第二話
刀は、いや、刀のみならず刃物はすべてそうだが、わずかでも刃が曲がって入ると、なかなか斬れないものだ。
僕は落ちついているつもりだったが、実際は、初めてのことで激しく動揺していたようだ。
そのせいで、刀身が思うように、少年の身体に入っていかなかった。
恐怖に駆られて逃げ回るその少年を追いかけて、うしろから何度も斬りつけた。
焦って駆けながら斬りつけるものだから、浅手ばかりで、なかなか致命傷にならない。
……やっと片付いたときには、現場は血にまみれて、指や内臓があちこちにちらばり、酸鼻を極めていた。
がまんできず、嘔吐を余儀なくされた。
それから僕は祖父に厳命されたとおり、死体を生垣にひっかけて首をおとし(これは一発でやれた)、それから草のうえに寝かせて胴を斬った。
すえもの斬りといって、刀の切れ味の鑑定を頼まれたときには、これをやることになっている。
むろん現代日本では警察の眼がうるさくてなかなかできないが、祖父などは「その筋の人」から頼まれて、三つ重ねた死体を、現代の刀鍛冶が打った刀でもって、みごとに斬り分けたことがあるらしい。
ともかく、これも祖父の指示だった。
祖父は激賞してくれたが、父はあまりいい顔をしなかった。
いや、まったくしなかった。
さすがに祖父の手前、叱責はされなかったが、それでも捜査当局の手が僕に及ばないかと、かなり心配している様子だった。
しかし警察のほうは、まさか刀を使った凄惨な殺人事件の犯人が中学生だとは思いもせず、僕が取り調べや聞き込みを受けることはなかった。
ひとつには、祖父が県警の幹部と剣道を通して親しい関係を築いていたことも有利に働いたのかもしれない。
当時は凄惨だと思いはしたが(もし、僕の記憶がすべて正しければの話だが)、こっちにきて数えきれないほど人を殺したあとでは、遠い夢のように思うだけである。
いずれにしても、そこから僕の記憶は混乱を極めてくる。
父は僕に、修験者にまじって滝にうたれ山野をまわれと命じた。
そうして殺害した少年の冥福を一心に祈れというのだった。それは想像を絶する厳しい修行だった。
山伏たちは僕に慳貪で、崖のふちから千尋の谷底をのぞかされたり、意識を失うまで氷点下に近い滝にうたされたりした。
僕はすこし、おかしくなっていたと思う。
夜通し、白装束の大人たちについて山野を歩きながら、見えるはずのないものをいろいろと見た。時系列が頭のなかでぐちゃぐちゃになり、そのうち昼夜すら分からなくなった。
そうしてふと気づくと、僕は異世界にいたのだった。