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幻想の夜叉  作者: 栗山大膳
永久機関
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第六話

 そのような次第で、僕とシルヴィア・レノはさっそく研究所を探索する準備にとりかかった。


 本来ならダンジョンの探索には数日かけて人員と物資の手配をするものだが、今回はそんなことは言っていられなかった。


 ダンジョンの深奥をちょっと覗くというだけでも、二人では到底、頭数が不足している。


 パーティーは普通、魔物と直接刃を交える接近戦担当が二人、弓矢や魔法などで援護する者が二人、医療や回復魔法の心得のある専任の回復役が一人、錠前外しに偵察にちょっとした工作もできる器用な人間を一人の、計六名以上で編成するのが一般的だった。


 それ以外に、頭数に応じて二人から三人の荷物持ちの人夫が必要だ。


 現実の世界はゲームの世界と違って、無尽蔵にモノを詰めておける道具袋などはない。


 結局のところ、十人近くの編成になってしまう。


 ところが今回は接近戦担当がひとり、これは僕がやるのだが、それ以外の、援護・回復・工作をすべてシルヴィアひとりで担わないといけない。


 しかも彼女は鑑識の人間で、ダンジョンの探索や戦闘が本業ではなかった。


 絶対的に手が足りない。


 それでビクターとも相談したうえ、もうひとり冒険者を加えて三人編成にすることになった。



「腕もよくて他国に情報を売り渡す心配のない魔術師と言えば、『かれ』しか思い当たらないのだが……」


 と、ビクターは渋い顔で言った。


「『かれ』はべつの意味でこまった冒険者だからな……マキシムとレノ女史が連れていきたいというのなら上司として拒みはしないが、『かれ』の友人としてはふたつばかり頼みがある。

『かれ』にあまり無理をさせないでやってくれ。

それから、いろいろあるだろうが、大目に見てやってくれ」



『かれ』の名を、ジェイド・スターリングという。


 ベッカム似の苦み走ったいい男なのだが、中身は懲りない太宰治みたいなやつで、冒険者なのに冒険をせず、女をたぶらかしては住まいを転々としている。


 ようするにヒモである。


 文学にかぶれていて、悲恋ものの戯曲も書いたりしており、それがひどく受けるのに、本人は、


「あんな三文芝居の脚本を書くために俺は生きているんじゃないんだぜ」


 などとのたまって、滅多に劇場からの依頼をうけない。


 書くのは女に誕生日プレゼントを買ってあげるときと、あちこちの酒場へのツケが嵩んでそろそろ支払わないと飲ませてくれるところがなくなってしまいかねないときだけに限られている。


 それでも創作意欲というのはあるらしく、僕がこないだ女をめぐる私闘にみせかけて公安の犬を斬って捨てたときも、ひょっこりと僕のところへやってきて、


「やあ色男の旦那、この才能に恵まれない戯曲書きのために、ひとつネタを提供してくれんかね。

 ……いやね、あの事件の内幕が知りたいんだ」


 勝手にあがりこんで僕のワインの栓を抜き、まあ一杯などといってグラスに注いでくる。


 僕はどうもこういう男には弱くて、


「……誰にも言うなよ」


 などとつい、あれこれ喋ってしまう。


 むろん微妙なところは避けて言わないし、スターリングのほうも強いて聞きだそうとはしない。


 ただ、娼館でナタルマを初めて抱いた晩のことや、ナタルマのあんがい世間知らずでおひとよしな人柄のことなどを、興味深そうに聴いているのだった。



 スターリングとビクターの出会いというのも、また面白いものだった。


 ビクターは馴染みにしている古書店に、ある一冊の古い詩集を捜させていた。


 およそ二百年前にゲイルランドの詩人パドヴァによって書かれた『虹色の蝶の鱗粉』というもので、これをたまたまスターリングのほうでもおなじ古書店に予約していたのだという。


 古書店の主は、この詩集を一冊だけ入手した。


 むろん、貧乏な冒険者よりも帝国伯爵を優先するのは店の親父としては当たり前のことで、ビクターのほうにそれを引き渡した。


 その数日後、ビクターは酒場で飲んでいるときに隣のテーブルでスターリングが女の冒険者を相手にくだをまいているのをたまたま耳にした。



「……あの古書店のおやじめ、わが祖国が誇る大詩人・パドヴァの傑作『虹色の蝶の鱗粉』を先に予約したのは俺なのに、帝国貴族さまのほうへ先に回しやがった。

 俺はもう三年も待っていたのに、だ。

 ああ、貴族さまは偉いからな。悲しいけれど、これが世の中っていうやつさあ……」



 それを聞いてビクターは赤面し、酒場の女から、盛大にくだを巻いている男の名をさりげなく聞き出した。


 それから古書店に行ってその話を確かめてみると、たしかにそうだという。


 ビクターは慌ててその詩集を店に返品して、どうかジェイド・スターリングのほうにまわしてくれと頼んだ。



 それから半月ほどして、スターリングから丁重な礼状が届いた。


 ビクターが言うには、その手紙は深い教養に裏付けられた礼節と卓越した文才を感じさせる内容だったらしく、一読してすっかりその男のことが気に入ってしまったようだ。


 それから手紙のやりとりをしたり、互いに家を訪ねあって文学論を戦わせたりしているらしいが、ただ、なにしろビクターは童貞だったので、スターリングの住まいを訪ねるたびに恋人が変わっているところについては酷く憤っていたし、スターリングの戯曲については軽薄極まりない、なぜかれは本気で文学を書かないのか、やればできるやつなのに、などと嘆くこともあったが、それだけ仲がよいということなのだろう。


 議論を始めればそうとう際どいやりとりになることもあったが、なんだかんだ朝まで一緒にいるし、都合がつけば頻繁に顔を合わせもするのである。


 そういう仲だった。

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