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幻想の夜叉  作者: 栗山大膳
永久機関
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第十五話

 僕は科学省の魔法官、僧官たちが転送魔法の準備のためにいそいそと立ち動くのを横目に、菊一文字を蝋色の鞘からすこし滑らせ、鏡のような刀身を、静かに見つめた。



 兵は神速を尊ぶ、という。



 孫子が云うには、いくさでは拙速が成功をおさめることがあっても、巧遅でうまくいった話はかつて聞いたことがないそうだ。


 僕は孫子の教えに従い、拙速でいくと腹を決めていた。


 電撃的に第四研究所の魔物どもを襲撃し、永久機関の試作品を破壊し、研究データやら設計図やらの一式を燃やし尽くす。


 そうしてとっとと撤収する。


 仮にスターリングやシルヴィアがなにかを目論んでいたとしても、それを遂げる暇を与えない。


 そうして処分さえしてしまえば、僕は誰も斬らずに済む。


 全員、無事に帰れる可能性があるとすれば、それしか考えられなかった。


 他国の息のかかった冒険者たちが正規ルートを辿って第四研究所を目指していることを考えても、拙速策は好ましいように思えた。


 かれらが研究所の最奥にたどり着いたときは、すでにもぬけのから、灰の山、というわけだ。



 スターリングは魔法使の黒いローブに身をつつみ、フードをうしろにおろしていた。


 あらかじめ精霊を封じ込めてある小瓶をいくつも首にかけている。


 魔術書を開いて呪文の暗記のチェックに余念がない。


 ときおり指先でもって宙にシジルを描く練習をする。すると青白くひかるラインがぼうっと浮かびあがった。


 魔法官の幾人かがときおり手をとめてスターリングの描くシジルを眺めている。彼から技を盗もうとしているのだろう。



 シルヴィア・レノは隅のほうのテーブルを借りて、後詰め式の短銃につめる紙カートリッジの散弾やら魔法弾やらのチェックを行っていた。


 肩にかける鞄のなかを仕切ってカートリッジを種類別に仕舞ってゆく。その際、ひとつひとつを手にとって高い窓から差す午前の新鮮な陽光にあて、破れやシケがないかを確認するのだった。


 所々を金具で補強した革のコートをまとっている。裏地には天使の加護をあらわす魔法陣がいくつも描かれていた。



 スターリングはダガーを扱うこともできるが、魔法使であるから、基本はロング・レンジの要員だ。


 シルヴィアもおなじく、短銃をメインの武器としているからロング・レンジと見なす必要がある。


 もっとも、一直線に敵が並んでいるなら距離が近かろうが遠かろうが心配ない。


 弾切れになるまでは魔物の殺戮ショーだ。


 しかし囲まれたり弾切れをおこしてしまえば一巻のおわり。


 だからショート・レンジを専門とする僕がつねに気を配ってやる必要があった。


 むろんシルヴィア自身、ショート・レンジが弱点であることは百も承知している。


 だから撒き菱やら地雷やらの罠も用意している。


 天井や壁を崩すための爆弾も用意している。


 そうして地形を変化させて即席のバリケードを築き、敵を足止めし、そこへ散弾をつるべ撃ちにするのである。


 地形と戦術がハマれば、もしかしたら一番火力を発揮するのはシルヴィアかもしれない。



 まずは僕が単身斬り込んで敵をかく乱すると同時に、時間を稼ぐ。


 そのあいだにシルヴィアに散弾がもっとも効果を発揮するポジションに陣取ってもらい、適切に罠をしかけてもらう。


 準備が整いしだい、僕は敵をひきつけながら後退。


 射撃ポイントに誘導する。


 スターリングは射撃の火力が足りなければシルヴィアを支援し、僕のほうに手数が足りなくなれば援護に入ってもらう、というかたちで動いてもらう考えだった。




 僕たちは刻限を迎え、紺碧にかがやく魔法陣のラインをまたいで、七芒星の中央に入る。


 ゆらめく蝋燭の火と、詠唱の朗々とした声に囲まれ、しばらくすると空間が歪んだレンズを通したみたいにゆらぎ始めた。


 桃色の閃光が各所ではじけ、視界が融解、また再構成されてゆく。


 空間の歪みがふたたび安定したとき、僕たちはダンジョンの第八階層にある、第四研究所の裏手にある小高い丘のうえにいた。



 ダンジョンだからといって周囲がすべて岩肌に覆われている訳ではなかった。


 夜明け前ほどの光量をもった藍色の空がひろがっており、目が慣れてくれば地形を見分けるくらいは造作もなかった。


 ダンジョンのフロアは総じて古い遺跡のような外観で、謎めいた模様のきざまれた壁や柱があちこちにあった。


 河も流れていれば、みすぼらしいなりに植物もあった。


 もっとも大抵の川や泉には毒が含まれていたし、茸や苔には幻覚や錯乱の作用を生じる物質が含まれていることが多かった。



「想像していたよりデカくはないな……」



 スターリングが崖のふちに立って、みおろす。


 そこにはだいたい正方形の石造のずんぐりした建物が横たわっていた。


 四つのコーナーに尖塔が聳えている。


 物見のためというよりは、方位によって偏りやすい魔法の力を調整するための、アンテナの役割を果たしていることが多い。


 しかし北西と南東のコーナーの尖塔がいまは崩れて、昏い穴を空にむけていた。



「方位による魔術的な影響を入念に調整した痕跡があるわね……」


 と、シルヴィアが目を細めながら言った。


「こういう場合、均衡点はほとんどがその中央にある。


 瘴気がもっとも凝るのも、おそらくそこでしょう」



「建物の中央に、永久機関の試作品があるということだな」


 と、僕は言った。



「ああ、おそらく研究室になっているはずだ。


 ということは、実験データや設計図もそこだろう」


 とスターリング。



「正面からいく?」


 と、シルヴィア。



 研究所のむこう側にはひとの背丈の三人分ほどの幅の空堀があり、吊り橋が渡されていた。


 魔よけの聖獣像が六種六つ、並んでいる。獅子、鷹、龍、牡牛、鯨、そして羽の生えた蛇。


 しかしほとんどが魔物の狼藉により崩れていた。


 魔物がこれを嫌うということは、魔よけとして確かに影響がある、ということでもあるのだが、今回はそれが及ばなかったようだ。



 その手前に、おおきな門がある。


 薄暗く、距離があって、材質までは分からないが、そとからこじ開けられた形跡があり、鉄の枠やら返しやらが飴みたいに歪んでいた。


 力によるものか、熱によるものかまではわからない。いずれにしても相応に手ごわい敵がそこにいた証だった。



「俺は搦め手から攻めたほうがいいと思うがね」


 と、スターリングが左手の区画を指す。



 たしかに外壁が崩れて侵入は容易なように思えた。


 しかし堀をわたるのに難儀しそうで、戦闘に適した足場がなかった場合、そこで立ち往生しかねない。


 僕は以上の考えをざっと述べて、


「いや、この際、正面からゴリ押ししてやろう」


 と言った。


 二人から異論はでなかった。

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