4.協議の結果、換金スキルになる
薫子はこう見えて自分は社会不適合者で、人生を斜に構えた変わり者だと思っていた。
会社のマニュアルなんてものに異を唱える俺かっこいー、なんて普段から考えていたものだが、いざこのような形で未知の状況に立たされると、どういう理屈でそういった手続きになるのかを常識で捉えてしまっていた。
そんなお手軽に物事が進んで溜まるか、っていうのが本音だ
何のリスクも無しにスキルを貰えて、異世界で新しい人生を謳歌するなんて、そんな甘い話が転がっていていいはずがないだろう。
とはいえ、童貞だっていうだけで魔法が使えて、お手軽に今の状況に陥ったのだから、いまさら常識で蒸し返すのも興が醒めるというものだ。
「よろしければスキル付与の協議選択に移らせていただいてもよろしいですか?」
相変わらず淡々とマグリットは手続きを進めようとしてくる。
「あぁ、大丈夫だよ」
あくまで冷静を装って返事をした。
会社と自宅の往復の中で、常にシミュレートしてきた言葉をを用意してある。
「どのようなスキルを所望するか考えておいでですか?」
「もちろんだ。”楽してお金を稼げるスキル”が欲しい」
「クズですね」
ばっさりと切り捨てられた。
言葉のナイフというものが実際にあるとするならば、これほどまでに切れ味の良いモノはないだろう。
眉ひとつ動かさない無表情できっぱりとはっきりと言い捨てたのだ。
これならばいっそ嘲笑されながら言われたほうが清々しいというものだ。
かといって、マゾヒストなわけではない。
「そんな言い方はないだろう?」
薫子は少々カチンときたので声が幾分大きくなったが、マグリットは全く意にも介さない。
「控えめに言ってもクズです。世の中そんな都合のいいものがあるわけないですよね」
「あったよ! 元手のお金が必要だけど、ちんじゃらちんじゃらゲームをするだけで勝てばお金が増える、そういう錬金術が元の世界にはあったんだよ!」
「その勝率は高いのですか?」
「……」
ムキになって反論した薫子を秒で沈黙させるマグリット。
ショートヘアのボブカットの黒髪に縁取られたかわいらしい容貌とは裏腹に、まるでスズメバチのような凶悪さで威嚇し的確に急所を刺してくる。
「もしも、その錬金術が実際に使えたとしてです。あなたはそのスキルの対価を何で支払う予定なんですか?」
真っ赤な机越しのマグリットは、正しく椅子に腰掛けた姿勢を崩さぬままだというのに、薫子にはまるで正論に胸を張った態度に変化した気がした。黒いドレスの大きく開いた胸元に視線をやれば、谷間のない実に滑らかで平らな肌が見て取れた。
「なにもないな……」
思わず感想が口をついた。
マグリットはそれを返答と勘違いして話を進め出す。
「ないのであればスキルは使用できません。そもそもスキルには対価に応じていくつかの種類があります」
彼女の話によれば、魔法のように限定的な効果と限定的な時間で発動するようなものは魔力などの消費可能な対価、永続的に効果が及ぶものであればそれらに見合った犠牲を支払う対価をこの世界では要求することになっている。そのどちらにも属さないのであれば、その都度協議するというのが決まりごとなのだという。
「錬金術であれば、触媒になる価値の低いものを価値の高いものに置き換えるという効果ですので、互いに等価となるために埋め合わせる対価が必要なのです」
「えー、もっとお手軽にチートでちゃちゃっとやってほしいです。ラノベみたいに」
「ラノベがなんなのか解りかねますが、できません。対価を支払うのは世界の理ですから」
薫子にとってこれは想定外だった。
楽に財産を増やして豪遊したいくらいの考えしかなかったのである。
薫子は完全に対価を払うのをめんどくさくなっていた。というより最初から対価を払うことなど考えていなかった。
マグリットでなくともクズと言わざるを得ない。
「ではこうしましょう。“あなたの大切にしているものを換金するスキル”ということで、“あなたが触媒とする所有物の本来の価値”に“触媒とする所有物に対するあなたの愛着”を乗算して転生後の世界の流通貨幣で換算しましょう」
マグリットは握った右手の人差し指をまっすぐに立てて提案する。
「それって何の対価が支払われてるの?」
薫子には全く理解できていないようだった。
「触媒となる所有物は消滅し、その代わりに貨幣が得られます」
「なるほどなぁ」
つまり大切にしているものほど高価になり、大切にしているものほど失う対価は大きいので等価交換という話である。
リスクも少なそうだし、生まれ変わるなら必要のないものなんていくらでもある。それらを処分するつもりで触媒にすれば、きっとそれなりの金額になるだろう、と薫子は打算が働いた。
転生後の将来の計画が見えはじめて、彼は次第に頬が緩むのを抑え切れなかった。