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幻想の夜叉  作者: 栗山大膳
暁の雲
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第三話

 ところで、なぜこんなことをしているのかと言えば、べつに騎士になって「大人」になり「利殖」に目覚めたからではない。


 カネの大切さなら昔からいやというほど味わってきた。


 そうではなく、役目にかかる費用をなんとか捻出するためだ。


 僕は皇帝陛下に謁見できる直参の身分ではあったけれど、俸給そのものは大したことはない。


 領地がある訳でもなければ、水運・陸運などの利権を握っている訳でもないし、魔物から村落を守る傭兵団を抱えているわけでもなかった。


 ただの貧乏騎士にすぎない。


 そこへ来て、僕には商売の才能がまったくないときている。


 あったら始めから人斬りなんかやっていない。


 かつて、運河のほとりに寝起きしていた頃、神殿前の大通りからすこし奥まったところに露店を出してがらくたを並べてみたことがあるが、ほとんど売れやしなかった。


 すぐに乞食仲間から、おまえは愛想もなければ融通も利かないから商売には絶対にむかない、やめておけ、と真顔で諫められたものだ。


 かれが心配したとおり、結局、商売を畳むまでに、ひとを七人斬り殺すはめになった。


 場所代を払えだの、くだらないものを売りつけるなだの、むこうの店じゃ半額だったぜだのと言って因縁をつけてくるので、面倒くさくなって叩き斬ったのである。


 腹を満たすどころか、そのうち司直の手が及びかねないということで、やむをえずこの道を断念したのだった。


 だから商売の難しさはよく分かっている。


 あれは、商才のない人間がいくら頑張ってもどうなるものではないのだ。



 ダンジョン管理局の役人として、私腹を肥やそうと思えばいくらでも手はあった。


 冒険者や密売業者などから賄賂を受け取ればいい。


 よからぬものを欲しがるよからぬ錬金術師に、その調達方法をあっせんしてやってもいい。


 ……が、真面目に役目を果たしている兄貴の手前、それはできない。


 じゃあ領地持ちの伯爵様である兄貴にタカってやろうかと考えなくもなかったが、とうの兄貴が役目に湯水のごとく金をつかっていたし、そのうえ、領地の産業振興に熱心なあまり莫大な借金を抱えているような有様だった。


 僕には少なくとも借金はない。


 兄貴は考えようによっては僕より貧乏なわけで、さすがにこれにタカるのは気がひけた。



 もともと、ダンジョン管理局の役人なんてのは割に合わない仕事なのだ。


 僕たちは冒険者たちに睨みを利かさなければならないから、当然、平均的な冒険者よりはるかに腕が立たないと務まらない。


 取り締まりにいって返り討ちにされたのでは話にならない。


 けれども、皮肉なことに、それだけの腕があれば、冒険者としてそこそこいい暮らしができる。


 ときおり、自分より才略も剣の腕も劣る冒険者が、たまたま財宝を持ち出すことに成功して、豪勢にホテル暮らしなんかしているのを見ると、心底ばからしくなってくる。


 そのうえ、役目にけっこうなカネがかかる。


 密偵たちだってタダでは動いてくれないし、移動費や交際費などの経費もすべて自分持ちだ。


 だから、ダンジョン管理局の役人は、大貴族の次男坊、三男坊が多かった。幼少より武術や魔術のてほどきを受けられて、しかもカネには困らない身分でないと、条件を満たせないのだ。


 まれに、荒事の好きな皇族の姫様や大貴族の令嬢なんてのも混じっているが。


 ともかく、実家や親族からガッツリ援助してもらえるような腕の立つ騎士でないとなかなか務まらない。


 僕のように手柄をたてて平民や奴隷から騎士に取り立てられた者は、みな金策に苦労していた。



 だから僕たち貧乏騎士は、ダンジョン内の「巡回」や「偵察」、「討伐」、「探索」に、喜んで志願した。


 ダンジョンは宝の山だ。


 さっき、グラヴィアーダの店で、《死体漁り》などと憎まれ口を叩いたが、それもやっかみ混じりのことである。


 僕たちだって任務中に金目のものを拾えば、法の範囲内でもちだして、来歴や所持者の身許やその遺言などをよく確認したうえで、古物商に売り飛ばす。


 これくらいの役得がないとやっていられないというのが正直なところだ。


 なかには非番の日に頭巾やマスクをつけて、偽名を名乗り、助っ人の冒険者をやる者もいる。


 冒険者たちもギルドの親父も、そのへんはよく心得ていて、見て見ぬふりをする。


 なにしろダンジョン管理局の捜査官は腕は確かだし、たいていの者は順法意識が旺盛だから、需要はいくらでもあったのである。


 休暇明けに時間通りに出てこないやつはだいたいその手合いで、怪我をしたか、探索が予定より長引いているのだ。


 みんな分かっているから、一日二日は気付かないふりをしておく。


 そいつは三日目あたりに包帯でぐるぐる巻きになって出てきて、いやあ階段から転げ落ちちまって、などと見え透いた嘘をつくのである。


 それに我が義兄ビクターは、すまんな、捜査官の役料をもっと増やすよう、上にかけあっているんだがな、などと真顔で言う。


 それで僕たち同僚一同は、したをむいて笑いを噛みころさなきゃならなくなる。


 懸命の演技が台無しだ。


 けれども僕たち貧乏騎士は、この融通が利く上司のおかげでいろいろとやりやすかったのは確かだった。

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