第一章 予言の少女 篇(後編)
前編の続きです。最後まで読んでいただけるとうれしいです。
20
うさぎとアズマルが開けた夕焼けの倉庫へ至るドアの向こう側は高層ビルの立ち並ぶビル街の一画であった。うさぎはこの光景に見覚えがあった。
「ここはトリアングルムの中心街です。来たことがある。お父さんの勤務先の近く。」
「うさぎちゃん、ここは霊廟のすぐ近くだよ。霊廟は再開発されている都市部にもかかわらず、歴史的文化遺産として保護されてるんだ。。」
聖霊弔院陵と言うのが、霊廟の正式な名前である。霊廟にはかつてこの国で聖人と呼ばれた英霊達が数多く埋葬されている墳墓群を国が発掘、整理し、弔うために開発された公の施設であり、祭礼や儀式を行うための場所として、一般開放されている。選令門の学術施設も霊廟の敷地内に設置されており、魔術研究の場としても活用されている。
「以前に鶴の居場所は分かるって言ったろう?鶴は今、霊廟にいる。それがこの証さ。」
鶴も同じものを持ってる。向こうも水晶の反応に気付くはずだ。霊廟へ行って、一刻も早く鶴と合流しよう。」
アズマルは発光する小さな水晶をうさぎに見せた。
「アニャンさん達大丈夫かな・・・」
うさぎは悪い予感がしてならない。アニャン達も鶴ももしかしたら、無事ではないのではないかという不安な気持ちでいっぱいになった。
「一度、ちゃんと聞こうと思ってたんだけど。」
アズマルは真剣な表情をしている。
「うさぎちゃんはプレディクトの予言についてはどう思ってる?
何か感じるものがあるかい?正直、僕は全て信じてるわけじゃない。そんなに都合よ
く、救世主なんて現れるのかって。
先生が仮に悪の手に落ちて、大量の捕食者を目覚めさせようとしたとしても、選令門の魔術士との戦力比からすれば、決して鎮圧出来ないことは無いと思う。
僕達は何かに突き動かされているだけのような気がしてならないんだ。」
「予言には穴がある、アズマルさんはそう言いたいんですか?
私は選ばれし者なんかじゃないと?」
「うさぎちゃんに救世主の適性があるかどうかじゃないんだ。
ごく短い期間にあまりにもいろいろなことがあり過ぎて、混乱してるんだ。
僕達の行動は予言に沿って動かされてるんじゃないかと思ってね。何かに誘導されるように。
「私も正直なところ、よく分かってないです。若葉にどれだけ魔力を注いでも、鞘から抜ける気配もない。けど、妙な自信があるんです。
この子は必ず目を覚ます。
いつも肌身離さず身につけているからかな。」
「鶴は君を信じてる。僕なんかよりずっとね。
うさぎちゃんはどんな人が最強の魔法使いになれると思う?」
「全ての魔法を使える人のことかな?
「確かにそれもそうかもしれない。全知全能ってのもアリかもしれない。
出会った頃に神の存在証明について話しただろう?」
「覚えてます。その謎を解き明かした者はいないとか。」
「魔法に携わる者の常識と言うか、有名な言い伝えの一つなんだけどね。
『神の存在証明に至る者はそれに並び立つ。』
それって言うのが何を指しているかは諸説あるんだけど、鶴が虚数魔法に夢中になったのも、この言い伝えがあったからなんだよ。
彼女はうさぎちゃんに負けず劣らずの純粋な女子だから、心の底から主とその意志を信じてる。
君は英雄に間違いないって。
僕とうさぎちゃんはまだ、付き合いが浅いかもしれないけれど、僕は鶴とは腐れ縁だから、彼女を信じている。だから、うさぎちゃんのことも信じていいんだよね?」
アズマルは真剣な表情でうさぎに同意を求めた。
「私を信じろ。」
うさぎはアズマルに整体し、自信ありげに答えた。アズマルはうさぎから今までとは全く異なるカラーを感じ取った。
「君は・・・一体、誰だい??」
21
うさぎとアズマルが夕焼けを出立する少し前のことである。鶴はうさぎの父が勤める宇宙技術開発機構と呼ばれる宇宙航空技術の開発を担う国の研究機関を訪れた。トリアングルムの港湾地帯にその施設はある。鶴はうさぎから父の小春陽介と母の理与の馴れ初めについて聞いていた。スバル市街で襲撃を受ける直前のことである。
「あなたのお母さん、本当に良い人ね。見ず知らずの私達をいきなり信じて、一人娘を預けるなんて、なかなかできることじゃない。
「父も母も、私が小さい時からやりたいと言ったことは何でもやらせてくれました。
けど、魔法のこと知ってたなんて、私、全然気づきませんでした。
最近、トリアングルムから越してきたんでしょう?向こうで変わったことでもあったの?確か、お父さんが転勤したとか」。
「父と母は、元々トリアングルムにある宇宙技術開発機構って研究所の研究員として、働いていたんです。
父はとても仕事熱心な人で実際、本当に忙しいみたいで、ほとんど家には帰って来ません。母からは引っ越したのは父の転勤が理由だって聞かされていたんですけど、さっきの母の話だと本当の理由は何か違ったみたいですね。
あの幽霊みたい化け物が街にたくさん現れ始めたからなのかな?もしそうなら、怖いなあ・・・
「宇宙技術開発機構か…あそこは確か、選令門とは全く別の魔術とは全く別の物理やら化学の分野を研究する公の機関だったはず」。
魔術を基礎とした物理、生物、科学研究と一般のアバターが研究するそれらの学術研究は全く別のものであり、一般のアバターは魔法に対する認識を薄っすらと持っているものの、自らの研究にお互いの理論を持ち込まないのはこの世界の不文律のようなものである。
ただ、うさぎの両親のような僅かな魔力適性を持つエキストラがそれぞれの分野の才能あるものとして、世に名を現すことは当然にある。
うさぎの父も生来の才能を発揮し、研究者としての道を邁進していたのであろう。
鶴は道すがら、うさぎの出生について一つの可能性について考えが及んでいた。
確かめなければ。今の私達はそれを知らなければ、きっと先へ進めない。
鶴は研究所にてうさぎの父、小春陽介への面会を求めた。研究所は外観はガラス張りで内装にはさまざまな植物が彩りとして植栽されており、前衛的かつ機能的なデザインをしていた。
受付の女性社員の話では彼は自分の名を冠したラボラトリィを持っており、在室中とのことであった。鶴はエントランスの応接スペースで彼を待った。一時間ほど経った頃、小春陽介は姿を見せた。小春陽介は中肉中背の体格で、髪は短く切りそろえられ、柔和な顔に黒色の金属製のスクエアフレーム眼鏡を掛けており、うさぎの父らしい温厚そうな容姿をしている。
「お待たせて申し訳ない。娘のお友達だそうだね。あの子も最近、環境が変わったばかりで、ばたばたしてるだろうけど、これからも仲良くしてあげてくれないかな。
娘のことは妻からその都度、いろいろと聞いているよ。君達は選令門からやってきたスバル管轄の魔術士だそうだね。」
「はい、今、娘さんをとある理由から保護しています。
実はスバル市内に私達が設営した工房へ行く前にトラブルに遭遇しまして、今はもう一人の魔術士が付き添っています。説明するのが難しく、なかなかご理解頂けないかもしれません。大変、申し訳ありません。」
「大丈夫、捕食者のことなら昔から知っているから。ずっとおとなしかった連中が、いよいよ動き出したんだね。
トリアングルムにいても、同じことが遠からず起きたはずだ。
君達にはとても感謝している。これからも娘をお願いしたい。娘のことで何か不自由なことがあれば、何でも、可能な範囲で話して欲しい。」
「ありがとうございます。今日、ここへ来たのは娘さんの出自についてお聞きしたかったからです。お父様は既にいろいろとご存じのようなので、単刀直入にお聞きします。 もしかしたら、彼女は魔力そのものから生まれたのではないですか?」
「魔力そのもの・・・娘が私達夫婦の自然交配から産まれたのではなく、人工的な手段
で産まれた試験管ベイビーだと言いたいのかね?」
「違います。私はそもそも彼女は普通のアバターではなく、魔力を増幅する装置として生み出された存在なのではないかと考えています。
彼女は人工的に生み出された人型の装置だから、単に人のように見えているだけではないかと。」
「随分と大胆な発想だね?その発想に至った過程をもう少し聞かせてくれないか。」
「ずっと、引っ掛かっていたんです。生まれながらにして、あれだけの魔力と魔術士としての素養を持つ娘さんがどうして十数年もの間、シャドウに見つからず、捕食されずに済んでいたのか。
魔術刻印によって、魔力を制御させていたとしても、限度があったのではないかと。先日、私共が、応急処置的に貼った魔力を抑制するためのシールがたった1日で効果を失ってしまいました。
あのシールは本来ならば、工房へ辿り着くまで優に効果が持続するはずのものでした。彼女の魔力はそれほどの潜在的な力を持っているのです。
私は近くで彼女と接すれば接するほど、思い知らされました。この子と私は本質的に違う。
ご存知なのではないですか。プレディクトの予言や数多くの聖遺物に記された未来の英雄について。
彼女のでたらめとも言える才気に私は嫉妬を覚えると共に、彼女こそが選ばれし者だと思わずにはいられませんでした。けれども、その思いが増すと共に、ある考えが私の中にむくむくと湧き上がってきました。
プレディクトの予言は予言を発した予言者自身が早逝していることもあり、予言そのものが神聖的なものとして発現したのではなく、人為的な力によって作られたものなのではないか?
私の目の前にいるこの天才少女も予言をなぞらえるように、実際は奇跡的に生まれたものなどではなく必然として造られたものではないか?
私は一人の魔術士として、主を愛し、信じています。けれども、未だ未熟なのです。
目の前の奇跡に根拠や納得できる理由がなければ、主を信じ抜くことが出来ない若
輩者なのです。
お父さん、お願いします。私がこれからも迷いなく主を信じていられるように本当の
ことを話して頂けませんか」?
鶴は涙ながらに真意を小春陽介にぶつけた。
「泣かないでおくれよ。腕利きの魔術士と言ってもやはりまだ子供だね。
これは君達、魔術士全般に言えることかもしれない。優生思想に過ぎると言うか。
思想学的な歴史の観点から見れば、申し訳ないが君らは幼い。
圧倒的少数派の自分達が世界を回していると思っている。
厳しい意見を言わせてもらうよ。それが君のためでもあるから。
君の疑問に答えよう。プレディクトの予言についてだが、簡潔明瞭に言えば、予言に
は真実も含まれる。
しかしね、現在の我々アバターの世界水準の文化レベルからすれば、予言に匹敵する
ほどの予測を立てることは既に技術的には可能なんだ。
プレディクトの予言はプレディクトの五感の作用と主観によるものだ。取り分け、視覚と聴覚による情報が極めて大きい。
我々は超高性能の解析能力と情報収集能力のある衛星を数多くうちあげ、長期に渡り観測作業を間断なく続けている。
そこで得られたビッグデータを元に再現した複合的な予測は、度重なる検証過程を経て、より洗練された情報へと収束する。
人間の起こす可能性の重なりはいくらその個体数が多すぎても、規則的な行動を取ることが人間の習性であることを鑑みれば、たった一人の万能の予言者が出した予言に匹敵する予言を人工的に作り出すことなど、容易く再現することができる。
プレディクトの予言が捕食者の一種シャドウの集団発生と密接な関係にあったのは、我々アバターの脅威となる捕食者の駆除を目的として作られたものだからだ。
プレディクトの死後、我々はこの予言と同じ効果のある高度な予測をすることが出来ないか、試行錯誤を繰り返して来たのだよ。
我々が人為的に作った予測は早くに捕食者を駆逐する英雄の存在を指し示した。
防衛力の象徴たる『魔力の集中』と言う現象をね。」
「それじゃあ、今、機能している予言は機械によって得た高度な予測とほぼ同義だと・・・魔力の集中は予測結果に基づいて、研究者達が人為的に用意したものなんですね?
うさぎさんはお二人の実の娘ではないと。」
「起こった出来事の上っ面だけを見たら、正に君の言うとおりだ。予言の発生とそれに
よって惹き起こされる出来事は主の意志によるものなんかじゃない。
しかも、こんなことは人間本来の基本的な防衛手段の一つとして、倫理的な問題は何
一つないし、実際に捕食者の蜂起の予兆を炙り出した。」
「娘さんを騙したことも、倫理的に何もないとおっしゃるんですか?」
「君達、魔術士が稚拙な優生思想で嫌でも知っているように、魔力を持たない者はこの
仮初めの人間社会では塵みたいな存在さ。
君達の扱う魔術を用いれば、情報の書き換えだけで人の大事な記憶や存在すら当の本人に無断で消し去ったり、いじられたりしてしまう。また、そうした横暴を勝手に神から選ばれたものだと自分たちで決めつけ、罪の意識のかけらもなく、当たり前のようにその力を行使している。
正義の味方気取りで無辜の民を弄んでるのはどちらかね?
うさぎは私と妻の大事な娘に違いない。だからこそ、儀式やアバターの存在の告白など素通りして来たのだよ。
どんな形をしていても、あの子は私達夫婦のたった一人の娘なんだ。それを第三者からどうこう言われる筋合いは無い。
人造の魔力増幅機関、この研究は元々選令門の依頼で共同開発したものだ。これを人
型の有機物に搭載するためには、人間の胎児の大きさ、種火となる魔力にあっては細胞のレベルまで微小な大きさに設計しなければならなかった。
うさぎのモデルに辿り着くまで、相当な時間を要した。うさぎは言ってしまえば力を持たないアバターの叡智の結晶なのだよ。現状で言えば我々アバターが捕食者を絶滅させる決心で創り上げた人道的かつ平和的な最終決戦兵器、英雄であり、救世主さ。
頭を柔らかくして、事実を受け入れたまえ。国によって歴史的文化財かつ、最重要機密として厳重に霊廟に保管されているプレディクト自動筆記予言の記録ではうさぎと君達魔術士との出会いまで、事細かに記していた。
主は娘と君達を選んだ。オリジナルの魔術士によるプレディクトの予言の存在や聖遺物が主の奇跡として未来を指し示していたのも、また事実なのだ。
君は君自身の気高い信仰のとおり、今までと変わりなく、大手を振って、この街を救いたまえ。娘も敵も共に、真実を求めに霊廟へ向かっている頃だろう。
急ぎなさい。くれぐれも娘のことを頼んだよ。」
「はい!娘さんとトリアングルムは私達で守ります。」
鶴は吹っ切れたようである。力強く返事をした。
「娘の眠りを覚ますにはコツがある。これを持って行きたまえ、これをあの子の背中に刺して鍵を開けなさい。」
小春陽介は鶴に一本の鍵を手渡した。
「この鍵がもう一つの君の問いの答えだよ。あの子が魔力を封印され、捕食されなかった理由だ。妻の施した魔方陣など簡易的な目隠し程度の効果しかない。これで、人類の叡
智の結晶が動き出す。
君にこれを託す、君がその目で確かめるんだ。予言が記した真実を。」
鶴は、小春陽介から、電磁的なコーティングが施された金属プレートを受け取った。
22
日は正に暮れかかっている。うさぎとアズマルは鶴がいると言う霊廟を目指していた。霊廟の前にある広場に入ったその時、二人の前から二十人程の集団が歩いて来た。集団は全員が武装している。二人はここで待ち伏せされていたのだ。
先頭にいる壮年のロッカー風の男が立ち塞がった。
「ミタ!相手は魔術士の小僧一人と捕獲対象の娘だけだ。派手に暴れさせてもらうぜ。お前らの相手は、この俺だ。俺の名前は・・・」
男が名乗る直前、銃声が鳴り響き、アズマルの右手の銃が男の頭を撃ち抜いた。
アズマルはスマートを発動させたのである。
「うさぎちゃん、指示したように援護を頼む。いいと言うまでは僕を盾にして隠れているんだ。」
「分かりました。
アズマルさん、あれだけ訓練したんですから、私にカッコいいところ見せて下さい!」
アズマルはうさぎの方を向き、笑ってみせた。
アズマル史上、最大のガンオペラが遂に幕を開けた。
前列にいた数人のヒューマンが魔法を唱える素振りを見せると、アズマルはもう、一丁の拳銃も抜き、両腕を八の字に構えた。左右を確認した後、両方の銃を一発ずつ撃った。
放たれた弾丸四発がヒューマンに着弾、致命傷を負った内二人が倒れた。
残った二人が詠唱を終え、正に魔法を放とうとした、その瞬間、アズマルは今度は両腕をクロスさせ、更に両手で一発ずつ撃つと、放った弾丸は残る二人に着弾し、倒れた。
ヒューマンの群れの中央にモーテルの中にいた男達の中の一人が左脇のホルスターから、おもむろに銃を抜いた。
この男はミタと呼ばれたヒューマンである。ミタは高身長の筋骨隆々とした体格の男で全身黒っぽい色の服装で統一しており、軍人風の風貌をしている。その顔は鼻梁が高く、大きな目をしているが、目は吊り上がり、日に焼けて引き締まったかおをしており、髪は黒色で、こじゃれた坊主頭をしている。
「相手はガンナーか、俺とは相性は良さそうだ。
流石は選令門の魔術士、やはり腕がいい。
あの射撃法は厄介だな。無駄に兵を失う恐れが強い。
早撃ちなのか、複製によるものなのか今のところ、見分けが付かない。
少しばかり試してみるか?」
人混みに紛れながら、ミタはアズマルの左の大腿部を狙って、低い姿勢になり、右手で銃を構えた。
「お前らも魔法を使って攻撃するのでなく、銃を抜け!
俺を援護しろ!」
ミタは叫んで指示を出した。
「アズマルさん、あれを見て!」
「分かってる!うさぎちゃん!練習した例のやつだ!」
「了解!」
うさぎがアズマルの両肩に手を置くとうさぎの背中から二本のアームに接続された二つの機関砲が飛び出した。アズマルの両肩からも同じように二本のアームに接続された二つのレーダーパネルが現れると、うさぎの面前へ移動した。
「うさぎちゃん、前衛の連中は君に任せた!手当たり次第、撃ちまくれ!僕は真ん中のガンナーの相手をする!」
背中の機関砲から弾丸が乱発されるのと同時にミタとアズマルの銃が同時に火を吹いた。
ミタの撃った弾丸はアズマルの左の大腿部に命中、アズマルの撃った弾丸四発の内、二発が
ミタの両肩に一発ずつ命中した。
アズマルが得た真解、新たなる能力はアニャンの指示のとおり三つある。一つはミタが即座に警戒した分身の能力である。分身と言っても、上半身のみであり、指を振ると残像と目の錯覚で指が二本に見えるように、アズマルは身体を動かしながら、上半身のみを分身させている。 しかし、残像に見える分身は実体あるものである。
二丁拳銃で分身共に両手で発砲すれば、四発同時に正確な射撃が可能となる。アズマルの挙動が高速移動によってもたらされる効果と混同するため、ミタは能力を見極めようと足止めでアズマルの左大腿部を狙ったのである。
二つ目の能力はアズマルがバレットモンスターと呼ぶ得意技の銃の具現化とうさぎの魔力換装能力を利用した合体魔法である。うさぎがアズマルの射撃速度を上回るほどの早さで弾丸を供給し、そして様々な形に変化する銃火器として、うさぎの肩甲骨辺りから、アームと機銃を出して銃撃するのである。アズマルの肩から出るアームにはレーダーパネルが備えられており、うさぎはそれを頼りに銃撃を行う。それと同時にアズマルは二丁拳銃にて精密な射撃を行っている。
ミタの指示で魔法防御を解いた前衛五人がバレットモンスターの奇襲で即死したが、それと同時にミタの銃撃によって、アズマルの機動力は大いに失われた。
敵勢が銃撃による物理攻撃を警戒し、魔法による防壁を展開し始めた。戦いの形勢はアズマルとうさぎが優勢に見えていたが、少しずつ、敵側優勢に傾き始めた。
アズマルはまだ、三つ目の最後の能力を明かしていない。
「小僧を撃ち落とすには実銃であれを狙うしかない・・・」
ミタはライフルを構え、狙撃準備に入った。
アズマルもタンクの高度をじわじわと上げ、ミタを必死に探した。すると。レーダーパネルに小さな反応があった。
「スコープでこちらを狙ってる!」
アズマルがレーダーの敵影方向に反転したその瞬間、ミタの狙撃により、うさぎが左肘を置いたプレートが破損した。タンクはバランスを崩し、落下した。
タンクモードが解け、二人が地表に打ち付けられそうになるその瞬間、アズマルは位置を特定したミタに向け、二丁拳銃でミタを狙い撃ちした。同時にミタもアズマルへ二射目の狙撃を試みた。
アズマルが左手に把持した実銃から放たれた二発の弾丸の内一発がミタの右の鎖骨に命中、もう一発は樹の表面に着弾した。右手に把持した魔法銃から放たれた弾丸は全てミタの展開した防壁によって弾かれた。
ミタが撃った弾丸は狙いを少し外れ、アズマルの右腰部に命中した。
うさぎとアズマルは地面に叩きつけられた。
ミタは急いで、近くの広葉樹の上に退避すると、三射目の準備掛かっている。
「手こずらせやがって・・・これで終わりだ。まずは魔術士のガンナーから・・・
ミタが引き金を引こうとした瞬間、アズマルは右手の魔法銃で樹上のミタに狙いを定めた。
「俺にその弾は当たらん!弾き返してやる!」
アズマルの撃った弾丸がミタの眉間を目掛けて、飛んで行く、ミタの展開した魔法防壁に着弾、弾丸が弾き飛ばされようとたその瞬間、もう一発の弾丸が防壁のわずか先にまで飛び出し、そのままミタの眉間を貫いた。
「弾は弾き返したはず!?」
ミタは何が起きたのか真相を知ることなく、絶命した。
アズマルの課題であった三つの能力の内、最後の能力が発動したのであった。
この能力は一回の射撃から二発の弾を同時に射出する能力であり、一回の射撃行為を何らかの手段で回避しても、時差が全くない二回目の同一の射撃で敵を仕留める精密射撃である。
敵の魔法防壁の効果は一発目の防御に集中し、時間的に誤差が全くない二発目に放たれた弾丸に関与することは出来ない。
この能力は精密な動作が要求されるため、利き手の右手の魔法銃の射撃時にしか使えない。アズマルにとって、最後に残された必殺の切り札であった。
「うさぎちゃん、ごめん・・・もう、ダメっぽい。
ケガのせいで、集中力が切れかかってる。
これ以上、魔法を正確に展開出来そうもない・・・」
「私のことは大丈夫!アズマルさん、お願いだから、死なないで!」
うさぎはアズマルの手を泣きながら、力強く握り締めた。
敵はまだ、五人ほど残っている。
「だらしないねぇ!
アズマル!寝るんじゃないよ!」
そこには真仲介慈の爆炎魔法で再度、店を爆破される直前、マヤの転送魔法に助けられ、ドアの外側へ転送されると、そのままうさぎ達の窮地に駆けつけたアニャンの姿があった。
23
うさぎ達がまだ、公園内でヒューマン達と交戦する少し前のことであった。
ここはうさぎ達が転送された場所から少し離れた市街地の一画である。しばらくして、アニャンは振り返り、公園内に現れているドアのノブを握ると、マヤの残留思念の声が聞こえた。
ドアを開けるんじゃない。
「母さん、どうして!?」
アニャンは涙ながらにマヤに尋ねた。
まだ、戦いは終わっちゃいないんだ。
気を抜くんじゃないよ。
あたしはじきに死ぬ。
マヤの声が聞こえると二匹の猿がドアをすり抜けて、そのまま走り去っていった。
「あれは?」
あたしの三猿の呪いさ。
先生はお前と一緒の時は自我を失ってなかったんだ。
あんたは男の趣味は悪いとは思ってたが、人を見る目に誤りはなかったようだ。
先生はあたし達を助けようと一生懸命だった結果、ああなっちまったのさ。
お前じゃ、どうせ情に流されて、彼を殺せやしない。
それにあの虚数魔法は相当厄介な代物だよ。
あたしらの使う魔法とは極度に相性が悪い。
どっちみち、逃げる間も無く殺されてたさ。
だから、お前が悔いることなんて、ないんだよ。
あたしは自分の命の使い道を正当に行使しただけさ。
あたしらみたいな商売してると死に時にも、良い悪いがあるからね。
あの男から、目と耳を奪ってやった。
これで時間が稼げる。
お前はうさぎとアズマルのところへ真っ先に駆けつけて、二人を助けてやりな。
うさぎの覚醒とあの子の持つ無銘が鍵さ。
あの子が目覚めるまで、絶対に死なせちゃいけないよ。
大人のあんたがあの子たちを守るんだよ。
あたしは大分先であんたを待ってるからね。
しばらくのお別れさ。
マヤの声は切れた。
「母さん、ありがとう。」
アニャンはドアノブから手を離し、二人を探し始めた。
銃声が飛び交う方へしばらく歩くと、うさぎ達とヒューマンが交戦中であり、アズマルが凶弾に倒れたところであった。
「だらしないねぇ!アズマル!寝るんじゃないよ!」
アニャンは何とか間に合った。
「残念だけど、婆様はもう死んじまったよ。あたし達は生き続けなきゃ」。
「アニャンさん!」
「後の雑魚はあたしに任せな。ほう、二人で十人以上やったのか?
遠くからちょっと見えたけど、あんたら、上手いこと考えたね。
二人でやっちゃいけないなんて、あたしは一言も言ってないからね。
まあ、点数つけるとしたら、八十点てとこか。」
「結構、辛口採点ですね・・・」
アズマルは多量の出血のせいで虫の息だ。
「プレートを取り出して来た着眼点は褒めてやる。
けど、お前に渡した布袋の中には弾除けの鈴って言う魔法グッズもあったんだよ。
催眠効果のある鈴で、敵の命中率を下げられる優れものがね。
それを身に付けていたら、ここまで大怪我を負わされていなかっただろうさ。
お前に目利きの能力がもうちょっとあったら、見つけられたかもしれないね。」
「答えを先に教えておくって言ったじゃないですか?その辺も込み込みで教えてくださいよぉ。」
「泣き言言ってるんじゃないよ。」
残党がアニャンに、撃ち掛けてきた。
アニャンはトイボックスを広げると中から、小さなナイフが収められた革の袋が出てきた。アニャンは左の大腿部にそれを装着すると、ナイフで敵に向かって投擲し始めた。
ナイフは吸い付くように敵の急所を捉え、全ての敵が絶命した。
「当てようって一々強く念じている内じゃあ、魔術士としては、まだまだだよ。
あたしくらいになると、ナイフの方が勝手に当たって当然だと思って、敵に向かって
飛んで行ったのさ。」
アニャンはカラカラと笑っていた。
24
何も、見えない。何も、聞こえない。
これほど、不便で苦痛極まり無いものとは・・・
今、憑代から、離れるのは危険だ。
憑代から離れれば、この呪いから解き放たれるかもしれない。
しかし、あの魔女の言ったとおり、呪いが取り憑いた状態で効果があるのではなく、精神体の私だけに効果があるとしたら、憑代から離れた瞬間、自由になったこの男が不自由な私を殺すか、逃げるかするに違いない。
この男は、極めて優秀な魔導師、だからこそ、憑代に選んだのだ。
あの魔女は、私を疑心暗鬼にさせ、行動の自由を奪うことまで考慮に入れて、命と引き換えにしてまで、この呪いをかけたのであろう。
真仲介慈を捕食したシャドウ、移り気ジョニーは悲嘆にくれていた。
あの老獪な魔女と自分との違いは命を捨てる覚悟を持って、行動できるか否か。
能力差があり過ぎる格下相手にいいようにあしらわれている自分が許せない。
移り気ジョニーに怒りの炎が心にともったその時である。
隣に何者かが並び立った。
気配で分かる。只者ではない。
ゴトウから全て聞いているぞ。
この俺が直接手を貸してやらないでもない。
耳から聞こえる声ではない。心の中に話しかけている。
「お前は何者だ?」
それを知ってどうする?
不自由なまま生きていくのか?
このままではいずれ司直の手がお前に及ぶであろう。
お前は選令門によって消される運命だ。
「予言の発生場所さえ分かれば、我が同胞と共に蜂起し、闇の軍勢を率いることが出来るものを。」
お前のような小物がな・・・
笑わせてくれるわ。
俺が呪いを肩代わりしてやろう。
俺は純度の高い呪いの力とその業を集めている。
それに予言の発生場所も教えてやろう。
提案に乗るか?
「頼む、私を助けてくれ。」
分かった、目を開けたら、懐の中を探してみろ。
予言の発生場所を教えてやる。
それに、勇気ある同朋に素晴らしいものを授けよう。
然るべき時にこれを使え、闇がお前に味方するであろう。
気配が無くなった。懐中に紙切れと真っ黒い闇を吸い込んだ掌に収まるほどの大きさの宝玉が入っていた。
「まさか、これは、予言書の切れ端?」
切り取られた予言書には
トリアングルム中心地、新月の日申の刻
と書かれている。
移り気ジョニーは目を見開き、聞き耳を立てた。
「見える、聞こえるぞ。
光の使者が顕現したと言うのなら、あれこそは闇そのもの。
闇の化身!天は私に味方した!」
25
霊廟前の公園でうさぎとアズマルが、襲撃を受ける一時間ほど前のことである。
トリアングルム市街に入ってから、鶴は自前でカスタマイズしたネイキッドタイプのバイクで移動している。魔術士は鶴のバイクやアニャンのトイボックスの様なの大きな物はそれを魔法で収納し、普段は持ち運びしている。
鶴とアズマルは四輪自動車の運転資格も持っているが、鶴は単独行動を好むため、バイクでの移動が多い。
霊廟の閉館直前、鶴は霊廟の駐車場にバイクで乗り付けた。
鶴は通令門が代理発行しているパスを使って霊廟の中へ入った。霊廟内の重要文化財が厳重に保管されている中央部の墓廟には鶴の権限では入ることは出来ない。
許可をもらうために受付に向かった。受付には全く人気がない。
「閉館したばかりなのに、おかしい・・・」
鶴は異常をすぐに察知した。
すると鶴の周辺の全ての照明が消え、真っ暗になった。鶴に向かって、走り寄ってくる無数の足音が聞こえる。
鶴は暗闇の中、魔道筆を取り出し、天井へ向け、小さく円を描いた。
すると、鶴がかけた魔法の効果によって、消えたはずの照明が全て点灯した。
周囲が明るくなると、鶴の周りには無数のヒューマンがおり、鶴に向かって一斉に襲いかかろうとしていた。
鶴は左手に持った魔導筆と右手に持った懐剣を交差させ、
「止まれ!」
と声を発した。すると、ヒューマン達は足を止め、身動きが取れなくなった。
「これが、噂の虚数魔法か。確かに厄介だな。」
墓廟の吹き抜け部の二階の手すりに手を掛けた軍服姿の中年の男がいる。
男は長身でガッチリと引き締まった体型であり、富士額に多数のしわが寄り、奥二重の大きな目をしているその表情は海千山千の経験を経た老獪な軍人と言う雰囲気を醸し出している。
男の髪はツーブロックの長髪でオールバックスタイルで決めている。
この男はモーテルにいた暗殺ギルドのリーダー格ゴトウである。
「お前がこれをやったのか?どれだけ、他人の命を弄んだら、気が済むんだ!」
鶴はゴトウに言い放った。
「ヒューマンを死人と認識するお前達、魔術士こそ、我々、捕食者としては全く以って、失礼甚だしいのだけれどな。
この軍服は自己満足のコスチュームなどではない。
今から、三ヶ月ほど前の話だ。
遥か西方に位置する大海を隔てたとある小国家で国を揺るがす暴動が起きた。
その際、不祥事を起こした現職の大臣を糾弾するために民衆による過激なデモが行わ
れた。その国では戒厳令を出し、軍によって、暴動を鎮圧した。
こんなニュースはこの国では対岸の火事として、毎日のように報じられている。
お前が覚えているか、怪しいものだけどな。」
そのニュースは鶴も僅かながら覚えている。ここ数年、世界で全く起きていない革命が起きるかもしれないとのことで報道されていたからだ。
「あの暴動は我々が人為的に起こしたものだ。
デモに参加した者共は全て計画的に捕食され、量産されたヒューマンだ。
彼らは自分達が、お前達アバターがイメージするような人外のものだとは全く思っていない。
肌の色の違うちょっと違った人、ややもすれば、格下の人種や民族だと思い、意識の端にも気にかけていないだろう。
我々は今、この国でも同じことをしようとしているだけだ。
人ではない我々をお前達のルールで縛り付けることなど出来やしない。
その内、種の垣根などなくなる。
ただ、その前に好き勝手に暴れさせてほしいと思ってるだけだ。
あの真仲介慈と言う男、お前達若き魔術士のことなど、歯牙にもかけていなかったぞ。
それどころか愛弟子達を我々の食糧として、差し出した。
魔力の集中か、あの小娘、ボスへの貢物として献上させてもらおう。」
「多勢に無勢、それに敵は上階、ここからじゃ、分が悪すぎる。
まずは、周りにいるヒューマンを片付けないと。そのあとで、あいつをここまで引きずり下ろす。」
鶴は階下からゴトウを見上げた。
26
「すっぽかされたかな?もう、予定時刻を四時間近くも過ぎているぞ。
連絡も付けないとはどう言うことかね?
君の言うメッセージも本当に伝わっているのかね?」
ヘラルドは待てどもやって来ない鶴への怒りを翠玉へぶつけた。
「彼女から連絡を取れば、虚数魔法の使い手である敵に彼女の位置がすぐに知れます。
座標を調べて、すぐにでも追っ手を放ってくるか、あの男の正体が本当に捕食者ならばためらうこともなく、直接殺しに来るでしょう。
今は限られた手段でしか、連絡は取れません。おそらく、彼女は予言の謎を解明するために奔走しているのだと思います。」
「予言の謎と言うと、目的地は霊廟かね?
ここからだと少し離れてるな。」
「それでも、同じ管轄内です。彼女は必ず来ます。」
ドアをノックする音がした。
「入りたまえ。」
若手の監察官が室内へ小走りで入ってくると、ヘラルドへ耳打ちで何かを伝えた。ヘラルドの表情が一変する。
「トリアングルムの郊外、スバルの周辺で爆発騒ぎが発生した。
そのすぐ後に霊廟前の公園でも何者かによって銃撃戦が行われている。
霊廟とは連絡が一切取れないそうだ。警官隊が派遣されたが、魔法を使うヒューマンや対抗手段を持たないシャドウ相手には歯が立たないだろう。武装蜂起は既に始まったと見ていい。選令門は一体どうしてるんだ!?
このままでは、あっという間に死人の山が出来上がるぞ!」
翠玉のスマートフォンが鳴った。
「もしもし、姉さん!直上の上空をすぐに見て!」
翠玉は窓際へ移動し、ブラインドの隙間から空を見上げた。低い雲が立ち込め、空に巨大な魔方陣が描かれ、雲が火を遮り、大きな影を作っていた。
「プレディクトの予言だわ。
この街から人が消える・・・
空にはそう書かれてる。」
27
鶴は魔導筆でじぶんを中心とした空間を切り取るように縁取りした。
「主よ、偽りを騙り、越境せし背徳の徒を罰し給え!虚数転送!」
鶴はうさぎの前で初めてシャドウと戦った時と同じようにして、空間を切り取り、折鶴にして、ヒューマンを閉じ込めた。だが、以前にも使ったこの虚数魔法はシャドウを相手にするためのものである。
密なる陰の禍鳥よ。闇の供物をもってここに顕現せよ。
出でよ、凶鳥大虚鶴。
鶴が手にしていた折鶴は禍々しく巨大な漆黒の大鶴へと姿を変えた。
「この魔法は捕食者を供物とし、暗黒世界から化け物を召喚する闇の上級魔法!?」
同種を操り、使役する上位の邪者しか、使えぬはず…
まさか、お前は俺達と同じヒューマンだったのか!?」
「お前は間違ってる。
私はお前と同じヒューマンなんかじゃない!
私は選令門の魔術士!
私は元々、捕食者として生まれた。
けど、小さな頃、覚醒したのよ。
魔法の力に・・・
本当はお父さんもお母さんも私を食べようとしたんじゃない。
私を保護してたんだ。
私が、捕食者と魔術士両方から迫害されないように!」
「秘密を知っていたのは先生だけ。
何の偏見も持たずに私に魔法を教えてくれたのも先生だけ。
私に人としての優しさと主への信仰を教えてくれたのも先生だけ。
先生、優し過ぎたのよ・・・
あんなに優れた魔術士だったのに・・・
私を庇っていることで主を裏切っている背徳感がつまらない悪魔に付け込ませる隙を作ったのよ!
先生はお前は奇跡の子と言ってくれた。
けど、予言が選んだ救世主は絶対に私なんかじゃない。
それは私自身が一番分かってる!
何故なら、私は悪魔の子として生まれたから。
お前の言う通り、アバターを捕食したヒューマンの中には自分が何者であるか、自問することもなく、無自覚に生きている者が沢山いる。
人を喰って何が悪い、それが自分の習性だ。
それなら、私も言わせてもらう。私はお前達、捕食者が同族だろうと大嫌いだ!
己が大罪、主へ贖え!」
鶴は凶鳥をゴトウへ向けて飛ばした。凶鳥はゴトウの頭を咥えると、ゴトウを階下へと引きずり下ろした。
鶴はバランスを崩し、床上で倒れているゴトウの腹をめいいっぱい蹴り上げると、手にしていた懐剣をゴトウの右脇腹に突き刺そうとしたが、刃が入っていかない。
ゴトウは激痛から、うめき声を上げたが、すぐに正気に戻り、左腕を寝ながら伸ばすと左手で何かを掴む仕草をした。
鶴の右足首に激痛が走る。
「奴の左腕から影が伸びて、私の足首をつかんでいるのか?
ヒューマンなのに、シャドウの力を?」
ゴトウの左腕から伸びた影の腕はひしゃげると、鶴を反対側の壁面に何度も叩きつけた。
鶴の鼻と口から、血が噴き出している。
既にゴトウは立ち上がり、態勢を整えている。
「俺は、ボスから素晴らしい力を授かった。
本来なら、捕食されたアバターはシャドウとしての性質を失い、人と同じ機能しか持たないヒューマンへと成り下がる。
だが、俺は違う。人の形を持ちながら、元のシャドウとしての力も操れる。
俺もお前と同じ、種の摂理に従わず、邪法を使う。
如何なる魔術師も、実体なきシャドウと受肉した捕食者を同時に斬ることはできない。」
「誰が、この懐剣を使って、お前を斬ると言った。」
鶴はゴトウの影に壁に叩きつけられながら、凄んでみせた。
「大虚鶴よ、あそこに或る供物を見よ。
この身をお前に捧げる。
その代わりに私の願いを叶えろ。
ここにある命の全てを平らげてしまえ!」
凶鳥大虚鶴はゴトウに飛び掛かると、ゴトウの頭を大きなくちばしで咥えると、その首をへし折り、そのまま一飲みにしてしまった。
大虚鶴は、禍々しく大きな声で鳴くと、鶴の元へ近づき、頭を鶴の身体に撫でつけてきた。
「助けてくれて、ありがとう・・・」
「ずっとずっと昔に忘れようとしてたのに・・・」
鶴は膝から崩れ落ち、声を上げて泣いた。
鶴は一頻り泣いて気持ちを切り替えた。
鶴は先生を狂わせたシャドウを許さない、その気持ちに並列するように自分の秘密を知る者を始末しようと言う強い動機を持っている。
捕食者としての性を持つ鶴だからこそ、うさぎの特異性と予言の確実性に確信を持ったのだ。うさぎが生まれながらに光の英雄としての宿命が与えられているのなら、私はそれを守る半
妖の騎士だと思っていた。
うさぎの父がカギを託したことから、更に確信は強まった。鶴は墓廟の奥へと進んだ。プレディクトの予言装置が厳重に保管されている。予言は自動筆記で記載し始めた。うさぎは遂に予言の中身を確認した。
「驚いた・・・こんな細かな予言まで・・・予言が高度な人工予測なのだとしたら、厳重に保管されるのは当然だし、その情報を奪い合うのも当然。
少し読んで見て分かったけど、うさぎは私の予想通り、未来の英雄だった。
しかし、今のままでは・・・トリアングルムは陥落する。
翠玉が死んでしまう・・・
けど、ここで、うさぎを待ち、このカギで解錠すれば、私達は戦いに勝利する。
どちらを選べって言うの!
私は一体どうしたらいいの!?」
墓廟の高窓から空を眺めると、予言のとおり、暗雲が立ち込め始めた。
鶴の頭の中を翠玉の優しい笑顔が巡った。
28
予言が遂に発現した。
それと同時にトリアングルムの中心街におびただしい数のシャドウが湧き始め、沢山の人を捕食し始めた。
「見境なく、喰ってる。シャドウの捕食はその生涯に一度だけ、だからこそ、慎重に対象を吟味するはずなのに。」
紅玉は監察局の建物の外で、シャドウによる虐殺とヒューマンが大増殖する様を目の当たりした。
「姉さん、建物の中の方がまだ、安心だ!
シャドウは防げなくても、ヒューマンの物理的な侵入だけでも防げる。
姉さん、そこから出るなよ!
ヘラルドにも生きてもらわなきゃ困る。」
「ヘラルド氏にはここにいてもらう。
弟を見過ごせるはずないでしょ!
私達二人で建物の全体に結界を張るのよ。
ここへ、まだ無事な街の人達を誘導する。私は屋上へ向かうからあなたは建物の中に入って、耐え忍ぶのよ!」
「姉さんに主の御加護がありますように。」
そう言って、紅玉は電話を切った。
「ヘラルド氏、あなたはここに待機していて下さい。
仮に私が声を掛けても絶対にドアを開けないでください。
私が外から魔法でドアを解錠して、勝手に開けますから。
「分かった。今のこの状況では君の力にはなれそうもない、それどころか足を引っ張っ
てしまうだろう。
行きたまえ。」
翠玉は部屋を出て、屋上へ向かって駆け出した。
29
アズマルはアニャンの応急処置で取り敢えず事なきを得た。
「ここから先は、もう、何かあっても置いてくからね。
あんた一緒にいても荷物になるだけだし。
うさぎ、そこの屋外トイレの個室にでもこいつ置いて来てよ。
この状況じゃ、誰もそんな所に来る人いないでしょ?もう、夜だし。」
「はい、分かりました。置いて来ますね。」
うさぎはアズマルのシャツの襟を掴んで、引きずって行く素振りを見せた。
「うさぎちゃんもひどいよぉ〜。」
「だって、先輩、今後の展開でどう考えても、見せ場なんてないですよね?
あれは!?とかそう言うことだったのか!?みたいな解説みたいな役回りしか。」
「例えそうだとしても、最後まで連れて行ってよ!
男子トイレの個室で最後を迎えるなんて嫌だよ。」
三人がじゃれあっていたところ、前の道路を猛スピードで鶴のバイクが中心街に向かって駆け抜けた。
「鶴のバイクだ!どこ行くんだよ!?」
アズマルの声は届かない。
「あの子、予言を見たんだ。あたし達も急いで霊廟へ行くよ!」
三人は霊廟にたどり着いた。
シャドウとヒューマンの群れによって霊廟は取り囲まれている。
「これじゃあ、中に入るなんてとても無理ですよ。
公園にいた数の比じゃないですよ。」
「あんた達、鶴が走って行った方角の空を見たかい?
暗くてよく分からなかったかもしれないけど、星空が見えてるのに中心街の上空だけ
重苦しい低い雲が湧いていたんだよ。」
「先生の予測のとおり、予言が発現したんですね?」
「多分ね。予言を確認できないんじゃ、ここにいても意味ないよ。
あたし達も鶴を追って中心街へ向かおう。
アズマル!あんた頭いいんだから、転送魔法使えるだろう?
早く、やっておくれ。」
アズマルは顔面蒼白となっている。
「僕、転送魔法なんて出来ません・・・すみません。」
「じゃあ、車なら持ってるんだろう。
選令門じゃ結構いい給金出してるんだろうから、車の一台くらい持ってるだろう?」
「免許は持ってるんですけど、僕、実はミニマリストなんです。
メンテナンスにコストの掛かる車に乗るよりは・・・
ロードバイク派なんですよ・・・
若者の車離れ的な・・・」
アニャンはわなわなと震え出すと、拳骨で、アズマルの頭をめいいっぱいの力で殴った。
「痛っ!ホント勘弁してください!殴り殺される!?」
「テメェ、ほんっと、つっかえねぇなぁ!!
若くて、金持ってるくせに何で車に乗らず、チャリに乗って遊んでるんだ!
このクソゆとり草食野郎!!!」
「アニャンさん、私、いいこと思いつきました。これ、多分いけちゃうやつです。
私達三人はマヤさんが作ったドアを使って転送して来ました。」
「ドアなんて、とっくに消えちまってるよ。仮にドアを使って移動しても夕焼けに戻っちまうよ。
あそこはスバルだから、いずれにせよ、てんで違うところに出ちまうよ。」
「さっきのドアは使いません。あのドアを使います。」
うさぎはさっきの公衆トイレのドアを指差した。
「私達三人は共通の体験を先ほどしました。
マヤさんの作った転送魔法で移動して来たと言う共通の体験です。
私が魔力回路を作ります。
三人は心を繋ぐ、アズマルさんはドアの具現化をお願いします。
アニャンさんは、マヤさんの血を引き継いでいます。
三人の力を合わせたら、転送魔法もきっと真解しますよ!」
「あんた、本当に簡単に言うねぇ。
そりゃあ、あたしとあんたは才能の塊だから、いいとして。
年単位で修行しても覚えられるかどうか分からない魔法だよ、これ。」
うさぎが閃いたのは、マヤの残留思念の働きかけによるものである
。
「天に召されるのはもう少し後のことにするよ。
奇跡が起きるところまでは見届けたいからね。
何て、霊格の高くて、感受性の強い娘なんだい。
あたしの姿が見えずとも、思考を感じ取ってる。
魔法が使えないんじゃない、使ってないんだ。敢えてね・・・
霊体になったマヤには生者には見えないうさぎの真の姿が見えていた。
「せぇのでいきますよ!せえぇの!」
うさぎを真ん中にするようにして、三人は手を繋ぎ、アズマルがドアを具現化し、アニャンがドアノブを回し、ドアを開けた。
ドアの向こうが見えた。トリアングルムの中心街のど真ん中である。
「やったぁぁぁ・・・
けど、どうする?・・・
中、凄いことになってない?
行くってことでいいんだよね・・・」
ドアの向こう側はシャドウの大群で凄いことになっている。地獄そのものの光景である。
「うさぎ、一丁やってみるか?
アズマル、お前も手を貸しな。」
アニャンの指示で、アズマルは魔法で収納していたロードバイクを用意させられた。アニャンは布袋から先程使用したプレートを何枚か用意した。
ロードバイクの前部にはアニャンによって、トイボックスが開口部を前に向けられ、布袋から出された紐で素早く括り付けられ、設置された。
アニャンはトイボックスの中から、二メートルくらいの長さの棒を取り出した。それをロードバイクの後ろに備え付け棒の上部にプレートを取り付け、ドアを通れるような幅になるまで棒を縮めた。
「これ、サイドカーですか?」
「そのとおり!
さすがうさぎだね。この棒は魔力を注入すると、強度や形状を変えたり、伸縮したり出来る。
この棒とアズマルのイカしたロードバイクが合体魔法をアシストする。
アズマル、さっきの合体魔法の応用編だよ。
お前、具現化するの得意じゃないか?
無から有をイメージだけで作るってのは地味に天智魔法の一種だからな。
そこんとこは自信持っていいぞ。
今から、私の指示したとおりにイメージするんだよ。三人一緒にイメージするんだ。
両サイドにあんたら二人が乗れるシートがついたサイドカー、トイボックスは主砲、外観と装備は世紀末感バリバリで!
そうだなぁ名前はソウルイータードラゴン、スカルジェノサイド、シンプルにザ・ダ
ムドとかもいいなぁ・・・」
「アニャンさん、デスメタル好きそうですね・・・」
ドアの向こう側で三人は魔法を展開した。結局名前はザ・ダムドになった。
完成した自転車兵器はの外観はディストピア感満載の硬派なモンスターマシンである。
「こんな物々しい自転車、生まれて初めて見ましたよ。」
アズマルは両手でガトリングガンを持っている。
うさぎのシートには火炎放射器が備え付けられている。
「お前ら、ここは地獄だ。
何をやっても許されるんだ。
目の前にいるゴミどもを焼き尽くせぇ!」
「アニャンは吼えるとザ・ダムドを高速で前進させた。
三人乗りにも関わらず、速い!
「ヘルクラスター発射!!」
機体のサイズに見合わない、でたらめな口径の主砲から、魔力そのものの粒子砲が、放たれた。撃たれた目の前にいたシャドウの群れに大きな風穴が開く!
うさぎは火炎放射器で襲いかかってくるシャドウを焼き払い、アズマルはガトリングガンでヒューマンを狙い撃ちした。
ザ・ダムドはシャドウを消し去りながら、高速で突き進む。
「アニャンさん、水晶が光り出した!
鶴はおそらく、あのビルにいる!」
それは監察局の入った高層ビルであった。
30
翠玉は屋上へ向かって屋外の非常階段を駆け上がった。
ビルはあっという間にシャドウと捕食されたヒューマンで溢れかえった。ビルは二十数階あり、屋上まではあと五階ほど残っている。
「今日は新月、魔力がいつものように出ない・・・
シャドウはまだいい、ヒューマンが厄介だな。
翠玉の武器はスティック状の魔法杖である。
翠玉の自然魔法は大自然の中でこそ、その威力を発揮する。
大都会のトリアングルムのビル街では思うように力が出せないのである。上の階から、ヒューマンの群れが降りてきた。
「ここまでか・・・紅玉、鶴ゴメンね・・・」
翠玉が諦めかけたその瞬間である。目の前のヒューマンが炎に包まれた。
「これは紅玉の魔法!?」
「姉さん!助けに来たよ!!」
大きな凶鳥に跨った鶴と紅玉が非常階段脇の上空を飛んでいた。
「間に合った・・・
翠玉を選んで正解だった。」
「早く乗って!」
鶴が翠玉には凶鳥に飛び乗るよう催促すると、指示に従い、翠玉は非常階段から凶鳥に飛び乗った。
「こんなに人が乗って、大丈夫なの?
それに、この鳥・・・鶴、あなたやっぱり・・・」
「大丈夫、ちょっと人が増えたくらい、どうってことない。
翠玉、本当にごめん!
今まで、色々、気を遣わせちゃって。
けど、今は何も言わないで、お願い!」
「色々、事情はあるんだろうけど、鶴は鶴だもんね。
先生にに操られて、どうにかなっちゃったんじゃないかって、心配したんだからね!でも、生きてて、本当に良かった。」
「ありがとう。
私は霊廟で予言を見たの。私達は予言によって、このビルへ呼び寄せられた。
あの男は屋上にいる。ここで、全て終わるわ。」
「全て終わる?」
「詳しく説明してる時間はないんだけど、間も無く、ここに救世主が現れる!」
鶴が興奮して言いかけると、翠玉は分かったと言って、鶴の話を遮り、額に額を重ねた。
「魔力の集中、アズマル君に見知らぬ少女、プレディクトの予言、特異なシャドウと暗殺ギルドの暗躍、アニャンさんとお母さん、マヤさんって言うのね?巻き込まれちゃったのね、かわいそうに。」
鶴の思考と翠玉の思考が繋がる。
「予言がこんなにも詳細に書かれてたなんて。
正直、ここまでとは思ってなかった。
プレディクトも自分が怖くなってしまったのね。
自ら死を選んだのか、何者かによって消されてしまったのか、今となっては分からないけれど・・・」
鶴は深く頷いた。
「私は屋上であの子が来るまであの男の相手をする。
その間、翠玉と紅玉にはこのビルに通り道を作って欲しいの。
あの子達がすぐに上がって来られるように。」
「分かった。時間がかからないように上手くやるから。
せっかくここまで来たんだから、もう、無理して死んだらダメだからね!」
「大丈夫、主が私達を守ってくれる。もう、迷わない。」
鶴は屋上に降り立った。翠玉と紅玉は空の上からうさぎ達の通り道を作るための魔法に取り掛かった。
屋上では黒衣の魔術士が弟子達を待ち受けていた。
「やはりやって来たか。
ゴトウとか言う男、口程でも無かったようだ。
その凶鳥と恐ろしいほどに黒光りするカラー、漸く自分の本性をさらけ出したようだ。羊の皮を被った狼よ。
私は君が我等と同類と初から気付いていた。
同類我に仇なす不敬者よ、闇の大願の前に滅するがよい!」
「あの子の余りある魔力を取り込むには魔力の弱まる新月であること、予言が指し示す日である今日に他ならない。
貴方は救世主たるあの子が私を助けに必ず、ここへ現れるとそう踏んだのね?」
「全ては予言の導きによるものだ。君達の大好きな主の真解によるものだ。」
真仲介慈は不敵な笑みを浮かべ、鶴を嘲笑った。
「呪いの効果はどこへ行った?耳が聞こえているようだし、目も見えている?」
鶴はプレディクトの予言書からアニャンとマヤ、うさぎとアズマルに何が起きたのか既に知っていた。だが、マヤの呪いが解けていることに驚きを隠せない。
「私にお得意の邪法は一切効かぬ。
あの醜い老婆に掛けられた忌々しい呪いも、闇そのものによって取り払われた。
君が必然を確信しているように私も勝利を確信している。
天は私に味方する!」
男は腰に挿した長剣を抜いた。
鶴もそれに合わせ、懐剣を抜いた。
我が肉体よ、この身が朽ち果てようとも、猛れ、昂ぶれ、強まれ!
鶴の肉体が筋肉にて膨れ上がる。
鶴が使用した魔法は全身の身体能力を一時的に限界を超えて高める身体変質術と言う魔法である。
鶴は猛スピードで男に飛び掛った。
真中介慈は右手の長剣で軽く受け流す。
「魔法を使わせたらダメだ!
そんな隙は与えない!」
鶴は前へ出ながら、懐剣を右へ左へと薙ぎ払う。
真仲介慈は長剣を軽く逆手に持ち替えて、更に鶴の攻撃を受け流し、爪先で軽く長剣を蹴り上げると長剣は恐ろしいスピードで弧を描き、鶴の左半身を斬り落とそうとした。
鶴は寸でのところでそれをかわした。
「肉体を魔法で強化させても、この程度か。
君の恩師は剣のレクチャーまではしてくれなかったと見える。
無粋な剣技だ。」
男は左手の魔法で鶴を吸い寄せると共に、右手の長剣で鶴に斬り掛った。その瞬間、鶴は死を覚悟した。男の長剣が鶴を捉えようとする。
鶴は条件反射で左腕で自分の首を庇おうと身構えた。
「間に合わない!!」
男の長剣が鶴の左上腕に当たると大きな金属音が響き渡った。
長剣は動きを止めた。
鶴はその隙を見逃さず、右手の懐剣で男の首を狙って薙ぎ払ったが、男が顎を引いたため、懐剣は男の左頬を切り裂いた。
「あの翠玉とか言う小癪な魔女か!」
真仲介慈の長剣が鶴を切り裂かんとする直前、翠玉の魔法により鶴は硬質化していた。
「鶴!道はもう作ったわ!
アズマル君達はじきにやって来る!
思い存分戦って!」
あの魔女は邪魔だな。俺が力を貸してやろう。
真仲介慈の傍で影が囁いた。
31
アズマルは鶴がいるビルへ駆け込んだ。
屋内の廊下の床上に一筋の光が走り、光は一階のエレベーターに向かっている。
「多分、翠玉ちゃんの魔法だよ。
僕達を助けに来たんだ。」
三人はエレベーターに入ると屋上を示すボタンが緑色に発光していた。
「屋上にいるんだ。」
アズマルは屋上階のボタンを押した。
うさぎは不安な顔をしてアニャンを見つめている。
「何だい?変な顔して。
今更、怖気付いたのかい?」
「怖いと言うのも、ありますけど、緊張です。
最後まで剣が抜けなかった。
それだけが心残り・・・」…
「私には今まで出番のなかったそいつが武者震いしてるように見えるけどね。」
「そうなんですか?」
「アズマル、あんたも目を凝らして見てみな。」
「陽炎だ!ほんのちょっとだけど、ゆらゆらとピンク色の陽炎が見える!」
「ああ、私はあんたがちゃんとあたしの言いつけを守って、この刀を肌身離さず身に付けていたのを知ってる。
なるようにしかならないんだ。こいつを信じるんだ。
主は必ずお前に味方する!」
「はい!」
エレベーターのドアが開いた。
男から飛び出した影が翠玉に襲い掛かろうとした瞬間、一陣の風が吹き荒れた。
エレベーターから飛び出し、抜刀したうさぎが猛スピードで影に飛び掛った!
影はうさぎの一撃をかわすと、すぐに男の体へ引っ込んだ。
うさぎはバランスを崩して着地に失敗し、転げ回った。
「ハァハァハァハァ、間に合いました!」
息を切らしながら、うさぎは鶴に声を掛けた。
鶴は満面の笑みを浮かべ、頷き返した。
「うさぎ、遂にやったね!あの無銘を遂に抜いた!」
「アニャンさん、うさぎちゃんのカラー尋常じゃないですよ・・・」
うさぎの全身からピンク色のオーラが溢れ出している。
「これが魔力の集中か。
全て、喰らわせてもらおう!」
真仲介慈は魔法でうさぎを吸い寄せると同時に長剣を構え、飛び掛った!
長剣がうさぎの頭頂部から袈裟懸けに振り下ろされる瞬間、振り上げられたうさぎの刀が長剣の刃の根元に当たり、斬撃を止めた。
刃と刃の衝突音が響き渡る。
「すごい、剣が勝手に動いてるんだ。
剣がうさぎを操ってる。」
鶴はうさぎの剣技を見て、それがうさぎではない何者かが刀を操っていると感じた。
二人の鍔迫り合いが続く。二人の体勢から見て、男の振り下ろす剣の方が有利であり、うさぎは下から突っ張って堪えている。
真仲介慈は隙を突いて、うさぎの胸部を思いっきり蹴りつけた。バランスを崩し、うさぎは仰向けに仰け反った。
真仲介慈は長剣を上段に振り上げ、追撃の構えに入った瞬間、懐剣を構えた鶴が飛び込んで来た。
「邪魔をするな!」
反転した真仲介慈はそのままの姿勢で鶴に向かって、長剣を振り下ろした。鶴の懐剣が真仲介慈の脇腹に届く前に、敵の長剣が鶴の左肩から胸に掛けて食い込むと同時に血飛沫が飛んだ。
「うさぎ、今だ!」
鶴が叫ぶと、うさぎは体勢を整え、真一文字に男を斬った。男はそのままの勢いで、倒れた。
「鶴さん!」
うさぎは鶴に駆け寄り、鶴を抱きかかえた。
真仲介慈は斬撃をくらった衝撃から、目を見開いている。
シャドウである私だけを斬ったのか・・・
そう言うと移り気ジョニーは形を維持できず、消滅し、真仲介慈の懐から、黒水晶が地に落ちると、粉々に割れた。
「よかった・・・
うさぎが私のところへ来てくれた・・・
これで、全て予言のとおり・・・」
「鶴さん、死んじゃだめ!!」
「戦いはまだ、終わってない。
あの男を見て!」
鶴は息も絶え絶えに、うさぎに忠告した。
シャドウである移り気ジョニーだけが斬られ、消滅し、正気を取り戻すはずの真仲介慈が幽鬼のように立ち上がっている。
「あれが先生を操っていたシャドウの呪いを解き、先生をビルへ呼び寄せた元凶、暗殺ギルドのボスよ・・・
やっと、あなたにこれを渡せる・・・
あなたのお父さんからの贈り物、これで全て終わる・・・」
鶴は小春陽介から受け取った鍵をうさぎの背中に刺し、解錠すると同時に意識を失った。
うさぎは鶴を寝かせて立ち上がると、男に向けて振り返った。
「あの姿は!?あの写真に写っていた騎士!」
アニャンは驚きの声をあげた。
長身に細身の甲冑、右手に光り輝く長刀、腰まで伸びた光沢のある鮮やかなピンク色の髪、それはある騎士の肖像そのままに変身したうさぎであった。
「度重なる悪逆の振る舞い、許すまじ。我が名はジャクヨウ、皇若葉これより、貴殿を誅滅す。」
32
アニャンは急いで鶴に駆け寄り、鶴を安全な所へ移動させた。屋上へ降り立った翠玉も鶴の元へ駆け寄った。
「あなたが硬質化の魔法を掛けなければ、この子は真っ二つになって即死していた。
まだ、息はある。お願い、この子を助けて!」
アニャンは翠玉に懇願した。
「分かりました。やってみます!
あと一踏ん張りだからね、頑張るんだよ」。
万物に宿りし、癒しの精よ。
ここに眠りし者を常世へ送ることなかれ。
乱れし、覚者の織り目を紡ぎ正し給え!
見る見ると鶴の傷が癒えていく。
しかし、鶴は目を覚まさない。
「どうして目を覚まさないの?
まさか、彼女が捕食者だから!?
癒しの精が救助を拒んでいるの!?
お願い、私の友達を助けて!
助けてよ!」
翠玉の悲痛の叫びが響き渡った。
「これが魔力の集中、待っていたぞ!
真に目覚めていなければ意味は無かったのだ。
まさか、その正体があの皇一族だったとは!
天地開闢のその瞬間、地上の黎明期から主に仕えたとされる神の眷属、ただのアバター共が、神域の者を呼び寄せるとはな!
我が身に集いし影の源、怨嗟と共に集められた呪いの力よ。
我が名は『阻む者』。
全て、身に宿いし影を吐き出してやるぞ!
影共よ、あの長刀に斬られる前にあの小娘を捕食してしまえ!」
阻む者から視界を全て遮るほどの闇が噴き出した。
皇若葉は正眼に刀を構えた。皇若葉の背に桃色に光り輝く巨大な光背が浮かび上がる。
愛に生、この一刀に死の理を!
うさぎはそう告げると、阻む者を一刀両断した。
阻む者とその闇は眩いばかりの桃色の光に包まれ、消滅した。
桃色の光が鶴に注ぎ込まれる・・・
鶴は目を覚ました。うさぎに抱きかかえられていた。
「神の存在証明に至る者はそれに並び立つ。」
「うさぎ、あなた主に会ったのね・・・」
うさぎはいつの間にか元の姿に戻っている。
「はい、鶴さんに鍵を開けられた瞬間、意識が飛んでいました。
心が光に包まれて、上手く、説明は出来ないけれど、大いなる意思を感じました。
救え、ただその一言だけ、聴こえたような気もするし、主が見えたような気もするし、けど、感じたんです。後は、若葉に身を委ねただけです。
だから、よく覚えていないんです。」
「うさぎ、あなたは自分が真に目覚めたことで神の存在証明に至ったのよ。
一点の曇りもない神への信念、救済への思い。
あなたは主の傍に並び立ったのね。そして、奇跡を起こした。
私を死の世界から呼び戻してくれた。本当にありがとう・・・」
「はい。みんな鶴さんに会いたがってますよ。」
「うさぎ、空を見て!」
「あっ、月だ!」
「先生の虚数魔法ね・・・」
いつの間に暗雲は晴れ、雲ひとつない空に新月のはずの夜に真ん丸の月が浮かんでいた。
セリフばかりが多くなってしまって、描写の記述が少なくなってします。自分のボキャブラリーのなさを痛感しました。小説家の人って大変なんだなぁと分かりましたし、好きな作家さんを尊敬する気持ちも更に湧いてきました。私は読む専なんでしょうね。続きが読みたいとおっしゃる方はぜひリクエストしてください。ストックもあるので、もし続きを読みたいと言う方がいらっしゃったら、投稿します。




