第八話
さらに悪いことに、ビクターには、公になったら身を滅ぼしかねない秘密があった。
かれは死んだ冒険者が妖魔サキュバスに産ませた女の子を、養女として引き取っていた。
ビクターはその冒険者との付き合いが長く、ダンジョン管理局の主任捜査官として色々と情報提供を受けていたらしい。
その男から、おれになにかあったら娘をよろしく、と頼まれていたらしかった。
リリィという五歳になる美しい少女で、彼女のほうもよくビクターに懐いていた。
僕などがビクターの屋敷に遊びにゆくと、おじさまおじさまと言って水色のスカートと金髪をひらひらさせ、まとわりついてくる。
傍目にはちょっとおしゃまなごくふつうの女の子に過ぎなかったが、しかし、妖魔の血を引いていることに違いはなかった。
彼女はカエルや小鳥の解剖を趣味にしていて、彼女が腹をひらいたそれらの哀れな小動物の死骸が、ビクターの屋敷の裏庭にはよく転がっていた。
これにはビクターも困って、リリィにむかって丁寧に、小動物にも命があるということを説いて聞かせているようだったが、リリィの問題行動はなかなか止まなかった。
リリィは、俗に言うハーフ・デビルというやつで、大抵のハーフ・デビルは冷酷残忍で魔力に秀でていたために、恐れられていた。
とくに帝国の初期の頃には、ハーフ・デビルの寵姫が皇帝の権威をうしろ盾に後宮をめちゃくちゃにして国を傾けかけたことがあって、女のハーフ・デビルは権力者から蛇蝎のごとく忌み嫌われていた。
なかでも容姿の美しいものは「グウィーナの娘」と呼ばれ、見つかり次第死刑、と法で定められていた。
たしかに行き過ぎた横暴な法ではあったが、それだけ大きな悲劇を引き起こして帝国のトラウマになっていた、ということでもある。
グウィーナというのはその寵姫のことである。
ビクターはリリィを養女にむかえたことは宮廷にも届け出ているが、リリィがハーフ・デビルであることが分かれば、失脚は間違いなかった。
後宮に送り込んで皇帝を篭絡するためにいずれ魔性の美女となること確実のハーフ・デビルの娘を養っているのではないか、と疑われるに決まっていた。
とくに人間と淫魔サキュバスとのあいだに生まれた娘は絶世の美女に育つことが多かった。
そしてリリィはすでにその片鱗を見せていた。
そんなリリィを、よせばいいのに、ビクターは溺愛している。
兄貴はロリコンなのではないかと疑ったこともあったが(それはそれで構いはしないが)、欲望を満たしたいのなら、女の子の奴隷などいくらでも市場で売っているのだから、それを買ってくればよい。
ところがビクターは奴隷をこき使うどころか、所領の人口を増やすという名目で奴隷を買ってきては平民にひきあげて領地におくり、開墾を始めとする産業の振興に従事させ、住民として定着させるということをしていた。
帝都ネディロスのラッセル伯爵家の屋敷には、召使はいても奴隷はいなかった。恐らくビクターはロリコンには違いないのだろうが、下半身よりも精神面に偏った、「ガチもんのロリコン」なのだ。
自分の膝に乗せたリリィに「わたししょうらいはビクターさまのお嫁さんになるの」などと言われてばかみたいに相好を崩しているビクターは、もはやロリコンを超越したナニカというほかになかった。
好きにやってろ、という感じである。