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幻想の夜叉  作者: 栗山大膳
ウェイルロード戦記・前編
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第一話

 ダンジョン管理局のオフィスで、予算がらみの厄介な書類仕事に悪戦苦闘していると、階上から若い女の凄まじい悲鳴が聞こえてきた。



 それから、陶器の砕けるような、甲高い音。



(なにごとだ……)



 と思ったのは、僕だけではないと見えて、そのとき六名ばかりオフィスに残っていた武官の全員が、愚にもつかない雑談をピタリとやめて立ち上がり、それぞれ剣をとってベルトに吊りながら、互いに顔を見合わせた。



(ゆこう……)



 目くばせを交わし、オフィスを出る。



 装備の金具が鳴る特徴的な音と、控えめの靴音を疎らに散らしながら、僕たちは足早に階上にあがった。



 三階には上役の個室が並んでいる。


 僕たちの直接の上官であるビクターのオフィスもこの一角にある。


 ビクターもあの悲鳴は看過できなかったと見えて、皮のジャケットに袖を通しながら、廊下に出てきた。



 主任捜査官殿は僕たちに気づくと、



「恐らく、局長のオフィスだ……」


 と、抑制の効いた声で言い、突き当りの右手にある、黒檀に銀細工の美しい装飾が施された扉を親指でさした。


「トールとピートは屋上にあがり、ロープを使って窓から突入してくれ。


 マキシムは僕とともに正面ドアを蹴破って進入する。


 他の者は廊下で待機せよ。


 逃げ出たものは生け捕りにしてくれ。


 手間になりそうなら斬り捨てて構わない」



 僕は局長室の扉を睨みながら、



「しかしビクター、いささか静かすぎないか」



 兄貴が、確かに、言われてみれば、という顔する。


 それから、局長の扉のすぐ傍の石壁に背をあてて、耳をそばだてる。



「ああっ!


 わたしのバカ、バカ!」



 中から聞こえてきたのは、まぎれもなく、局長のフィリア殿下の声だった。



 僕たちは一糸乱れずの大きなため息をつき、それぞれ剣の柄にかけていた手を放す。



 そのとき、雲の切れ目から晩秋のおだやかな陽が差し、廊下がふいに明るくなった。


 どこかでひよどりが囀っている。



 ビクターが、男どもを代表して扉をささやかにノックする。



「いかがなさいましたか、殿下。


 我々に手伝えることがあれば、なんなりと……」



 しくしくと女の子の悲しげな嗚咽が漏れてくる。


 ビクターは、放っておくわけにもいかないか、という顔を僕にむけてから、


「失礼します」


 と扉を押し開く。



 なかには、栗色の髪をふたつ結びにした涙目の女の子が、床のうえにぺたりと座り込んでいた。


 大帝国のお姫様なのに、黒の絹のスカートがめくれて、白いふとももがだいぶはしたないところまで露出していたが、気にする様子もない。


 両手には、きれいにぱっかりと割れたマグカップを持っていた。



 それをどうか見てくださいなというように、僕たちにむかってぐいと突き出した。



「とても大切なマグカップだったの。


 アンドリアの神殿の子供たちがわたしへのお礼にって作ってくれたのよ」



 フィリア殿下は高位の聖職者でもあった。


 慈善活動をよくされていて、ときおりネディロスのあちこちの神殿を訪ねては、恵まれない子供や食い詰めた年寄り、病人のために奉仕活動をする。


 癒しの術を得意としており、親しみやすい人柄とあいまって、大いに喜ばれていた。


 そのお礼の品が、いま殿下の手にある割れたマグカップ、ということらしい。



「おお、かわいそうな殿下!」


 と、ビクターは仕草をつけて大仰に言い、それから僕に向かって、


「おいマキシム、なんとかして差し上げろ」



 ビクターはガチのロリコンであり、まして先帝に仕えていた頃から、その孫娘であったフィリア殿下のことは小さな頃からよく知っており、可愛がらない訳がなかった。


 その繋がりで、僕もフィリア殿下とは割と気軽に言葉を交わせる間柄だった。



「無茶ぶりをするな」


 と、僕は言いながら、殿下の傍にひざをついて、断面を観察し、毀損の具合を確かめた。


 派手に割れてはいるが、ばらばらに砕けている部位はない。


「金継ぎなら、なんとかなるかもしれんが……殿下のような若い女の子の趣味ではないだろうし」



「なにっ、君は金継ぎができるのか」



 ビクターは日本語で、僕に尋ねた。



「ああ。


 昔、うちの爺さんが大切にしていた猪口を割ってしまったことがあってな。


 母親の勧めで金継ぎを施してみたら、案外うまくいって、爺さんがとても喜んでくれてな。


 やり方は覚えている」



「材料は、なにが必要なんだ。


 漆と、金粉と……」



「べんがらと砥石の粉、ごはん粒、それに木屑」



「べんがら……おお、朱色の塗料、要は赤錆だな。


 砥石の粉は鍛冶屋に行けばいくらでも手に入るだろう。


 漆は少量だが国内でも産出するからこれも入手は可能だ。


 ごはん粒は小麦で代用すればいい。


 釣りで使うことがあるからな、粘り気の出し方はわかっている」



 殿下が小首を傾げて、


「きんつぎ?」



「はい」


 と、ビクターが頷く。


「僕たちがいた世界で行われていた、割れた陶器を修復する技法のことです。


 まず樹脂で割れたところを繋ぎ、そこに金粉を振って装飾するのです。


 古田織部という高名なコーディネーターなどは敢えて器を割って金継ぎを施したほどで、その芸術性は高く評価されていました。


 もっとも……」


 僕をあごで指し、


「がさつなコイツと僕がやるので出来栄えは保証しかねますが」



 僕は慌てて、


「なにも不慣れな僕たちがやらなくても、職人に技法だけ伝えて任せればいいだろう……」



 主筋にあたる方の大切な陶器に素人芸の金継ぎをほどこすほどの度胸は、さすがに僕といえども持ち合わせていない。



「なにを言うんだマキシム!」


 と、ビクターは僕にしきりに目くばせを飛ばしながら言った。


「金継ぎのあの優雅さの半分はな、割れた陶器を悲しみ惜しむ、その心からくるんだ!


 君はなにも分かってないな!


 殿下の思いを察することのできる我々こそが、金継ぎを行うに相応しい!」



 この男、なにか企んでるな、と思った僕は、顔半分に訝しさが露出するのを自覚しながら、


「まあ、それはそうかもしれんな」


 と、話を合わせておいた。



「おねがいしますっ!」


 殿下の顔がパッと明るくなる。



「……わかりました、やってみましょう」


 僕は殿下の手から、割れたマグカップを受け取った。



「おお、そうと決まればさっそく取り掛からねばな!」


 ビクターが半分裏返った声で言った。


「ところで殿下、こうなりますと、数日作業にかかりきりにならざるを得ません。


 つきましては、来年度の予算申請の書類作成の件ですが、少しばかり猶予を……」



 なるほど、それが狙いか。


 呆れた男だ。



「ダメですッ!」


 殿下はこわい顔をしてぴしゃりと言った。


「今年こそ、余裕をもってちゃんとしたものを提出してくださいね。


 期限ギリギリのやっつけ仕事はいけませんよ」



「そんな……」



 殿下はすっくとたちあがって膝を払うと、大きな執務机から紙の束をとってそろえて鞄に詰め込み、しょぼくれた顔をするビクターの傍を颯爽と過ぎて、



「わたし、議会で答弁があるから行きますね。


 あとはよろしくおねがいします、伯爵、準男爵」


 僕たちをふりかえり、にっこりと微笑んだ。

 年末くらいから前編後編からなる戦記っぽいやつに取り掛かったんですが前編が終わったところで沼りそうです。いや、確実に沼ると思います。そのような次第で、収拾がつくかどうか分かりませんが、あえて更新に踏み切ってみたいと思います。エタったら罵声でもなんでもお浴びせください。先にお詫びしておきます。どうもすいませんでした。ただ、数週間は更新ができる、とは申し上げられます。進捗を睨みながらになるので、三日から一週間くらいは間隔があいてしまうと思いますが、それでも宜しければ。

 しょうもない言い訳を早々に付さなければならないことが本当に情けない。

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