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第一章 予言の少女 篇(前編)

処女小説です。子供のころから妄想好きで、三十年以上かけて、一つの物語を妄想してきましたが、そのほんの一部分ですがを初めて小説にしました。私の妄想物語はジョジョの奇妙な冒険等のマンガに影響された主人公がどんどんと代変わりするような物語なので、基本男性主人公で物語を考えることが多いのですが、娘の影響を受けて、今回は魔法少女もので小説を書きました。萌えと恋愛要素は本当に苦手なので、殺風景なお話かもしれませんが、お付き合いください。



山々の合間から顔を出した朝日が、騎士達を照らしている。

騎士達は眩いばかりに光り輝いている。


「なあ、スメラギ殿、本当に長い道のりであった。

遂に、ここまで辿り着いた。」

 重装備の甲冑を身にまとった壮年の戦士が、感慨深げに傍らにいた若き騎士に声を掛けた。

「幽玄山脈の向こう側は、我々の想像もつかない世界が広がっていると主からきいております。

 主のご加護と導きがなければ、決してここまで来れませんでした。

 我が主には、心の底から感謝しています。

武芸百般と謳われる勇者カルナゴ様であれば、どんな強敵がやって来ても、私は安心です。」

スメラギと呼ばれた若き騎士はうら若き淑女であった。

鞘に収めた長刀を両脚の前に杖の代わりにして、地に剣先をつけ、立っている。

「行王殿、おぬしは本当に絵を描くのが好きなのだな。

 こんな朝早くから、この寒空の中、何を描こうというのだ。」

    「生まれてから、こんなに美しい光景を僕は見たことはありません。

     だから、この瞬間を切り取って、形として残したいんです。」

 行王と呼ばれた法衣を身にまとった賢そうな青年は岩場に腰掛け、絵を描いている。

「確かに、吾輩も感じ入っていたところだ。

 せっかくだ、実物以上に格好よく描いて下され。」

「被写体はスメラギ様だけです。

 だって、本当に美しいから。」

「美化し過ぎですよ。ちょっと、恥ずかしいです。」


スメラギは視線を感じ、後ろを振り返った。








電脳都市スバル、十万人の市民が住む地方都市、小春うさぎは父の転勤に伴い、十七歳になったこの春、この街へやって来た。スバル中央高校は市内に一つしかない高校だ。うさぎは転入前日の夕暮れ、たまたま通りかかった校舎の裏側で不思議な光景を目にした。


スバル中央高校の灰色のブレザーの制服を着た少女が校舎の外壁にスプレーに大きくペインティングしていたのだ。

赤いスプレーに青いスプレー、少女は器用に真っ白な外壁をキャンパスに幾何学的な紋様を綺麗に描いていく。紋様の中にはおかしな記号がたくさん書かれていたが、うさぎは紋様の中に星形の記号を見つけた。

「ほし・・・?」

うさぎが思わず、口にすると、少女はうさぎに気づき、振り返った。

「あなた、見えているの?学校で見かけたことないけど、ここの生徒?本当に見えているなら、分かってるかもしれないけど、明日は学校には来てはだめ。

死んじゃうかもしれないから。」

うさぎは見てはいけないものを見た気がして、その場から駆け出して、帰宅するやすぐに自室に閉じこもった。

「あの子、絶対ヤバい子だ。もう、忘れよう・・・明日はいよいよ転校初日!

いろいろ頑張らなきゃ!」

うさぎは気持ちを切り替えて、明日の学校の支度を始めた。そして、日は変わり、うさぎは学校へ到着した。

うさぎは、小柄でとても華奢な少女である。顔は体型に見合った小さな丸顔で色白であり、ぱっちりとした大きな目をしていて、まつげも長い。髪は黒色で肩くらいの長さであるが、中途半端な長さなのか、頭の両脇で二つ縛りにしている。

うさぎは美人というよりは、可愛らしい容姿をしていた。性格も裏表のなく、素直で真面目な生徒であった。

うさぎのクラスの2年A組のホームルームでうさぎは自己紹介を始めた。転校初日の自己紹介である。


「はじめまして、私の名前は小春・・・

えっ、昨日のあの子!?まさか、同じクラス!?


教室の後ろの席にその少女はいた。少女はうさぎよりも、少しだけ身長が低く、やせ細っており、顔色は悪く、生気が抜けたようである。

顔は小さな逆三角形の形をしており、目は大きいがキッと吊り上がっている。髪は短めであるが、その色は灰色で無造作に細い紅色のリボンで髪を一つに結び、長めの前髪をヘアピンで、留めている。

うさぎは不安と緊張でドキドキしていた。自己紹介も緊張で名前を名乗るのみで、全くうまくいかなかった。

朝のホームルームが終わると、次の休み時間、少女はうさぎに近づいて来た。


「学校に来るなって言ったの忘れたのかしら?私は、別にあなたがどうなっても構わないんけど。」

「あのいたずら書きのこと・・・誰にも言ってませんから!」

「やっぱり、見えてたんだ。悪い事は言わない。今日はもう、帰った方が良い。連中にとっては昼も夜も関係ないから。あなた、奴らから、

見えてるから。

だから、余計に危ないのよ。向こうもこっちを探してる・・・」

「よく、分からないですけど、あのことは絶対に誰にも言わないですから!

そっとしておいてください!」

うさぎはいたたまれなくなって、その場から逃げ出した。


「どうしたの?」

そこへ一人の青年がやって来た。青年は、一見して今風のイケメンであり、少女より年長に見える。身長は高く、細身の体格でベロアでくすんだ色のジャケットと黒色の細身のジーンズの格好でスラっとしている。顔は面長で、色白、頬にはそばかすがある。青年は無造作に伸ばした褐色の髪を高等部で一本結びにしている。

「さっきの子、見えてる。」

「だから、わざわざこのクラスへやって来たのか。昨日は三年C組、今日は二年A組、こちらで幾らでも潜入の手段はあるから、構わないけど、時間はあまりないよ。

奴らの発現時間は予想より大分早い。向こうももう、我慢できなくなっているはずだ。」

「やっぱり、気になる。死んだら、寝覚めが悪いもの。」

少女はうさぎを追いかけた。

「はぁ、クールに見えて、意外に熱いんだよなぁ。」

ため息をつきながら、青年も少女の後を追った。


「何なの、よく分からないけど、最悪だよ、もう!」

うさぎが教室を出て、ふと、校舎の外を見ると昨日、少女が落書きをしていたあの場所が見えた。

「あれ何?」

いたずら書きされた外壁近くの空間に直線に空に向かって縦線の細い影が見える。

まるで透明なビニールでできた折り紙に折り目をつけたような・・・

その折り目から、三メートルくらいの大きさの大きな人影が現れた。

「影?こっちを見てる?」

うさぎは恐怖でその場から一歩も動けなくなった。

「言わんこっちゃない・・・

目をつぶって!私がいいって言うまで、絶対に目を開けたらダメだから!

アズマル、手を貸して!今からマークを付ける。そのマークから目測、上に五メートル、下に四メートル!左右に十メートル、奥行きは五メートルの範囲に結界を展開、四隅に固定のマーカーを付けて!」

青年がすぐに追い付くと着ていたジャケットのポケットから、スケールを取り出した。

「上に五メートル、下に四メートル・・・まあ、こんなもんか。

さすがだな、二匹目が間も無く頭を出す。先生!後は頼みましたよ。」

更に空間の折り目から黒い人影が姿を見せた。しばらくすると、人影のいる中空に切れ目が出来ると、壁紙のようにはらりと地表に向かって、裏側を表にして落ちた。

青年の声が聞こえる。

「安心して、もう、大丈夫。目を開けても良いよ。今度は逆によく見ておくといい。

あれは通称P、プレデター、捕食者の略語さ。」

うさぎは目を開けると、切り取られた空間の隙間から、影の腕が一直線にうさぎに向かって伸びて来た!

「危ない!何故、目を開けた!?」

「だって、大丈夫って言うから!」

「僕が声を掛けるまで、目を閉じてろって言っただろ!」

少女は伸びて来た影を左手で掴むと、何やら呪文を唱え始めた。


「主よ、偽りを騙り、越境せし、背徳の徒を罰し給え。

虚数転送!」


切り取られた空間が変質し、瞬く間に小さくなり、半透明な黒色の折り鶴となり、少女の掌に舞い降りた。


「そこの転校生。私の名前は折原鶴。隣のひょろっとしたのは東丸透アズマルトオル、私達は魔術執行機関『選令門』の魔術士、この街に脅威が迫っている。

私達はスバルを救いにやって来た。」


私の新生活はまだ、始まったばかりだ。



「あの・・・主よなんとかかんとかってやつ、ちゃんと言わないとさっきの必殺技みたいなのって発動しないんですか?」

「えっ?そこから聞く?うさぎちゃんも人が悪いなぁ、別にあんなの鶴くらいの魔術士にもなれば、わざわざ詠唱なんてしなくても、ちゃんと発動するよ。

まぁ、食事の前にいただきますって言うでしょ?

礼儀と言うか日常的に。あれと一緒だよ。」

「飯の挨拶と一緒にするな!

主は目には見えないが、概念としては必ず存在する。

だから、魔法をありがたく使わせてもらってるんだ!お前、バチが当たるよ。」

「魔法?あるじ?」

「うさぎちゃんにもその辺のとこはきっちり、話しておかないとダメだね。

もう、見ちゃったわけだし。

うさぎちゃんが見たあの影は『プレデター』、通称『P』って言うんだ。

あれは我々アバターを捕食し、そして乗っ取る。

厄介なコンピュータウィルスみたいなものさ。

君ももう、それだけの年齢なんだ。もう、告白は受けてるだろ?

まさか、本当に自分が生物としての人間だなんて未だに信じてるわけじゃないよね?」

「??????」

「嘘だろう!?あっ、ごめん!?お父さんかお母さんからまだ知らされてなかった!?

 それどころか、もしかして、まさかとは思うけど、さっき初めてあの魔物が見えたのかい!?」

   「はい。だから、頭の中がとても混乱してるんです。二人が話していることが、全くりかいできなくて・・・」

   「マジかよ。鶴、これってもしかして、先生が話していた予言にあった『魔力の集中』のことじゃない?」

 鶴はアズマルの問いに返事はしなかった。

「自分に魔力の適正があるかどうかとか、僕達が本当は生物のような肉体を持った人間じゃなくて、ただの情報の塊に過ぎないなんてことは、俺なんて、鼻垂らしてるガキの頃にはもう、親から本当のこと知らされてたよ!

 真実を知ったところで、僕達人間が生活するに際して、旧来の生物の生態と何ら変わりないし、気にしなくても、普通に生きていけるわけだし。議論するだけ、無意味だって考え方する人も多いからなぁ。

けど、教えるにしてもそこからかぁ・・・こりゃ長くなりそうだ。

まず、君は何者なのか、そこから説明しよう。うーん、残念ながら、君は普通にイメージしているような人間なんかじゃない・・・」

「データだ。」

「えっ??」

「分かるわけないよね。生物としての人間は遥か昔に絶滅してる。

だからって、君は困ることはない。今後も何不自由なく、生活していけるし。

君の周りにいる人達もみんな同じだから。ここには情報として存在する人類、

『アバター』

しかいないんだ。

昨日、君が見た影はこの世界の中に人類と同じように存在し、人類を脅かす悪魔みたいなものなんだ。人類と同じくデータ故にただの生物より厄介なんだ。

行動を予測するのも難しいし、すぐ進化する。

ちなみに目を開けていいって言ったのは俺じゃない。俺の声を聴き取ったPが僕の声音をコピーして、君に囁いたんだ。

人は自分がアバターと聞かされても、誰もが同じ人の姿をしていているとそれが特別

なことと思わなくなる。

病気を予防するように薬を飲んだり、身体にバランスの良い食事を摂ってるだろう?ああいうのは実は全て知らぬ内にPから捕食されるリスクを軽減させている。

「この世界の中のデジタル的な仕様でそうなってるんだ。

けど、君は純粋だからそれを知らない。だから、奴らも耐性のない君のような人を狙うんだ。

厄介なことに一度狙われて見当を付けられると、そうしたことが外見上の大きな特徴になって奴らには見える。餌がここにいるって。」

「捕食されるとどうなるんですか?」

「人としての君は死ぬ。

これはアバターとしての君の自我がなくなるってことだ。捕食されるとデータを書き換えらえ、捕食者となった新たな君が生まれる。

他人には君が生まれ変わったことは一見して、分からない。

だから、表立っては全く問題ないんだ。世の中は何も変わらない、ただ、同じ日常が過ぎていくだけ。

今はね・・・」

アズマルの表情が曇った。鶴が話を引き継ぐ。

「捕食者Pの個体数が一定の数値に達すると、奴らは一転して、繁殖行動を活発化させ、この世界はいずれ本来の人類はいなくなってしまうと言われているの。

いくらデータと言っても、アバターは人間のひとつの姿形だから。Pは人の形をしているけど、人ではないの。

Pを見分けられる、退治できる人間は本当に一握りしかいない。私やアズマルは主からその力を授かった特別な存在『魔術士』だけなの。

私は一人でも多くのアバターを助けたいと思ってる。

あなたもその中の一人。

鶴は決意の眼差しでうさぎを見つめ、静かに言い放った。



転校初日、その日は本当に朝からいろいろなことがあった。うさぎは寝る前、自室のベッドに、腰掛け、折原とアズマルの話した内容を思い返した。


「僕たちはこの国の学術機関『選令門』からやってきた魔術士なんだ。

選令門は都市国家ポラリス内で魔法を研究したり、魔術士を育成したりしている公の

教育機関なんだけど、殊に魔術の分野と捕食者から人類を守る防衛の分野では、特権的な地位を持っている。

   さっき説明したけど、捕食者Pはノーマルのアバターには不可視であったり、君も見

たあの影みたいなPにアバターは捕食されると、捕食された者も無自覚ならば、魔力

適性を持った者でも、容易に捕食者かただのアバターなのか識別するのは難しい。

奴らは、人間と同等か下手をするとそれ以上の知恵や特異能力を持っていたりすることもよくある。

今はまだ、国内では絶対数が少なく、繁殖するにも何やらいろいろと要件があるみたいで小規模な変異で収まっているけど、都市国家ポラリスとしては、大分昔から国家を脅かす脅威と認識していて、選令門に捕食者Pを魔術を使って超法規的に撃退する特権を与えている。イメージ的には人が住んでいる山里に熊みたいな猛獣が下りてくると、猟師が銃で害獣を躊躇うことなく打ち殺すだろう?あれと同じようなものさ。

僕達が君の学校へやって来たのも、奴らが現れる兆候が少し前にあったから、学校内に潜入して、奴らをおびき寄せるための仕掛けを作って出現するのを待っていたからなんだ。

君は鶴がその仕掛けである魔法陣を書いているところを見かけたわけ。

説明する順番がでたらめになってしまったから、なかなかうまく伝わらなかったかもしれないけど、これで、少しは状況を理解してくれたかな?」

「はい。鶴さんが使っていた魔法について、聞いてもいいですか?」

「もちろん。唐突だけど、君は、神の存在を信じてるかい?

君はPや結界が目視出来る程の純粋な子だから、僕は君はそうした超常的なものが実在すると信じてるのだろうと思っている。

僕達、魔術士の見解では・・・


神は実在する。


俺たち魔術士は誰もが神を信じている。

けれども、神とは呼ばずに、あるじと呼んでいるんだ。

理由は神は存在すると確信してるけど、人類は未だその存在証明には至っていないからなんだ。

僕や鶴ちゃんも君と同じアバターだ。それは一緒。

本当のことは未だ分からないけれどもも、一説にはかなりの高確率でこの世界を管理してる別の世界が存在していると言われている。

僕達魔術士が使っている魔法は正体不明の外の世界から許可を得て使ってるチートなプログラムみたいなものでね。どうして、魔法が使えるか、実用的にその理屈を使っている魔術士も実際のところは理解出来ていないのが現実だ。

そして、魔法は様々な術式や過程を積まないと使えないものなんだ。

君は鶴ちゃんの書いた魔方陣を見ただろう?実はあれは結界みたいなものとは全く逆の効果をもたらすもので、奴らを誘き呼び寄せるための擬似餌みたいなものなのさ。普通の人間にはまず、見ることが出来ない。

生来、魔力を持たない人間は常識や理性のような知恵が精神を安定させるために不可思議なものを見ることを妨げるんだ。

魔法も同じ、魔法を使えると言う揺るぎなき信念とどんな事実でも受け入れられる誠実さがないと魔法は使えない。

鶴ちゃんや僕ももこう見えて、かなりピュアだからね。魔法の強さはこの辺の心の純度が左右すると言っても過言じゃない。

真解システムと言って・・・」


「順を追ってちゃんと説明しなきゃ。

少しずつ情報を与えないと彼女の心が曇ってしまう。

急いで情報を詰め込むのは止めた方が良い。信念が揺らぐ。

とにかく全てを受け入れて!

そうでないとあなた、いつかは奴らに食べられてしまう!

死ぬか、生きるか選ぶのはあなたよ。」



アズマルと鶴の個人授業はまだまだ続く。


「一番大事なことは、主は絶対にいると信じ抜くこと。

そして、奇跡は必然的に起こるものであると認識すること。

あなたが見た魔法は連続的に発生している奇跡なの。さっきアズマルが説明しようとした真解システム、これは主の起こす奇跡を解析、数値化してシステムとして組み上げたものなの。

真解とは言葉のとおり、真実の答え、分かりやすく言うと物理法則みたいなもの。

あなたは水は百度で沸騰し、気体になることを知っているでしょう?

この法則は、神が定めし規則ともいえるし、そうでないとも言える。ただ目の前にある単なる物理法則なのかもしれない。

けれども、そこに主の起こした奇跡が介在すれば、百度で水が沸騰しないこともこの世には起こり得るの。

そうした不条理を必然として体現させるのが魔法なの。

私達人類はありふれた日常では決して認識出来ない程の進化した時代を今、この瞬間も生きているの。

我々は、大型の機械装置を用いずとも、奇跡的な事象を簡単に起こせる程の文明を持っている。

魔法は大抵の人間がイメージしているような古めかしいものでは決してないの。

その辺ところを頭を柔らかくして、当然のこととして、受け入れて欲しい。

真解システムは魔法の根幹的な部分で、主が事細かく決めた決まりにいかに近づけた行動を取れるかと言う指標のことを言うの。

分かりやすく言えば、信仰とそれに基づく結果ね。

主の求めるもの、真実の答えにより近い行動を取った時、奇跡は発生する。

何故なら、そこに主が絶対に存在し、私達を加護しているから。

何故、こんなことをあなたに話すと言うと、正直に言って、自力で魔方陣やPを認識することに成功した魔術士以外のアバターを見るのは私達も初めてなの。」

「僕も、最初はその辺にいるただのアバターの女の子だと思っていた。

奴らの存在を知りつつも僕達みたいにPと戦わずに、ひっそりと生活している魔力適性を持つアバターも少なからずいるから。

実は、うさぎちゃんみたいな後天的に魔力適性を獲得したアバターは、レア中のレアでね。

魔法適性が君の年齢で発現するのは、本当に稀なことなんだよ。

生まれた時から奴らを認識できるアバターは生来魔力を持っている。

裏を返せば、魔力を持っているからこそ奴らから警戒もされる、奴らを倒すのに魔力はとても有効な手段なんだ。だから、魔力を持つものは、結果的に奴らを遠ざける結果につながっているんだ。

今の君の状況を分かりやすく例えるなら、

森林の中で何年も生活してきた原始人が、ある時突然に、雷にでも打たれたのかパソコンの使い方を急に覚えたみたいなようなものさ。

鶴はこんな性格だからはっきりと言わないけど、君との出会いこそ、まさに主から与えられた奇跡なのかもしれない。

僕も本当のことを言うと、相当興奮してるから。」


「今日は、もう、この辺にしよう。アズマル、今、シール持ってる?」

「工房からちゃんと、持って来ましたよ。

先生特製のものだから、効果はバッチしでしょ?」

鶴はアズマルが手渡したシールをめくって、粘着面をうさぎに見せると、うさぎの制服の右袖を捲り、シールを張り付けた。

「紋様が書いてあるでしょう?これは奴らがあなたを見つけることを出来なくする魔法がかけられたシールなの。

魔除けだと思って大切に扱って。あと、明日の朝、あなたを正式に保護するために家まで迎えに来るから。それまでどこへも出かけないでね。」

「明日?そんなにいきなりなんですか?

お母さんにちゃんと説明しないと・・・

それなら家の場所教えますよ!」

「大丈夫、全部こちらで分かるし、ご両親にもきちんと説明するから。

気にせずに家で待っててくれるかな?」

「分かりました。」

アズマルは手持ちのバッグから、紙封筒を取り出した。

「これ、全部君にあげる。」

うさぎは紙封筒を受け取った。厚さは1センチくらいの何かが入っている。

「中見ても良いですか?」

「うん、開けてみて。

うさぎは封筒の中を見た。札束であった。

「本当にもらってもいいんですか?」

「君に全部あげる。気にせず、使って。

それにしても、驚いた!それだけの大金を目にしても、全く驚かないし、それどころかためらうこともなくもらうなんて。やっぱり君、変わってるね!?」

「だって、信じろって言うから・・・

二人は命の恩人なんでしょう?だから、信じます。

お金は使わずにとっておけるもの。

「試すようなことをして、ごめん。やっぱり、君は本物だ。

君なら全てを受け入れられるかもしれない。明日、家を出るんだ。

準備はこちらで全部やっておく。」


「必ず、あなたを守る。家にも帰れるようにする。だから私たちを信じて。」



うさぎは鶴の言葉を思い出した。

怖くて、涙が止まらなかった。

ドアをノックする音がした。うさぎの母の小春理与が、娘を心配して、部屋までやって来たのだ。理世はうさぎに似て、いかにも温厚そうな風貌をしている。

うさぎは泣き顔を見せたくはなかったが、母が余計に心配すると思い、仕方なくドアを開けた。

「どうしたの?泣いたりして・・・

初登校はどうだった?うまくいかなかった?」

「ううん、大丈夫・・・」

うさぎは力なく応えた。

「うさぎ、ちょっと見せて?」

理与はそう言うと、うさぎの右腕つかみ、着ていた寝間着の右袖を捲り上げた。

鶴がうさぎに貼った魔よけのシールが貼られていた。

「あなた、お風呂に入る前、脱衣場に向かう時、上着を着てなかったでしょう?

だからこれが見えたの。これをどこで?

うさぎは答えに窮した。

「魔術士に会った。そして、見えるようになったのね?」

「うん、でも、お母さんどうしてそんなことまで分かるの?」

「魔よけのシールのおまじない、前に同じものを見たことがあるから。

シールの裏面に何か書いてあるんでしょ?

いつから、変なものが見えるようになったの?

「はっきりと見えるようになったのは今日から。」

「あなたが急にいろいろなものが見えなくなったのはもしかしたら、お母さんのせいかもしれない。

 もしかしたら、本当は生まれた時からいろいろなものが見えてたのかもしれない。

あなたに見せたいものがある。

そこの鏡の前に立って、シャツを脱いで背中を鏡に向けて。」

理与はどこからか手鏡を取り出し、うさぎの部屋にあった鏡台を使い、合わせ鏡にしてうさぎの背中を映し出し、うさぎにそれを見せた。

手鏡には昼間見た結界が描かれた魔方陣のような直径三センチくらいの丸形の紋様が映し出されている

「今のあなたなら、この魔方陣が見えるはず。

これが見えるようになったと言うことは奴らと遭遇した結果、闇の力に触発されて目覚めたか、儀式を経て、力づくで見えるようにしたかのどちらかだから。

お母さんにもあなたと同じような力がわずかだけどあるの。

だから、分かる。あなたは捕食されていない。

いつものうさぎそのものだもの。

だから、魔術士に会って儀式を受けたのではなくって?」

「ううん、儀式ってのはよく分からないけど、魔術士の人達にPって言う影みたいな怪物から助けてもらったの。

右腕のシールはその人達に貼ってもらった。」

「さっき見せた魔方陣は私があなたに施したものよ。この紋章は魔法特性を抑える力を持っている。

普通のアバターは生来、Pや魔法精製物を見ることは出来ないの。

そうなるように自然と生まれてくるから。

そもそも、捕食者を識別する能力は希少性が極めて高いものなの。

もしも、奴らを見分けたり、遠ざけることのできる能力をワクチン化して他のアバターに接種出来たら、数多くのアバターが普通に奴らを目視したり、アバターと奴らを見分けることが出来るようになるから。

奴らもそれを恐れてるけど、今の技術では未だそうしたことが可能なレベルまでの技術は開発されていないの。

後天的に特殊な魔力の覚醒をしたアバターは向こうからするととても見分けが付きやすいと言われているわ。

だから、あなたが出会った魔術士はこのシールを貼ったのよ。

私はあなたの物心がつく前にこの紋章をあなたにつけた。

あなたが余計なものを見ずに、心安らかに生きていけるように。

魔法と捕食者は近くて遠い存在なの。

奴らに魔法は有用よ。けど、不思議なことに本質的には近い存在なの。」


「魔術士の人達、明日の朝、迎えに来るって・・・」


「そう・・・けれど、あなたのためよ。

その人達なら、きっとあなたを導いてくれる。

あなたがいつまでも笑顔で生きられるように。

お母さん、ずっと不安だった。本当のあなたが捕食者によって消されて無くなってしまうのではないかって。

いつかあなたが旅立つ日がやって来ると思っていたわ。それが、明日だっただけ。

困ったら、泣き言言いにいつでも帰って来なさい。

お母さん、あなたが無事に戻るのをいつまでも待ってるからね。」

「うん、頑張るね。お母さん、ありがとう・・・」

理与は泣きながら、うさぎを抱きしめ、頭を撫でた。



朝がやって来た。

まだ、日が昇り始めたばかりの早い時間ではあったが、シールの効果がしっかり効いている内に来たいとの鶴からの申し入れがあったため、出発は早まった。

「お母さんは娘さんのこと、ご存知だったのですね。

お分かりと思いますが、彼女をここへ置いておくことは極めて危険です。

娘さんをお預かりします。」

「あなた達が選令門の魔術士と聞いて、逆に安心しました。娘を守ってください。

宜しくお願いします。

この子の父親も私も魔法適性を持っています。

この子には父親の仕事の都合と言ってトリアングルムから越して来たのだけど、あそこはもう、ダメね。Pの要塞都市となりつつある。

奴らは、捕食対象には紳士的かも知れないけど、私達みたいなエキストラには危険な存在だもの。」

「エキストラって?」

「お父さんやお母さんみたいに儀式で魔法適性を得た者のことよ。

儀式と言っても自分から進んでやったわけではないのよ。

慣習みたいな行事の一つで、大昔からあるもので、地域に古来からあるような祭礼などを通じてそこで子供には分からないように魔法適性を身につけさせられるのよ。

その儀式をしても、ほとんどの人は魔力適性が生まれないまま終わってしまうの。

生れながら魔法適性を持ってる子なんて本人に珍しいんだから。

あなたの場合はそれとも異なる。後天的に魔力に目覚めるなんて、本当に奇跡的な確率でしか起き得ないことなのよ。

鶴さんもアズマルさんもお二人共、相当な魔力をお持ちなんですね。

カラーがはっきり見えるもの。」

「僕なんて、全然大したことないですよ。

鶴なんて、覚醒発現ですから。マジ、やばいですよ。」

「カラー?私には何も見えないけど。」

「初歩的な視覚魔法が使えないとカラーは見えないから。うさぎちゃんももその内見えるようになるよ。

ちなみにうさぎちゃんのカラーは真っピンクだね。」

「ピンクだとどうなんですか?」

「ピンクは愛情表現のカラーだからヒーラーが多いかな。」

「そうとは限らないわ。先入観を植え付けないでもらえないかな?

カラーは性格診断みたいなものよ。

魔法能力の判断基準の一つくらいに思っていて、ちょうど良い。

「で、お母さん、鶴さんとアズマルさんはどんなカラーしてるの?」

「アズマルさんは淡い黄色、鶴さんは・・・真っ黒ね」。



7


工房はスバル市街の中心部から少し、離れたところにあるあるらしく、電車を乗り継いで行かなければならない。

三人はうさぎの家の最寄り駅へ向かって歩いていた。

「真っ黒って、君はもう、警戒してたのかい?

僕は、社交上のマナーと思ってあんまりカラー見ないようにしてるから、気づかなかったけど・・・

「うん、ここへ来る前からずっと視線を感じる。学校へ現れたPも恐らく、トリアングルムから、嗅ぎつけて来た連中が手引きしたんじゃないかな?

今、私達をつけて来てる奴らはこの間のシャドウと違ってヒューマンだもの。」

「ここでやるのかい?

人目につきすぎる、あんまりおススメしないけど。」

「工房を見つけられたら、困るから、やるしかない。

後片づけは先生に頼もう、申し訳ないけど。」

「アズマルは援護に回って。距離を取ってもらって、いつものとおりに。

私は相手の正体を見たいから、近くでやる。」

「分かった。気をつけて。」

「二人とも、どうしたんですか?怖い顔して。」

「うさぎちゃん、落ち着いて聞いて欲しい。

僕達は今、奴らに後をつけられてる。」

「えっ?何にも感じないし、何にも見えないですけど?」

「捕食されたアバターは「ヒューマン」と言って、見た目はただの人間と同じにしか見えない。

この間うさぎちゃんの見たPは捕食する前の精神体の姿、「シャドウ」って言うんだ。精神体のシャドウは魔法適性がないと見えないけど、人間体のヒューマンはただのアバターでも普通に見えるから。

これから僕と鶴ちゃんの2人で僕たちをつけて来たヒューマンを始末する。

傍目にはただの人間の殺し合いにしか見えない。

うさぎちゃんは僕の後について来て。」

うさぎは不思議と落ち着いていた。

普通なら絶対に見られない非日常的なことが待っていると心が躍った。

アズマルはうさぎを伴って、鶴の後を追い、国道の反対側まで横断した。

「アズマルさん、あそこのカップル、私達を見てる!」

「えっ!?」

アズマルが敵のヒューマン二人に気付く前に、女のヒューマンがアズマルに向けて、何かを放って来た。

アズマルは半身になりながら、女が放った刃物のようなものをかわし、右の掌から手品のように何かを取り出す仕草をし、両手でその何かを構えた。

アズマルが掌から取り出したのは拳銃であった。

アズマルは女に狙いをつけ、射撃した。

「銃!?」

弾丸は女の左腕に命中し、女の左腕は弾け飛んだ。

アズマルは続け様に女の左胸と男の頭を狙って射撃した。

弾丸の一発は女の左胸に命中し、女は後ろに吹き飛んだが、もう一発は男にかわされた。

男はジグザグに素早く動きながらうさぎ達に向かって突進して来た。

アズマルは腰を落とし、低い姿勢になりながら、更に一発撃った。

弾丸は男の左の脇腹に命中するも、男はそのまま突進して来た。

「危ない!」

うさぎは思わず叫んだ。

男とアズマルの距離が一メートルもないところまで縮まった時、男の右手には、はっきりとは見えないが手斧のようなものが握られていた。

男はアズマルに向かって力任せにそれを振り下ろした。

その瞬間、アズマルの左手は銃から手を離れ、男の手斧を持った腕を下から掴み上げた。アズマルは男の攻撃を防いだまま、右手の銃で男の顎下に銃を押し付け、一発発射した。

男の頭は吹き飛び、崩れ落ちた。

鶴は速足でアズマルとうさぎから離れると、信号を無視して、小走りで国道を横断し、裏路地の中へ入っていった。

すると、うさぎとは国道を挟んで反対側にいた中年のサラリーマン風の男が鶴を追って、裏路地の中へ入っていった。

「うさぎちゃん、相手は一人だけじゃない。

最低でもこちらと同じ三人はいると思う。

僕らを尾行していたヒューマンでこちらが気づいたのは取り敢えず、あの一人だけ。他の連中はまだ、どこにいるかは分からない。

鶴は向こうで、最低でも1人、あわよくば二人以上の敵を一人で始末するつもりだ。「敵の一人がすぐに鶴ちゃんを追いかけていったところを見ると、向こうには多分まだ何人か敵がいると思う。

「鶴さんを助けに行かなきゃ!」

「彼女は心配ない。狙われてるのはうさぎちゃん、君なんだ。

僕と一緒に安全なところまで離れるんだ。

「でも!?」

アズマルは逡巡した。

「分かった。鶴の位置は魔法で大体わかるから。

けど、最低でも一区画分は距離を取るからね。

相手が脇目も振らず、広域魔法を使って来たら、全員同時にやられることだってあ

り得るんだ。」

「Pも魔法を使うんですか?」

「うん、性質はちょっと違うけど、こちらと同じような攻撃をしてくると思って欲しい。うさぎちゃんは足は速い方?」

「う〜ん、ちょっと自信ないかも・・・

私、なんか役に立てることありますか?」

「うさぎちゃんは俺の真後ろにずっと付いていてほしい。

頑張れって本気で念じながら、僕の左肩に利き手を掛けておいてくれないかな。

ちょっと、試したいことがあるんだ。」

「頑張れですね。分かりました!」

「そう、頑張れだよ。余計なことは考えなくて良いから。

それだけに集中して!」

うさぎとアズマルのいる場所から少し離れた場所から大学生風のカップルが二人を見つめている。

「こちらには気づいてないな。

例のガキの方は生け捕りにしろと聞いてるが、やれそうか。」

男の方が女に話しかけた。

「この距離からあれだけはっきりしたカラーが見えるなんて。

男の方は律儀にカラーを隠してるが、女の方は何者だ?

既に何らかの魔法を発動させてるのか?そんな風には見えないが。」

「分からない。男の方だけを先に仕留めるぞ。」

敵の二人組は気配を断ちながら、うさぎとアズマルにじわじわと近づいていた。

「うさぎちゃん、大丈夫!?」

「はい、大丈夫です。」

「あれだけ離れてたのによく、奴らに気付いたね。

やっぱり、君は普通の子じゃない。

動じないし、勘も鋭い。」

「ありがとうございます。アズマルさんが持ってたあの銃って?」

「魔法の一種だよ。僕はスパイ映画みたいなアクション映画が大好きでね。

映画の中のガンマンをイメージして、僕が考えた魔法で創造した銃なんだ。

名前は「スマート」、構造や機能も極めて単純な魔法でね。

本物の銃も携帯しているけど、一応、僕は魔術士だし、射撃までの時間もかなり短くて済むから、普段はこちらを使うようにしている。

僕は鶴みたいな複雑で大掛かりな魔法はあんまり得意じゃない。

だから、精神体で実体がないシャドウの相手は苦手なんだけど、彼女は得意不得意関係なく、実体のあるヒューマンのどちらも相手にできる。

ヒューマン相手の近接戦闘なんて、まさに戦乙女!って感じで、神掛かっていて本当に凄いんだよ。

「いや、アズマルさんも結構なもんですけど・・・」

「魔術士は上に上がいっぱいいるから。その内、嫌でも思い知らされることになる。」

「アズマルさんの肩に手を置いてるのって何か意味があるんですよね?」

「うん。うさぎちゃんを見ていて、一つ分かったことがある。

うさぎちゃんは多分、魔力互換の才能を持ってる。

うさぎちゃんはエキストラの様な魔力適性がわずかにしかない者でも一見して分かるほどの魔力を持っている。

魔力量の多い魔術士は予備電池みたいにして、自分の魔力を他の魔法使いに充填

できるんだ。

さっき、ピンク色のカラーは愛情表現が強いみたいなこと話したでしょ?

魔力互換自体、本来なら魔法を使わないと出来ないものだし、相手との相性にもかなり左右されるんだけど、うさぎちゃんはきっと誰にもオープンなんだね。

肩に手を置かれてるだけで、魔力が湧いてくる感じがした。

気をつけて欲しいのは、利き手を肩において欲しいんだ。

魔法は使い始めの頃は利き手しかうまく使えないから。

おしゃべりはここまで、人が来る前に移動しよう。

鶴をアシストしなきゃ。」

鶴は裏路地の中を駆け抜けた。

その際、左手に持った魔導筆の切っ先で空を描き、反転し後ろから中年の男の姿をしたヒューマンが追いかけてくるのを待った。

男は一直線に鶴に向かってきた。

鶴は後方へ一飛びし、男と間合いを取った。

それと同時にアズマルとうさぎがいた方向から銃声が聞こえた。

「始まったか・・・早くこいつを仕留めなければ!」

鶴は心の中で呟いた。

「誰の指示だ!?どうしてあの子に付きまとう?」

「それを君に話すと思うかな?

君を今すぐ殺して、あの小娘を捕らえに行くとしよう。」

男はズボンのポケットから取り出した黒の手袋をはめると鶴ににじり寄ってきた。

鶴はさらに後ろに一飛びし、間合いを取ろうとした瞬間、男は飛びかかってきた。

「早い!!」

鶴が直感したのと同時、男が鶴に追いつこうとした瞬間、鶴の姿が一瞬半透明になった。

「虚数魔術!?

何か誘ってるとは思ったが。」

男はそのままの勢いで右の手拳で鶴に殴りかかった。

鶴は懐剣を握った左腕でガードする。

「その短剣は使わせない!」

男は左脚で鶴の右脇腹を横薙ぎに蹴りつけると、男の蹴り足が鶴の右脇腹の真ん中にヒットした。

鶴はそのままの勢いで近くの雑居ビルの外壁に打ち付けられた。

男は追撃の手を緩めない。鶴が懐剣を持つ、左側を執拗に殴りつけた。

鶴は我慢しきれなくなり、手にしていた懐剣を落とした。

「もう、終わりだ。

我々捕食者は君らの思っている以上に強い自我を残していてね。

私のように激しい気性を持つものも多いのだよ。

にも、関わらず、捕食出来るのは人生一度だけ。

この、衝動をどうしてくれるかね?」

男はそう言うと、トドメを刺しに鶴の首を両手で締めにかかった。

その瞬間、鶴の右手に握られた懐剣が男の左胸を貫いた。

鶴は男を突き放し、男は倒れた。

「馬鹿な!?左手に持っていた短剣は打ち落としたはず!?」

「バカはお前だよ。

殺し屋の癖によく、喋るんだな。

せっかく虚数魔術に掛けられたことに気付いたのに。

お前が執拗に狙っていた左手に握っていたのはこの懐剣じゃなく、そこの地べたに落ちてる魔導筆さ。

流石にあの短い時間じゃ複雑な魔法は掛けられない。

左手に握っていた物を右手に握っていた物とすり替えるくらいの小さな事実の改変くらいしか。

こっちも急いでるんだ。

死ぬ前に誰がお前らを仕向けたのか、全部吐いてもらうよ。」

鶴が言い放ったその瞬間、男の首筋に書かれた紋章が赤く光り、男のうなじが弾け飛んだ。

「この紋章は・・・」

鶴は敵が首を破壊され、口封じされたと瞬時に察した。

見覚えのある紋章についてある疑念が生じたが、今はそれどころではない。

「大丈夫か!?」

裏路地にアズマルとうさぎが駆けつけた。

「うん、私は大丈夫。2人とも無事だったようね。」

「鶴さん、ちょっと背中貸して!」

うさぎは右手を鶴の肩の上に置いた。

鶴の力がみなぎってくる。

「これは、まさか!?」

「うん、うさぎちゃんは魔力互換の力を持ってる。やっぱり、この子はヒーラーの資質者だよ。本当にもしかしたらだけど、あの予言が本当なら、ヒューマンの除霊が出来るかもしれない。魔法も使えないのに魔力の伝達能力がこんなにあるなんて、普通じゃないないよ。

「敵はまだ、近くにいる。爆撃魔法の使い手よ。

こいつを始末するまでは工房へは戻れない。」

「これだけのことをしたんだ。先生の助力なしに、痕跡は消せやしない。

あっという間に、騒ぎを聞きつけて、たくさんの敵がやってくるに決まっている。

どこへ行くって言うんだい?当初の計画のとおり、工房へ行くべきだよ。」

「工房から、助けを呼ぶわ。アズマルは敵の探索に集中して。

私は工房の外にいる仲間とつなぎを付けるから。」



三人はスバルの中心街へと移動した。

スバル駅のタクシープールを通り過ぎ、線路沿いをしばらく歩き、下町通りへ入ると「歌声喫茶 夕焼け」と書かれた小さな喫茶店がある。

店には窓はなく、表の入口にガラスドアがあり店の裏側に黒色のスチール製のドアがある。

ガラスドアの隙間から古臭い歌謡曲が聞こえる。

うさぎは店の裏側へ回るとドアの前に立ち、ドアの表面に星印を描いた。

すると、解錠音がして、ドアが開き、中から藍色に頭を染め上げ、ラメ入りの整髪料でオールバックに髪をまとめた、老婆が顔を出した。

「あんた達、誰だい?

今の時間帯の符号は星じゃなくて下線に丸さ。

バックドアなんか使いやがって、事と次第によってはあんたらみんな、ただじゃおかないよ。」

「ごめんなさい。

けど、アニャンさんにはいつも星で良いって言われていたんですけど。」

「それはただ、悪意はありませんって意味の符号だよ。

あんた、錠前ぶっ壊してから、今ドア開けようとしただろ?」

「壊しはしませんよ。こちら流のやり方で鍵を開けようとはしましたけど。」

「鶴・・・そういうのを錠前破りって言うんだよ・・・」

「バックドアって?」

「虚数魔法の一種で空間と空間をつなげる魔法のことをバックドアと言うんだよ。鶴はその魔法を悪用して、魔術仕掛けのセキュリティを破って侵入しようとしたんだ。」

「アニャンさんは御在宅でしょうか?」

「その辺で寝てるよ。今呼んでくるからさ。中で待ってな。」

老婆は三人を裏口から店内へ招き入れた。

店内は外観よりもはるかに広い。小洒落た喫茶店と言った趣だ。

「アニャン、お客さんだよ。」

どこからやってきたのか、一匹の黒猫が鶴の足元に寄ってきて、鶴の脚を一舐めした。

ニャア〜ン

「アニャンさん、お久しぶりです。」

「ニャア〜ン・・・それでアニャンさんなのか!」

「うさぎちゃん、驚くところ、そこじゃないからね・・・

工房からの助っ人って、まさかこの猫?」

「アニャンさんは工房とは一切関係ない。

話の邪魔だからちょっと黙っててくれないかな。

「鶴…キツイよぉ…もうちょっと優しくして。」

「夕焼けかぁ。アニャンさん、きれいなオレンジ色してますね!?」

うさぎはアニャンの頭を撫でながら、アニャンを褒めた。

「あなた、まさかもうカラーが分かるの!?」

「なんとなくですけど。そこのお婆さんは髪の色と同じ夜空のような藍色をしてます。」

「なんだい、そこのお嬢ちゃん。魔女じゃないのかい?自己主張の激しそうなピンク色してるのに。」

「アニャンさん、助けて欲しいんです。この子の魔よけのシールが・・・」

老婆が会話を遮った。

「私がこいつを抱いてるから、瞳の中を見つめてごらん。それで話は通じるから。」

鶴は老婆に抱きかかえられたアニャンの瞳をじっと見つめた。

しばらくするとアニャンは老婆の手から離れ、床の上で寝転がり始めた。

「アニャン、こっちへおいで。」

老婆はアニャンを呼び寄せると店内のカウンター内に備え付けられた木製の収納棚の小引き出しから、様々な色の糸で織り込まれた首輪をアニャンの首に付けた。

「鶴、久しぶり!元気にしてたか?」

アニャンは明朗快活な声で話し始めた。

「あんたも、相変わらず、複雑な事情抱えてるねぇ。思考を読み取らせてもらった。

あんたがあたしにどうして欲しいかも分かったから。外が落ち着くまでのしばらくの

間、あんた達を匿ってやるよ。うちの婆様も世話焼きで悪い人でもないからさ。

けど、そこのお嬢ちゃん、あんたの見立てのとおりだったら、かのプレディクトの予言ってのはやっぱり本物なのかもしれない。工房でこの子のことを鍛えるつもりだったんだろ?それなら、あたしと婆様の2人で鍛えてやるよ。少しの間、その子はここへ預けていきな。お前は工房の内情を探りに行くんだろ?

私はあんたの邪推は違ってると思う。あの男はそんな奴じゃない。」

「あの魔法陣は手書きで付けたものではありません。

判を押すようにして、人知れず刻印をつける技術、威力を精密に制御して時限爆弾の様に発動させる能力、思い当たる人は・・・先生一人しかいません。

先生なら、虚数魔法で幾らでも現実を書き換えられます。」

「あんたは純粋だからね。自分が見たものはそのまんま疑う事なく信じちまう。

あと、一度思い込んだら、簡単に答えを出し、確信する。

決意は魔法を強くする。

けど、その信念が自分自身の首を絞め、命取りになる事だってあるんだよ。」

「分かってます。だからこそ、確かめに行くんです。」

「このまま工房へ直行するわけじゃないんだろ?行く宛はあるのかい?」

「トリアングルムへ行きます。

あの子の出自についても詳しく分かると思うし、工房で何が起きたかも分かると思う。それに、プレディクトのオリジナルの予言書を保存している霊廟に行って、予言の内

容を確かめれば、全ての真相が判明するはずです。」

「そう言えば、工房もトリアングルムと同じ管轄だったね。向こうはヒューマンで溢れ

かえってるって言うじゃないか。ここの物は好きに使って良いから。無理しちゃいけないよ。絶対生きて帰るんだ。

主の御加護がありますように。」

「ありがとうございます。」

鶴はアニャンに必ず帰ると誓った。

うさぎとアズマルは鶴から今後の方針についての説明を受けた。

鶴の話ではアニャンとは工房と関わる前からの旧知の仲であり、以前に夕焼けを訪れた時はアニャンの母親のマヤは不在だったとのことである。

アニャンはマヤと共に選令門に登録されている魔術士であり、傭兵家業を生業としているしている腕利きの魔女で、かつて鶴はアニャンから捕食者との戦い方を学んだらしい。母のマヤは表向きは飲食店の経営者であるが、本業は魔術品の古物商である。

鶴は数時間、店の地下で時間を潰すと夕暮れ前には店から出て行った。

さっぱりとしたものである。

「まず、うさぎ、あんたから行こうか?あんた、かなりユニークな感性してるから。

あんたみたいなタイプはごちゃごちゃ説明や手ほどきする前より、形から入った方がいい。

あたしの後についておいで。」

「どこへ行くんですか?」

「この店の地下さ。行けばすぐ分かるから。」

アニャンはうさぎを店の地下へと案内した。

店の地下は倉庫となっている。

店で使う食材や調味料などが棚に並べられている。

「そっちじゃないよ。もっと奥の方さ。」

アニャンが奥のドアに前脚をかけるとドアが開いた。

「さぁ、こっちこっち。」

ドアの中には更に地下へ降りる階段があり、階段を降りると、そこには書棚や様々な道具を置くための陳列棚が並んでいた。陳列棚には大小さまざまの魔術品やアンティークの品々が整理され、置かれている。

「うさぎ、あんたここから好きなもの一つ持って来な。何でも構わないから。

ただ、条件が一つある。

戦うのに必要なものだってことは忘れないでおくれ。」

「何でも構わないんですね?」

「ああ、好きなのを持って来な。」

うさぎは三十分くらい倉庫の中を歩いて、見て回ると、一振りの長刀を手に取り、アニャンへ差し出した。刀は長さ三尺を優に超える長さであり、緑葉色の派手な鞘に刀身は収められており、丸形に六芒星の紋様の意匠が凝らされた鍔が付いている。。

「ほう、こりゃまた、珍しいものを持って来たよ。」

「ダメでしたか?」

「心にもないことを言うもんじゃないよ。嬉しそうな顔して持って来たじゃないか。

これは模造刀さ。」

「切れないんですか?

「斬れないってことはないんだろうが、もともと工芸品で、物を切るようには作られていないのさ。このまんまではね。」

「思わせぶりですね?」

「あんたのセンスにちょっと感心してるのさ。

この刀は魔力を吸う。

魔力を吸って、魔術士を骨抜きにしちまう。コストパフォーマンスがめちゃくちゃ悪いんだよ。けれども、それに見合った対価もきっちりあってね。

刀身に魔法を乗っけられるのさ、魔法剣って言ったら、分かりやすいかな」。

「魔法剣!?素敵!!

「試しにちょっと抜いてみな。」

「はい!」

うさぎは刀を鞘から引き抜こうとした。

「あれ!?抜けない!?」

「今のあんたじゃ、剣を抜く資格すらないのさ。それに抜けたところで、物も切れない。

刀身に魔法は乗せられるけどね。けど、消費魔力がかかり過ぎるんじゃ、普通に魔法使った方が良いだろう?その方がずっと効率が良い。やめとくかい?」

「これにします。だってもう、名前も決めてますから!」

「あんたも物好きだねぇ。で、なんて名前なんだい?」

「名前はわかばです!」

うさぎは目を輝かせながら、アニャンにその名を答えた。

「さあ、そろそろ時間だね。」

「どうかしたんですか?」

アニャンはしばらく待つように言った。

すると、アニャンの姿が長身の綺麗な女性に姿を変えた。

「えっ!?どういうことですか!?」

「これがあたしの本当の姿だよ。」

アニャンはその辺の男にも負けない高身長に、筋肉で引き締まった身体に茶褐色の薄手の肩を出したシャツに、変わった唐草模様の巻きスカートと言ったエスニックな服装を纏っていた。

顔は小さな瓜実顔で、力強いアイラインに大きな丸い目、薄い唇に光沢のある紅をさし、人生負け知らずと言った感のある、意志が強そうで美しい顔をしている。

アニャンは長いストレートの黒髪をかきあげながら、うさぎに本性を見せた。

「下手したら、私と頭三つ分くらい身長違いますね・・・」

「人を化け物みたいに言うんじゃないよ。

あっ、化け猫か・・・違う違う猫が化けてるんじゃなくて、人間が化けてるんだよ。あたしは昼間の間は猫になっちまう呪いをかけられてるのさ。

あの婆様も呪いを掛けられちまってね。向こうは歳をとっちまう呪いさ。

「道理でマヤさんはカッコいい髪形だとと思いました。年寄りには似合わない、こう、ロックな感じが。」

「向こうは薬で呪いの効果を和らげられるから。あたしの方は色々やってみたけど、全

くダメだった。事実を捻じ曲げる虚数魔術すら全く効かない。困ったもんさ。

あたしら親子はこの呪いを掛けたクソ野郎を見つけ出して、ぶっ殺すまでは死なないって決めてるのさ。」

   「いろいろと訳ありなんですね。」

アニャン達は地下から戻って来た。

アズマルはアニャンの姿を見て、腰を抜かしている。

「次はあんたの番だよ。得意な魔法見せてみな。」

アズマルはスマートを具現化し、把持すると構えてみせた。

「で、その後何があるんだい?」

「リボルバー型の銃で僕自身が具現化した弾丸を五発まで同時に断層に装填できます。

リロードに要する時間は五秒、予備弾は五十発です。

あと、射撃の腕には自信あります!」

アニャンはため息を漏らした。

「う〜ん、クソみたいな魔法だな。」

「そんなこと言ったら、気の毒です。

私、実際にアズマルさんがこの拳銃を使っているところ見たことありますけど、超かっこいいですよ!」

「それじゃあ、聞くけど、普通の銃をぶっ放すのと何が違うんだい?

お前さ、はっきり言って魔法ってもんの定義を履き違えてるよ。」

アズマルは返す言葉もない。

「面白いもの見せてあげる。」

アニャンは厨房から一メートル四方の立方体の箱を持って来て、床の上に置いた。箱の上には蓋が付いている。

「私は子供の頃から大道芸が得意でね。

この箱を使った私の十八番の魔法はその経験から来ているものなんだけどね。

魔法の名前は『トイボックス』、この箱の中から、十種類の武器を取り出し、操るのが私の能力さ。」

アニャンは箱の中からテニスボールより一回り小さいボールを二つ取り出した。

「アズマル、私に向けて、あんたの銃で私を狙い撃ちしてみな」。

「何言ってるんですか?危ないですよ!」

「心配ない、絶対、あたしには当たらないから。」

「分かりました。警告しましたからね。」

アズマルはアニャンに向けてスマートで一発撃った。

アズマルが引き金を引くほんの少し前にアニャンの手からボールが床面に放たれた。

ボールは鋭角に跳ね上がり、スマートの銃口の下部に当たり、弾道をずらした。

放たれた銃弾は何故かスマートの撃鉄に着弾した。

「痛っ!?何があったんだ!?」

「手には当てちゃいない。

引き金に突っ込んだ指が骨折してないといいな。

一個目のボールが銃口に当たったのは分かっただろ?

お前は照準をあたしに合わせてるから二個目のボールがどこにあったかまで気付かなかっただろ?

うさぎ、二個目のボールはどこにあった?」

「アニャンさんの少し後ろの頭上です。

「正解。引きずられないところはあんたのいいところだよ。

放たれた弾丸は二個目のボールを捉えた。ボールに当たった弾丸が跳弾となってその銃の撃鉄に着弾したのさ。」

「まさか!?ずれた銃口の先の弾道まで予測して、二個目のボールを投げたんですか?

跳弾って、床に当てて跳ね上がる硬さのボールが弾丸を弾き返すはずがないじゃないですか?」

「投げるボールの強度や柔軟性まで操るところまでがこの魔法の肝な部分なのさ。ボールの扱い一つでこれだけの芸当が必要なのさ。

トイボックスの武器の数は全部で十種類、今やった技の十倍、いや、それ以上に技の

引き出しをあたしは持ってる。

お前とあたしにはそれだけ実力差がある。

お前みたいな弱い男がうさぎや鶴を守れるって言うのかね?お前、魔法世界の中じゃ劣等生の部類だよ。

「そこまで、言わなくてもいいじゃないですか!」

「アズマルは大声をあげて泣き出した。」

   「女の腐ったのじゃあるまいし、ああ、弱い男ってのは見っともないもんだね。」



うさぎとアズマルの特訓は休む暇まもなく、その日の夜から始められた。

「あたし達、魔術士は超人だってことを忘れちゃいけない。

『心頭滅却すれば火もまた涼し』ってあるだろ?こんなことわざもあたし達のいる世

界では実在する理なのさ。真解に近づけば近づくほど無敵になる。人は理屈では分かっていても既成概念や限界を超えられない。そこを超えることができるようにするのが、今回の修行の目的だよ。

時間もなさそうだし、最初から答えを教えておくよ。身体を鍛えたり、魔法の練習を繰り返して経験を積むようなことは他でやっておくれ。

うさぎ、あんたにも課題を与える。その刀をひたすら手にしておきな。飯を食う時も寝る時も風呂に入る時も常に手にしておくんだ。面倒なら、手に縛り付けちまいな。魔力を刀に吸わせ続けるんだよ。魔力を全てその刀に捧げるつもりで。

あんたは勘が鋭い。観察力もある。あたしもあんたと同じ直感で動く性分なんだが、一見、直情的に見える判断ってのは危ういように見えるけど、本人にしか見えないものや経験に裏打ちされた根拠があるものなのさ。

アズマルにキツく言ったのも理由あってのことさ。あの歳で自分の思い描いたスタイルや道具を具現化するってのは実際なかなか出来るもんじゃない。けど、鶴が当たりをつけた相手ってのは今のあいつがどう転んでも敵う相手じゃない。

鶴は死地に赴くつもりで、お前の故郷であるトリアングルムへ向かったのさ。出会ったばかりのあんたの可能性を信じて。

「可能性?」

「プレディクト、あたし達魔法に触れる者達なら、誰もが耳にしたことのある伝説の予言者さ。天智魔法って言ってね、鶴が使う虚数魔法もこの一種なんだけどね。

その真解により近い高位な魔法の中に時読みの術ってのがある。

近い未来を予言するのは予知と予測の見分けがつかない分、眉唾なところもあるんだけど。このプレディクトって予言者は百年単位の先の未来までピタリと言い当てちまうすごい予言者だったのさ。実はプレディクトの存在が世間一般に周知されたのは今の知名度に反して、さほど前のことではなくてね。きっとプレディクト自体が予言を政治利用されたり、その能力を悪用されることを恐れたんだろうね。歴史の表舞台に出てくることはなく、早逝しちまった。ただ、三十数年の短い一生の中で数多くの予言をして、備忘録の形でこの世に予言を残した。その予言の中に未来永劫不治の病と思われたある病が画期的な発見によって根絶されるって記述があってね。魔法の世界に触れる研究者や為政者はその予言について躍起になって調べたのさ。予言の予想の中にはあのPによる捕食衝動を消滅させる大きな発見と言う見立てやシャドウに捕食された人間からシャドウだけを分離させられる方法が発見されるってものもあってね。

鶴はあたしには何も言わなかったが、工房にいたことでこの予言に近い距離にい

たんじゃないかと思ってね。

あたしや婆様、鶴にも捕食者との強い因縁があるからね。

あの子があんたに期待したり、肩入れしたくなる気持ちがよく分かるんだよ。」

「どうしてですか?

ずっと不思議に思ってたんですけど、人によっては魔法ってこんなにありふれた存在なのに、後天的に魔法の適正があるだけでどうしてこんなに珍しがられるのかって?」

「あたし達が心の拠り所にしてる主ってのは一般的にあたし達アバターに真実の答えを紐解かせるために試練や努力を強いるものだと考えられていてね。人間は、それをちょっとだけズルして、儀式を使って人為的に真解の力を目覚めさせてる。鶴みたいに衝撃的な体験から目覚めるものも時折いるけどね。あんたみたいに後から都合よく主の与えた問いの答えを知ってるって言うのはさ、ここから先は言うまでもないだろ?

おそらく、捕食者の連中からも神々しく忌むべき存在として目立つのだろうさ。

お前さっき、倉庫で刀を選んだだろ?お前があれを持ってきた時には正直言って、寒気がしたよ。久しぶりに分かりやすい真解を見た気がしてね。

「あの刀、そんなにすごいものなんですか?」

「すごいも何もないよ。

無銘と言う名前があの刀の本当の名前さ。

名前がないことがその名前の由来、魔法を乗せられるって言ったろ?

あの刀はどんな魔法も載せられる、さっき話した天智魔法の類もね。

例えばやりようによってはどんな物でも切ることができる、そんなこともできちまうんだよ。

お前はその刀の真解を見抜いて、あたしの前に持ってきた。」

「たまたまですよ。戦いに必要なものを持ってこいって言われたから。」

「あたしはあの倉庫にあの刀があったことだけは知ってたんだ。けど、お前それが持ってくるまでその姿を一度たりとも見たことがなかったんだ。あの男がここへそれを持ち込んできた時も、あたしには一切それは見えなかった。その刀には強い不可視魔法が掛けられてる。刀自体が身を守るために魔法を掛けてるのか、誰かが盗難防止のために掛けたのかは分からない。

この絵を見てみな。」

アニャンは近くの棚の小引き出しに入った紙封筒の中から一枚の絵画を撮影した写真の写しを取り出した。

そこにはうさぎの手にした刀と思しき刀を手にした美しい剣士がの姿が描かれている。

「この剣士って!?まさか私!?」

剣士の背格好や髪型こそ、うさぎの姿とは異なるが、その面影はうさぎの姿を連想させる。

「あんたがこれを知ってて、今、コスプレでもしてるんじゃなきゃね。この絵にはある伝説の剣士が描かれていると言う。この写真に写った姿は私が見知っていたものとは今は違う。お前がそれを手にした途端、この絵もそれを写したものも、魔法能力で変容したのさ。あたしは直感を判断基準にしちまうバカな女だから、すぐに、信じちまう。

あたしは今、伝説をこの目にしてる。」


10


アニャンはそれ以上、何も語らなかった。

「あきらめないで。」

実に艶のある声である。

マヤとアズマルは夕焼けの地下二階にあるトレーニングルームで特訓中だ。夕焼けへ来てから、既に三日が経っている。

「もう、慣れましたけど、マヤさん、本当に別人ですね。毎食欠かさず飲んでるそのジュース、そんなに効果あるんですか?」

「うーん、談笑してる暇なんてないんだけどなぁ。ジュースじゃなくてスムージィよ。

おしゃべりして、訓練の苦痛から逃れようとするは、悪いクセね。

けれど、魔力活性についてちゃんとした知識を知っていれば、多少は違うんだろうし、私くらいまで魔法を使いこなせれば、絶対にあなた達の助けにもなるのだろうから。」

マヤはうさぎ達が出会った時の姿とは全くの別人である。

魔力活性の効果があるスムージーだかジュースだかを飲んでいて、昼間は調子が良い。

マヤは夜に近づくに連れてどんどんと年老いてしまうのだ。

アニャンと同じで夜になると呪いの効果が強まるせいらしい。

「私達が普通に経口摂取している食べ物や薬にはそれ自体に魔力を活性化させる効果が普通にあると言われているわ。

精神に効果をもたらすものは特にその傾向があって、あなたが今朝食べた朝食にも集中力が増す効果があるものをたくさん取り入れてるわ。気づいてくれたかしら?」

マヤは艶のある声で、特性の魔力活性料理である朝食についてひとしきり語った。

「さぁ、特訓の続きよ!取り敢えず、昨日までの特訓の成果を見せてもらいましょうか!」

「本当に、朝は元気よくてお綺麗ですね・・・」

アズマルは夕方に近づくにつれて、どんどんと年老い、言葉遣いが悪くなり、性格も醜悪になっていくマヤを思い出す。

自分のイメージとおりに出来ないと口も出せば手も出す、手どころか足も出す。

うさぎ達は隣で終始楽しそうにやっている。

「それに比べてこっちの訓練は・・・」

魔法初心者のうさぎは優等生、それに比べて、経験があるにも関わらず、アズマルは全くの劣等生扱いである。

アズマルはうんざりしている。

アニャンがアズマルに課した課題はスマートのバリエーションを三倍以上に増やすことだった。アズマルはそのための訓練で一日中、様々な威力の魔弾を作らされ、撃たされている。

身体は既にボロボロである。

「うーん、これかなぁ、さっきのかなぁ。」

と言いながら延々と無駄弾を撃たせるのだ。

それでいて、思ったように動かなかったり、口答えをすると、恐ろしい癇癪を起こす。

「本当にこの人大丈夫なのかよ・・・」

アズマルはこの特訓の真意を理解出来ずにいた。

「あなた、私が先生で本当に良かったわね。本物の銃の扱いも大事かもしれないけど、理想系を作り出さなければ、話にならないから。」

「理想系?」

「本来なら、必中の能力を持つガンマンにでも仕立て上げたいところだけど、あなた軟弱者で、絶対無理だから。そう言うのはうさぎちゃんの方が向いているわ。

あなたは彼女と真逆で何事にも懐疑的、魔法世界の知識を自分のこととは思わずに他人事のように認識している。典型的なエキストラ寄りのアクタータイプ。」

アクターとは儀式によって強い魔力適性を得た者のことであり、儀式によってわずかな魔力適性しか持てなかった者はエキストラと呼ばれている。

ほとんどのアバターは魔力適性を持たないため、アクターの存在はほとんど知られていない。

この世界で才能ある者や天才と呼ばれる者はほとんど魔力適性を持つアクターかエキストラであり、魔力適性の自覚すら持っていないアバターの方がずっと多い。

うさぎは鶴から聞いた話では、圧倒的多数のノーマルアバターが絶対的少数で危険な能力を持つアクターを排斥するように作用しないのは、元々のアバターの性質、この世界の仕様によるものであり、魔法世界を消滅させないために初めから主から与えられた人としての性なのだそうだ。

「信念が強い者ほど有能な魔法世界の中で、逆説的だけど、疑り深い魔術士ほど、生きてくる魔法もあるの。それは物事や人の心を見抜くための魔法、私はあなたにはそれが合ってると思うの。だから、この特訓でそれを身に付けて帰っていって欲しいの。

頑張れば大丈夫!あなたなら、絶対出来るから!

ほら、練習練習!あきらめないで!」

実に艶があってはつらつとした声である。

「マヤさん、なんか話が全然噛み合ってないんですけど・・・そういうロジカルな魔法があるのはもちろん知ってます。

けど、昨日までやってた練習、全くそれと関係ないですよね?」

「ごめんなさい。だって、今、気づいちゃったんだもの!

あなたやっぱりガンナーの素質ないから。

昨日もどうしたら良いか、ずっと迷ってたの。だって、あなたセンスないのに一生懸命に頑張ってたから。人生は過ちの繰り返し、気持ち切り替えて、頑張ろう!」

アズマルの怒りは爆発寸前だ。マヤに対して、食ってかかっていこうとしたその瞬間。

「だから、お前は弱いんだよ!」

アニャンが一喝した。

「そこで、婆様の言動を疑うのが魔術士ってもんだろう。

昨日の訓練と今の婆様の発言には絶対に関係があるはずだって考えるのがあたしらの世界じゃ当たり前なんだよ。お前は自分がエキストラでいた時の気持ちが抜けきらないのさ。その辺の小僧と頭の中が一緒、お前が苦しいのなんて、誰も聞いてないし、あたし達にしてみりゃどうでも良いことだからね。

自分達が厄介者で他人様に迷惑かけてるってことすら、気づいてない。

お前がふて寝してた頃、うさぎは手習い同然で覚えた家事魔法でここの床掃除と朝食の下ごしらえを手伝ってくれたよ。それに引き換え、このゆとり野郎は・・・

どうせ、裕福な魔術士の家庭にでも生まれて、英才教育を受けて、そのつまらない魔法を身に付けたんだろう?

時間がないから答えを教えるって言ったのを忘れたのかい?

既成概念を超えろって言っただろ?

自分には出来ないじゃない、初めから出来るんだよ。真解がそこにあるなら、出来るんだよ。婆様はあんたにそれを見つけて欲しくて、無駄弾を撃たせてる。

なんで、それに気がつかないんだい?

あと、お前にとってその銃の能力は絶対のものなんだって、思わせるためにわざわ

ざお前の反発心を煽ってるんじゃないか?その反発心がお前の信念に繋がる。ひいてはお前の魔法を強くしたり、発展させることに繋がるんだよ。これだと思える一発が撃てれば、身体に震えるような衝撃が走って、疲れも一瞬にして吹き飛ぶ。その時が来るまでひたすら、撃ち続けるんだ。スタイルが決まれば頭の中でバリエーションは幾らでも思いつくさ。」

アズマルの顔付きが変わったのをマヤは見逃さなかった。


11


スバルの中心街から北西に約三十キロ離れた場所に憩いの杜はある。

憩いの杜はトリアングルムの南端にある小さな森林であり、キャンプ場等のレジャー施設もあり、トリアングルムの有名な観光地の一つでもある。

この森に男女の魔術士の二人組が訪れた。

間も無く日が登ろうと言う早朝である。

「森がこんなに騒ついてるなんて。飢えたシャドウがこんなにいっぱい。

紅玉、霊廟へ急ぎましょう。

工房であったことをすぐに知らせなくては。」

「姉さん、鶴が来ても分かるように足跡をつけて行くかい?シャドウに付け狙われる恐れも高まるけど、どうする?」

「森の高台に社がある。そこに目印をつけましょう。鶴ならきっと気付くはず。」

翠玉と紅玉は工房に属する魔術士の姉弟である。

姉の久坂翠玉は自然魔法の使い手であり、カラーは深緑である。

翠玉はあまり、身長は高くないが、細身で色白、大きな目には光があり、柔和で聡明そうな顔つきをしている。

自身のカラーを示すように深緑色のワンピースに鹿の革をなめしたタイトなジャケットを羽織っている。

ジャケットはツーピースとなっており、三つボタンのインナーを身に付けている。

頭には麻で織られた草臥れたとんがり帽子、先の尖った革靴といかにも魔女と言った出で立ちだ。

自然魔法は生植物と意思を交わしたり、生植物の力を操る魔法である。

水脈の流れや生物の微細な変化から、物事を読み取る力に長けている。

シャドウに対しては特に相性が良く、鶴の虚数魔法のように大掛かりな術式を使わなくてもシャドウを退治することが出来るため、退魔師とも呼ばれる影祓いの魔術師として、希少な存在である。

弟の久坂紅玉は翠玉と二つ違いの弟であり、火炎魔法の使い手である。

カラーは炎のような赤色で姉想いの優しい青年であり、彼もまた優秀な退魔師である。

翠玉と紅玉の二人は紅玉が数えで五つになる歳に儀式を受けた。

二人の父母は選令門の管理する由緒ある名高き霊廟に使える司祭であり、霊廟の護人として高い魔力と主に近い霊格を持つ一族の末裔であった。

儀式は霊格が高いもの同士が共に行う方が魔力覚醒の確率が高まると言うこともあり、儀式が受けられる年齢になるまで翠玉は待つこととなった。

儀式を終え、晴れてアクターの仲間入りをした二人であったが、魔力覚醒するのは当然のことであり、名家の生まれ故に魔術士となることを宿命として育て上げられた。

特に父の金剛は霊廟の司祭の中でもタカ派の急先鋒であったため、二人を厳しく育てた。

金剛は魔力に目覚めた子供達を十年もの年月をかけて鍛えてあげ、魔術教育機関の最高峰である選令門に入門させた。

選令門はアクターの中でも一パーセントにも満たない魔力適性の持ち主しか入ることが出来ない最難関の学舎である。

二人がその門戸を初めて叩いた日、入門者の案内役として、一人の少女が迎え入れた。

その少女は翠玉と同じ歳であり、先に魔導の道を志していた鶴であった。

翠玉は学舎の中の選抜生が入る一番組へ編入された。

紅玉は魔力適性は高かったものの、一番組の魔力水準には及ばず、その下のクラスへ編入された。

鶴はここでは翠玉の二学年上の上級生であり、学内の中で数十年ぶりに覚醒発現した子供として、既に有名人であった。

鶴と他の生徒がすれ違う度、生徒たちが噂をする。

「あいつだろ、覚醒発現したって奴。」

「何でも両親が目の前でシャドウに喰われたらしいよ。

それで自分の身を守るために魔力が覚醒したんだと。」

「それじゃ、あいつのせいで両親殺されたようなもんじゃん。」

「まぁ、シャドウの目的はあの子だったんじゃないかって専らの噂さ。」

「なら、近づかないに越したことはないな。災いに巻き込まれても困るし。」

「うちの親は絶対に近づくなって言ってる。

家系には魔術士どころかエキストラの一人もいない卑しい家庭だそうだよ。

あいつが親を殺すためにシャドウを招き入れたって話もあるくらいさ。」

鶴の耳には噂話は全て入っている。

鶴は覚醒発現したその瞬間、低レベルの感覚魔法三種を身に付けている。視覚、聴覚、触覚の三つの感覚である。

感覚魔法は高位の魔法を覚えるために必須となる魔法であるが、修得するまでに時間がかかるため、修練を毛嫌いする修習生も多い。鶴の才能を妬み、貶めんとする連中が学舎に跋扈していた。

鶴は翠玉を宿舎である麒麟寮へと案内した。

「私はあなたの指導係を任せられた折原鶴。

この寮の規則や学内のルールは入校前の案内に全て書かれているので、目を通しておくように。

ここでは年齢は一切関係ないから。

魔力が全て、赤子でも自分よりも魔力が上の者がいたら、誰にでも傅がなければならない。」

「あの・・・」

「さっきの噂話のこと?

まぁ、あいつら、誰かに聞かせるようにわざと大きな声で話してるんだもの。

あなたの耳にも当然入るわね。はっきり言うけど、あんな連中はゴミだから。

「ゴミ?」

「あいつらは、自分の意志で私を悪く罵ったと思っている。しかも、面前にいる私に直

接、思ってることを言うことも出来ずに。けど、あなたはすぐに気付いたようね。

あいつらが催眠状態にあったことに。」

「はい・・・門のところで先輩に会った瞬間、気付きました。操霊術の一種ですね。

心の中身を相手に開披させてしまう魔法です。でも、どうして自分の気を害するようなことをわざわざ?」

「私には敵が多いのよ。この魔法は私が修得しようとしている魔法には必須な魔法の一つでね。練習がてら、魔法をかけて遊んだりしてるのよ。

けど、あいつらの噂話を聞いてあなたがどんな反応するか見てみたかったのが本音かな。試すようなことをしてごめんなさい。

けど、宝玉の名前を持つだけあって、その洞察力は伊達じゃないわね?

あなた東方三賢者の一人、行王の末裔だそうね?」

「よく、ご存知ですね?」

「あなたもここではもう既に有名人だもの。あの久坂金剛司祭の娘さん。

あと、行王の末裔ってのは私達と同じ寮にもう、一人いるのよ。東丸って書いてアズマルってとても珍しい苗字の男子なんだけど、知ってる?

「東丸透さんのことですか?」

「正解!東を目指してやってきたみたいな意味だそうよ。

あまり、賢くはないけど、まぁ、気のいい奴だから、仲良くしてあげて。」


12


三年の年月が経った。二年前、選令門をぶっちぎりの成績で首席として卒業した鶴は二十歳と言う若さで選令門天智魔法部定理解析科の助教と言う地位にあった。

定理解析科は虚数魔術や物理法則の研究を主とする部門であり、選令門でも花形の部署の一つである。先輩の後を追って、翠玉も研究者の道へと進んだ。

二人は地位に差こそあれ、同じ歳と言うこともあり、アズマルを加えた三人は親友であった。

当時の定理解析科の首席研究員は真仲介慈と言う男であり、あの工房の責任者であった。真

仲は四十代半ばの壮年の男であり、年齢とはかけ離れた瑞々しい若い肉体をしている。

高身長で、筋肉質のがっちりした体型で髪は長い黒髪を後ろで一本にまとめている。

細面の顔ではあるが、血色が良く、涼しげな目元をしているが、人と接する時の顔は柔和そのものであり、勤務中はいつも暗めの色のスーツに白衣を羽織っていた。

真仲は鶴とは似たような経歴を渡り歩いている。

ずば抜けた魔力適性と人身掌握によって学内政治を巧みに操り、現在の地位を手に入れたエリート中のエリートである。この男の専門は時間魔法、その中でも時読みの術を対象とした

分野に注力していた。

グリーフィングでは、真仲を筆頭に鶴、翠玉、そしてアズマルもいた。

アズマルは選令門所属の魔術士として、現場でヒューマンの捜査とシャドウの駆除の任務に当たっていた。

選令門に籍を置くものは全ての者が複数年現場を経験している。

それは選令門が魔術を研究する学術機関として存在しているのとは別に、設立の当初の目的が捕食者と対峙するために生まれた組織であったからである。

全ての魔術士は捕食者と戦う使命を持っているのだ。

鶴や翠玉は現場での活躍が評価されたからこそ、今の地位にいるのである。

「トリアングルムの文献の分析作業は進んでるかね?

プレディクトの予言の発生時期には規則性がある。

無軌道に発生するはずのシャドウが線状に発生したり、群生地を点在させたり、独自のコミュニティを形成したりすると言った特異な活動だ。

度重なるサンプリングの集積、解析の結果から、次のシャドウの群生地として、高確率でスバルが関係するものと私は判断した。

そこで小規模の工房を設置、観測とシャドウの駆除に当たりたいと考えている。」

工房の『先生』こと真仲介慈は鶴とは翠玉とは選令門の修習生時代からの師弟関係にある。彼は若くして、虚数魔術の研究の第一人者であり、虚数魔法は主の真解に至るための成立

要件が極めて複雑であり、魔法を発動させることを一般技術化させることは難しいとの持論を持っていた。

真仲介慈は、ごく僅かな者しか限定的に使用できない魔法として、虚数魔法の使用は魔術機構やそのノウハウを散逸させない程度の使用に控えるべきとの保守的思想の持ち主であった。同じ虚数魔術の専門家として、魔法の使用頻度を上げことで、捕食者殲滅の戦力の要とするべきとの推進派の立場を取る鶴とは立場を異にしていた。

しかしながら、プレディクトの予言を紐解くことで捕食者の発現生態を明らかにし、駆除実績を高めることで、虚数魔法の使用頻度を上げ、その必要性を高めようとする意志は明らかであった。

「先生は本音ではやっぱり虚数魔術の積極的使用に賛成なのかな?

予言に活動原理の根拠を求めるなんて、私は先生にしてはオカルトに過ぎると思うんだけど。」

鶴は最近の真仲の活動方針に懐疑的であった。

「ずっと、思ってたんだけど、私、先生のこと、ちょっと苦手かな・・・

先生ラブの鶴には言い難いんだけど、正直、あの人、何考えてるか分からないから怖いんだ。」

「えっ?今更?それなら、何でここの部署を希望したのよ。別に司祭にならなくても専門の自然魔法を活かせるところなんて幾らでもあったでしょうに?」

「私は鶴と一緒に仕事したかったんだよ。ずっと、学舎では先輩後輩の関係だったから、おおっぴらに馴れ馴れしくなんてできないし。厳格な父も真仲先生のところなら、文句言わないし。」

「翠玉の直感は当たるから、嫌だなぁ。けど、先生が悪い人じゃないのは知ってるでしょう?選令門であれだけの地位と発言権を持ってるにも関わらず、ことを急がないのは

きっと虚数魔術の本格的な実用化を絶対に成し遂げようって言うことの裏返しだと思うけど。違うかな?」

「私に同意を求めないでよ。

ただ、何か危なそうだから単純に危ないって忠告しているだけ。あの先生、自分の本心やカラーを絶対に見せないって言う信念を持ってるから。」

「そう言えば、魔法の権威って割にはあんまり魔法使ってるところ見たことないし、カラーも見たことないね。」

「鶴にしてはちょっと気を抜きすぎじゃない?

幾ら、旧知の間柄だからって。小さな頃から知ってるって言ってもね!」

「分かった、分かった。ちょっとは意識して見るようにするよ。」

13


真仲は鶴が幼くして覚醒発現した直後、鶴を保護する任に当たっていた。

まだ、彼が駆け出しの魔術士の頃のことだ。


「鶴、アニャンさんと先生付き合ってたって知ってた?

私も最近知ったんだけどさ。あの人、相当な美人だもんね。

勝ち目薄くない?悪いこと言わないからアズマル君にしときなよ。

彼なら裏表ないし、よく見ると結構イケメンじゃない!?お似合いだと思うけどな。」

「やめてよー!ないから、ほんと!

アニャンさんかぁ、私、彼女と知り合ったのは翠玉よりも大分前だけど、そんなこと全然気づかなかった。だって、先生と一緒にいるところなんて見たことないから。

けど、それ、本当?翠玉だって彼女のことよく知らないでしょう?どうしてそんなこと知ってるのよ!?」

「ムキにならないでよ。私の推測だけど、さっきの勘とは違って、こっちはちゃんとした根拠があるから。」

「根拠って?」

「先生、アニャンさんと同じ橙色のカラーをまとってた。

カラーは本人のものは消せても他人の残り香のようなものまでは消せないから。

感応してたんだよ、あの冷静な先生が。

二人はここでは言えないようなことをして、間もなかったんじゃないかな、きっと・・・」

「この子、鋭い・・・」

翠玉の理路整然とした推理に鶴は納得した。


「あの…会って早々なんですけど、ちょっと聞き辛いこと聞きますね?」

グリーフィングのあった日の午後、翠玉の話したことが気になって仕方なかった鶴は夕焼けへやって来て、疑問をアニャンへぶつけた。

「アニャンさんと先生って、付き合ってるんですか?

私の友達の翠玉って子がアニャンさんと先生は付き合ってて、大人の関係がある的な話を・・・」

「確かに聞き辛いわね。鶴は先生のこと好きだもんね。」

「えっ、気付いてました?」

「当たり前じゃない。あなたの想いの強さは普通じゃないもの。

こう、吹き出しが宙に浮いて見えるくらい分かりやすく出てるわよ。」

「恥ずかしい・・・私、覚悟出来てますから、本当のこと教えてください!」

アニャンは下を向いて必死に笑いをこらえている。

「アハハハハっ!いや、おかしくて!ごめんね!」

「ひどい!」

「ほんと、ゴメンゴメン!先生とはそんな関係じゃないから。」

「本当ですか!?」

「本当なら、どんな顔してあなたに答えたらいいのよ。翠玉ちゃんってあのショートボブにカラーリングしてる賢そうな子か・・・

あたしが先生の居室のある施設から出てきたところを見たのね?」

「あの子が見かけたのはアニャンさんじゃなくて、先生です。見えないはずの先生のカラーが橙色してたって。」

「そっか、猫のあたしを見ても分かるわけないわね。あたし、あの時間じゃもう、あの姿に変わってたから。

あたしね、先生から呪いを解くための治療を受けてるのよ。母と違ってあたしは治療で緩和処置すらできないから。

先生は姿を変えた私を抱きかかえていたのよ。それで、カラーがついて見えたんだと思う。誤解しなくて良いからね。」

「安心しました。くだらないこと聞いてすみませんでした。」

鶴は翠玉の言葉を思い出した。


「感応してたんだよ、あの冷静な先生が。」


「アニャンさん、私はもう、その場限りでついた小さな嘘に騙されるような子供じゃないよ。」


14


夕焼けを出た翌日、遅くに鶴はトリアングルムの憩いの森に到着した。憩いの森には予言の解析チームのキャンプがある。シャドウの発生が予測されるポイントとして憩いの森の名前は挙げられていた。

プレディクトの予言は彼の死後も魔法の力で発せられている。霊廟に補完されている彼の予言書に予言が現れるのではない。

もし、そうであるならば文献の解読だけをするだけで済むのである。主が記した預言のごとく、自然現象の中にそれは現れた。

雲に予言が記されることもあれば、湖の水紋にそれが現れることもあった。

予言についてははっきりと明示されることはほとんどなく、暗示や象徴のような抽象的な形で現れることがほとんどである。

真仲介慈の研究結果では予言の発生には規則性があり、シャドウの大量発生と密接な関係があると言うことが判明していた。

また、プレディクトが、死してもその概念、イデアがあり続ける限り、様々な形で予言は発生することも判明していた。

うさぎと出会ったあの日も予言の発生を調べる過程でスバル中央高校を調査していたのだ。

調査の最中にシャドウが発生すれば、それを駆除する。二つの目的で鶴とアズマルは数日前から動いていた。


うさぎの存在そのものが予言なのは間違いない。

残念だけど、予言に関して私の想像できるのはここまで。

あの魔方陣に爆炎魔法・・・

私が魔力に目覚めたあの日、たった一度だけ見た。

忘れるはずなんてない、私を守るために両親を焼き払ったあの魔法。

それに小さな手に握られたあの折り鶴。

私が目覚めた日、本当の意味で私が生まれた日、あの時、あの場所にあの人はいた。

けど、どうして?

スバルの市街で魔法を使ったのは私を助けるためなんかじゃない。

追っ手の口封じをするためだ。

アニャンさん、私には無理だ。

彼が捕食者に与する者だとしたら・・・

もう、最悪の結果しか思いつかないよ。


15


翠玉が訪れた日の夜、鶴は憩いの杜の高台にある社に辿り着いた。

ここは予言の発生場所の予測地点の候補の一つに挙がっていた場所であったが、翠玉の地脈の診断から、シャドウの発生はないと断定されたことから、キャンプの設営場所からは外されていた。

鶴が憩いの杜を目指したのには理由がある。

翠玉がトリアングルムは地政学的見地から捕食者の一種シャドウの集合場所に成り得ると鶴に話したのを思い出したからだ。

翠玉の見立てでは予言の発生が活発になれば、トリアングルムにまずはシャドウが異常発生し、その後、程なくしてヒューマンが集まり始めるとのことであった。

憩いの杜自体もシャドウの群生地の候補の1つであるが、この高台の社については古くから儀式に使用されて来た神聖な場所であるからシャドウはまず近づかないと言う。

それには鶴も同感であった。

翠玉は近く、何かがあったらここに一緒に来ようと言った。気持ちが洗われるとも。


私達はシャドウを追跡することに気を取られて、何かを見失っている気がする。

確かにプレディクトの予言は人類の叡智なのかも知れない。

けれど、アバター、捕食者のどちらかに取って知られてはいけない予言があったの

ではないか。


そう、鶴は思い始めている。

翠玉はおそらく私よりも明確な意志を持って、予言の調査に疑問を抱いていたのだろう。暗に誰にも邪魔されない二人だけの秘密の場所を示したのもそのせいだ。

社の柱から緑色の淡い光が放たれているのが遠目からでも、すぐに分かった。

社には翠玉が張った結界が張られている。

社の中の壁面には魔術コードがびっしりと記載されていた。

それはこれまでに工房に起きたであろう出来事、今後、鶴と翠玉が取るべき行動等が事細かに記されていた。


この緻密なプロトコルの量・・・さすが翠玉。

やっぱり、思っていた通りだった。工房はもう・・・


翠玉が示した魔術コードは工房の非常事態を示すものであった。捕食者からの襲撃により、工房は壊滅、逃走することが出来た魔術士も行方が知れず、責任者である真仲の離席中に襲撃が起きたことから、捕食者への対抗策が高レベルに講じられた拠点である工房が簡単に制圧されたことは工房が元々意図的にシャドウの群生地に設営されていたことを意味し、真仲が捕食者を手引きしたことが原因である可能性が極めて高い事を示していた。

翠玉と紅玉は鶴や解析チームとは別のアプローチからシャドウの発生原因を探っており、近く、トリアングルムでシャドウが大量発生することを予測していたこと、虚数魔法が狭い範囲で濫発使用され、トリアングルム周辺のエリアで魔法適性の全くない無知なノーマルアバターにも簡単に異常が覚知され始めてており、魔法世界の秩序を著しく乱す恐れがあるとも指摘されていた。

翠玉は本件に関し、不正を行う魔術士へ捜査権限を持つ選令門監察局へ告済みであり、秘匿任務を開始したばかりであること、トリアングルムでの捕食者Pの一斉蜂起前には鶴と合流することを希望しており、その時間、場所についても詳細に記されていた。


合流地点は選令門監察局執務室、時間は金曜吉日、巳の刻とする。

憩いの杜から指定した霊脈を辿り、合流するべし。

翠玉からの伝言はそのように記載されている。


金曜、二日後の新月の日の昼か。

月が姿を見せない新月の日には魔力が激減するが、それは相手にとっても同じこと。

時間は充分にある。

それまでやるべきことは・・・


今の鶴には、冷静な判断はもう、できなくなっていた。本来ならば、当然に翠玉の指示に従うべきところである。

しかし、鶴の心は霊廟へ行くことに傾いていた。


プレディクトの新たな予言の発生を待って、先生と対峙するのではもう遅すぎる。

先生を歪ませた真相がプレディクトのオリジナルの予言書に必ず書かれているはず。いくら先生でも予言書を拘束する霊廟の強い魔術を破って外へ持ち出すことはでき

ないだろう

うさぎはアニャンさんとマヤさんが絶対に守ってくれる、アズマルのことだって。

翠玉の用意してくれた経路を辿れば・・・

トリアングルムの中枢までは比較的容易に行ける。

もし、霊廟で先生と遭遇することがあっても・・・

今の自分なら間違った選択はしない。

先生の虚数魔法を見破れるのは教え子である私しかいない。

刺し違えてでも先生の企みを止めてみせる!


16


かの男によって、長い時を掛けて鶴の心にかけられた呪いが間も無く成就しようとしていた。


「大枚を叩いたのだ。

それなりの働きをしてもらわないと困る。

試しに安く三人ほど使ってみたが、悪いが、あの程度の刺客では、選令門の精鋭相手

では足元にも及ばんよ。」

モーテルの一室で男は柱にもたれかけながら同室の者達にぼやいてみせた。

「あんた、この手のギルドを使うの初めてなんだろう?我々も信用商売でね。一見さんはお断りってのが、この業界のセオリーだ。最初の取引で三人もそちらへ回したんだ。

感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないな。」

ソファーに座る男は海千山千の手練れの雰囲気をプンプンとさせている。

「頼むことなら、今後も、企業努力は怠らないでもらいたい。」

「こちらこそ、悪かった。何人回せば良い。」

「お互いの悲願の成就のためだ。対価に合った仕事をしてくれれば、報酬として、生餌として、何人でもそちらへ渡そう。」

「大先生、あのチビ助だけでも、構いませんよ。

あれはいい、よく今まで見つからずに生きてこられたもんだ。不思議でならない。

ちょっとやそっとの魔術じゃ、あの魔力は隠し通せるものじゃない。」

「あの子にはもう、構わないでくれ。

うまく行けば、あの子の力を試すにもってこいの材料と思って、君達を使ってみたが、まるでダメだったな。

未だにあの子の真の姿が見えない。

私でも危険なのだよ、あの子は闇の者には眩し過ぎる。」

「あの子を生かすかどうかは我々に任せてもらいますよ。ボスに会わせてみたい、どんな反応を示すのやら。」

「悪い事は言わない、食べようとするなり、食当たりを起こすぞ。死にたくなければ近づかない事だ。それより、こっちを殺ってくれ。

分かってると思うが連中は手強いぞ。私が手塩にかけて育てたからな。」

男はテーブルの上に並べられた写真の中から、鶴のアップが写った写真を指差した。


17


「私が監察官のヘラルドだ。

こうして会席を設けるまで時間が掛かってしまい、申し訳なかった。

私も何分と忙しい身でね。

久坂翠玉君、君はあの久坂金剛司祭のご息女だとか。大層な才媛と聞いている。

お父上の名前をチラつかされては、話を聞かないわけにもいかないだろう。

しかもあの真仲介慈とプレディクトの予言がセットとなってはね。」

翠玉は選令門監察局の執務室へと通された。上級監察官のヘラルドは監察官の中でも上席に当たり、強引な手法により、不正行為や魔法を使用した魔術士を捜査する腕利きの悪名高き観察官として有名な男だ。年齢は四十代後半といったところか。短く刈り上げた金髪と二メートル近くある身長、富士額に鷹のような鋭い目に高い鼻、プロスポーツ選手のような屈強な身体をしている。

派手で高級なスーツに身を包み、いやらしいほどのギラついた白金色のカラーを放っている。翠玉がこの男の元を最初に訪れたのは憩いの杜に到着する2日前のことだ。

真仲介慈がスバルの地に工房を設営し、鶴とアズマルの調査に肩入れをし始めた時、翠玉の

疑惑は確信へと変わった。

鶴から真仲の専門分野は虚数魔法であると聞かされていたが、空間を切り取り、シャドウ

を折鶴へ変える魔法はシャドウ数匹を仕留めるには大掛かりに過ぎるのだ。

おそらくあの折鶴の中でシャドウは生きている。

鶴は折鶴の処分はあの男に任せていると言った。

虚数魔法は簡単に言えば、現実改変の魔法である。空間を切り取り消し去る手法はアバター世界にとって、座標軸の数値を大きく書き換えることを意味し、主の特別権限に近づく邪法

とも言える行為である。

虚数魔法の限定的使用に留めると主張していたはずの男がそれとは全く真逆のことをしてい

る。修習生時代から鶴が虚数魔法に固執していたのを翠玉は充分過ぎるほどに知っている。翠玉の自然に寄り添うスタンスとは立場を異にするが、翠玉は鶴の魔法に対する真摯な姿勢と才能が好きだった。翠玉は鶴が自分とは全く異なる魔術士と分かっていたが、その強さに憧れた。

 鶴は翠玉にはない心の強さを持っている。それが真解を引き寄せる。一見、邪な魔法と思えるものも主の思し召しであり、それを受け入れるものも当然いる。翠玉は偏った考えを持たないよう努めた。


「あの折鶴の魔法、あれにはちょっと子供の頃からの思い入れと言うか、私なりのこだわりがあってね。

私がまだ小さい頃の話、覚醒発現した時の話、前にもしたことあるでしょ?

私は儀式も一切したこともなかったし、魔法とは全く無縁のごく普通の家庭に生まれ育ったんだ。

裕福な家でもなかったから、遊ぶおもちゃも大してなくて、お母さんはよく折り紙を教えてくれた。

折鶴をどちらが早く折れるか競争したりして、遊んだりしていたわ。

兄弟もいないし、お母さんが、いつも私の遊び相手。

だから折り紙は私のちょっとした特技なのよ。

先生は私が魔力に覚醒した日、あそこにいたの。

珍しく両親と買い物へ行った帰り道、私はシャドウの群れに出くわした。

シャドウは私の両親を捕食した。本当にあっという間の出来事だった。

私はその時からシャドウの姿が全て見えるようになった。

私が強い魔力を放つと、シャドウの群れは消えていなくなった。

けど、ヒューマンとなった両親は私を別のシャドウの元へ連れて行こうとした。

その時、既に魔術士だった先生が私を助けてくれたの。

彼は命の恩人。爆炎でヒューマンになった両親を消し去った。

その時、先生は私にこう言ったの。


『君にはもう、親はいない。けど、一人じゃない。お兄ちゃん達が君を守る。』


って。あの時も私はお母さんと一緒に折った折鶴をずっと握りしめていたの。

この折鶴は覚醒発現と言うか、主の起こした奇跡に遭遇した私と強い結びつきを持っているカタチだから大事にしろって先生に言われたのよ。

先生が空を切り裂き、折り紙を用意する、私が魔法でそれを折る。

翠玉からしたら、馬鹿みたいに見えるかもしれないけど、先生に身心を委ねていられる瞬間なの。

悪霊退治なんて、こんな刹那的な生き方してたら・・・

いつ、死んだって平気だって思ってる。

けど、どうせなら好きなスタイルでとことんやってやろうって思ってさ。

翠玉が心配してくれてるのも分かってる。けど、安心して。私が望んでやっていることだから・・・」



「どうしたのかね、ぼうっとして。」

翠玉はヘラルドから声を掛けられて、我に返った。


鶴、あなたは私が守る。絶対に死なせはしない。


翠玉は固く決意し、心の中で独り言ちた。

「君はプレディクトの死因を知っているかね?」

「心臓に持病を持っていて、それが原因と習いました。」

「確かに世間一般ではそのように伝えられている。

しかし、最近の検証では死の原因は自死によるものと言われている。極度のストレスによる心筋梗塞、歴史の表舞台では彼が精度の高い予知をしたことでストレスを抱え、慢性的な精神疾患を抱えていたと言われている。

それと持病の心臓病の悪化は影響していたと言わざるを得ないが、おそらく本当の死因はこれではない。」

「魔法によるものですか?」

「ご推察の通り、選令門の調査では、彼が何らかの代償と引き換えに予言の力を得ていたのではないかと考えている。」

「彼が予言の力をひた隠しにしていた理由はなんですか?」

「それは分からない。だが、彼の予言は選令門、ひいては我が国、都市国家ポラリスにとっては、宝だよ。

プレディクトそのものが予言を生み出す魔術的機構。彼が望んでそうなったかどうかは分からないがね。」

「自死とはまさか、自ら捕食者のシャドウを引き込んだと?

アバターの性質上、シャドウの捕食行動以外に自分の意思で捕食者へ変質する者はいないはずです。」

「一般的にはシャドウがアバターを捕食しても、捕食されたアバターに外見上、変化はない。

だからこの世界は混乱せずに秩序が保たれている。

我々のように、魔力を宿したアバターにとって、それは常識だ。

シャドウがヒューマンと化し、アバターの一種として社会生活の過程で学習をするとヒューマンとしての小さな自我が生まれると言う。

この悪意ある自我が肥大化したものが、我々魔術士の生涯の因縁の相手だ。

純真無垢なアバターと入れ替わるから問題なのだ。

しかし、自らの意志で捕食者となるものがいたら・・・

「悪に自ら身を貶める行為すら、主によって認知された衝動だと?

それでは我々、魔術士が血眼になって捕食者を駆逐しようとする根拠が根底から覆ってしまいます。

真仲介慈も同じような類のものだと?

「私はそうだと思っている。断定は出来ないがね。

君は彼の不審な行動にいち早く気付いた。彼が強い動機を持ってシャドウと接触しようとしていると」。

「私の範疇では悪意ある魔術士による仕業と考えていました。

ヘラルド氏は今回の一件が魔術士の皮を被った捕食者によるものだと言うんですね?」

だとしたら、トリアングルムやスバルが危ない。」

「御明察、捕食者の集団行動、奴らは陰に潜むことを忘れ、この世界で自らの意志を目覚めさせ、いずれは攻勢に転じる。

無邪気なアバターはひとたまりもない。

彼は今どこにいる?スバルの工房かね?」

「選令門に戻ると行ったまま、姿を消しました。」

「まずいことになった。急がねばならないな。」


18


鶴は憩いの杜から翠玉の用意したルートをたどり、難なく、トリアングルム市街へ入った。新月まで時間がある。それまで、1つ確認したいことがあった。うさぎの出自についてだ。プレディクトの予言が本当に未来に起こる確定的な事実であると仮定したなら、あの男の行動とうさぎとの出会いからある程度、予言の内容について予測することができる。

アニャンさんに見せてもらったあの写真に写っていた絵画は選令門の宝物庫に眠る伝説的聖遺物、「或る騎士の肖像」だ。

被写体は主の加護を受けし、聖人である。

その聖人の名は『スメラギ』という名の騎士であり、主の眷属として、導きにより東の果てにある捕食者達の棲まう世界を旅したと言う。

肖像の姿は年代よって姿を変え、その時代の英雄の姿を現すと言う。

本当にこれが実在していたとしたら、あの男はこれとプレディクトの予言に突き動かされるように暗躍していたのか。

プレディクトの死後に出た予言は抽象的で恣意的に解釈することは非常に危険だ。

英雄の出現が時代に調整をもたらすものとして自然発生的に起きたことではなく、悪意ある何者かによって、人為的に用意されたのだとしたら、その英雄の力は悪用されると思って間違いない。それは最悪の事態を意味する。うさぎのお父さんに会って確かめなければ。


アニャンさんにマヤさん、うさぎを頼みます。

あの子が間違った道へと誘われないように・・・

主の御加護がありますように。


鶴は心の中で祈った。


19


間も無く、夕方である。アズマルの厳しい修行は呆気なく終わりを告げた。アニャンの指摘の後、程なくして、アズマルは真解を得たのだ。彼もまた超難関の選令門を通過したエリートの戦士だったわけである。

「あたしは、こいつならやってくれると最初から信じてたよ。

こいつの面倒を看ると言い出したのも、あたしの方だからね。

真解を得る時なんて、溜まったクソをひり出すようなもんなのさ。

特別だと思い込むから、なかなか出てきやしないんだよ。

主は忙しくて、あたしらなんかにそう構ってられないんだよ。

毎日のように何処其処で奇跡を起こしてる。」

相変わらずの口の悪さである。

「食事中ですよ、マヤさん!

けど、分かりますよ。マヤさんの口の悪さを借りるなら、イッた後の清々しさと言うか、正に賢者モードってやつですよ!」

アズマルが興奮気味にそう言うと皆が口を閉ざした・・・

「これでも、あたしら主に仕える敬虔な魔術士なんだけどね。

これは下の倉庫から持って来たもんだよ。」

アニャンはそう言うと一丁の銃とホルスターを二つ取り出した。

「一丁はこの実銃を使うんだ。

あとはあんたが具現化した銃。

利き手とは逆の手で実銃を使うんだ。自動拳銃だから、装填に時間は要しない。狙って撃てば、当てられる。

今まで、あんたが扱っていた銃よりもずっと大きなサイズだし、弾丸の種類だって、器用に銃によって使い分けなきゃいけないから負担はかなり上がるけどね。」

「リボルバー式の拳銃なのに弾倉に弾が自動的に装填されるんですか?

どう言う仕組みになってるんだろう・・・」

「だから、あんたは馬鹿なんだよ。

 実銃を持たせるのにはちゃんと意味があるのさ。拳銃を具現化する手間を省ければ、弾丸の具現化と精製だけに、集中できるだろう?これを機にいろんな銃に触れることだね。そうすれば、ガンナーとしてのあんたの力量は飛躍的に上がる。

 ただ、構造を知っているって言うのと、実際に触れたことがあるっているんじゃ、具現化する手間や銃の性能の差が格段に違ってくるのさ。

お前、シャドウが苦手とか言ってただろ?

やりようによってはお前の銃でもシャドウにダメージを与えられるんだよ。

実物のただの弾丸や魔力を帯びた弾丸をただを具現化するんじゃなく、自分の霊力、魂を込めて、弾丸の姿としてイメージして弾丸にするのさ。

シャドウってやつは個としての意思をきちんと持った生き物なのさ。お前の魂をぶつければ、相手は拒絶する。

急所に当てさえすればシャドウだって一発で仕留められる。

エリートのお坊ちゃんだから、どうせ周りがお前が捕食されないようにシャドウから遠ざけてたんだろ。

元々、お前一人でもシャドウは倒せたんだよ。

うさぎ、あんたの修行は中途半端になっちまって、悪かったね。

修行はこれでもう、おしまい。

その、若葉とは仲良くなれたんだろう?」

「はい。けど、おしまいって?」

「これから、悪い客がここへ来るんだよ。胸糞悪い野郎どもが・・・

あたしと婆様はそいつらの接客をしないといけないから。

あんた達は地下の非常口から出て行っておくれ。商売の邪魔だからね。

私達が隠れてたのがバレたんですね。けど・・・私とアズマルさんも力になります!

「商売の邪魔だって言ってるだろう!

うさぎ、あんたの命が最優先なんだ。

鶴もあたしもあんたが選ばれし者だって信じてるんだ。

悪いけど、今のあんたをここへ置いておいても、足手まといにしかならない。

片手が塞がっちまうからね。ここはあたしと婆様の指示を聞いておくれ。

婆様が旅の支度をしてくれてある。そこの布袋を持ってここから、早く逃げるんだ。少しでも遠くへ。時が来れば分かる、お前が鶴の命を助ける時が必ず来る。

それまで逃げて逃げて生き延びるんだよ。

アズマル、あんたにこの子と鶴の事を頼んだよ!

男だろ!プロの魔術士だろ!やる時はカッコよく決めるんだよ!分かったな!?」

アニャンは二人に檄を飛ばすと、夕焼けの表玄関を開けにに姿を消した。

「あきらめないで・・・」

マヤはそう言って、アズマルとうさぎの頭を撫でると二人に旅道具一式が揃った布袋を手渡した。

「この中にはあんた達の戦いに役立つものがたくさん入っている。余裕がある時に、中を確かめておくんだね。

さあ、開店だ!今日は久しぶりに客でいっぱいになりそうだ!あんたら、邪魔なんだから、早く出て行っておくれ!」

そう言ってマヤはうさぎとアズマルを厨房から追い出し、地下倉庫へのドアに鍵を掛けた。


夜になると夕焼けの表口から五人の男達が入って来た。若い者から壮年の者までいる。その中にはあのモーテルの中の一座にいた者も含まれている。

「娘を渡してもらおうか。

そうすれば、シャドウに捕食させてやる。苦しまずに楽に死ねるぞ。」

モーテルにいた男が凄んで見せた。

「アニャン、先にお前がこいつらの相手をしてやりな。あたしは一杯ひっかけるとするよ。酔わなきゃ、こんな下品な客の相手なんてしていられないからね。

面倒なら、全部やっちまっても、構わないよ。真打ち登場はどうせ、この後なんだ。どうせ、お前の惚れたあの根暗野郎もここへ来てるんだろう?」

 マヤはグラスに入った液体を飲み干した。見る見るうちに力が漲ってくる。

アニャンの足元にあったトイボックスから、刺々しい鞭が飛び出し、アニャンはそれを手にした。鞭からは、様々な長さの刃が生えている。

「トイボックス、さすがだね!あたしが可愛がってるだけあって、今どんな気持ちかよ

く分かってるじゃないか!

お前ら、これから盛大に殺してやるよ!

死にたい奴は勇気を出して、一歩前へ出な!!」

アニャンは鞭を持つ手とは反対の手で二度、相対する敵を手招きし、挑発する仕草を見せた。

男の一人が飛び出した。同時にアニャンの振った鞭がしなり、瞬きする間もなく、男の首と右腕に絡みついた。

「さあ、これを引っ張るとどうなると思う?」

アニャンが素早く鞭を引くと男の頭と右腕が男の身体から離れ、血飛沫と共に滑り落ちた。

「あんたら、ヒューマンはご立派なことに殺人衝動とやらがあるらしいね。

それは、あたしら魔術士も全く同じだよ。お前らが憎くて憎くて仕方がない。

主はアバターに試練を与えたのかもしれない。お前らと戦えってね。

主から与えられた奉仕や勤労に喜びを感じちゃいけないなんて、決まりはないのさ。元のアバターには気の毒だけど、遠慮なく御命頂戴致しますよ。」

男の一人が、何処からか手にしたショットガンでアニャンを狙い撃ちしようとした。その瞬間のことである。アニャンの後ろから投げられた酒瓶が男の頭に命中した。

「急かすんじゃなくってよ。貴方のお相手は私が務めましょう。」

若返ったマヤは艶っぽい声でそう言った。

男が撃ったショットガンがマヤに向かって続け様に撃ち込まれ、全てマヤに命中した。

だが、摩耶は傷一つ負っていない。

「バケモノのくせに一丁前に必中の魔法なんて使うのね?悪いけど、そんな豆鉄砲、当

たったところで、痛くも痒くも無くってよ。

アニャン!やっぱり、若返り薬とこの特製のサプリ、とっても、相性が良いわ。

物理耐性の上がり方が半端ない!今度あなたも飲んでみて!オススメだから!」

男はショットガンを捨てると、掌をマヤに向けて、影を放って来た。

アニャンは影に向かって鞭をしならせたが、鞭は影を捉えられない。

「こいつ、シャドウを飼ってる?

ばあさん!その影に気をつけるんだ!

そいつ物理攻撃も効かなけりゃ、下手したら、魔法すら効かない!」

「女ぁ!勘が鋭いな、感心したぞぉ!」

モーテルにいた男がショットガンの男の肩に手を置きながら、叫んだ。

「分かってますよ!マヤは手品のように掌から黒くて先端に宝玉のついたステッキを出すと魔法を唱え始めた。」

「闇夜にひたひたと満ち足りる、聖水(ひじりみず)、映せよ映せ、偽りなる姿をここに映せ!」

マヤはそう唱えるとステッキを力強く、床に打ちつけた。すると、店内の上部に設置されたスプリンクラーから水が一斉に噴き出した。

店内が瞬く間にびしょ濡れになった。アニャンはその隙を見逃さなかった。ショットガンの男を狙う素振りで鞭をしならせたが、目的はその後ろにいるモーテルにいた男であった。男は鞭の軌道を読み、ショットガンの男から離れ、後ろへ飛び退った。

シャドウはマヤとアニャンを見失ない、右往左往している。

「ゴトウのおっさん、ハズレの方を寄越したと思ったが、とんでもない間違いだったな。

こっちの姉ちゃんと年増女の方がよっぽどヤバそうだ。

俺の名前はスズキって言うんだ。

あんたらが死ぬ前に一応、名乗っとくぜ、名無しの権兵衛に殺されたんじゃ浮かばれないだろうからな。」

スプリンクラーから放出された水は魔法によってシャドウにダメージを与えるために作られた魔力を帯びた水であり、聖水のようなものである。

「操縦者から切り離されると上手く動かないみたいね。しかも影の分際で魔法を無効化する術を使っている。」

「お前ら、黙って突っ立ってないで、手を貸せ!」

スズキと名乗ったPの両脇にいた二人がジワジワと動き出す。

「サトウだかイトウだか知らないけど、死ぬのはお前らだよ、バーカ!

ばあさん、あとはよろしく!」

アニャンはそう言うと、トイボックスの中へ飛び込み、蓋を閉めた。マヤは既に詠唱を始めている。

「レンエンレンエンハッケハッケ偉大なる火の行者よ、我にその力を貸し給え!」

「マズい!」

マヤが魔法を唱えると一瞬店の中が煌めいたと思うと、大爆発を起こした。店の大半が爆風で吹き飛んでいた。爆煙で視界が悪い。

アニャンがトイボックスから顔を出した。

「ばあさん、店を改装しておいて、本当良かったね。」

「先生にこの魔法は通じないでしょうからね。

この家を改装するときはいろんな仕掛けを作るって決めてたから。

けど、まさか本当に使うときが来るとは思わなかったわ。備えれば憂いなしね。

あのシャドウを操る男の魔法で操縦者と両脇の下っ端が直列繋ぎになって、シャドウを増やされたら、相当面倒だったよ。

物理、魔法共に無効ってんじゃ、影を操っている術者を倒す以外にないからね。

どうせ、他の連中が盾になる戦法だったんだろ。」

爆煙が晴れて、焼けた店内の様子が明らかになってきた。ショットガンの男は消し炭になって四散している。スズキの右脇にいた男も身体のいたるところが損焼し、絶命している。スズキと左脇にいた男は魔法防壁を張り、軽傷である。

「やってくれたな・・・」

アニャンはトイボックスの中から、鞭から弓矢へと武器を入れ替え、間髪入れずにスズキの左脇の男へ矢を放った。矢は男の心臓と額を射抜いた。

「まだ、やるかい?さっきのシャドウもお前の術式が、途切れたからどうせどっか行っちまったろう?まぁ、残っていたところでどうとでもなる。」

「アニャン、そのシャドウならこっちで始末しましたよ。」

「バカな!?どうやって消したんだ。物理魔法共に効かないはず!」

マヤは人型の黒いシミのついた木札を出してみせた。

「私は娘と違って、脳筋なんかじゃなくってよ。シャドウの封印くらいの初歩の虚数魔法なら朝飯前ですわ。」

マヤはそう言うと、木札を真っ二つに割った。

スズキは観念し、宙へ飛び、その場から逃げ出そうとし、背中を向けた。

「情けない男だねぇ。」

アニャンは捨て台詞を履くとありったけの矢をスズキに打ち込んだ。


「聖水を触媒にした爆炎魔法、街の殺し屋風情の愚か者共が気付く訳もない。

やはり、ここから少し離れたところにいて、正解だった。。

二人とも、相変わらず、美しい。

大事な店を焼き払ってまで、お招き頂けるとは、光栄だ。。」


黒色のローブに身を包んだ魔導師、真仲介慈が爆煙の隙間から姿を現した。


「三下共に斥候紛いのことをさせるなんて、悪趣味な野郎だよ。どうして呪いが解ける夜を待ったんだい?」

「もう一人の私が最期に君の姿を一目でも見たいと言い出したのだ。

呪いの解ける夜なら万に一つの勝ち目でもと思ったのか。」


「先生、どうしちまったのさ・・・

いつから、そんな風になっちまったんだい?」


「君達親子が彼の背中を押したのだ。

彼が予言に夢中になったのは君達の呪いを解くためだ。

彼が君に預けたあの刀、あれは本来、形の無いものを切るためのものだ。

魔力を切るのはもちろんだが、呪いの概念そのものや捕食し取り憑いたシャドウだけを切ることが出来る。

私は移り気ジョニーと言う名のシャドウで、他のシャドウとは少しばかり違う特殊なシャドウだ。アバターの身体を何度でも出入りできる。

彼の発見には本当に驚いた。同時にあの特異な魔力を持つ少女、私の取り憑くべき、終の住処はここだと決まった。

予言は真実へと姿を変える。

あの子の身体とあの刀は私のものだ。

私が全てを制してみせる。」


「悪いけど、あの子はここにはもういないし、あの刀もありゃしないよ。あの子じゃなきゃ、あの刀は扱えないどころか、お前にはどうせまともに見えもしないんだろう?

お前、予言に何が書かれているか知っているな?

予言を覆すためにあの子を捕食しに来たんだろう?

私には分かる、無銘はあの子を選んだ。あの子は英雄さ、お前にあの子は殺せない。」


「ここから、逃げていれば。命までは取られなかったかも知れぬものを。

時間稼ぎのつもりか?この男は非常に優秀な男だ。傷を付けずに大事に扱いたいところだが、仕方ない。」


 男の表情は険しくなると、言葉遣いが変わった。

アニャンとマヤは身構えた。

空間に揺らぎが生じた。

「どう言うこと!?」

爆風で吹き飛んだはずの建物が全く元の形に戻り、スプリンクラーから水が噴き出している。真仲の虚数魔法によって、夕焼けが爆発前の状態に復元されている。

「逃げて!」

マヤは右手の人差し指で壁面に大きな魔方陣を描き、扉を出現させ、アニャンを先に逃がそうとしている。

「逃がすものか。」

真仲が指を弾くと夕焼けは再び爆発を起こした。

マヤは左手で書いた魔方陣で爆風を防いだ。ただ、魔力を使いすぎたのか。老婆の姿へ戻っており、瀕死の状態である。

「娘をどこにやった?」

マヤは無言のまま答えない。

「そのドアを無理やりこじ開けるまでだ。」

「ドアは私にしか開けられない。

あのガキどもだって、どこへ行ったのかねぇ。

探したって無駄さ。」

「転送魔法か・・・この男の虚数魔法を使えば、娘がどこへ行ったかなど、すぐに分かることだ。」

「ただじゃ、死にはしないよ。たっぷりとお前を苦しめてやる。」

マヤは両手を組み、読経を始めた。

「死ね!」

真仲の右手から発せられた爆炎によって、マヤの頭は吹き飛んだ。

マヤは死体となって、そのまま床に倒れこんだ。

すると、辺りからマヤの声が聞こえ始めた。


「この罰当たりのバカめ、何も考えずにあたしを殺ったな・・・

あたしを殺らなければ、良かったものを・・・

死と引き換えにお前に取って置きの呪いをかけてやった・・・

お前は自身に呪いをかけられたことなどないだろう・・・

あたしはねぇ、何年もクソみたいな呪いに苦しめられてきたんだ。

そのせいで、嫌というほど自分の呪いを解くためにたっぷりと呪いのことを調べさせられたのさ。

そして、あたしに呪いをかけた男を呪い返してやるために、とっておきの呪いを用意しておいたのさ。

そこに三匹の猿がいるだろう?」


真仲の前に三匹の幻の猿がいる。


「その猿は三猿と言って、元は縁起物なのさ。

けど、お前らPにとっては違う。見猿、言わ猿、聞か猿、追えるのはたった一匹だけ。

さあ、どれを選ぶかね?」


真仲はそこまで聞いて、呪いの意味を察した。真っ先に口を手で抑えた猿を追いかけ捕まえた。目を抑えた猿と耳を抑えた猿は姿を消した。


「それではお前の目と耳をもらうとしよう。

口を選んだのは賢かったね。魔法は今までどおり使えるじゃないか?

あのおチビちゃんがお前を殺しに来るまで、せいぜい、短い余生を楽しむんだねぇ。あはははっ!」


すると、マヤの笑い声は消えた。

真仲は光と音を失った。


後編も既に執筆済みで、続編も何作か既に出来ています。機会があれば投稿するつもりです。

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