第二話
仕事が引けたらその足でビクターと材料集めの買い出しにいくことになったが、そのまえに僕は宰相府に出頭して公安の人間と話をする必要があった。
これには少しばかり込み入った事情があった。
半年ほどまえ、十日ほど潜入捜査を行い、とある悪徳冒険者グループの一員としてネディロスの郊外で心ならずも悪行の手伝いをしたのだが、そのときに正義の味方を気取る冒険者たちに戦いを挑まれたのだった。
なかでも一団を率いるリーダーはなかなか愉快な小僧で、名乗りを挙げ、こちらを一方的に糾弾し、いざ剣を抜こうとしたのだが、鞘に入れた剣を背に負っていたものだから、いっこうに抜けない。
すこし考えれば分かると思うが、剣の刃の部分はたいてい腕より長いので、どう頑張っても、背負った剣を抜き払える筈がないのだ。
小僧は三度試みてやっと無理と気づくと、こんどは深々とお辞儀をして、剣を肩越しに鞘から落とし、それを拾い上げて構え、キッと僕たちを睨み据えて、
「さあ覚悟しろ、悪党どもめ!」
と、絶叫した。
「面白い抜き方をするな。
小僧きさま、まかりちがえば、刃先がその首を深々と引っ掻くところだったぞ」
僕は、剣の扱いを知らぬやつだ、という呆れの思いに抗しきれず、ついそんなことを口走ってしまった。
「だ、黙れ!
減らず口もそこまでだ!」
困ったことに、この小僧はそこそこ腕が立った。
悪党どもをここで斬り散らかされたのではこっちの仕事にならない。
潜入捜査の途中であり、連中のアジトや背後関係を十分に掴むまでは、死んでもらっては困るのだった。
かといって、いくら仕事の邪魔とはいえ、正義を自称する冒険者どもを叩き斬るのはいささか気が引ける。
やむを得ず連中の前衛と適当に打ち合いながら、どうしたものかと思慮を巡らせた。
そのうち、窮状を察してくれたサポート班が付近の森にたむろしている魔物の群れを追い立てて戦いの場に乱入させ、互いに引かざるを得ない状況を作ってくれて、なんとかことなきを得た。
交わしていた剣を離す間際、僕もいちおう悪党らしいことを言っておこうと思い、
「小僧、命拾いしたな」
と、迫りくるグリーンスキンの集団をさも苦々しく装って一瞥し、
「次に会ったらただでは済まさんぞ、覚えておけ」
そのときに小僧がなんとも真心の籠った目で僕を見つめて、
「それほどの腕がありながら……どうして悪党などに……」
腕利きの小僧どもを適当にあしらうことはできても、彼の眼から力量を隠すまではできなかったようだ。
しかし、じつは僕はダンジョン管理局の武官で、いま潜入捜査の途中なのだ、だから適当に話を合わせて貰えると助かる、と打ち明ける訳にもいかず、芝居を続けるしかなかった。
「ふ、貴様には関わりのないことだ」
「くっ……」
小僧がシリアスに、やり切れないとでも言うような顔をしたので、なんとなく滑稽に思ったのをよく覚えている。
潜入捜査の仕事が片付いてから、あの少年が北部一帯の賊を束ねるお尋ね者だということを知った。
バルバラ半島の北部は、帝都のある中部やビクターなどの新興貴族が所領を持つ南部と違い、土地は山がちで土は痩せ、街道の敷設も進んでおらず、経済的にあまり振るっていなかった。
いくつかの州に分けられ、そこに四年を任期とする総督が派遣されている。
賊どもは、その属州の一つであるウェイルロードの山野を根城として、総督府の軍兵やキャラバン隊を襲うことがしばしばあった。
少年の名を、ジル・クロウザント、二つ名を昏き森の亡霊といった。
夜襲を得意としたためだ。
蜂蜜色のくしゃくしゃの髪を後ろで束ねている。
癇が強そうな眼付きながら、古い森を思わせる深緑の瞳を持っていた。
ちなみに普段はふつうに腰に剣を下げているらしい。
たまたま剣を背負ったらさぞカッコいいに違いないと思いついて、最初に出会った敵が僕たちだったのかもしれない。
間の悪い小僧だ。
かれには芝居のつもりで「次に会ったらただでは済まさん」と言ったが、かれが帝国に抗う賊である以上、それはほんとうの宣告になってしまいそうだった。
ところが、最近になって事態が急変した。
ウェイルロード州の総督ヴィルブ男爵が、統治失敗を始めとするいくつかの罪状により、とつぜん逮捕されたのだ。
僕らの耳に入ったのが昨日のことだから逮捕は一週間もさかのぼる話ではないだろう。
公式の場ではあまり感情を表に出すことのない宰相のマンティコア大公が珍しく激怒しているというから余程のことをやったと見える。
僕は北部の情勢に通じている訳ではないが、ヴィルブ男爵の政治的失敗により北部が混乱しているのだとすれば、帝国としては、賊を一掃し、その頭目とされるジル・クロウザントを逮捕するなり殺害するなりして、政情を安定させることが急務になろう。
僕はいまのところ、先方から、目下の本国北部の情勢に鑑みて賊クロウザントについて貴官から話を聞きたい、としか聞かされていないので、それ以外のことは予測になるが、また暗殺のような物騒な話でも持ちかけられることになるかもしれない。
というのも、あの腕利きの少年とまともに戦える武官は、そう多くはないだろうからだ。
この件を兄貴に相談しようかと思わなくもなかったが、その話が来たのが今朝のことで、兄貴が今日にかぎって珍しく未決のトレイのうえに高々と詰みあがった書類の始末に取り掛かる気になっていたものだから、僕としては絶対に水を差したくはなかった。
それでつい、相談できずにいた。
まあ、筋の通った話なら引き受けざるを得ないし、筋の通らぬ話だと思ったら断るだけのことだ。
正直なところ、兄貴の手前、宰相府や公安とモメたくはなかったが、とはいえ、僕の考えすぎという可能性もある。
ともかく、行ってみればわかる話だ。
僕は仕上がった書類の見直しを終えると、事務方にそれを引き渡し、同僚らに行き先をつげて、オフィスを出た。




