いつだって優しい想いに包まれていたんだ
翌日から能宣のもとに次々と見合い相手の写真が送られてきたが能宣は見向きもしない。
能宣と父辰吉の関係がギクシャクしていることに責任を感じた加奈子は
「辰吉さん…私が間違っていたのかもしれません」
「加奈子」
「私が幸せになることと奈己が幸せになることとは違うんですよね。私があの子の幸せを潰しては元もこもなかったのに…」
と言う加奈子に辰吉が
「そうだね、奈己ちゃんも幸せにしてあげよう」
「はい、ありがとうございます」
加奈子が頭を下げると辰吉は穏やかに微笑み
「明日さっそく2人を認めると能宣に話をしよう」
加奈子も微笑み頷いた。
その日の夜、奈己の部屋のドアをたたく音がする。
「奈己…開けてくれ奈己」
切羽詰まった能宣の声に驚いた奈己がドアを開けると能宣が入ってきた。
「どっどうしたんですか」
「奈己、今すぐ俺とこの家を出よう」
「え?」
「俺は奈己じゃなきゃ嫌なんだ」
能宣は奈己を抱き締め
「好きだ」
奈己が驚いて見上げると能宣の顔が近づき微かに唇が触れた瞬間
ドンッ
奈己は能宣を突き飛ばしていた。
「あっ違う…そうじゃなくて」
慌てて言う奈己を見つめ
「そうじゃなくて何?」
聞き返す能宣の真剣な目を見て奈己は
「嫌なんじゃなくて…突然だったから驚いてしまって…それに私、能宣さんにずっと好きでいてもらえる自信がないの」
能宣は動揺している奈己の頬にそっと触れ
「ずっと見てきたんだ病院で初めて話した日からずっと…他の誰でもない奈己だから好きなんだ、それじゃ自信にならない?」
照れながら言う能宣を見つめ
「私もずっと好きです」
そんな事になっているとは知らず昌久は奈己に会いに部屋にやって来た。
そしてドアの隙間から2人を見た昌久は慌ててその場から離れた。
なんなんだ…あの2人嘘だろ…
いや…何となく分かってた奈己が兄さんを好きだって事…
でも認めたくなくて…
昌久は眠れず翌日の朝早くに廊下に出ると荷物をもって出ていこうとする奈己を見つけた。
驚いた昌久はとっさに
「どこに行くつもりだ」
呼び止めると驚いた奈己が振り向き
「昌久君」
と言うと昌久は嫌みっぽく
「なるほど兄さんと駆け落ちする気なんだな」
「…」
「お前バカか、赤池の跡取りがお前なんか相手にするわけないだろ」
その言葉にムッとした奈己は昌久を無視して階段へと向かった。慌てて追いかける昌久は階段の手前で奈己の腕をつかみ
「聞けって、お前は兄さんに騙されてんだよ」
「離して」
「あんなやつやめて俺にしろって」
奈己を抱き締めようとすると
「なっ何するの」
「だから俺にしろって言ってんだよ」
「いや離して」
昌久の腕を振りほどいた奈己はそのまま階段を転げ落ちていった。
病院のベッドの上で奈己が目を覚ますと泣きじゃくる母の加奈子がいた。
「ごめんなさい私が悪かったわ、ごめんね奈己」
奈己は一週間意識を失っていた。
その間、加奈子はもっと早く2人を許したことを伝えるべきだったと嘆いていた。
そして奈己は必ず目覚めると信じ、目を覚ましたら能宣と結婚式が出来るよう手配をしていた。
能宣は毎日奈己を見に来ては朝まで付き添った。
だが昌久は病室に入ることが出来ず入り口から引き返し部屋に閉じこもるようになった。
脳に異常がないことが分かりリハビリの始まった奈己のそばにはいつも能宣がいた。
1ヶ月が過ぎ奈己が退院し家に戻って来たが少し左足を引きずる奈己を見た昌久はうつむくしかなかった。
それから10日が過ぎ落ち着いた頃、奈己が昌久を呼び止め
「あのね昌久君これは私が悪いの、だから気にしないで」
と言われた昌久は唇を噛み締めたあと
「なんだよ」
「え?」
「なんなんだよそれ、なんでお前のせいだって責めないんだよ俺があの時腕を捕まえなきゃ」
「違う」
昌久の言葉を遮って
「あれは、あれは私の不注意なのだから…だからもう自分を責めないでお願い」
と昌久に優しく微笑みかけ
「ごめんね好きになれなくて…ごめんね」
と言う奈己の姿に昌久はただ黙って聞いていた。
月日は流れ奈己の短大卒業と共に能宣との結婚式が迫ったあの日、10歳の不比等が誘拐される事件が起こった。
犯人は不比等の通う学園の元教師で、学園に犯行声明が届いていた事から生徒全員にGPSなど万全の用意をしていたが…
誘拐事件は起こってしまった。
閉じ込められた不比等を必死の思いで見つけ出した加奈子は警察と共にかけつけ不比等を抱き締めたが、翌日目が覚めた不比等は助けに来たのは亡くなった母の志織であると信じこんでいた。
そんな不比等を責めることもせず辰吉も加奈子も黙って見守った。
そんなある日
「俺…家を出ようと思う」
と昌久が奈己に話した
「えっ」
「大学を卒業したら北海道に行こうと思ってるんだ。だからお前は兄さんともっと幸せになれ俺もなんか掴んでくるから」
吹っ切れたように言う昌久を頷きながら奈己は見ていた。
「これがお前の知らない話だ奈己の左足は俺のせいって知らなかっただろ」
突然現在に引き戻された不比等は呆然としていた。そんな不比等に能宣が
「ごめん黙ってて」
「全部本当の事なのか?父さんの結婚も兄貴の結婚も母さんが望んでたってことなのかよ」
「そうだ」
能宣の言葉に不比等が
「あの時助けに来たのがあの女だったなんて…そんなの信じられるわけがないだろ」
「そうだな」
そう言い自分の頭を撫でる昌久の手を不比等は振り払い
「今さらそんなこと知って、すぐに変わるなんてできないに決まってるだろ」
と言うと昌久が
「すぐに変われとか言ってんじゃない、事実を知った上でお前はお前の思うようにやればいいんだ」
そう言われた不比等は
「おれの思うように」
「そうだ、焦らなくていいんだ」
しばらく考えていた不比等は
「少しずつ…分かって行けたらと思う。とりあえず話してくれて…ありがとう」
ぶっきらぼうに言う不比等を見ていた能宣と昌久は、つい不比等の頭をクシャクシャと撫でた。
「やめろよ2人して」
嫌がる不比等が可愛くて2人は何度も頭を撫でた。
話が終わり不比等は穂香にあいに家を出ていった。
能宣は携帯電話を取り出し
「ひかる先輩?はい不比等には話しました。ええ、これからもアイツの事よろしくお願いします」
と言い電話を切ると昌久が
「俺もうしばらくしたら北海道に戻るわ、その約束だったし嫁が出産間近ってのもあるからな」
「そうだったな間近っていつ?」
「あー来月…これがまた双子なんだよ」
嬉しそうに言う昌久に能宣が
「双子かあ…お祝い送ってもいいか」
「当たり前だ奮発してくれよ」
「まかせとけ」
と言い2人は笑いあった。
ひかる店長は初めて不比等の話を聞いたときの事を思い出していた。
突然本社に呼ばれた ひかる店長は
いったいなんなのよ私なにもしてないわよ。してないんだから
と呟きながら秘書に連れられ社長室へ行くと
「ひかる先輩お疲れ様です」
元部下の能宣が頭を下げた。
能宣はひかる店長にソファーに座るように促し自分も座り話し出した。
「今日、先輩を呼んだのは不比等の事なんです」
「不比等って一番したのこじれまくってる弟君のこと?」
「はい、ひかる先輩お願いします不比等をなんとかしてもらえませんか。大切な弟なのにこのままでは一人ぼっちになってしまいかねません、あの子を任せられるのは先輩しかいないんです」
小学生の頃に誘拐された不比等は救出されてからは人と関わるのが怖くなっていた。
出掛けるときは眼鏡をかけ前髪で顔を隠し出来るだけ人目につかないようにし引きこもることも多かった。
ただし成績は優秀であったため目立たないというよりは変わり者とまわりから思われ友達も出来ずに今日まで来た。
そんな不比等を心配した父親は考えたあげくアルバイトでもさせよう、ただし自分達の目の届くところでと言うことになり白羽の矢がたったのがひかる店長の店舗だった。
突然のことで戸惑うひかる店長に能宣は
「父…社長の許可もとってあります。お願いします」
切実な能宣をみて
金持ちの考えることはやっぱり分からんわ
と思いながらひかる店長は
「あのさぁいくら私でも不比等君の人間嫌いは直せないと思うんだよね、こじれまくったトラウマを消すのは至難の技だと思うんたけど」
「だからこそ、ひかる先輩にお願いしたいんです。先輩は伝説なんですから」
「伝説って…」
イヤな予感がする、ひかる店長
「私が社長の息子だと知ってえこひいきしなかったのは先輩だけでしたし、ストーカー事件の時やそのあとも部下を守って大立ち回りやりましたよね」
あー李々子のストーカー元カレ事件とその嫁の殴り込み事件ね
「ってなんで知ってるのよ」
「え…有名ですよ。でも女性が乱入してきた分は永塚君の方がカッコよかったですけど」
「…あれか防犯カメラチェックしただろ」
「はい、万引きやイタズラをチェックしていたら…たまたまですよ」
ちっ、こいつやっぱり油断ならねー
「だからこそ信用できるのは先輩しかいないと確信したんです。ただとは言いません先輩の好きなデザートの差し入れを月2回ほどさせていただきますが、どうでしょう」
能宣の提案に少し気分の良くなった ひかる店長はデザートにつられてとうとう
「仕方ないわね、そこまで言われたらやるしかないじゃない明日からでも来させて」
と言ってしまった。微笑み
「ありがとうございます」
と言い深々と頭を下げる能宣を思い出していたひかる店長は
あの頃はこんな風になるとは思わなかったよ…
私の手柄と言うよりは穂香ちゃんのおかげね
と微笑んだ。




