてる場所の環境や人々の思念の影響を受けて、良くないものに変わってしまうことも多い。特に動物霊は変化しやすいんだ。俺もこの屋敷にいる動物霊はバロンだと思う」
「そう、なんですか…」
優しく説明してくれるアレクさんの言葉に俺は俯いた。
「と言っても、バロンが亡くなってまだ一ヶ月くらいだもんな。変わってしまうには、あまりに早い気がする。なんで除霊できないのかも分からないし、困ったな」
アレクさんは腕を組んで考え込んでしまった。俺はソファから立ち上がる。
「店長のお手伝いしてきます!」
きっと店長は除霊できない原因を探しに行ったんだ、俺も手伝わないと。ここで意地張って拗ねてても仕方ないだろ。俺のバカタレ!リビングを出た俺は店長の姿を探して歩き出した。
玄関ホールで、二階へと階段を上がってゆく店長の後ろ姿が目に入る。
「店長、さっきはすみませんでした!」
階段を急いで上がり店長に追いつくと、俺はガバッと頭を下げた。恐る恐る顔を上げると、店長は困ったように苦笑している。
「僕も大人げなかったよ、ごめん。動物霊がバロンだとしても、さつきちゃんの前で言うべきじゃなかったと思う。子供部屋をもう少し調べたいから、都築くん手伝ってくれるかな?」
「はい!」
俺は店長と共に子供部屋に入った。
「都築くんの話を聞いて少し考えてみたんだ。さつきちゃんに怪我をさせたのがバロン以外のものである可能性を、ね」
「可能性あるんですか?」
「たとえば、バロン以外に他にも霊がいるとか。可能性はいくつかあるから、一つずつ確認するつもりだよ」
「でも、他にも霊がいるなら店長やアレクさんが気づくんじゃ?」
話しながら店長は本を拾ってパラパラとページをめくり、一冊ずつ中を確認してから本棚へと戻してゆく。俺は転がっている椅子を部屋の隅に移動させたり、教科書やタブレットの他にも散らばっている文房具などを拾い集めたりして少しずつ片づけだした。
「強い霊や凶悪なものは隠れるのが上手いんだ。バロンの気配がそこかしこに強く残ってるから、それに紛れて隠れることもできるんじゃないかな…と思ったんだけど、それはなかった」
「なかった?」
「念入りに調べてみたけど、ここにはバロン以外に霊は存在しない」
「そうですか…――って、店長!何やってんですかっ!?」
本を戻し終わった店長は、なんと勉強机の引き出しを次々開けて中の物を調べだしたのだ。俺は驚いて駆け寄る。小学生の女の子の机の引き出しを物色するなんて、店長そういう趣味があったのか?
「何って、もう一つの可能性を――…見つけた、これだな」
「え…?」
店長は引き出しの中を厳しい瞳で見つめていた。俺も覗き込む。そこにあったのは…
「なんだこれ…魔法陣?じゃないな…護符?」
A4サイズくらいの紙に見たことない図形や文字が書いてあった。くねくねした文字は梵字ってやつだろうか。
「なるほど、そういうことか」
店長は紙を手に取り、小さく呟いた。
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「これは君が書いたものだね?さつきちゃん」
俺と店長はリビングに戻り、アレクさん、弥生さん、さつきちゃんの全員がソファに座っていた。店長がテーブルの上に紙を拡げると、アレクさんの表情が曇る。
「はい」
さつきちゃんの声は少し震えていた。
「バロンに戻って来て欲しかったんだね?」
問いかける店長の声は優しい。さつきちゃんは気まずそうに頷いた。
「嘘だろ?こんな小さい子が呪術を使ったっていうのか?」
アレクさんは驚きの声をあげ、信じられないと言った様子で紙とさつきちゃんを見比べた。弥生さんも驚いたような顔でさつきちゃんを見ている。
「今はネットで検索すれば、この程度の呪法はいくらでも見つけることができる。バロンを生き返らそうとして陰陽術の『反魂』の真似事をしたんだ」
「なるほどな、反魂は魂を縛り付ける一種の『呪詛』だ。バロンの霊は呪詛で縛り付けられているから除霊できなかったのか…。待てよ、それならさつきちゃんの怪我は、もしかして…」
店長の説明でアレクさんは怪我の理由に気づいたようだ。店長は頷き、護符を指さす。
「そう、この護符にはいくつか間違いがある。ま、ネット上にあるものなんていい加減なのばかりだから仕方ないんだけど。間違った護符を使い、間違った呪法を行ってしまった。つまり、これは逆凪だ」
「逆凪?」
初めて聞く単語に、俺は思わず聞き返した。
店長は護符を見つめたままゆっくりと説明してくれる。
「陰陽系の呪法は日本人にとても相性がいい。修行したことのない子供でも、方法さえ分かれば使うことができる。けれど影響力も大きく、直接相手を攻撃できるような危険なものも多いんだ。そして強い分、反動も大きい。逆凪というのは術を使った反動だよ。きちんと修行を積んだ術者なら、逆凪の対策をした上で術を使う。でも、ネットじゃそんな事までは教えてくれないからね。さつきちゃんは何の対策もしないまま、しかも間違った呪法で『反魂』をしてしまったんだ」
「だから、こんな酷い逆凪を受けちゃったってことなのか…」
ネットの情報を鵜呑みにしちゃいけないって、学校のネットリテラシーの授業でも習ったな。
「あの…さつきがかけてしまった呪いは解除することができるんでしょうか?」
弥生さんは不安そうにさつきちゃんの肩を抱き寄せ、店長に問いかける。
「できます…というか、やります。でも簡単ではない。アレク、手伝ってくれるかな?」
「いいけど、俺は専門外だからな。正直言って、それに書いてある梵字すら読めないぞ」
「分かってる。とりあえず都築くんと一緒に子供部屋を片付けて儀式をするスペースを確保してくれ。それから、弥生さんはさつきちゃんに白い服を着せてあげてください」
店長の指示で俺たちは一斉に動き出した。さつきちゃんの怪我がバロンの仕業じゃなくて良かった!後は店長が呪詛を解除すれば一件落着。
今回は俺、全然役に立たなかったなぁ…なんて思ったのは、大きな間違いだった。
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「えーっと…俺って、今どういう状況?」
アレクさんと力を合わせて子供部屋にひっくり返っている大型家具を壁際に寄せたまでは良かった。しかしその後、白い服に着替えて来たさつきちゃんと二人並んで、部屋のど真ん中に座らされた俺は、神社で依り代にされた時と同じくらい嫌な予感に苛まれていた。
店長はさつきちゃんが書いた護符に何か書き足し、さらに新しい護符を作っている。アレクさんは俺とさつきちゃんの周りに、小瓶の水を振り撒いたりしていた。
「バロンはどうなるの?」
自分じゃなくバロンの心配をするさつきちゃん。もしかしたら、呪術を使ってしまった責任を感じているのかも知れない。
そんなさつきちゃんに、アレクさんは二ッと白い歯を見せて笑った。
「天国に行けるように、解放してやるんだよ。俺も畑違いの術式に詳しいわけじゃないが、見たところ尾張は除霊じゃなく浄霊をしようとしてる」
「除霊と浄霊ってどう違うんですか?」
俺の素朴な質問はきっとド素人丸出しなんだろうが、アレクさんは面倒くさがらず丁寧に教えてくれる。千代ちゃんとはえらい違いだ。
「簡単に言えば、除霊は霊を滅して消してしまう。浄霊は解放して天国へ送ってやる。浄霊の方が難しいし、力も技術も必要だ」
店長、凄い人だとは思ってたけど…除霊、神降ろしに続いて、今回は浄霊か。きっと、さつきちゃんの気持ちを考えて、除霊じゃなく浄霊にしたんだな。いいとこあるじゃないか。
「バロンは、ちゃんと天国へ行ける?」
「もちろん。それから、尾張と都築がさつきちゃんに返ってきている呪いも解いてくれる。だから、もう二度と呪術の真似事はしちゃだめだ。分かったね」
「うん、約束する」
アレクさんはさつきちゃんの頭に大きな手を置き、優しく撫でた。…って、ちょっと待て!今、店長と俺が呪いを解くって言わなかったか?アレクさん!俺が何をするって言うんだ?
「準備できたよ、始めよう」
店長の声にアレクさんは頷き、壁際で見守っていた弥生さんの横へ移動した。
「あの…店長、俺はいったい…?」
「あぁ、大丈夫。都築くんはそこに座ってるだけでいいから。まず、逆凪をさつきちゃんから都築くんへ移す。こういう身代わりは、人形でやると失敗することが多いんだけど人間でやれば確実だ。都築くんが逆凪を引き受けることが出来たら、バロンの魂を縛り付けている呪詛を解除する。…手順としてはこんな感じかな」
「なるほど」
さつきちゃんにきてる逆凪を、俺が肩代わりするってことか。
「身代わりの仕掛けが完成するまでの間、アレクはバロンが部屋に入って来れないようにしてくれ。けっこう繊細な作業だから邪魔されたくない」
「了解…!」
店長の指示で、アレクさんは聖書を手に任せとけと笑顔を見せた。
儀式が始まる。
俺は隣に座るさつきちゃんの視線を感じ、大丈夫だよと微笑んだ。そして何も感じないものの、ひたすらバロンの冥福を祈ることにした。
粛々と進む儀式は想像してたよりずっと地味だったが、途中で弥生さんやさつきちゃんが怖がったり悲鳴をあげたりしたので、俺には見えてないだけで実は全然地味なんかじゃなかったのかも知れない。
「終わりました」
ようやく店長の声が部屋に響いた時には、さつきちゃんは俺の隣で気を失い、弥生さんは壁際で青ざめて座り込み、アレクさんは肩で息をしていた。さすがの店長も疲れたのだろう、ちょっと顔色が悪い。
「皆さん大丈夫なんですか?店長」
「大丈夫だよ。バロンはちゃんと送ったし、逆凪は全て都築くんに向かったけど…何ともないよね?」
「はい」
俺は念のため、自分で体のあちこちを触ってみたり腕を回したりして確認するが、どこにも異変も痛みも感じない。アレクさんが近づいて来て、まじまじと俺の顔を覗き込んだ。
「噂には聞いてたが本当に凄いな、都築の存在こそが神の奇跡だ」
「き、奇跡って…そんな大げさな」
感心したように俺を見つめるアレクさんに、俺は引きつった笑いを浮かべた。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
朝まで目覚めないだろうから無理に起こさずそっとしておいた方がいいという店長の指示で、気を失ったさつきちゃんは弥生さんがベッドへ運んだ。
店長、アレクさん、弥生さん、俺の四人はリビングへと戻り、ソファへ腰かけてようやくホッと落ち着いたのだった。
「本当にありがとうございました」
弥生さんが人数分のお茶と茶菓子を運んできてテーブルに置く。おぉ!これは、老舗和菓子店胡月堂の話題の新作、柚餅子!アレクさんも瞳をキラキラさせて茶菓子を見ている。
「アレクさんは海外の方なので、こういうお菓子を喜んでいただけるかと思いまして」
俺だって大喜びですよ!弥生さん!!
「すみません。お心遣いはありがたいのですが、都築くんは先日の儀式の関係で食事制限があり、今はまだお白湯しか飲めません。今夜から少しずつお粥などの流動食を食べられる予定なんです」
そうだったーーーーーーーーっ!!
店長の言葉に俺はがっくりと肩を落とした。
絶望する俺の横で、アレクさんは美味そうに柚餅子にかぶりつく。
「あら、そうだったんですね。でしたらお持ち帰りになりますか?これ、賞味期限一週間くらいはあったと思うので…」
「お願いします!!」
半べそをかいてる俺を不憫に思ったのだろう。弥生さんが提案してくれたお持ち帰りに、俺は力強く頷いた。
和菓子を美味しそうに頬張る店長とアレクさんを恨みがましく睨みつつ、俺は虚しくお白湯をすするのだった。
最後まで読んで下さってありがとうございました!
もし良ければ、ブクマ・評価・感想などいだけると、嬉しいです。