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幻想の夜叉  作者: 栗山大膳
光と陰
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第十一話

 僕とビクターはあれ以来、金髪蒼瞳に変装するのがやみつきになった。そうして草臥れた格好をすれば、どこからどう見ても下っ端の武官のコンビにしか見えない。


 偽名も考えた。


 僕がアーリングでビクターがケヴィンだ。


 僕たちはうだつのあがらない若い武官のアーリングとケヴィンになりきって、尾行をし、張り込みをし、聞き込みをした。


 ローエンとゼシカから大サリュード記念学院の学園祭に招待されたときも、その恰好でゆくことにした。


 講堂で歌劇の出し物をするという。


 ローエンは級友たちから担がれて、叙事詩の英雄を演じ、堂々たる美声を披露した。


 我が弟子ながらほんとうに華のある男だ。


 拍手はしばらく鳴りやまなかった。


 ひとこと感想を言って帰ろうかと思ったが、彼らの楽屋にはひとがごった返していて近づくことができなかった。


 僕たちは離れたところから手を振って、仕事に戻った。



 その晩、ローエンが久しぶりに僕を尋ねてきた。


 なぜかその日は剣を指導する気になれず、ローエンに夕食を振舞いながら、とりとめのない話をした。


 食事が大方終わる頃、ローエンは改まって、こう言った。



「身の回りのひとはみな、僕に親切にしてくれます。


 このごろ、そのありがたさが本当に身にしみます。


 これ以上ここにいると、帰ることができなくなってしまう。


 それで、歯を食いしばって決心をしました。


 ……僕は、もといた時代に戻ります」



 僕は、ローエンのポータブル音楽プレイヤーを見たときから、いずれこのときが来ると予期していた。


 しかし実際にそうなると、なかなか未練を断ちがたいものだった。


 むろん弟子のゆく道を遮ろうとは思わない。


 僕は平然とした顔で、



「そうか」


 と答えた。



「師匠は……驚かないのですか」



「すまない、実は知っていた」


 と、僕はやや眼を落して言った。


「君が宿題を終えて僕に報告しようとして行き倒れた日に、ビクターのやつが君の荷物をまさぐってな。


 この時代には存在しえないものをふたつばかり取り出して僕に見せた」



「ああ……」



「ローエンは没落貴族だと言ったな。


 まして、誇り高い男だ。


 御家の再興を考えないはずがない。


 僕から剣術を学ぼうと考えたのもそのためなのだろう。


 ……この時代であまりのんびりしているようなら、こちらから尻を叩いてやろうと思っていたところだ。


 よく決断したな」



「実は……もうひとつ黙っていたことがあるのです」



「ほう」



「僕は、あなたたちの子孫です。


 マキシム・ヴォイドから数えて26代目にあたり、ビクター・ラッセルから数えて28代目にあたります。


 いまから約100年ほどのちに、アーロン・ヴォイド侯爵とライネ・ラッセル公爵が結婚して両家は勅命により統合され、ハールビュール大公家が誕生するのですが、僕はその直系です。


 ところが父の代におおきな陰謀に巻き込まれて、所領と爵位を失いました」



「僕やビクターの子孫がそんなに続くとはな。


 想像もしていなかった」



 ビクターはともかく、僕などはそのうち宮殿で刃傷沙汰にでも及び、せいぜい一代限りで終わるだろうと思っていた。



「ハールビュールとは月蝕の意味だそうですが、古代キュローヴ語でヴォイドは影、ラッセルは月の意であり、両家が統合されてときの皇帝からそのような姓を賜りました」



 ビクターのやつはもしかすると最初から気づいていたかもしれない、と思った。


 ハールビュールの意味を僕に説明してくれたとき、なお思慮を巡らせているふうだった。



「僕が師匠の子孫である証を、いまお見せします」



 ローエンは藍の帆布のバッグをひらいて、一振りの短剣を取り出した。


 それはみごとな拵えの片刃の剣だった。


 かれは慣れた手つきで目釘を抜き、刀身を手巾ではさんではずし、僕に差し出した。



 僕はうけとって刻まれた銘をあらためた。


 それはたしかに、菊一文字だった。


 数百年、子孫に受け継がれていくなかでいよいよ折れて、脇差に磨り直されたのだ。



 僕はしばらく、その優美な刃紋を眺めた。



「僕の時代にも、ダンジョンがあり、ダンジョン管理局があります。


 第四階層にいるガーゴイルを討ってその首を持ち帰れば、騎士の叙勲が得られるし、ダンジョン管理局に奉職することもできます」



「いまの君なら容易かろう」



「はい」


 と、ローエンは僕の眼をまっすぐに見て言った。


「むこうの世界で、祖母と母と妹たちが待っています。


 はやく安心させてやりたい」



「事情が事情だけに、君に友好的でない者もけっして少なくないだろう。


 しかし、決して腐らないように。


 僕が君に伝えたいのは、それだけだ」



「はい、肝に銘じます」



「魔法陣の用意はできているのか」



「科学院の神殿を借りました。


 ラッセル伯爵が書状を書いてくれて……」



「見送らせてくれ」



 僕は外出の支度を終えると、ローエンとふたりで帝国大学の敷地にある科学院へとむかった。



「実は……ひとつ、不義理をしました」



 弟子は、うつむきながらそう言った。



「ゼシカ殿のことだな」



「はい。


 ご令嬢にはほんとうによくして頂きました。


 ゼシカは……僕が帰るのを、決して許してはくれないでしょう。


 だから、書置きをしてきました。


 師匠、もしゼシカと会うことがあったら……」



「ああ、あいつは一日とおかず君とののろけ話をしていた、あいつは浮気性に見えるかもしれないが君を一途に思っていたよ、しかし大恩あるアナトア家を裏切ってゼシカ殿を未来に連れて帰るわけにはいかなかったのだ、そのことをひどく悔やんでいた、師匠として見ていて辛いものがあった、そのように伝えておこう」



「ありがとう……ございます」


 ローエンは、目に涙をためていた。



 魔法陣のひかりがローエンを包み、部屋を白く染め上げる。


 そのひかりが靄のようにひいてゆくと、そこにはもう、ローエンはいなかった。



 すぐに、神殿のドアが激しい音をたてて開かれた。



 革のドレスをまとい、レイピアを腰に佩いたブロンドの美少女――ゼシカが、茫然自失の表情を浮かべて、立っていた。



「よく、ここが分かったな」



「ラッセル伯爵さまが……教えてくれました。


 かれを引き止めないとオジさんに約束してくれるのであれば場所を教えてあげる、急ぎなさい、まだ間に合うかもしれない、と」



「そうか」



 ゼシカはおぼつかない足取りで魔法陣のまんなかまで歩いてゆくと、そこにぺたりと女の子座りになって、子供みたいに声をあげて泣き出した。



 僕は声をかけることもできず、ただゼシカの震える肩を見つめつづけるしかなかった。



(光と陰・了)

「光と陰」お読みいただきありがとうございました! 多くのブックマーク登録と評価を頂き、励まされました。以後の更新予定は未定ですが、宇宙からの電波をキャッチし次第、つぎの話にとりかかっていきたいと思います。

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