図書館と赤い本とインカローズ
けっ右をみても左をみてもどいつもこいつもイチャイチャしやがって皆まとめて地獄に落ちろ!
毒づく不比等の視線の先、右側にはアルバイトの永塚巧馬22歳大学生と瀬名李々子32歳の年の差カップル。
左側には雄大と美緒のカップルがいちゃついている。不比等はため息をつきながら仕事をしていた。
その不比等の横を学校帰りらしい髪を1つに結んだ地味な本当に地味な少女が通りすぎレジへと向かっていった。少女はレジでひかる店長から
「ヤッパリ追加の出版は未定の本らしくてね、でも絶版じゃないから気長に待っていれば出るかもしれないから」
と言われた少女は少し落ち込んだあと
「ヤッパリそうですか、古本屋にもなかったので無理かなって思ってました。調べて頂いてありがとうございました」
と言い頭を下げるとひかる店長が
「なんか力になれずにごめんなさいね、もし手に入るようになったら連絡してもいい?」
と言うと穂香は頷いて
「はいっそのときはお願いします」
そんな穂香にひかる店長はふと思いだし
「そうそう知り合いに聞いてたのに忘れてた。あのねその本が隣の市立図書館にあるらしいのよ、もし時間があったら行ってみるといいわ」
その言葉に少女はパッと明るい表情になり
「本当ですか、はいっありがとうございます行ってみます」
と言い店を出ていった。店長がにっこり微笑み見送っていると李々子と同期で雄大と同い年の汐崎沙代子がやって来て
「あの本を頼んだのって彼女だったんですね」
「そうなのよ最近の子達と違って素朴な子でね何とかしてあげたかったんだけど…どうにもこうにも何も来なかったのよぉ」
と悲しそうに落ち込む店長に沙代子が
うそっ店長が珍しく他人に優しい…明日は雪でも降るんじゃない?
と驚いていると店長が
「本当に勿体ないわぁ20年前に出版された「インカ帝国の光と闇に包まれた秘宝の物語」って本…定価一冊1万円よ!いちまん円」
うっそう言う事かよ!
と沙代子が思っていると店長は続けて
「今で言うマニアックな本でね当時は値段が高すぎるし予約待ちの期間が長いって言われてたんだけど、その厚い本の中には美しい景色や秘宝の数々、遺跡群の写真や詳細な説明のついた地図、更には伝説や口伝の物語も載っていてその頃では珍しいDVDまでついててさ、なんだこれ天こ盛りじゃないのって売れてたのよ。ちなみに私は買えなかったけど」
買おうとしたのかよ!てか、あんたも歴史マニアだったわ
と目をつぶり感慨深く話す店長を残してそっと沙代子は去っていった。
その事に気付かず店長が目をあけると、目の前には支払いを待っているお客様が
「あれ?」
「あのー支払いを」
と言われ店長は焦って
「ごめんなさいねお待たせしました、さあどうぞ」
と言い本を受け取りながら沙代子のやつ覚えてらっしゃいとひきつり笑いをしていた。
そんな店長を不比等が呆れて見ていると1ヶ月ぶりに店舗にやって来たエリアマネージャーの早川が
「不比等君そんな目で見ちゃダメだよ。俺を見習ってもっと生暖かく皆を見なくちゃストレスに胃をやられるぞ。そうだこれね新作だよプニプニお寿司、これで200円ていいよね」
と言い不比等に丸いカプセルを私たあと肩をポンポンと叩いて去って行った。その早川に
またガチャでかぶったもん渡してきやがったな。あんたも50代半ばなのにガチャガチャマニアって十分皆の仲間だよ!
とガチャガチャの丸いカプセルを見ながら、心のなかで突っ込みを入れる不比等だった。
ひかる店長に教わり隣の市立図書館に来た少女…旭川穂香は、受付のパソコンで本をさがしてもらい番号の本棚に向かって歩いていると遠くで誰かがコツコツと杖を付く音が響いた。
しばらくするとある本棚の所で杖の音は止まった。穂香が何気なく音が止まった方を見ると、そこには杖をついたお婆さんが本棚を見上げて困っているではないか。穂香がお婆さんに歩みより
「なにかお困りですか」
と声をかけると欲しい本が高いところにあって届かなくて困っていると言う。
「ちょっと待ってて下さいね」
と言い穂香は踏み台を持ってきて
「どれですか?」
と言いながら踏み台の位置を決めていると
「その赤い表紙の本よ」
と言われ穂香は踏み台を上がり本を軽く引き出し
「これですか?」
「そうそうそれよ」
不思議な扉?へえ子供用の本なんだ面白そう今度借りようかな
と思いながら穂香が本をとってお婆さんに渡すとお婆さんは
「ありがとう本当に助かったわ」
と微笑んだ。穂香が
「それ児童文学ですね、赤い表紙に描かれている絵も素敵ですね、お孫さんにですか?」
「そうねよく読み聞かせていたから懐かしくなってね」
「読み聞かせですか素敵ですね。私も子供ができたら読み聞かせをしたいです、遺跡とかオーパーツとか古き良き時代の話を…うふふ」
今までとは違う穂香の様子にお婆さんは驚いたあと優しく笑って
「ふふふ、それは歴史好きな子になるわね」
と言うと
「あ、歴史好きじゃなくてどっちかって言うと、その時代の人々が…それこそ、その時代の英知を結集して作った建物や宝飾品そのロマンって言うのかな、今の私たちなら簡単にできることでも昔はすごく大変だった事やそれらに託した思い。そこに生きていた人たちの息吹を感じてほしいんです」
あまりの熱意に目を点にしていたお婆さんだったが、にっこり微笑み
「そう、歴史のなかに埋もれた様々な思い…そう言うものが好きなのね」
と言うと穂香は満面の笑みで
「はいっ」
と答えた。
まあ可愛らしい笑顔だこと、こんな子が…やだわ私ったら余計なお節介をしちゃだめよね
とお婆さんは思ったあと穂香の制服を見て高校生だと気づいた。
「あら貴方は高校生だったのね、そのエンブレムはどこの学校かしら」
と言うと穂香は
「あっ新牧田高校です。1年の旭川穂香と言います」
と言いお辞儀をした。お婆さんはにっこり笑って
「うちの孫より一年したね」
「えっお孫さんて高校生なんですか」
穂香が驚いて聞くとおばあさんはにっこり微笑み
「ええ私立東城学園にかよってるのよ」
うわぁ学費と偏差値がめちゃめちゃ高い学校だ。お孫さんって天才?
と穂香が目をぱちくりさせていると
「やだ、穂香さんの驚いた顔も可愛いわ」
穂香は可愛いという言葉に驚いた。
えっ可愛いってそれはない!地味で目立たないとはよく言われるけど可愛いってのはない
と思っていると
「そうだわ、なにかお礼をしなくちゃね」
と言われ穂香は慌てて
「いやいやお礼なんていいですから、本当にいいですから」
と言う穂香を気にもせず、お婆さんは鞄から小さな箱を取り出し穂香の前に出し
「これ貰ってくださる?」
と言った。言われた穂香は小箱を押し返しながら
「本当にお礼を貰うつもりなんてなかったんです。ただ本を取っただけだし私の下らない話も聞いてもらったのに貰えませんから」
と言って押し戻したがお婆さんは
「だって本を取ってくれてお話もしてくれたのは貴方だけだったのよ。だからすごく嬉しくて、遠慮なく貰ってちょうだい貰ってくれないと悲しいわ」
と言い悲しそうな顔をして小箱を穂香に渡した。穂香が困惑しながら仕方なく受け取るとお婆さんが
「ふたを開けてみて、気に入ってくれるといいんだけど」
そう言われたので穂香が小箱を開けてみると、インカローズの涙型の裸石が入っていた。
うわっ高そうな石
「こんな高そうなものを私なんかがいただけません」
「良いのよ私にはもう必要のない物だから」
「でも」
「気に入らない?」
と聞かれて穂香が
「これってインカローズですよね私の好きな石です」
と言うとお婆さんは
「そうよ、知っていてくれて嬉しいわ、この石はね持っている人に素敵な出会いをもたらすって言われているの」
「素敵な出会い…」
穂香が石を眺めているとお婆さんが
「私は素敵な人に出逢って孫まで出来たわ。今度はあなたに素晴らしい出会いが訪れることを祈りたいの」
と言われ穂香は
「分かりました、ありがとうございます大切にします」
と言い頭を下げた。
「私は時々ここに立ち寄るのでまた会いましょうね」
と言い去っていくお婆さんを
「ありがとうございました」
と言い穂香は見送った。
静まり返った館内で穂香は小箱から石を取り出し光に当ててみた。するとその石は透明感のある紅赤色が美しく穂香がよく見るインカローズより紅くキラキラとな光を放っていた。
ああ、なんて綺麗なんだろう…良いのかな、これって高い処か希少なんじゃないのかな
と思いながら箱のなかに石をしまおうとするとメッセージカードを見つけた。
これって大切なものじゃ…時々ここに立ち寄るって言ってたし
「次に会う時まで大切に預かっておきます」
と呟いたあとケースの蓋を閉め鞄のなかに入れた。
フフフとチェアーに腰かけていた女性が笑っていると不比等が部屋に入ってきて
「お祖母ちゃん何かいいことでもあった」
と声をかけた。不比等の祖母の赤池瞳は嬉しそうに
「今日ね久しぶりに市立図書館に行って懐かしい本を見つけたんだけど手が届かなくて困ってたら可愛いお嬢さんが助けてくれてね、そのお礼に新婚旅行でお祖父さんに買ってもらったインカローズのルースをプレゼントしたのよ」
と言った。不比等はまたいつもの妄想かなと思い
「あそこ遠いのに本当に行ったの?」
と聞くと
「ええ、連れていってくれる人が出来たの」
新しい運転手かな?
と不比等は思ったあと
「あのインカローズ普通のと違って高いんだろ良かったのかよ」
と言いチェアーの側に跪き肘掛けに腕をおき祖母を見上げた。祖母は不比等の頭をなでて
「私にはもう必要ないものだから良いのよ」
と言い夫の赤池哲成と一緒に写っている写真の入っている写真立てを見た。そこに不比等の祖父で会長の哲成がやってきて瞳のそばに行き
「おや今日は気分が良さそうだね」
と哲成が言うと瞳は少女のように目を輝かせ
「今日はね私前に行っていた図書館に久しぶりに行ってきたの。そこで本に手が届かなくて困っていたら可愛い娘さんが見つけてくれて…そうそうあのインカローズをお礼に差し上げたけどよかったかしら?」
と言うと哲成は瞳に
「もちろん構わないよ、その優しいお嬢さんに良い出会いがあると良いね」
と言ったあと不比等に気付いて
「なんだ不比等いつからいたんだ」
「ずっといたけど」
不比等がムッとしていると
「ここにばっかりじゃなくて、たまには向こうの家にも帰りなさい」
と言われた不比等は
「断る」
と哲成に無愛想に言った。そんな不比等をみて
「お前はいつもそうだな、でもいくら長男の能宣が新婚だからって家を出ることはなかっただろ」
と言われ不比等はピクリとしたあと
「あの家に俺の居場所なんてない、俺は父さんや兄さんたちの邪魔なんだよ」
と言った。そんな不比等を見ていた瞳が
「そんなことないわ…不比等も大切な家族よ、加奈子さんだって不比等のことを心配しているのよ」
その言葉に不比等はいらっとして
「俺はあの人を母親だなんて一度も思ったことないからな」
と声をあらげた。瞳は困ったわねと思いながら
「そうだわ貴方そこの本棚の赤い表紙の本をとってくださる」
と哲成にいった。哲成は言われた通り本棚に行き赤い表紙の本を何冊か見せた。
「それじゃなくて、そうその本だわ」
哲成はその本を持ってきて瞳にわたした。
「不比等この不思議な扉を覚えてる?あなたが初めて父親と喧嘩したときに読んで聞かせた本、何度も読み聞かせていたらもう子供じゃないって怒ったわよね」
不比等はバツが悪そうに
「すいません10歳は子供でした」
と謝ると瞳は微笑んで
「そんな不比等に今度は私が読み聞かせてもらいましょうかね」
と言った。不比等が突然のことにビックリして瞳をみていると
「本を借りてきたら毎日じゃなくていいの時々来て読んでちょうだい。今回はこの本よ貸し出し期間は10日間」
と言い本を不比等に差し出した。不比等はその本を受け取り
「10日って…じゃあバイトのない日に来て読んでやるよ」
と言った。瞳は喜んで哲成に
「貴方それでよろしいわね」
と言うと哲成が
「不比等、これから遅くなる日は晩御飯はここで食べて帰りなさい」
と言った。不比等は照れ臭そうに頷いた。