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幻想の夜叉  作者: 栗山大膳
永久機関
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第九話

 僕たちはダンジョンの門前通りの道具屋を何軒かまわり、必要な物資や道具を現金で調達した。


 普段はダンジョン管理局のツケ払いにするが、今回は事情が事情だけに、店の帳簿に記録を残したくなかった。


 すこし気の利いた外国のエージェントならば、いろいろな方策をつかって帳簿の写しを手に入れ、ダンジョン管理局の動きを推測するくらいのことはやるだろう。


 定期の探索やパトロール、救助などの周知の活動のほかに大きな出費があれば、それは隠密行動だ。


 加えて品目のリストでもあれば、そのパーティーの規模や構成を読まれてしまう。


 事情に通じていて推理力のあるエージェントならば、メンバーや日程、目標までおおよそ特定してしまうだろう。


 むろん僕たちダンジョン管理局の捜査官も、そうやって冒険者のパーティーの動きを読み解くことがある。



 僕たちが現金で支払いをするのを見て、ジェイド・スターリングが、


「ますます嫌な予感がしてきたぞ……」


 と言ったのは、要はそういうことである。



「事情はそのうち説明する」


 と、僕は言った。


「いまは準備を急いでくれ。


 長旅にはならない予定だが、キツめの戦闘があることは覚悟しておいてほしい」



 スターリングは、ふうんと言って左の眉をつりあげ、


「もしかして、永久機関がらみの話か?」



 僕とシルヴィアは、顔を見合わせた。



「……その話はどこから聞いた?」



 情報が洩れているなら、看過できない話だった。


 事情によってはダンジョンに挑むまえに、幾人かを暗殺しなければならなくなるかもしれない。



「なんだ、アタリか」


 と、スターリングは放った紙屑がうまくごみ箱におさまったくらいの調子で言った。


「ダンジョンの深層で科学院の紋章をつけたやつらを見かけたという話を冒険者連中からたびたび聞いている。


 おおかた瘴気でも練ってロクでもないものを造ろうと企んでいたんだろうよ。


 とすれば、永久機関の開発は有力な仮説のひとつだ。


 俺ていどのボンクラでも容易に推測できる」



「さすがはゲイルランドを震撼させた反乱の指導者ね。


 たいした慧眼だわ」


 と言うシルヴィアの眼は、しかし、笑っていなかった。



「おいおい、よしてくれ」


 と、スターリングは首と手を振る。


「俺はなにも知らん。


 いまのもただの思い付きで言っただけだ。


 ほんとうだよ」



 僕はスターリングの表情の変化をひとつも見逃すまいと努めながら、しかし、たしかに彼の言うとおりだろうと思った。


 もしスターリングが永久機関のことを知っていて、なにかを企んでいるとすれば、当てずっぽうを言って警戒されるようなことをしても、なにひとつ得をしない。


 しかしこれは推理にすぎず、確証ではない。



「この旅が終わるまでは俺もきみたちの仲間だ、そうだろう?」


 と、スターリングは親しげに言う。


「そろそろ事情を説明してくれんかね」



「……いいだろう」



 僕は、ダンジョンの深層にある科学院の第四研究所で大規模な事故が起こったことと、その後始末がダンジョン管理局に一任されたことを、ざっと説明した。



「たしかにお上とすれば、ことを公にはできんだろうな」


 と、スターリングは言った。


「とくにラッセル伯はこの機に永久機関を闇に葬ろうとなさるかもしれん。


 科学の車輪はただまえにむかって回せばいいってもんでもないからな。


 扱える力が大きくなれば、その分、自分自身を傷つける力も大きくなる」



「しかし科学の車輪はいずれだれかの手によって回されるものだ」


 と、僕は表情をかえずに言ってみた。


「この情報に大金を出してもいいという国家はひとつふたつではないだろう。


 たとえばアーガム王国の領事館に永久機関のデータをひそかにもっていったら、いくらくらいで引き取ってもらえるのだろうか」



「……あなた、正気なの?」


 と、シルヴィアは眼を細める。



「やめておけ。


 研究データだけ奪われて、その場で消されるのがオチだ」


 と、スターリングは冷ややかに言った。


「領事館は治外法権だ。


 あいつらはあんたの骸を裏庭にでも埋めてしまえば、あとは知らぬ存ぜぬで通せる」



「そう安々と殺されるつもりもないが」



「いくらあんただって、一滴の水も飲まず、一粒の麦も口にしないでいる訳にもいかんだろう?


 毒を盛られて終わりだよ。


 悪いことは言わん、やめておけ」



「なあ、信頼できる仲介者はいないもんかな」



「おいおい、俺はしがない戯曲書きだぞ。


 劇場にでも売り込むつもりか」



「……ねえ、際どい冗談はそれくらいにしましょ」


 と、シルヴィアが辺りをうかがいながら言う。



 ダンジョン前の目抜き通りは冒険者や商人、町人でごったがえしていた。


 おまえたちの話にいちいち聞き耳を立てている暇などないと言わんばかりに、みな足早に歩いている。



 スターリングはなにかに気付いたように、すこし顔をしかめた。



「……ははあ、準男爵どの、俺を試したな?」



「悪く思うな。


 これはどうやら国家の大事というやつらしいからな」



 病弱の魔術師はやれやれという風に首を振って、


「ま、俺はこのとおり、恋人の形見の質出しにも四苦八苦しているような男だ。


 俺があんたでもそうするだろうよ」



「すまないな」



 僕は穏やかに言った。


 本当にそう思っていた。


 しかしこの男は、へそを曲げてここで降りてもいいんだぞとまでは言わなかった。


 このことは、記憶に残しておかなければならないだろう。



 目抜き通りから官公街に折れて、帝国大学の構内をしばらく歩いた。



 シルヴィアは感慨深そうに尖塔と煙突を曇天にむかって無秩序にのばす建物を見上げて、



「第二魔術実験棟が新しくなったのね」



「そういえば、きみの母校だったな」



「ええ」



 そろそろ科学院が見えてくる頃、スターリングがそっと耳打ちしてきた。



「実験棟が改築されたのは、たしか15年も前だぞ。


 あの姉さん、いったい幾つなんだ?」



「記憶ちがいじゃないか」


 と、僕は言った。



 もしシルヴィアが十五年以上もまえに帝国大学を卒業したのだとしたら、少なくとも三十七歳以上ということになる。


 僕は成り行きでいちどシルヴィアを抱いているが、とてもそんなふうには思えなかった。


 肌の張りは水滴をピンと弾きそうなほどで、どう見ても二〇代前半の女のものだった。



 パンプスのかかとを鳴らし、すこし先を颯爽と歩くシルヴィアの後ろ姿は、みごとという他なかった。


 あれが四十に迫る女のものだとすれば、美の神というよりは魔性のものの仕業に違いない。

「永久機関」編の完結が見えてきたので、更新を再開することに致しました。待っていてくださった方には、心よりお礼を申し上げます。ただ、出来のほうは自信がありません。なにしろ四年前に書いていた話のつづきなので、人名・地名・設定を間違うという致命的なミスをやらかすかもしれません。気付き次第、修正していく積もりです。また文体がだいぶ変わっていると思います。短文で切ってさくさくと話を動かしていく書き方がどうにも思い出せず、かなり冗長というか、重たい感じになってしまっていると思います。それからストーリーの都合上、すでにアップした本文部分に変更を加えました。シルヴィア・レノには戦闘経験がある、ということにしました。以上の三点につきまして、ひらにご容赦ねがいます。作者拝

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