やっと一歩?
「そっかあ穂香ちゃんに喜んでもらえて良かったわぁ」
「こちらこそありがとうございました」
事務所ではひかる店長と穂香が話をしていた。
「じゃあ何かあったらいつでもいらっしゃいね」
「はいよろしくお願いします」
と言い穂香が椅子から立ち上がるとひかる店長が
「ちょっと待って」
と言い冷蔵庫からジュースを取り出し
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
「いいのいいの、又いつでもなんでも言ってね。探せるものは全力で探すから」
「はいっ、よろしくお願いします」
穂香はお辞儀をし部屋から出て店内へ向かった。
店内にはいるとザワザワしている。よく見ると人垣の向こうに長かった前髪と襟足をスッキリさせ紺色のカラーを入れ、メガネをはずしゆったりしたシャツに細身のジーンズにエプロンが萌を感じさせる不比等がいつもの仏頂面をしているが、それがツンデレぽくてたまらないらしい。穂香は
あんな人いたっけ?それにしても、眩しい眩しすぎるわ…あんな綺羅びやかな人は私が見てはいけないものなのよ
と思いながらうつ向いて通りすぎた。
「あの娘も病んでるわね」
と言いながら伊織がやって来ると美緒が不比等を見て
「伊織さんあの生き物はなんなんてすか?才能開花ですか」
と言うと伊織はニヤリと笑い
「あれが本当のヤツなのよ」
と言って去っていった。
なるほど…
と美緒は頷いた。不比等は見た目が変わっただけで自分に群がって来る女性達を鬱陶しそうに見ていたが、そのなかにキラキラした目で見ている男性を見つけ愕然とした。
なっなんでお前がいる!
不比等は男性にかけより腕をつかんで一緒に奥に消えていった。
「不比等君?」
雄大があわてて奥にいく不比等を首をひねって見ていた。
バックヤードの倉庫の前で不比等がその手を離し
「なっいつ帰ってきたんだよ」
と言うと男性はクスッと笑い
「ここに来たのはさっきかなぁ?ただいま不比等」
と言い不比等の頭をナデナデするので不比等はムッとして
「やめろ子供扱いすんなこのバカ兄貴」
と言って手を払った。彼は赤池昌久、赤池家の次男で2年前に突然家を出て音信不通になっていたのだ。不比等はこの兄が大好きだった上に家を出た理由も知っていた。
「お前大きくなったなぁ俺が家を出る時はこれくらいだったかな」
と床から30センチのところに手をおくと不比等が
「そんな小さい訳があるか」
と突っ込む。昌久は
「あーそのツッコミ甘いな、お前マダマダだな」
と笑った。不比等がムッとしながら
「今までどこにいたんだよ今日は家に帰ってくるのかよ。これからどうするんだよ又何処かに行くのかよ俺にくらい連絡してもよかっただろうが」
と矢継ぎ早に不比等が聞くと昌久は
「おいおいそう焦るなってあの家には帰るつもりないから…まあ帰ってこられても困るだろうしな」
と言って寂しそうに微笑んで
「まあ暫くはジイさん家に居るからお詫びに何でも聞いてやるし話してやるから安心しろ」
と言うと不比等が
「嘘じゃないよな絶対だよな本当に何でもいいんだよな。待ってろよ行くから」
「ああ何時でもこい待っててやるよ、じゃあな」
と言い昌久が去っていくので不比等はその後ろ姿に
「絶対に逃げんなよ!絶対に行くからな待ってろよ」
と言うと昌久は後ろ手で手を降り去っていった。ムッとしていた不比等は徐々にニヤッとしだして
帰ってきた昌兄がやっと帰ってきた…
と嬉しそうな顔をして店内に戻っていった。
穂香はそそくさと家に帰り晩御飯までの間に借りてきた分厚いインカの本を読み出した。
素晴らしい素晴らしいよぉ、でもDVDどうしようリビングで見ると邪魔になるし…そうだ図書館で見れるから明日いこう。楽しみだなぁ
ニコニコしながら夕飯を食べる穂香に母が
「穂香なんか楽しそうね」
と言うと目をキラキラさせて
「うん凄く幸せなの、このまま本の中に入ってしまいたいくらい」
と満面の笑みで言うので母はひきつりながら
それはお母さん困るなぁ…
と思っていると
「そうだママ明日ちょっと遅くなるけどいい?図書館に行ってきたいの」
と穂香が子犬のような目をして言うので母は仕方ないなと思いながら
「あまり遅くならないでよ、この前は学校の図書室に閉じ込められかけたし穂香は夢中になるとまわりを見ないんだから」
そうでしたあれはとても美しい前方後円墳の写真を見つけて、ついイラストを書き始めて気が付いたら鍵を閉める音がして
「お待ちくだされ」
と叫ぶと先生があわててやって来て
「旭川さんまだ残っていたのね、旭川さんは時々こういう事があるからこれからは先生の隣に座るようにしましょうね、ね」
と優しくでも威圧的に言われた穂香は
「はい…よろしくお願いします」
とひきつりながら言った事を思いだし
「あれは私の不徳のいたすところでございます」
と言って頭を下げた。そんな穂香に母はクスッと笑い
「そうねその通りね、だからまた何かあったら大変だしお父さんにも帰ってきたら言っておくわね。呼び出されたときのお迎えとか考えとかなきゃ」
と言う母に穂香は
「よろしくお願いします」
と深々と頭を下げた。夕食が終わり部屋に戻った穂香は机の引き出しから小箱を取り出した。開いて中の石を手に取った穂香は
「やっぱり綺麗だな…」
と言い光に当ててみた。家の蛍光灯でも美しく輝くインカローズに暫く見入ったあと
「明日持っていってメッセージカードもかえさないとね」
と言いながら石をもとに戻し蓋を閉めて鞄のなかに入れた。その時ふと書店ですれ違った綺羅びやかな彼を穂香は思い出した。
「あの人綺麗だったなって男の人に綺麗って言うのもなんかだよね…でもさ私も磨いたら少しはましになるといいのにな」
と言いながら穂香は机の上にある鏡を覗き込んだ。がすぐに暗い顔になり
いや無理だ私はそこら辺に転がっているただの岩だよ、ああいう人は特別枠なのよだから私なんて私なんて
とここから穂香の妄想がフル回転していく。
「例えば綺羅びやかな彼がマントを羽織り優雅に玉座に座るでしょ。その足元でどこにでもある岩の私がペコペコしながら」
と言って椅子から立ち上がり
「王さま~そのお力で私を普通の見た目にしておくんなまし~ゴロゴロゴロゴロ、岩の私を少しはましで綺麗な石にしておくんなまし~ゴロゴロゴロゴロ」
「どの面を下げて言っているのだ。お前のようなそこら辺に転がっているどうしようもない岩などこうしてくれるわぁ」
と足蹴にされる岩の穂香
「あれ~王さま酷い~ゴロゴロゴロゴロ」
岩の穂香は転がり続け庭の池にポチャン
「あっ」
ドサッ
ベッドから転げ落ちた穂香はムクッと起き上がって椅子に座り
「また下らないことを妄想してしまった、こう言う時間がもったいないのに、私ったらまいどまいど復習能力無さすぎる」
とガッツリ落ち込んだあとインカの本を取り出して翡翠の仮面の写真のページを開いて
「落ち込んだときにはヤッパリこれだよ」
と言いながらウットリとして写真を眺め出した。
「ああ美しいなんて美しい翡翠の仮面の王さまなのかしら癒される…」
と言ったあと何かを思い付いた穂香は微笑み
「そうか仮面をつければ私もましになるかも知れない、翡翠ってなんとも言えないくらい素敵よね、そこにインカローズを入れてついでに金、ゴールドも入れて」
とノートと色鉛筆を取り出し書き始めた。
「でもそうなると背景も大事よね、どの遺跡がいいかなぁヤッパリ王道のテオティワカンだとして太陽と月のどっちのピラミッドがいいかなぁ」
と書いていると穂香はハッとして
「いやいやここはチチェン・イツァのカスティーヨでしょう私ったら大事なところで間違えちゃダメだって。となると最高神のククルカン様も参加してもらってお祈りをしながら…」
穂香が何を基準として間違っていると言っているのかはよく分からないが、明らかに一般の人とは違った方向に手をつけられなくなっていく穂香をインカの翡翠の仮面たちが呆れたように見ていた。