『記憶喪失のキツネ』
自分の好きな要素を入れまくった作品です。挿絵とキャラデザ を自分で作りました。ケモ度高めです。
よろしくお願いします。
…………。
…うぅ、痛い……頭が、痛い…。
ガンガンする……目が…鉛のようにおもい。
…………。
……。
何をしてたのだろう。頭がぼんやりする。
私はいま、仰向けで目を瞑っている。どこかで。
背中から伝わるペタペタで冷たい土の感触。若干感じるチクチクとした枯葉の触感といくつか小石が食い込む痛み。
ああ、動きたくない。ずーーっと寝ていたい。
でも、今の私のお腹の中は空っぽだ。
何か食べたい。何でもいい。食欲が止まらない。それほど何にも入っていない。
どうしよう、かな。
パッと目を開けた。
見えるのはちっぽけな空。周りの高い木と木の裂け目から見える空。
いい天気だなぁ。雲ひとつないや。
でもずいぶん遠くに見える空だった。
上半身をゆっくり起こす。
頭がはっきりと回らず、そのままの姿勢でぼーっとしていた。まだ目が完全に覚めてない。
目の前には木がたくさんあった。大きくて太い幹で、立派だった。
森の中かな、と思った。暗くて鬱蒼とした、知らない森……。
ふと何か音がするのに気がついた。
チョロチョロと、水が流れるような音。そういえば、喉も乾いた気がする。
音のなる方に向かう事にした。
足に力を込めて、のっそりと立ち上がった。しかも近くの木に手を置きながら、だ。
耳をすませて、どこから聞こえるか調べる。
あっちかな。
よろよろ歩いて行くと、小さな川が見えてきた。
川というより、枯葉の上に通る水の流れというべきか。綺麗か怪しかったが、文句は言ってられなかった。
川に口をつけた途端、ゴクゴクと飲んでいた。
小さな枯葉を間違えて口に入れそうにはなったものの、思ったより美味しかった。
水を飲むと、頭が冴えてくる。
気分が落ち着いたので川の近くに座り、辺りを見回した。
鬱蒼としげる木々はどれもとても高い。首をだいぶ傾けないとてっぺんが視界に入らなかった。
逆に下の方を見ると、薄らと枯葉の絨毯が広がっている。
それに木の根本には栄養を奪い合うような他の植物は少なかった。恐らくそこまで光が届かないから、か。
でもいくら見渡しても、見覚えの無い場所だ。
「……見覚えが……ない」
自分でそう思って不思議に思った。
寝ていたのだから、きっと自分の足でここの森に来たはずだろうと思ったからだ。
でもしばらく歩いても見渡しても、知っている景色は一つも見つけられなかった。
おかしいな、と思った。何でだろうと思った。
そして次の瞬間、とんでもなく恐ろしいことに気がついた。
……記憶が、無い。
何も思い出せない。
自分の名前。住んでた場所。親の顔。友達や恩人。
これまで生きてきた思い出、全て。
自分が今何歳なのかも、分からない。
私は誰? 何でこんな所にいるの?
頭が真っ白になった。軽いパニックにもなった。今にでも発狂してしまいそうだ。
あぁ、こんな所にいてはいけない。誰かに助けを求めないと。
そう決意し、腰を上げた。
歩く。歩く。必死に歩く。
しかし、進んでも見えるのは同じような木だけ。ちゃんと進めているか心配になってくる。
そうしていると私は、先の見えない不安からつい自然と暗い方に考えが行ってしまう。
(もしも出口が見つからなかったら……? ここで死んだら……?)
きっと誰にも見つけてもらえない。誰にも知られずひとりぼっちで死んでいく。
いざ死ぬってときに、せめてもう一度会いたかった人すら、今の私には思いつけない。
それはなんて寂しい事なんだろう、と思った。
ふとあたりの薄暗さが強くなっているのに気がついた。もうすぐ夜になる気がする。
暗いまま動くのは、危ないとは思う。森の中には何があるか分からないから。
もしかしたら、穴に落ちたり、木の根につまずいたりして無駄なケガをするかも知れない。
だからそうなる前になんとかしたい。
私は足を速めた。
そんな努力も虚しく、気がつけば辺りは真っ暗。
かろうじて足元は見えるが、ますます見えづらくなる視界に怯えてしまう。
こわい、こわい、こわくてたまらない。
「誰かっ!」
気がつくと私は叫んでいた。出来る限り大きな声で。
何度も何度も叫ぶ。
しかし声は、以前よりも闇が深くなる木々の隙間に吸い込まれていくだけ。
「誰かっ! 誰かっ! いないの!?」
そうして叫びながら歩いて、どれほど時間がたっただろう。
お腹が空きすぎて足が動かなくなりそうになる。力がでない。
なにくそ、と思ったが、そのうち歩けなくなってしまった。動きたくても動けなくなってしまった。
「だれ、か……」
私はなす術もなく、バタッと音を立てながらその場で倒れ込んでしまった。
「…しか…… っちから………ぃ……おーい……」
声が聞こえた。どこか遠くから小さく。上手く聞き取れない。
「……おーい、誰かいるのかー!?」
今度はちゃんと聞き取れた。少し低い声だった。
男性の声だろうか。しかもその声は誰かを探す声。
ひょっとして、助けに来てくれたのかもしれない。
私は藁にもすがる思いで最後の力を振り絞った。
「……助けて、下さい!」
精一杯の大きさの声を出した。
すると聞こえてくるパキパキと枯葉を踏む音。そしてそれは自分の方に近づいてきている。
(よかった! 聞こえたんだ!)
木々の間から誰かが現れた。私を見た途端走って近づいて来てくれたが、暗いのと私が横たわっているせいでよく見えない。
「!? 大丈夫か!!」
優しいおじいさんのような声がした。
助かった…と思い、私はその人の顔を見るために顔を上げた。
「……ひっ!」
声を出してしまった。あまりの恐怖で。
そこにあったのは恐ろしい姿だった。
不気味に『光る』二つの目に『飛び出た』鼻、そして闇の中うっすら分かる『毛むくじゃら』の体。
月光に照らされ、かすかに形作られるそれは余りにも異様で、
私は化け物だ、と直感的に感じた。
「きゃあああ!!」
「なんだ、どうしたんだ! おいっ! しっかりしろ!」
私の意識はそこで途絶えた。
「うわあっ!!」
「……あ、れ?」
私は大声を出して、目を覚ました。
見えるのは、木目の天井。
右に首を傾けると窓があり、青色の空が見える。
今は何時なのだろうか? 朝? それとも昼? どれほど寝ていたのだろう?
意識がだんだん冴えてくると、ベッドで寝ていてかけ布団をぶっ飛ばした状態である事に気づく。
自分の頭の中に、ひどくうるさく心臓の音が響いている。
冷や汗もかいていて、びっちょりしている。
(なんだかとても恐ろしい夢を見た気がする……)
確か私は森にいて……歩いて歩いて…
夜になって、それで――
恐ろしい化け物に会ったよう、な。
「……まさか」
あぁ、夢だったのだろう。全て。
そう思うと、自然と落ち着いてきて、鼓動はおさまってくる。
「……ほっほっほ」
ふいに笑い声が聞こえた。
声の方を見ると、誰かがベットの側で立っていた。
「……!!」
それは、あの時の『化け物』だった。
「夢じゃ、ない……!?」
そう、そこに化け物はいたのだ。
暗闇の中だったとはいえ、ちゃんと覚えている。
少しだけの光に照らされ一層不気味だった、あの姿を。
私は恐ろしさに、掛け布団の中に逃げ込んだ。
じゃあ、森にいた事も、記憶喪失なのも、全て本当?
そもそも一体ここはどこ? 化け物は一体私に何をするつもりだろう?
色々な考えが数秒で頭の中を駆け巡る。
「怖がる事はない。ワシはお前さんに何もせんよ」
そんな私を見て、化け物は語りかけてきた。
布団越しに聞こえるその声は、おじいさんのようだった。
そう。あの時森で聞いた声。
……落ち着いて聞いてみると優しくふわふわした声で、敵意は感じられない。
「ほらほら、大丈夫じゃよ」
そう言われ、私は少しだけ布団から覗いてみる。
そこには顔があった。森にいた時と違い明るいので顔全体が見える。
大きな丸顔にちっちゃい耳と大きな鼻。その鼻の上らへんにある、黒いつぶらな瞳。
思った程怖くはなかった。
ある『一点』を除けば。
「何でワシの顔を見ていちいち驚くんじゃ? 顔、そんなに怖いのか?」
「そ、その……」
私はじろじろと顔をみる。
「その、けむくじゃ、ら……なの、で……」
震える声で私は言った。
なぜなら、その化け物は茶色い毛と黒っぽい毛で全身が包まれていたからだ。
それは、とてもとても奇妙な光景だった。
「? それはキツネ族のお前さんだって同じじゃろう」
「……え?」
「ほら」
そう言って、目の前の化け物はある方向を指差した。
私はつられてそっちを見る。
すると――
そこにはかけ布団を握る『三角の耳』と『尖った鼻』を持つ『けむくじゃら』の生き物がいた。
数秒後、私はそれが鏡にうつる自分の姿だと分かった。
自分の手でそれらを確認してみる。ふと気づくとその手もけむくじゃらになっている。
「なに、これ!?」
私はベッドの上で立ち、全身を見回した。
お尻の方を見るともふもふした尻尾があった。何で今まで気がつかなかったのだろう。
口周りから胸元にある部分と、手と尻尾の先にある白い毛を除けば全体が黄色い毛で覆われている。
そして耳と耳の間にふさふさした前髪のようなものがある。
「よかった。死にかけなほど衰弱はしていなかったようじゃの。お前さんまだ子供か」
「なっ、どうなってるんですかコレ!?」
私は鏡に映る自分の姿に、そ気のせいだとは誤魔化せなほどの『違和感』を感じていた。
その得体の知れない『違和感』は、私の三角に尖った耳やふさふさの尻尾などから染み出している。
だが、その正体が何なのかは私には全く分からなかった。
「変な子じゃの」
自分の耳や口をベタベタ触る私を見て、化け物……ではなくおじいさんが話しかけてきた。
「お前さん、名は何という?」
「……くて」
「?」
「……何も思い出せなくて」
「なに!? 何も分からないのか?」
「はい……」
「親の名前とか友達とか、全部か!?」
こくりと私がうなずくと、おじいさんは困り果てて頭を抑えた。
「長い間生きてきたが、こんなの初めてじゃ」
「信じてくれるんですか?」
「うーん。嘘をついているようには見えんからなぁ」
こんな現実離れした素っ頓狂な話を、おじいさんはすぐに信じて真面目に聞いてくれる。
全然化け物なんかじゃなかった。むしろそう思っていた事に申し訳なさすら感じた。
(……?)
何かいい匂いがするのに気がつく。そういえば、部屋の奥には台所のような物が見える。
「あぁ。あれは朝飯じゃが――」
よっこらせと言いながら立ち上がると、スタスタと台所のほうに歩くおじいさん。
奥からは、何やらガチャガチャと皿同士が触れ合うような音が聞こえてくる。
「食うか?」
おじいさんの手には粗削りの木製の食器があった。
私の返事も待たず、再び背を向けたと思えば、何やら台所にある鍋の近くで何かをしている。
少しすると彼は、ベッドの横にあった低くて丸い食卓にコトっと音をたてて置いた。
それはゴロゴロ具材がたっぷり入ったスープだった。
「あ、ありがとうございます……!」
私はベッドから飛び出してスープを飲み始めた。
(……おいしい!)
あったかい。体が冷えていたのでこのスープの暖かさがとてもありがたかった。染みる染みる。
「ほら、まだまだあるからなあ」
すっかりお腹が膨れて、思わず笑顔が溢れる。
私の食べっぷりを見て、よかったよかったと言うおじいさん。
そうして、すっかり落ち着いた私は、おじいさんと話をする事にした。
「ワシはタヌキ族の、ワラテツじゃ」
「ワラテツ、さん?」
「このフォークス村で長い間ひとり暮らしをしていてな。山菜をとりに行って村に帰る時、お前さんを見つけたってわけじゃ」
タヌキ族。フォークス村。聞いたことがない。私が忘れているだけなのだろうけれど。
「何か手がかりとかないのか? 少し覚えている事とか」
「うーん……?」
そう言われて頭の中を探してみる。だが誰かの顔も景色も、思い浮かばない。
こんなのでは話にならない。
「………」
私の目には、自然と涙がた溜まってしまう。
そんな私を見て、ワラテツさんが察してくれたようだ。
「だ、大丈夫だ! 役所だ、役所に行けばなんとかなる。きっとお前さんの事をきっと助けてくれるだろうよ」
そう言われて、私の心には少しの希望が灯った。
役所がどういうものなのかさっぱり分からない私には、それが不安でしかない。
しかし今は目の間にいるワラテツさんのため、少しでも笑顔を浮かべようと頑張るのであった。
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