第七話
そのような次第で、タキトゥス六世の側近のひとりである公安局長のドロネオ子爵などは、ビクターにつけいる隙は見いだせないものかと、眼を皿のようにしているらしかった。
この人物は宰相マンティコアの派閥に属し、政敵を告発することで出世を重ねてきた男で、配下の錬金術師に調合させた得体のしれない薬をもって供述を促すなど、狙った獲物に罪があろうがなかろうが法廷で有罪にもっていくノウハウをたくさん心得ていた。
僕はああいう奸臣の類はさっさと暗殺でもしたほうがいいと兄貴――義兄ビクターに提言したが、かれは笑って首を振るまでだった。
僕が気を揉んだのには理由がある。
ビクターには、脛に傷がたくさんあったのである。
ダンジョン管理局の仕事というのは、主に冒険者やダンジョンの特殊な事情が絡む犯罪を捜査することと、冒険者を監督することだ。
その冒険者というのは当然ながら、一筋縄にはいかない連中ばかりで、師匠を殺して逃げてきた魔術師とか、主と諍いを起こして仕官の道を閉ざされたかつての騎士とか、地元で進退窮まった手の付けられない狂暴な犯罪者とか(かつての僕のような)、そんなのがごろごろいた。
これらの犯罪をいちいちあげつらっていたら、皆殺しにするほかない。が、皆殺しにすればだれがダンジョンを探索して《奈落》に睨みを利かせるのだという話になる。
冒険者からダンジョン管理局にあがってくる、《奈落》内部の情報は、必要欠くべからざるものであった。だからギリギリのところで目こぼしをせざるを得ない。
たとえば、とあるパーティーがダンジョンから持ち出してはならないことになっている《毒草》の類をもちだして街の錬金術師に売り飛ばしたということを掴んだとしよう。
我々ダンジョン管理局の捜査官は、それを知らぬふりをしてしばらく泳がせる。
密偵や、ひそかにダンジョン管理局に協力してくれる冒険者たちに、見張らせるのである。
《毒薬》の使い道にもいろいろある。
ホムンクルスの作成とか、街の恋する乙女のために惚れ薬を調合してやるとか、その程度のことならダンジョン管理局はこれを敢えて検挙しない。
しかし、要人の暗殺に用いるそぶりを見せたり、召喚してはならない魔性のものを召喚するのに用いられたことが確認されれば、ただちに踏み込んでこれを逮捕する。
この場合にはむろん「その毒草はだれから手に入れた」の話にならざるを得ないから、冒険者にも類が及ぶことになる。
冒険者は、食うや食わずやの生活をしている者がほとんどだった。
経済的に安定しているのは中級以上の連中で(上級ともなると大商人や諸侯ぐらいの生活をする者もいる。もっとも、そういう自堕落なのはランクを落とすのも早かったが)、駆け出しの冒険者はまずなにより宿賃をねん出するのが一大難事であった。
そういうかれらに小遣い稼ぎの道を断てば、とうぜんかつての僕のように強盗やらダンジョン内でほかのパーティーを襲うやらしなければならなくなる。
それは現実的でない、というのが、ダンジョン管理局の暗黙の認識で、ビクターの公然たらざる考え方でもあった。
従って、公安の連中にとっては、その気にさえなれば、ビクター・ラッセル伯爵を職務怠慢で告発するなど、容易なことだった。
僕はそれがあったから、公安の責任者のドロネオ子爵などさっさと暗殺してしまえばいい、それが無理ならせめて弱みを握っておけ、とかれに言ったのである。
むろんビクターには宰相府をはじめ政府高官に友人・知人が多かったから、それなりに睨みは利かせていたのだろうと思う。
しかし、宮廷情勢のちょっとした変化で、その毒牙がビクターに及ばないとも限らないのだった。