第五話
かれは自分の地位にはあまりこだわらなかったが、僕がかれの部下として手柄を立てるとただちに推挙してくれた。
それで僕はめでたく騎士の叙勲を受けて、タキトゥス六世陛下からヴォイドの姓を与えられた。
これは帝国に代々仕えてきたがいまは断絶している、由緒ある家門のそれであった。
ひとごろしのガキが、今や天下御免の帝国騎士だ。
まったく、ひとの運命とは分からないものだ。
それもこれも、ビクターとの出会いが切欠となった。
そのビクターは、伯爵という地位にあって首都の治安に携わっているが、しかし、端役というわけではけっしてなかった。
これには帝国の歴史にかかわる、特殊な事情があった。
この異世界には魔法もあれば魔物もいて、帝国はその建国期から魔物との戦いに悩まされてきた。
なにしろバルバラ半島の交通の要衝で、現首都のネディロスには、世界に六つある大型のダンジョンのひとつである《奈落》があって、いまもその口をおおきく開いていた。
かくいう僕も盗賊の用心棒をしていた頃には、気まぐれに冒険者登録をして冒険者のパーティーに加わり、なかを探索したこともある。
魔物と初めて戦ったのもそのときだった。
が、その話はまたにしよう。
初代皇帝のナンド一世は、バルバラ半島を統一したのち、当時は魔都といわれて恐れられたネディロスに遷都し、《奈落》のすぐ傍に宮殿を築いた。
そうしてこう宣言したのだった。
「帝国は永久に《奈落》と共にあらん」
そのこころは、ダンジョンの脅威、魔物の脅威から決して逃げないという決意である。
家臣も子孫もそのように心得よ、というナンド一世の檄だった。
なにしろ帝国がバルバラ半島を統一して魔物の掃討戦に乗り出すまでは、半島は魔物の巣窟といってよかった。
街、田園、荒野、近海、河川をとわず魔物が出没し、商業も農業も、停滞を余儀なくされていた。
その魔物がどこから来たのかといえば、世界各地にある大小のダンジョンであり、とくに半島では《奈落》であった。
帝国は初代皇帝の遺訓をよく守った。
《奈落》のまわりに城壁をめぐらせ、これを六つの塔で監視した。
そのうえで、不断に冒険者や帝国の優れた軍人や魔術師を送り込み、攻略に腐心した。
帝国は冒険者を保護し、その育成に力を注いだ。
しかしながら、ダンジョンにはむかしからトラブルが付きもので、また冒険者のなかには犯罪に手を染めてしまう者も少なくなかった。
それで帝国はダンジョン管理局を設け、冒険者たちを監督させ、ダンジョンにまつわる諸々の犯罪に対処した。
その長には皇族もしくは伯爵以上の地位にある有能な者をとくに充てることになっていた。
我が義兄ラッセル伯爵は、その任に就くべき地位と実績と有能さをかね備えていたが、すでに述べたように現皇帝とその側近たちからあまり好まれていなかった。
それで局長のひとつ下である、捜査部門の責任者――主任捜査官に就かされているのである。
ビクターはときどき自嘲まじりにそのことを嘆くことはあったけれども(なにしろ大陸に国威をとどろかせる帝国の伯爵様が主任捜査官をやっていると聞いて驚かない者はいなかったくらいだ)、その職務には誠実に励んでいた。
かれなりに、ダンジョンの管理は国家の大事であると心得て、愛国心をもって取り組んでいるのだろう。
僕はといえば、正直なところ、愛国心などあまり持ち合わせていなかったが、ビクターに対する思いはある。
それで真面目に仕事をしているというわけであった。