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8.ケイン、ゆでだこになる

 ケインはグシュタワとつるむようになってから、その行動範囲が広くなったことを感じた。ひとりじゃできないことや、今一歩踏み出せなかったことに挑戦したりすることができた。

 たとえば雑貨などの商店は、ケインひとりでは店先の商品を眺めるくらいしかできなかったが、ぐいぐい引っ張って店の中に踏み込むグシュタワと一緒だと、店の奥にある高価な品まで見て触ることができた。

「ほら見てみろよ」

 グシュタワは大きな銀製の皿を覗き込んで、ケインにも同じように覗くように催促する。赤い髪の少年と栗色の髪の少年の顔が映りこむほどに磨かれた皿はその平面さから高い技術を匂わせる。

「髪の色は違うけど同じ眼の色だろ? 僕たちは同じ人種族だ」

「へぇ、そうなんだぁ」

 お互いの眼の色を確認すると、本当に似たような鳶色をしている。

 二人で息がかかるほどに覗き込んでると、店主が強く咳払いをして威嚇する。そりゃあ金貨3枚もするような高価な皿だからしかたない。そういう時、ケインとグシュタワはいつものように、逃げ出すように店をあとにするのだった。

 種族に関していえば、グシュタワはいろいろと物知りだった。

 時折、大通りを歩いている耳の長い種族がいるのだが、薫子の知識ではラノベに散見される“エルフ”そのもので、銀髪に緑色の瞳を持つ背の高い種族だ。この種族をこの世界では“銀色の人”という意味の“バーニー”と呼称するのだと、グシュタワは言った。

 この世界では生活用水を魔法に頼っていて、冒険者の魔法使いが仕事のないときに水を売る仕事をしているのだが、バーニーは彼らよりも安く水を売ってくれるので重宝するのだとか。

 そういえば毎日風呂に入りたいと駄々をこねるたびに『水だってただじゃないのよ』って母カマラが言ってたな、とケインは思い出す。父マグローがよく飲んでいる安酒の樽ひとつで2リットルほどあるのだが、その10倍ほどの樽4つが1日に消費される。ひとつの樽を満タンにするのに通常は5ビストを支払うのだ。バーニーだとそれよりも安く手に入るという話なのだろう。

 人ではない種族は他にもいるのだが、なかなか街では見かけないけれど見かけたときに教えてやる、とグシュタワがドヤ顔をするのでケインは仕方なくそれに従うしかない。

 ケインにとって生活に関しての不思議もいろいろあったが、それはおいおい解決することにしようと決めた。

 この世界には魔法が普通に浸透しているということも分かった。

 しかし、魔力はどんな人にもあるということではなく、魔法を使えるのはごく一部だけだ。これは人種族に限ったもので、先ほどのバーニーなどはほぼ当たり前に魔法が使えるのだという。

 また、魔法には限度があり、水を作る魔法であれば1日に作り出せる水の総量は個人差がある。安酒の小さな樽程度しか出せない者もいれば、ケインの家にあるような大きな樽を何十個も満たせる物もいるという。

 魔法についても興味があるのだが、こういった話はその筋の者に直接聞いたほうがいいのだろう。

 ケインは必要な知識に順位をつけて身につけることにした。

 今一番必要なのは文字の読み書きなのだが、これはいずれ学校で学べるようにすると親と約束できたので、6歳になるまで我慢することにした。問題は商人学校に入学できる権利なのだが、親の職業に関わる問題なので当面は解決法を探ることになるだろう。


 ケインがいつものようにグシュタワとつるんで知識探索をしているとき、同じくらいの歳の少女が話しかけてきた。

「ねぇ、名前は?」

 少女はケインの目をまっすぐ見つめて聞いてきた。

 長い黒髪をふたつ縛りに垂らした、深い青の瞳に白い肌の少女。

 ケインはその色に転生の間で出会った神マグリットを思い出してドキッとしたが、似ても似つかないおっとりしたような様子に一種の安堵を覚えた。

「僕はグシュタワ・アテフ。貴族になる男だ!」

 と、赤紙の少年はいつものようにふんぞり返る。

「あんたじゃない」

 少女はにべもなく言い捨てて、

「ねぇ、名前は?」

 と再びケインに問い質す。

 ケインは薫子だった頃の記憶で、女子からのこの手の質問に対して答えることがひどく怖かった。だが今は男らしいケインという名前があるじゃないか、と思い直して口を開こうとする。

「あ、あ……あの……俺……」

 うまく言葉が出ない。

 トラウマのような生活を長年送っていた薫子だった頃の記憶が邪魔をして言葉にすることができなかった。

 そういや女子と面と向かって話したことなんかあっただろうか。

 相手が女子というだけで緊張してさらに言葉が出なくなり、耳まで真っ赤になっていくのを熱さで感じ取ることさえできた。

 ゆでだこのようになったケインを見て、少女は何かを思いついたかのような表情になる。突然話しかけられて困っているだけなのだと、少女はそう思って次の言葉を選んだ。

「あたしはミスカ。ねぇ、お友達になって」

 ミスカと名乗った少女はケインの手をとってにっこりと笑いかけてきた。

 ケインは思わず手を振り払った。

 女子と触れ合ったことなんて転生前には一度もない経験で、ついびっくりして振り払ってしまった。

「ご、ごめん……」

 慌てて、すぐにひどく小さな声で謝るケイン。

 ミスカは手を振りほどかれたことで、顔を真っ赤にして怒ったような悲しんでるような複雑な表情をして目を潤ませた。

 彼女はさっと振り返ると、一直線にとある店の中へと走り去ってしまった。

 赤毛のグシュタワはポンとケインの肩に手を置く。

「あー、やっちまったねー。あの子、怒ってたよー」

 慰める気はさらさらないようだった。

「だって、俺。あーいうの苦手で……」

 ケインは女子全般が苦手なのだが、グシュタワには間違って伝わる。

「わかる。僕もうちの母さんくらい美人じゃないとね。ケッコンは大事な事だって、母さんも言ってたし」

「グシュタワ、誰もそんなこと言ってねぇよ!」

「あ、そうだよね」

 照れて上ずった声で反論したケインに、またもグシュタワは誤解してしまったようだった。

「あの子、異人だからかわいいもんね」

 異人。

 ケインやグシュタワとは違う青い瞳に黒い髪。

 この地方ではない別の地方からやってきた人種族のことをそう呼ぶのだ。

 直接的な差別をする者はいないが婚姻関係では苦労するらしいことは、あとになってケインは知ることになる。

 ケインはミスカと名乗った少女が駆け込んだ店の名前を探した。

「フルフラン……これ、苗字かな?」

 店の名前の横にある看板には、体育座りをした人の形のようなものと短い杖を握った手が描かれている。グシュタワに看板の意味を聞いてみたが彼も知らないといい、いろんな店の看板を見る遊びを提案されることになってしまった。

 あの子には改めてきちんと謝らないといけないな、とケインは今後の予定が増え続けることに多少の頭痛を覚えたのだった。

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