6.ケイン、両替商の息子になる
富山薫子の新しい人生は、ロンケイン・ベルリアルと言う名前で始まった。
富の神“フー・ロンケイン”と、“純金”を意味するベルリアルからなる大層な名前だ。
父であるマグロー・ベルリアルによると
「偉い人が持ってるのは家の名前で、ケインのは父さんのお店の名前なんだよ。だから、ケインが大きくなって、父さんと違うお仕事をするようになったら、お店の名前を変えてもよくなるんだよ」
と、非常に分かりやすく教えてくれた。
この“偉い人”というのは貴族階級のことだ。
そして、店を持つようになると苗字を変えられるということは、商人は商売に見合った苗字があると言うことだろう。
父の商売は“両替商”である。
金貨、銀貨、銅貨といった貨幣を扱う性質から、もっとも高価な金から転じて“純金”を意味するベルリアルと名付けたのだろう。
貨幣は1枚1枚は軽くとも、数百枚ともなれば結構な重さだ。それは薫子だった世界でも同じで、小銭入れをパンパンにしては持ち運びに苦労するだろう。ましてや、この世界にはまだ紙幣というものが存在しないようだ。
そのため両替商というのは必要で、小額の貨幣をより大きな額面の貨幣に、高額の貨幣をより小さな額面に交換し、その交換手数料をいただくシステムになっている。
貨幣を交換するだけで儲けられるなんて、なんというお手軽錬金術なんだ、とケインは目を輝かせた。
が、大量の貨幣を扱うことから危険な商売ともなる。
店の入り口からカウンターまでは広いスペースを取り、カウンターとそのスペースは木製の格子で隔離することで防犯対策をしていた。さらに、用心棒を雇って、入り口の横に置かれた椅子に座っていてもらい、いざという時に活躍してもらわなければならなかった。
ケインの自宅はこの店の奥にあり、カウンターの左手の壁で仕切られた部分に木製の扉があるのだが、カウンター前のスペースは共用であり、どうしても用心棒の前を通らねばならなかった。
そしてケインは、この用心棒のことがひどく苦手でしょうがなかった。
薫子が高校生の頃、数学の担当である国丸という教師に外見がよく似ていたからだ。国丸は卒業するまでずっと、薫子を呼ぶ際に『かおるこちゃん』とニタニタ笑っていた記憶しかない。
日が沈む頃になると、用心棒はマグローから格子越しに1日の給金を貰うのだが、そのときに見せる笑みは教師国丸のことを思い出させるのだった。
なので、ケインはその用心棒のことを陰で”クニマル”と呼んで嫌っていた。将来、父の稼業を継ぐ際にはクニマルを首にしてやろうと密かに計画を立てたくらいには。
店が終わると母カマラの料理が出てくるまで、ケインはマグローからいろいろなことを学ぶ。
この世界の貨幣には金貨、銀貨、銅貨があり、それぞれ金貨はベリル、銀貨はバーナ、銅貨はビストという単位になる。1ベリルは4バーナ、1バーナは480ビストになり、銀貨と銅貨のレート差が大きいために半銀貨や大銅貨なんてものもある。パーバヌル半銀貨はバーナ銀貨の半分の価値であり、テナビス大銅貨はビスト銅貨12枚に等しい。
円で統一されていた薫子の住んでいた日本に比べると非常に分かりにくいものだった。
こういった貨幣経済が浸透しているということは、貴族より商人の力が強くなってきているということだろうか。ケインは転生前の歴史の授業をぼんやり思い出したりもした。
貴族の話も聞きたくはあったが、母の料理が出てくるまでに間に合わないような気がして聞きそびれている。
父マグローは体が大きく、その優しい性格とは逆に厳つい顔をしていたが、母カマラはとても端正な顔立ちをしていた。プロポーションもよく、胸も人並み以上には大きかったものだから、ケインは散歩から帰宅するとまず最初に母の胸に顔をうずめるのが日課だった。まぁ、子どもの特権というものを存分に堪能していた。
母の料理は質素だったが、高価な塩や香辛料のおかげで非常においしいものであった。
日々の生活費なんてものも母に尋ねてみたこともあったが、「ケインが心配することないからね」と誤解されてしまった。だいたいの物価を知りたいというだけだったのだが、そのうち露店などでリサーチでもすることにしよう。
ケインの目的は『楽してお金持ちになること』だ。
そのためにはこの世界のことをそれなりに学ばなければならないのは明白だった。
商人の子であれば、6歳になれば商人学校に入って商人として必要なことを学び、卒業した12歳くらいから稼業の手伝いを始める。14歳には大人と認められて、大学に通うか稼業の重要な職に就くことになるらしい。
しかし、父マグローの“両替商”は一般的には商人として認められていないとのことだった。
マグローは本業の他に“金貸し”もしていて、それがこの世界の宗教に引っかかるというのは、ヴェルマのコーチに教えてもらった。
コーチはまだ幼いケインに対しても、きちんと理解できるように包み隠さず教えてくれた。商人学校に通ってはいたが、3人の兄がいる手前稼業を継ぐことを許されない立場にあったから、ケインの身上にはとても理解があったようだ。
ケインは薫子だった頃に太っていたことがコンプレックスとなり、できるだけ太らないようにと日々のランニングを兼ねて、度々コーチと出会っては世の中の事を聞くようになった。そうして次第にコーチのことを慕うようになった。
「ケインはずいぶんと頭がいいね。将来が楽しみだよ」
なんて、度々コーチが言うのだが、2度目の人生だからというのは口が裂けても言えない。
ケインはできるだけ幼いふりをしてごまかすしかなかった。