第八話
ラミア・カルディオネが任務中に行方不明になったという知らせが管理局のオフィスに届いたのは、あれから一、二か月ほど経った頃だったように思う。
折しも、ダンジョン内ではリザード・マンの群れが不穏な動きを見せていて、その襲来にそなえてダンジョン管理局といくつかの主要な冒険者ギルドで共同戦線を張ることが決定した矢先のことだった。
防戦の準備のために砦の構築を指揮していたラミアのすがたが見当たらないという。
彼女が人夫たちに土嚢を積ませていた現場には交戦の跡があり、リザード・マンや警備にあたっていた平民以下の下級武官、人夫の死骸が散らばっていたらしい。
生存者はなし。
ラミアは拉致されたのかもしれなかった。
魔物どもは気勢をあげるために人間をさらっていって惨殺するということをよくやる。
それも名だたる冒険者やダンジョン管理局の役人であれば、出陣の儀式の生贄としてうってつけであった。
しかも悪いことに、指揮権をもつ我が義兄ビクターは宮廷の用事で席を空けていた。
指示を仰いでいる暇はない、ということで捜査官のあいだで衆議は決し、ラミアのために救助隊を派遣することになった。
みな、ふだんは無謀だの命知らずだのぶつぶつ文句を言いながら、内心では、あの勇敢な公爵令嬢のことが気に入っていたのである。
僕は寄っていくところがあると言って皆を先にいかせて、刀剣商のグラヴィアーダの店にむかった。
「ラミア・カルディオネがダンジョン内で失踪した。
リザード・マンどもに拉致された疑いがある」
グラヴィアーダは眼を見開いた。
胸のまえに、片眼鏡がだらりと垂れる。
「なんと……」
「これから探索にむかうつもりだが、あいにくリザード・マンどもの鱗は硬い。
一匹、二匹斬ればすぐ刃が丸まってしまう。
なまくらを何本持っていっても足りそうにない。
そこで頼みがある。
手ごろな剣を貸してもらえないか」
年老いた刀剣商はゆっくりと指を振り、
「それなら、ヴォイド殿にうってつけの剣がある。
ご覧にいれましょう」
かれは錠付きの扉をひらいて、中から桐の箱をもちだした。
蓋を開けると――そこには蝋色の鞘に銀の金具をあしらった、一振りの日本刀がおさまっていた。
なんというのか知らないが、みやびな透かし彫りの鍔がついている。
「これは……」
「特殊な剣ゆえ、わたしにも鑑定しかねますが、菊のような文様に『一』の刻印がありますな」
だとすれば、菊一文字かもしれない。
「見てもいいか」
「どうぞ」
日本刀のことは正直よく分からないが、菊一文字の則宗が鎌倉時代の刀匠であることと、幕末に沖田総司が愛刀としたことで有名であることは知っていた。
なるほど、細身の優雅なつくりで、突いたり打ち合ったりには向かないだろうが、丁寧に扱えば、池田屋の討ち入りくらいの長期戦にも対応できそうな感じはあった。
なにしろ鋼の質がぜんぜん違う。
手入れもしっかり行き届いていた。
「これはどういう経緯で……」
「わたしにも詳しいことは分かりませんが、ダンジョンから異世界の剣が持ち出されることが稀にあるようですな。
ヴォイド殿や伯爵様がかつておられたという世界の剣であるらしいことはなんとか推測できましたが、なにしろ値段の付けようがない。
こういう特殊なつくりの剣を扱える者はなかなかおらず、したがって欲しがるものもあまりなく、かといって倉庫のなかでいつまでも寝かせておくのも忍びなく、どうしたものかと思っておりました」
よろしければ、差し上げましょう、と、刀剣商は言った。
「……いいのか。
これは本物とすれば大層なものだぞ。
千金に値する」
「もし、恩義に感じていただけるのならば、ぜひ、カルディオネ公爵のご令嬢を救ってあげてくだされ。
なにしろ、お得意様の愛娘ですからな」
「やってはみるが……正直言って、望みは薄いぞ」
「刀剣商として、これ以上のことはして差し上げられません。
気に入って頂けたなら、どうぞ、お納めください」
「……かたじけない、貰い受ける」
僕は鞘に革ひもを通してベルトに吊り、ダンジョンへむかった。