第七話
スターリングは魔術師としての腕は良かったが、冒険者としてはかならずしも上等なほうではなかった。
かれはひた隠しにしているが、じつは結核を病んでいた。
この世界には、回復魔法で治る病気と治らない病気があった。
治らない病気は《宿命の病》と呼ばれていて、罹ってしまったら最後、遅かれ早かれ死ぬしかなかった。
ただしそれは病気の種類によるのではなく、罹ったひとによるらしい。
結核でも治るものは治るし、ありふれた風邪でも死ぬものは死ぬ。
かれの結核は残念ながら、《宿命》のほうであった。
そのような訳で、かれは無理ができなかった。
ところが本人は、病弱に見られるような陰気なことが嫌いなので、怠け者のヒモ男で明るく通しているという訳だった。
ビクターがジェイド・スターリングのことを指して、
「他国に情報を売り渡す心配のない……」
と言ったのには、むろん理由がある。
スターリングはかつては過激きわまりない革命家であった。
数年前、ゲイルランドが記録的な不作に見舞われて大規模な農奴の蜂起がおこった際には、その指導者のひとりとして辣腕を振るった。
その反乱軍は、一時はゲイルランドの首都クリープに迫るほどの勢いだったが、他国からの軍事介入を招いて鎮圧され、結果、ゲイルランドには傀儡政権ができて、農奴たちはより悲惨な立場においやられた。
つまりかれらの革命は失敗に終わるどころか裏目に出てしまったのだった。
しかし、スターリングは、いまでもゲイルランドの農民たちの間で英雄として崇められているようだった。
かれとしてもその想いにいつか応えたいという痛切な思いがあったに違いないが、なにしろ《宿命の病》のせいで思うに任せないのである。
スターリングはああ見えて熱烈な愛国者である。
だからゲイルランド以外の国に情報を売り渡すことは死んでもしない。
かれが唯一忠誠を捧げるゲイルランドには、現在、他国の息がかかった政権が立っている。
従って、ゲイルランドにも情報を売ることは絶対にしないだろう。
そういう意味では、第四研究所の探索に連れていくうえで、わりあい安全な男であった。
では絶対に安全かというと、そうとも言い切れないところがある。
シルヴィアなどは、
「ラッセル伯のお友達なんだったら、あたしたちを裏切ったりしないと思うわ」
などと気楽に言うが、それは冒険者というものをよく知らない人間の考えだ。
かれらは正義のため、名声のために冒険者をやっているのではない。
そういう変わり者もなかにはいるが、九割がたはカネのため、生活のために冒険者をやっている。
ふだんはカネに頓着しないように見える者でも、現実に一獲千金のチャンスを鼻先にぶらさげられたら、豹変したりするものだ。
加えて、どんなしがらみや人間関係が隠れているかも分からない。
純朴そうな戦士の青年がじつは他国で幼少より厳しい訓練を施されてきた国王直属の暗殺者であった、なんてこともざらにある。
疑う気になれば、当のシルヴィアだって疑えるのだ。
シルヴィアのほうだって、内心僕のことをどう思っているか、分かったものではなかった。
さらに言うならば、僕だって僕自身のことを完璧に分かっているわけではない。
ほんの三秒前までは殺すつもりなどなかったのに、瞬間的に殺意が沸いて人を斬り殺したことなどざらにある。
かと思えば、こいつは絶対に殺すと決めて実際に会って話してみて、まあいいかとなったこともある。
さすがにビクターを殺すつもりはないが、僕のことだから、
「すまん兄貴、大金を懐にバカンスに行くことにしたよ」
などと書置きをして《永久機関》の情報を他国に売り飛ばし高飛びするくらいはやるかもしれない。
書類仕事をして洗濯をして、の日々には正直嫌気が差しているし、僕には元々、そういう行き当たりばったりのところがある。
もとより帝国に対しては忠誠心の欠片も持っていない。
自分も他人もあてにならないものだ。