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幻想の夜叉  作者: 栗山大膳
永久機関
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第一話

 僕は女性に対しては極力紳士的であろうと思っているが、つまらん挑発をしてくる女には、最大の礼をもって報いることにしている。



 この仕事をしているといやでも同僚とのあいだでいろいろと貸し借りができる。


 とくに鑑識担当のシルヴィア・レノにはなにかと借りをつくるばかりで、いつかちゃんと返さなければと思っていた。


 シルヴィアは帝国大学を出た学識ゆたかな錬金術師で、ラミア・カルディオネに秘薬の軟膏をわけてやってその皮膚から傷跡を取り去る手伝いをしたのも彼女だった。


 男の同僚のあいだでは、このシルヴィアに関するタブーがひとつだけあった。


 それは絶対に年齢を聞いてはいけないというものだった。


 聞くとどうなるのか、についてもタブーで、おかげで彼女の実年齢を知るものはだれもいなかった。


 噂ではシルヴィアは吸血鬼の血をひいており、夜な夜な若い男の生き血を啜っていて、そのせいですこしも歳を取らないのだとか。


 もちろん本気にする者はいなかったが、豊かな蜂蜜色のワンレンをかきあげる仕草は三十女にしか醸せないような色気と貫禄がたっぷりある一方、帰りぎわ、洒落た革のバッグを提げてヒールの高い靴を鳴らし廊下を颯爽と歩くさまは、二十歳そこそこと言っても十分通用する瑞々しさがあって、年齢が予測しにくいタイプの女性であることは確かだった。



 チームで取り組んでいた大きな事件ヤマが片付いた晩のことだった。


 打ち上げで十数人の同僚と飲みにいき、トイレに立ってもどってくる途中、酒場の狭い通路で、酔ったシルヴィアがすれ違いざまに、


「ねえヴォイド……あなた、貸しがだいぶ溜まっているけれど」


 鼻にかかった声をかけてきた。


「いつも感謝しているよ。僕にできることがあったらなんでも言ってくれ」


「それ、本気で言ってる?」


「もちろん」


「じゃあ……」

 シルヴィアは僕の耳に酒くさい息をふきかけて、

「今晩、一括で払っていただこうかしら」


 ふだんは、もっと知的で落ちついた女だった。

 そうとうに酔っているなと苦笑しながら、

「貧乏騎士のケツの毛まで抜こうってのか。ひどい姐さんだ」


「姐さんはやめて。今夜だけはシルヴィアって呼んで」


「飲み過ぎだ。二日酔いになっても知らないぞ」


「うふふふふ……」



 それからふたりで同僚たちの輪に戻って、飲んで騒いでしていたが、ふと気づくと、高そうなホテルでシルヴィアとふたりきりになっていた。


 シャンデリアのひかりと贅沢な調度の光沢、香水のキツい匂い――そんなものが酒で混濁した意識のなかをぐるぐると巡った。


 僕は前後不覚になるまで飲むことはあっても、女に身柄を丸投げするような真似はしない。


 それは僕の美意識に反した。


 その僕がこんなところにいる。


 グラスになにか薬らしきものを垂らされたのだろうと思った。


 しかし、だとしてもそれを許した僕の不覚である。


 そんなことを考えているうちに、だんだん腹が立ってきた。


 シルヴィアが大切な同僚のひとりであることはよく分かっていたが、この際、据え膳をとことん食い散らかしてやろうという気になってきて、絹のペティコートに腕をのばし、破るようにしてはぎ取った。


 それから大人の遊戯ゲームが始まった。


 シルヴィアは最初大いによろこび、次第に呆れ、しまいには泣いて詫びをいれてきた。


 それでも僕はシルヴィアを寝かせなかった。



「お願いもうゆるして、あたし壊れてしまうわ……」



 つけ睫毛も口紅も、ドロドロになって、緑がかった瞳は虚空しか見ていなかったが、僕はやめなかった。


 それからすぐ、シルヴィアは悲鳴をあげ、その晩四度目の失神をした。



 非番明け、証拠品を見てもらうためにシルヴィアのオフィスを尋ねて、仕事の話が一段落したあと、彼女は出てゆこうとする僕を呼び止めて、


「ごめんなさい」

 とすこし掠れた声で言った。

「あなたがあんなにプライドの高い男性だとは思わなかったのよ。

 だってあなた、黙っているととっても好青年に見えるんだもの」


「………」


 女錬金術師はタイトなロング・スカートの脚を組んで、肩をすくめる。


「あたし、仕事でストレスが溜まってくるとね、ときどき性欲が爆発しちゃうの。

 でも、もうあんなことはしない。

 ……ねえヴォイド、あたしたち、これからも、いい同僚でいられるわよね?」


「やれやれ。責任を取るよう求められたら潔く取るつもりでいたけれど、そういう話ではないんだな」


 シルヴィアはきれいな白い歯をみせて笑った。


「やっぱりあなた好青年よ」


「これからも、よろしく頼む」


 背中をむけると、また呼び止められて、

「……ねえ、さっき言ったこと、本気?」


 内心ぎくりとしたが、僕は言い切った。

「あたりまえだ」


 シルヴィアはしばらく黙っていたが、やがて微笑んで、

「でも、いいわ。そういうのって、今風じゃないし」


 それ以降、僕とシルヴィアのあいだに、艶めいたことはなにもない。

 今までは、その章が完結する見通しが立ってから更新していましたが、今回は見切り発車です。筆が詰まったためであります。加えて、色々ほかにしたいことがあって、下手をするとエタる、かも、しれません。ただストックはあるので、しばらくは更新を続けられると思います。

 ご理解を、賜れれば……幸甚でござい……グフッ

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