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RATS-ラッツ-  作者: Dr.レオニ
2章 王都での2週間
12/12

『すれ違い』

【前回のあらすじ】トゥンク・レキスィーズは王都南支部駆除隊の会議実にて緊急の集会に参加していた。それは『特異体四〇四』という新種のヴァルーヴァについてのものだったが、不真面目な彼は途中で抜け出し家に帰ってしまう。一方我らが主人公ティルは、王都の広場で引き続きビラ配りをしていた。そしてついに、手がかりを知っているかもしれないという『オービスさん』に出会うのだが……。


私は、頭上に広がる曇り空を見つめる。

まるで今の私の心の中のように、パッとしなくてどんよりした天気だ。

水分を含んだ灰色の雲が、湿気った空気を地上に降ろしている。



「もうすぐ雨が降るかもしれないわ」



隣で歩くカオリちゃんが、独り言のように呟いた。


彼女の言う通り、今の天気は雨が降るのか晴れるのかどっちに転ぶか分からない。

雨具でも持ってくればよかった。


だが雲の天井の至る所に、まるで古びた服にできる虫食いのような穴があった。

そこから針のように太陽光が刺し、大地を無作為に照らしている。


(いや、きっと、晴れるはずよ)


私はこれから起きることへの期待も込めて、心の中でそう呟いた。





我々は王都の郊外の住宅街に来ていた。

ここは中央広場から程遠い北西の町――ベイル町だ。


ベイル町は王都の中心と比べるとだいぶ雰囲気が違う町だった。

華やかな煉瓦造りの多い王都の中心と比べ、ここは背丈の低くて薄汚い壁をした平屋ばかりだ。


その平屋の壁には、雨のしたった跡らしき黒いシミがそこらかしこについている。

いかにも年季の経った建物だ。


灰色の家々に灰色の空。

視界に入る情報が殺風景すぎて、

派手な色のカオリちゃんが隣にいなければ気分が憂鬱になっていただろう。


だがこの町にも、王都の中心とは違う賑やかさがあった。

「ギャハハ!」と子ども達の笑い声が四方八方から聞こえるのだ。


街中に大量に干してある洗濯物、その間を子ども達がぬうようにして走り回っている。

他の子も、その辺にある石ころを蹴ったり、地面にらくがきをしたりして遊んでいる。


王都の中心にいた、鮮やかな凧で遊んでいたり美味しそうなお菓子を食べ歩きしていた子ども達と大差ない笑顔を見せる彼らを見て、

案外こういう町も暮らしやすいのかもしれないな、と思った。





昨日の夕方、手に入れることができた興味深い情報。

それは王都での歌劇団の団長を務める『オービスさん』からの情報だった。


彼女の劇団は有名だそうで、

カオリちゃん曰く「王都中の女子が憧れる舞台!」だそうだ。


そんなオービスさんは、以前入団しようとしたとあるキツネの話をした。


それは彼女の部下伝いという、何とも正確性に欠ける話ではあったものの、

なんの手がかりもつかめてない私には、間違いなく目の前を照らす一筋の灯りだった。



「でもねぇ私の部下、そこがベイル町だという事しか思い出せなかったのよ」



「ベイル町って……ここから北西の町ですよね?」



カオリちゃんは当事者の私よりも乗り気なようで、積極的にオービスさんから情報を引き出そうとしている。

だがやはり情報不足で、これ以上得られるものはなさそうだった。


しかしうろたえる私達とは対照的に、オービスさんは穏やかな笑みでこう言った。



「ベイル町についたら、町外れにある廃病院を探しなさい。そこの掲示板に、まだ『アレ』が残ってるかもしれない。私の部下はそう言ってたわ」




『アレ』が一体何を表しているのか、私達は知らないままここに来てしまった。


『歌の上手いふさふさの前髪のキツネの子』。

私の特徴と見事に一致するその子は、はたして本当に私自身なのか。


それを確かめるためには、その子を直接探しにいくしかないだろう。





しばらくベイル町を散策していると、私たちの目の前に寂れた煉瓦の建物が現れた。

窓硝子には穴が開き、庭には大分昔に投棄されたであろうガラクタが散乱している。


(おそらくここが廃病院だろう)


見るからに恐ろしい場所だが、用があるのはここではないのはホッとした。

目的はこの廃病院の前にあると言われる掲示板だ。



「ティル! 多分これだわ!」



裏門らしき所に、その掲示板は立っていた。


これもまたずいぶん古ぼけたもので、長い間多くの住民の生活を見守ってきたのだろう。

貼られたものは、文字がかすれて読めなくなったり、雨水でぶよぶよになって破けたものばかりだ。


しかしその中でたった一枚だけ、他のと比べて新しいものがあった。


(こ、これは……!)


見出しに荒々しく描かれた『さがしています』の文字。

紛れもなくそれは、尋ねビトの張り紙だった。


おそらくこれが例の『アレ』だろう。


ビラに走る荒々しい文字は、例の母親の文字だろうか。

彼女の母親は、娘が行方不明になってからこのような手段で探し出そうとしていたのだろう。


偶然にも、今の私がしている手段と同じである。



名前は『アヤノ』というらしい。

顔の部分は滲んで見えなかったが、彼女の住所らしきものが書かれていた。


(これが、私なのだろうか)


この街に来てからちょうど一週間経った。

これで何かの手掛かりをつかめなかったら、期限内に目標を達成するのは厳しいかもしれない。



「行こう! この場所に」








あれから少し歩き、楽しそうに遊ぶ子ども達の姿も見えなくなった。


あの掲示板からほど近い場所の、二階建ての共同住宅の前に私達はいた。

立て札を見ると『ウツミ荘』書かれている。

日光の当たる建物の南側一面に、一階と二階の扉が連なっていて、

二階にのぼるには、外に併設された鉄製の階段を上らなくてはいけないようだ。


二階の手すりと一体化しているその階段は、とてもオンボロの見目をしている。

心配だ。

二階にいる間にこのオンボロが崩れてしまって、地面にたたきつけられる未来を想像してしまう。


ビラは二〇三号室が彼女の母親の家である事を指していた。


鼠色の階段の手すりはところどころ塗料が剥げていて、それがチクチクと手に当たって痛い。

少し間恐怖を無視し、茶色い錆びのついた段差を一段一段と踏みあがっていく。


二階の廊下には、住民が生活するうえで邪魔だと判断され家から閉め出された積み荷やガラクタが散乱している。

充満する排他的な空気を感じながらも、すぐ目の前にある『答え』に目を逸らすわけにはいかない。



「……」



階段から三番目の部屋の扉の前に、私たちは立つ。

扉の先は、何の物音も聞こえない。家に誰かいるのかすら分からない。


隣にいるカオリちゃんも、さっきから無言だ。

緊張感を彼女も感じているのだろう。



私は自分の手の甲を扉に向ける。


ドクドクと鳴る自分の鼓動がうるさい。


目の前に立つ扉の奥に、『アヤノ』さんがいるかどうかで私の運命が決まるのだ。

これほどまでに緊張したことは無い。


一呼吸した後、意を決して自分の手を動かした。



コンコンッ。



「すみませーん! 誰かいませんか!?」



……。



しかし中からは誰の声も帰ってこない

沈黙。それだけが続いている。



「すみませーん!!」



……。



再び声を出すも、誰の返事も聞こえない。


もう一度扉を叩こうとした、その時だった。



「はーい」



扉の先から、甲高い女性の声が帰ってきた。


私がその声に反応する間も無く、

ガチャリと音がした次の瞬間には、部屋から誰かの姿が現れた。



挿絵(By みてみん)



「……なにか御用?」



それは、赤土のような色をした体毛でくるんとた前髪を持つキツネの子だった。


彼女は子持ちになど到底見えず、どう考えても同年代としか思えなかった。


嫌な予感がする。



茫然とする私の背中を、冷たい水しぶきが当たる。

どうやらそれは、後ろの手すりから来ているらしい。


気がつくと外には、雨が降っていた。








「えぇ、確かにあたしがアヤノよ。それがなにか」



彼女のその一言で、張りつめていた緊張の糸がプツリと切れたのが分かった。

私の淡い期待が、儚く脆く散っていったのだ。


思考が止まった私に代わり、カオリちゃんが彼女に対して果敢に質問をする。

そしてアヤノさんは、淡々と質問に答えていく。



「歌劇団に応募した後、姿をくらませたのはなぜ?」



「あたし、親と仲悪いの。その日も喧嘩して軽い家出した日だと思う。

もう歌劇団に興味ないわ。少し魔が差したってだけよ」



「じゃあ、廃病院前の掲示板にあった張り紙は?」



「ウチの母過保護だから、ちょっといなくなるとすぐあーいう事するの。ほんとウンザリ」



辺りには、雨粒が屋根に当たる音が響いている。


だからさっきから、ふたりの声がどうも聞こえにくい。

きっと帰りはずぶ濡れ確定だな、と頭の片隅でそんなことを考えていた。



「もういい? あたし忙しいのよ」



結局、いくら質問しても私が望むような答えは帰ってこなかった。


偶然の一致。つまりはそういう事なんだろう。


あぁ、私が探し求めていたモノってこんなものだったのかと、

どこか冷静な頭で客観的に見ている自分がいる。



結局その後、私達は諦めて帰ることにした。







不幸中の幸いか、雨は少し経つと収まりを見せ、

家に帰る頃には私の体はすっかり乾いていた。


薄暗い街のなかを進み、見覚えのあるお家を見つけると、ホッとする。



「遅かったじゃないか。今日も無駄に一日を過ごしたのか?」



玄関の扉を開けたらすぐコレだ。

何か言い返そうと思ったが、そんな元気もない。


トゥンクさんのウザ絡みは日に日に強さを増している。

最初の頃はいちいち真に受けていたが、それがいけなかった。

私の反応が面白かったのだろう。


ただの嫌がらせのつもりだったようだが、

そのうち私の反応を見ることに楽しみを見出したようだ。


彼のご機嫌そうにピョコピョコと動く両耳が、それを如実に表している。



「ほーら、今日も仕事を用意してやったぞ!」



彼は両腕にバケツを持ちながらそう言った。

一体私に何をさせようというのだろうか。



「…………」



最近に至ってはいちいち反応するのも疲れてきたので、

私は無視するようになってきた。


たまにうっかり反応してしまいそうな時もあるけれど。



「トゥンク!!」



そんな彼がタシュさんに怒られるたび一目散にどこかへ姿をくらます、というのはもはや一種の様式美になっていた。

彼はバケツも廊下に放り出したまま、二階に上がってしまった。



「……あっ、おかえりティルちゃん。今日はどうだった?」



タシュさんは穏やかで優しい顔で私を出迎えてくれた。


その笑顔にあまり良い知らせを届けることができないのは残念だけど、

私は包み隠さずこれまであったことを話した。


タシュさんは言葉を聞いてほんの少しの間物憂げな表情をしたけれど、

もう次の瞬間にはいつもの顔に戻っていた。



「……うん、とりあえずお腹が減っただろう? ご飯を用意するよ!」



タシュさんに食卓に座らせられた――かと思えば、

次の瞬間にはもう目の前に料理が並べられていた。

余りにも手慣れた手つきで、あっという間のことだった。


今日のご飯は焼き魚のようだ。

少し焦げ目のついた銀箔色の体が美味しそうでたまらない。



「にしても最近、トゥンクは本当によく君に絡むよね。あいつ一体どうしちゃったんだろう?」



いつの間にかタシュさんは、私の目の前の席に座っている。

話相手が欲しかったのか、独りでご飯を食べる私を哀れんだのか、そのどちらかだろう。



「えぇそうですね……」



とりあえず適当に相槌をうちながら、私は今後のことを考えていた。




残された時間は一週間しか残されていない。


目の前にいるタシュさんも、それこそ今はにこやかな笑みを浮かべているが、

実際に一週間が経ったら、躊躇なく私をフォークス村に帰すのだろう。


短い期間ながらも過ごしてきて分かった。タシュさんはそういうヒトだ。

何となく二面性を持っている。


でも、聞き込みの手ごたえはアヤノさんの件以外全くといっていいほどない。

このままビラ配りをしていても、もう情報を掴めると思えない。


(――なら、別の方向から攻めるべきなのかもしれない)


もっと違う探し方をするとか、情報の包囲網を広げるとか、色々やりようはあるだろう。


(でも……それだとどれほど見繕っても時間が足りなくなる)


なにか、ないだろうか。

私がフォークス村に帰らないで済む方法が……。



「そうだティルちゃん、今度気晴らしに王都駆除隊の総合火力演習でも観に行くかい? あれはいいよ~なんてったって爆発が至近距離で感じられるからね~!」



タシュさんは、いつになく上機嫌に笑っている。

なぜか顔を赤らめていて、いつもより笑い声が大きい気がした。

どうやら、お酒を飲んでいたようだ。その証拠に片手に白い瓶を持っている。


きっと酒の勢いで適当に言ってるのだろう。

それになんだか危なっかしそうなので断ろうとしていた、

その時だった。





「――ダメだ」



突如後ろから、声が聞こえた。


驚いた私は反射的に顔を後ろに動かすと、

居間に険しい顔をしたトゥンクさんが突っ立っていた。



「こいつには、駆除隊に関することは何一つ触れさせるな」



「え? ちょっとトゥンク?」



念押しするかのようにそう呟いたトゥンクさん。

彼はその後、タシュさんの返事を返すこともなく、廊下の方に姿を消してしまった。


最初はいつもの私に対する逆張りなのだろうと思ったが、

あれはウザったらしいおちょくりもわざとらしい煽りも無い、純粋な『拒絶』そのものだった。


思い返してみればトゥンクさんは、

銃剣を触られるのを嫌がったり先のことといい、私に駆除隊に関することを必要以上に触れさせないようにしてきた。



「本当、あいつ一体どうしちゃったんだろう」



きっと、それほどまで私に隊員になってほしくないのだろう。


彼は何がそんなに気に食わないのだろうか、私には分からない。

言われなくても元々私は隊員になんかなるつもりはない、

そう思っていた。




(…………いや、待てよ)


その瞬間、私の脳裏に、

これまで過ごしてきた日々の記憶の風景が、

一本の線がビビビっと走った。



その線は、ジグザクとあらゆる角を曲がったあと、最後にある一点を指し示している。


そう、それは一つの考えだ。

この停滞して膠着した今の状況を変えられるかもしれない、考え。



しかしそれは同時に、身勝手で、素っ頓狂で、狂った考えでもあった。

適当で、無計画で、上手くいきっこない考え。



(でも……どうせ今のままでも事態は進展しない。それなら――)


たとえそれがどんなに可笑しな選択肢だったとしても、

何より時間がない私にとってはやる価値は十分にあったのだ。


(よし……)


もういないトゥンクの姿を目で追いながら、

私は次の段階に進むことを決めたのだった。



挿絵(By みてみん)

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