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70話 空っぽの憤怒

「ぷにぷに、ぷにぷに」

 頬を何度もぷにぷにされる。彼女は構うまで続けるつもりのようだ。

「僕は仕事中なんだけどなぁ」

 ペンを置く。山のような書類から目を逸らし、ナギを見る。

「やっとこっち見てくれた」

 お茶のポットとお菓子を持っている。

「こっちに来て学んだ成果をここで発揮したいと思います! ヨハン隊長!」

「いつの間に僕は隊長になったんだ?」

 お菓子を一つまみしてお茶を飲む。

「手が止まってたから、どうかな~って、私、お嫁さんだしぃ……」

 急に顔を赤くしてしおらしくなった。しかし、その言葉に顔を赤くしたのは僕も同じだった。良い妻を貰ってしまった。

「ねえねえ、今度テニスしない? 私、テニス部のエースだったから教えるのには自信があるんだよ!」

 テニス? テニスブ? また異世界の言葉を使い始めた。詳しく聞いてまとめておこう。

「ヨハンはさ、私がお嫁さんで良かった? 私、お転婆だから、もしかしたらヨハンに迷惑かけてるかもって」

「僕の妻は今もこれから先もナギしかいない。ナギだから良いんだ」

 そっと抱き寄せる。僕よりも小さいナギの体が腕の中にすっぽりと収まった。ナギは一切抵抗せず抱き締められてくれる。

「私、ヨハンと逢えて良かった。異世界に転生して、どうなるかと思ったけど、ヨハンが居てくれれば、もう寂しくない」

「ナギ……」

「マーロンには感謝しないとね? 巡り合わせてくれて。私を召喚してくれて」

「うん、敵だった僕を受け入れてくれてるし」


 目が覚めた。いや、眠ってはいない。鎧の体となってから眠る必要が無くなった、脳も何も無いのだから。今の僕は鎧に宿った残留思念とでも言える。時々思念が溢れ出してくる。その度に亡き妻、ナギの事を思い出す。次の世界でも僕を待っていてくれているだろうか。テニス、一緒にやってくれるだろうか。だが、今はナギとマーロン様に託されたこの国を守らなくてはいけない。もう少しだけ、待っていて欲しい。もうすぐアルマと決着をつけるから。

 団長室のカーテンと窓を開ける。空は生憎の曇りだ。数日の特訓で焦った連中が仕掛けてくるだろうと読んだ。皆襲撃に備えていることだろう。アイオーンはアルベド王達、魔王が抑えてくれる。その間に決着をつける。それが僕とカイガン議長とマリス殿の出した答えだった。

「おはよーございます! ネクサスさん」

「朝から元気がいいね。ジュン君、もう心の準備は出来た?」

 ジュンが部屋に入ってきた。

「本当に今日来ますか? 俺にはさっぱり分かりません」

「こればかりは経験だからね。時間をかけてじっくりと身に着けるしか無いよ」

「そういうもんですか」

「みんなの報告は?」

「定時報告がもうすぐです」

 バタバタとけたたましい足音が部屋の外から聞こえ、ドアが勢いよく開けられた。

「報告です! ドラゴン、アルマとゴーレムの群れに敵勇者が現れました!」

 予想通りの報告を受ける。

「行こうか? ジュン君」

「はい! 何処までもお供します! ネクサスさん」


 隠れ家にはアイオーンと2人だけになった。もう全員最終決戦に出向いた。人の居ない隠れ家を眺める。化粧品やトランプなど色々な物が置いてある。ここまでついて来てくれたことに感謝している。

「いいのか? わざわざ奴らの準備が出来たタイミングで仕掛けるとはな」

「勝てるから、いい」

「ふん、トモヤさえ勝てれば良いのだからな。気楽なものだな」

 気楽か、俺の全ての退路を断った奴がよく言う。転生して気付いたら人の死体が目の前に転がっていて手は血まみれだった。全てアイオーンに操られやったことだ。操られたのはこの一度だけ、これ以上操られることは決してない、だが、止まれ無くなってしまった。全てを救う、その時まで……

「決着をつけよう。ユウ」

 アイオーンにユウの生前の事を聞いた。俺と同じく何も無い人生、似た者同士どちらの信念が勝つか命の限り戦い続けよう。俺は全てを奪って世界を救う。

「救世主は俺だけだ」


「君たちはゴーレムを食い止めて! 必ず数人で囲んでコアを破壊すること! 僕が必ずドラゴンを倒すから!」

「勇者は俺に任せとけ! 来い! てめぇが灰になるまで付き合ってやるよ!」

 団員がゴーレム、ジュン君が赤い鎧の勇者と戦っている。戦場は荒れ続ける。ゴーレムが自己修復をしている。コアを完全に破壊しなければ何度でも起き上がる。無限とも言える数のゴーレム、騎士団だけでは抱えきれない。多少無理してでも増援を呼んでおくべきだったかな。国を挟んで反対側にアヤネ君も待機している、あまり期待は出来ないけど、猫の手も借りたい、という奴だな、たぶん。

「やあ! アルマ! 絶好の死に際日和だと思わないか? 僕が引導を渡そうか!」

 騎士団とジュンから距離を取りながら、アルマの首筋に剣を突き立てる。

「貴様がどれほど無様に足掻こうと俺の勝ちに変わりはない! 全てデウス=エクス=マキナ様の思惑通りになる!」

 アルマが羽ばたき、剣を避け上空に逃げながら光線を拡散させる。光線の合間を縫ってアルマを誘導する。アルマが光線を吐き、地表を焦がしていく。

 どちらかが死ぬまで終われない。お互いに一番大事な物を奪った、分かり合えることは決してない。この鎧を動かす燃料は憎しみだ。アルマと戦っている時だけ生の体の感覚が戻ってきているような気がする。

 左手の魔法陣を起動させる。生涯の全てを詰め込んだ魔法陣、一つの魔法陣で様々な魔術を行使できる。鎖が地面から生えアルマに絡みつく。急速旋回からの光翼の光線が鎖を撃ち抜く。光線の魔力を奪いお互いに消滅していく。

「そのピカピカの成金っぽい翼だと飛ぶのは疲れるよね? 降りてきなよ。斬り落としてやるからさ!」

「戯言だ! 貴様如きに斬れるものか!」

 デウス=エクス=マキナに貰った力に酔っているアルマは挑発に乗りやすい。急降下しながら光翼に力を溜め輝かせている、その様は流れ星そのものだ。

「ねえねえ、流れ星って燃え尽きた宇宙のゴミなんだよ! 知ってた?」

 ナギの言葉が頭に過ぎる。何でこんな時に……

「光に切り裂かれろ! 大罪人!」

 意識が一瞬飛び、目の前には光翼が迫っていた。剣に左手を翳す。

「剣装・流光!」

 魔法陣に仕組んでおいた魔術の一つ、剣にエンチャントを施し、相手の攻撃と同じ属性で相殺する。アルマの黄金の光とエンチャントした時に漏れる魔術の白い光が激突する。

「無駄だ、無駄だ! 人智程度で神の力に届くはずがない!」

「僕には分からないね。君程度に操れる力で僕が越せない道理は無い!」

 光翼をエンチャントして剣でガードする。ドラゴンの巨体が剣にのしかかっている。あまりの重さに押されている。二つの光が相殺している中、力の限りを持って剣を振り切る。アルマはバランスを崩し、宙返りして再び飛行する。

「斬れないか。頭だけでなく体まで硬いね」


 もう一度、剣に左手を翳し、魔術で剣を研ぐ。鎧にひびが入っている。アルマ相手に長期決戦は不味い。長引けばパワーで押されてしまう。

「ねぇナギ? 僕に力を貸してくれないか?」

 左手を鎧に翳す。鎧が修復される。力が溢れてくるような気がする。世界がスローに感じる。周りではジュン君に団員が戦っている。それだけではない、ダグザ国の王城ではユウ君が戦っているはずだ。みんなの帰ってくる場所を国を壊させたくない。

「ヨハン、私みんなの為に戦うヨハンが格好いいって思ってるから。だから、私の復讐の為より未来の為に力を使って!」

 ナギ……霞んで見えるが、その暖かさはしっかりと感じることが出来る。妄想かもしれない。それでもいい。今だけは、その暖かさがあれば戦える。

 アルマが光翼を展開し突っ込んでくる。次で押し切るつもりか。光翼から光線が飛び交う。軍隊の弓矢の雨を光線で真似ているつもりなのだろう。

 全てがスローに見えるから身を少し捩るだけで避けることが出来る。

「貴様ぁ!」

 アルマが口を開ける。極太光線の予兆だ。地表を焦がし削る光線がアルマとの間にある全てを飲み込む。

「剣装・宵闇」

 闇魔術をエンチャントした剣で光線を突く。光線は掻き消され焦げ跡の道だけが残った。

「僕にはさ、君と違って、まだ守りたいものが有るんだよ」

「それが何だというのだ!」

「月並みだけどさ、思いは何よりも強い力なんだよ」

 アルマが飛行し始めた。逃げるつもりか。往生際が悪いね。

「剣装・一全」

 全ての属性魔術を剣にエンチャントする。剣を振り降ろす。魔術が剣となり、飛んで逃げるアルマに届く。

「復讐はここで終わり。この先は、みんなの未来の為の剣だよ」

「何故だぁ……デウス=エクス=マキナ様、俺はぁ……」

 剣がアルマを叩き落とす。地面と剣に挟まれる。

「俺は全てデウス=エクス=マキナ様の為に! 助けてくださいデウス=エクス=マキナ様ぁ……!」

 幾重にも属性魔術爆発を起こしアルマの姿は見えなくなった。終わった。700年近くの復讐は幕を閉じた。感傷的になってる場合では無いな。ジュン君達は!


「悪ぃな。今までの俺とは違うぜ」

「……」

 赤い鎧、情報によればイライアスという名の人物は鎧を燃え上がらせながら、黙って構えている。前は毒を焼かれ手も足も出なかったが、今は違う。

「……」

 イライアスが燃え盛る剣を突き立てると、炎が地面を這い、周囲一帯を焦土に変え始める。

「絶対に俺に近づくなよ!」

「了解です! 副団長!」

 周囲の団員に指示を飛ばす。指示が行き届いたことを確認して、広がり続ける焦土を毒で囲む。

「……!」

「おう、もう燃えないぜ」

 毒に火が付くことは無かった。燃えない毒、調べるまでそんなものが有ることすら知らなかった。

「軽く捻ってやんよ」

 毒が薬にもなるように、毒として以外要素、その使い方を調べた。自らと向き合うことすら出来なかった今までとはもう違う。

 剣を毒でコーティングする。毒としてではなく純粋に物理的に威力を上げるために毒を使う。剣をコーティングした毒が硬質化する。

 剣を振る。イライアスも地面から剣を抜き、応戦してくる。何度も打ち合う。剣がぶつかる度に手が焼ける。一度距離を開ける。

 手を毒でコーティングする。これで炎からは守れるだろう。イライアスが屈んで地面に手を着けた。何をしているんだ? 白いドロドロした熱い液体がイライアスの手に地面から湧き出てきた、イライアスが立ち上がる。まだ白い液体が手から流れ出ている。液体が流れ落ちイライアスの手が見える、銃を握っていた。あの液体は金属で、今、銃を作りだしたのか!?

「……」

 一瞬イライアスが笑った気がした。銃声と共に燃え盛る鉛玉が発射され、肩を貫いた。

「やるじゃねぇか。なら、俺も全力で応えるだけだ!」

 口内に毒を作り、それを飲み込む。毒が感覚、筋力が増強する。その代わりに、一定時間経つと脳が破壊され死んでしまう。さっさとケリをつけようか。


 銃弾を避けながらイライアスに接近する。イライアスは接近されても銃口を向け続ける。剣を防御に回し、銃で戦いたいようだ。剣をイライアスに何度も振り下ろす。毒で重くなっている、何度も攻撃を続ければ耐えきれなくなるはずだ。

 イライアスが距離を開けようとする、離れれば銃が有利だ、逃がすわけにはいかない、引き離されないように距離を詰める。このまま時間を稼がれれば毒で死ぬ。少し意識が途切れ途切れになる。

 今、倒れるようなら、ネクサスさんの助けになんて一生なれない。

過重活毒(オーバードーズ)!」

「……!?」

 毒を急速に体中を回して体の全神経、脳、筋肉を活性化させる。大幅に死に近づくが常人、いや、どんな勇者でも追いつけない程の力を得る。剣から手を放し、全力でぶん殴る。突然の事に対応できなかったイライアスは拳を兜に受け、よろけた。

毒竜咆哮(ハイドラ・バイト)! 俺は燃え尽きねぇ」

 体から毒が噴出し、竜になる。竜は炎を飲み込みながら体勢を崩したイライアスを丸飲みにした。イライアスから炎が消えた。もがいた後、何も出来ず動かなくなった。


「げほっ……ぐっ」

 血が口から出る。毒が体に回り過ぎたか……フラフラする……情けねぇ……力が入らなくなった。地面が見える、倒れているようだ。

「お疲れ! 流石ジュン君だ」

 地面に激突する前にネクサスさんに支えられたらしい。

「団長! 副団長! ゴーレム全て停止しました! 全員無事です!」

「良かった。これで僕達に出来ることは終わった。あとは託そう」

 毒を体内から全て排出する。頭痛がするが体調は良くなった。

「さて、こいつだが……」

 イライアスは毒の中で窒息して気を失ったのだろう。兜を取る。長い髪に端正な顔立ちの……女だ。

「女だ!?」

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