第四話
当時の僕を知る者からは、会うたびに、丸くなったと驚かれる。
自分ではあまりひとが変わった感覚はないのだが、フィンツなどに言わせると、手のつけられない野獣が良家の若旦那にでもなったようだということだった。
もし、僕がかれの言うように「丸く」なったのだとすれば、それはひとりの人物との出会いが大きく影響したのは間違いないと思う。
彼の名を、ビクター・ラッセルという。
ただし、これはこっちの世界にやってきてから仕えた主君にもらった名で(異世界から迷い込んだ者や奴隷が主君から名をもらうのはこっちの名誉ある風習だった)、日本名を昴といった。
僕はかれと色々な話をした。
かれは話が巧みで、ことに「日本」にいた頃の記憶を語らせるととても面白かった。
それで僕はかれと酒場のカウンター席にならんで、ビールやワインをがぶがぶ飲んで泥酔しながら、いつまでもかれの話に耳を傾けた。
コンクリートの密林たる都市の風景。海をまたぐ鉄橋を走る鉄の箱。
そらを飛ぶ巨大な有翼の船。
あらゆるものを次々と映し出す電気の箱。
――そんな話を聞いているうちに、僕はともすると、記憶を偽装したのかもしれなかった。
なぜ僕がそんなふうに思ったのかといえば、ビクターに僕の日本にいたころの記憶を話して聞かせると、「荒唐無稽だ」というのである。
――日本の警察は僕が知るかぎりそんなに甘いものではなかったし、きみが住んでいたという県では古くから条例で未成年が刀を所持することは不可能だった。
それにきみの剣術の流派のことは聞いたことがない。
僕はこれでもいろいろと剣豪小説を読んだ。だから知らないなんてことはないはずだよ。
そんなことを冗談めかしていうのである。
僕はかれの言うことはなんでも、なるほどそうかもしれない、と思ってしまうところがある。
そうしてかれは、僕がそんなふうに混乱するのを肴にして、ぐいぐいと酒を飲む。
僕は戸惑いながらも、かれの微笑を眺めていると、まあ、どっちでもいいや、という気がしてくる。
多分、遊ばれているのだろう。だが、それさえも心地いい。
ビクターとはそういう仲だった。
「さて……きみはどこのだれなんだろうね、一体」
と、かれはからかうように言う。
むろんかれもそうとうに酔っている。
そうして僕の肩をポンポンと叩き、
「まあ、いいじゃないか。
過去はどうあれ、いまは僕の義兄弟にして、ラッセル伯爵家の相続権者の筆頭。
もっとも、僕に子供ができれば、きみは二番手になるが。
でも家父長制・封建制のこの世界においては、きみは僕の家来同然なんだよ。
そこを忘れてもらっては困るね。
……帝国騎士、マキシム・ヴォイド――ひとつだけ確かなのは、それがいまの君の名だということだ」
僕は腕を広げた。
まったくその通りだった。
運河にかかる橋のしたで荒んだ生活を送っていた僕は、この男――ビクター・ラッセルという帝国の役人の策にはまって逮捕され、法的な取引にもとづき、かれの下で働くことを余儀なくされた。
が、そのうちすっかり意気投合して、義兄弟の契りを結んだ。
かれはかつて先帝メルヴィンに仕えた軍師のひとりで、伯爵の位とバルバラ半島――これはまるごと帝国の版図であったが――の南部に小さいながら領地を持っている。
ところが現皇帝のタキトゥス六世陛下とその側近たちに疎まれ、帝国首都ネディロスの治安に関わる役目を担わされている。
ほんとうならかれはずっと上の役――たとえば、属州の総督や商務・農務の大臣くらいは務めてもいい地位と実績をもっていた。