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幻想の夜叉  作者: 栗山大膳
ウェイルロード戦記・前編
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第四話

 そのへんの手ごろな会議室か、あるいはドロネオ子爵のオフィスにでも通されるのかと思っていたが、かれが三階の踊り場を過ぎて四階へつづく階段を上り始めたので、いささか妙に思った。


 これから先は大臣級のオフィスや帝国の重臣たちが会議をおこなう円卓などがある区域である。



 ウェイルロード州の総督が逮捕され、それに関連して、賊クロウザントについて話が聞きたい、という名目で、僕は呼び出されている。


 公安局レベルの話だと思っていたが、それよりずっと上のレベルの話らしい。



 さすがに気になり、



「……どちらまで」



 と尋ねると、公安局長は、



「ウェイルロードの件で、宰相閣下が貴官と話をしたいとのことだ」



 脳裏に、銀髪赤瞳のあの苦み走った相貌が浮かんだ。


 人前では気品ある穏やかな紳士のたたずまいを崩さないが、古い馴染みのビクターのまえではソファに深くもたれて足を組み、その辺の冒険者と変わらぬ雑な言葉遣いをする、底の知れない魔術師。


 それがレオニード・ヴラド・マンティコアという人物だった。


 ビクターの話では、魔王級の魔物と皇族の女のあいだに生まれた、ハーフ・デビルだという。



「僕に?」



 言外に、大帝国の宰相閣下がダンジョン管理局のヒラ捜査官にいったいなんの話があるのだ、というニュアンスを込めてやった。


 そもそも宰相閣下は現在、数日前より開催している議会に臨席しているのではないか。



 ドロネオ子爵は、微かに音を立てて喉で笑い、



「貴官はいささか自己評価が低すぎはしないか。


 聞けば『剣聖』と呼ばれることを蛇蝎のごとく忌み嫌っているとか。


 そのくせダンジョンの最奥で最高レベルの魔物どもを一方的に斬り散らかし、弟子に迎えた新米の冒険者をたった一か月で帝都でも有数の剣士に育て上げる。


 社交辞令は言ってもめったに人を褒めることのない宰相閣下が、貴官をいたく褒めていたぞ。


『あれは稀代の武人だ』とな」



 どう思うかは人の勝手だ。


 僕はそれについて何も言わなかった。



「仮に貴官への通達の内容が門閥貴族どもに漏れないということが保証されているのであれば、『賊クロウザント』のあたまに『義』の一文字を加えていた」



 言っている意味がわかるか、というような目つきで、公安局長は僕を見やった。



「あの少年が手下を率いて帝国政府や商人の荷駄隊を襲ったのは事実なのでしょう?」



「そのとおり。


 だから『義賊』なのだ」



「しかし、門閥貴族どもの手前、かれを『賊』と呼ばざるを得なかった……」



 ドロネオ子爵は頷いて、



「ヴィルブ男爵をウェイルロードの総督に推薦したのは、門閥貴族どもだ」



 もとより、北部には門閥貴族の所領が多いという話は聞いていた。


 そこに自派の総督を置くことで、癒着のようなことを生じさせていた、ということだろうか。



 つまらぬ権力闘争なら首を突っ込むのは御免こうむるが、宰相閣下や公安局長閣下に貸しが作れるのであれば、ダンジョン管理局や僕たち義兄弟にとっても悪い話ではないかもしれない。



「この先は、大公殿下からじかに聞いてくれ」



 それから公安局長は、ふと思い出したように、



「……ああ、そうだ。


 大事な話を忘れるところだった。


 貴官や伯爵と懇意にしているジェイド・スターリングのことについて、なのだがな」



 僕は無表情を装いながら、素早く思慮を巡らせた。


 スターリングには永久機関事件に絡んで仕事を手伝わせたが、かれにはゲイルランドの反政府軍を率いていた時期があり、またフィオール王国の宰相とも交際があることが明らかになっていた。


 一見すると不健康なうさんくさい劇作家に過ぎないが、その実、頭は切れるし魔術師としての腕も確かだ。


 公安とすれば、目を離したくない在野の人間のひとりだろう。



「あの男が、なにか不始末でもやらかしましたか」



「いや、そういうことはない」


 と、公安局長は言った。


「どうだろう、準男爵、あの劇作家は帝国に仕える気がありそうかね。


 陛下の直臣でも構わぬし、帝国に属するいずれかの大貴族の家来でも構わぬ。


 とにかく公に仕えて身を落ち着ける気があるかどうかが、知りたいのだ」



 一時期、ラミアの実父で将軍の職にあるカルディオネ公爵がスターリングに興味を示し、帝国または自分に仕える考えがないか、としきりに打診していたらしいが、スターリングは言を左右にして、結局仕官しなかった。


 あの男とすれば、在野にいて気が向けば歌劇の台本を書き殴り、あるいはダンジョンで宝探しをし、恋人をやきもきさせながらあちこち飲み歩いていたほうが性に合うのだろう。


 それに、自分はあくまでゲイルランドの人間であるという意識もあるに違いない。



「貴官なら分かるだろうが……」


 と、ドロネオ子爵は声を低くした。


「かれとの間に友情のようなものがあるならば、貴官はかれに警告すべきだ。


 貴下は帝国にとって存在自体が不穏なのだ、とな。


 それは当人が一番よく分かっているかもしれぬが」



 かつては僕自身も、スターリングとフィオール王国の繋がりを疑い、斬るか斬らぬか、極限まで悩んだことがある。


 それだけに、返す言葉がなかった。



「あの男がその気になったなら、いつでも連絡を寄越してくれ。


 私がじかにお歴々から推薦状をあつめ、しかるべき方を立てて、陛下に推挙するよう、責任をもって取り計おう。


 健康上の不安があるならば文化芸術方面の役職なり、形ばかりの閑職なりを割り当ててもよい。


 脚本を書き続けるのにも支障はあるまい」



「……本人に話してみましょう」



「それから、このことも付け加えてくれ。


 断っても構わぬが、決して身は隠すな、と」



「………」



「そこからさきは言う必要のないことゆえ敢えて言わぬが、とはいえ、公安には公安の立場と職責がある。


 必要なときには必要な処置をとる。


 それだけははっきりと言っておくぞ」



 文脈からスターリングを指してのことだろうとは思うが、それとも、他になにか含むところでもあるのだろうか。


 どうにも気味の悪い男だ。


 こっちとしては、兄貴とあの可愛らしい姪のために帝国と斬り合いをする羽目にならなければいいが、と祈るほかなかった。



 子爵は獅子の石像で両脇を飾ったおおきな扉のまえでとまり、ささやかにノックした。



「閣下、マキシム・ヴォイド準男爵を連れて参りました」



 すぐに、



「ご苦労だった。


 入ってくれ」



 と、穏やかな声がかえってきた。

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