第五話
「で、どうする」
「研究所から《永久機関》の研究記録を回収するにせよ、しないにせよ、ひとつだけ絶対に容認できないことがある。
それは、他国に研究データが流出してしまうことだ。
したがって僕はこれから、防諜の手配をやらねばならない。
各国の大使館に密偵を潜入させ、職員を買収し、大使館付の文官・武官にあまねく監視をつけねばならん。
それから、ダンジョンの深層まで踏破したことのある冒険者たちのリストをただちに洗い直し、他国人との私的な交友関係の有無をいちいちチェックする必要があるだろう。
……とにかく仕事が山積みだ。
僕としても、研究所内がどうなっているのか、見てみたい気もするが、ちょっと無理みたいだ」
そこで、You! と、ビクターは見事な発音で言い、僕を指さした。
「君とシルヴィア・レノ女史とで研究所内を調査してくれ」
「僕はかまわないがレノは危険だろう。
彼女には戦闘の心得がない」
「知らないかもしれないが、きみがここで働き始める以前には、彼女もダンジョンの探索に出ることがあったんだ。
短銃を使わせたらなかなかのものだよ。
いずれにせよ、錬金術のレの字も知らんきみだけを行かせても仕方あるまい。
きみが一緒なら、まあ、なんとかなるだろう。
守ってやってくれ」
「じゃあ、せめて人数を……」
「僕もそうしたいのはやまやまだが、研究所に派遣する捜査官には改めて入念な身辺調査をやらないといけない。
その時間がないんだよ。
それなしにすぐに送り込むことのできる腕の立つ捜査官はきみしかいないんだから、やむを得まい」
僕は腕をひろげて、もう一度、やれやれと言った。
「それにな、きみは意外に思うかもしれないが、僕はきみのその、なにかと面倒くさくなってすぐにひとを叩き斬ってしまうところを、けっこう気に入っているんだ」
「気に入られても困る……これでも反省しているんだから」
ビクターはこめかみを揉みながら微笑して、
「僕も研究所のなかがどうなっているのか、まったく分からない。
分かっているのは事故の報告があって以来、一週間ばかりむこうとまったく連絡がとれなくなっていて、おととい調査にむかった研究所付きの武官たちもいまだに戻ってきていない、ということだけだ。
したがって、きみには現場の状況を見て《永久機関》の研究データをどうするかを決めてもらう必要がある。
きみがそのデータをこの世界にとってぜひとも有益だと思ったなら持って帰ってきてくれ。
しかし、面倒だと思ったなら……焼却するなり菊一文字シュレッダーにかけるなりして、ダンジョンの闇に葬ってくれて構わない」
「まったく、きみという奴は……」
「僕なりに、どうするべきか、一晩じっくり考えてみたけれど、けっきょく結論は出なかったよ。
だから、きみのその、すぐに人を叩き斬ってしまう適当な、けれどあんがい的を射ている感覚に、丸投げすることにした。
……その結果であれば、どうなろうと、すくなくとも、僕は後悔したりせずにすむ。
それに、あいかわらず頭も痛むし。
これ以上の考えごとは、御免こうむりたい」
「わかった。
が、あとで文句を言うなよ」
「僕が書類仕事いがいのことできみにあとからぶつぶつ文句を言ったことがあるかい?」
「……それもそうだ」