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64話 砂護龍アンフィスバエナ

「おはようございます」

 マリスさんの執務室に入る。室内はもぬけの殻で誰も居ない。珍しい、いつもなら、ここから離れて仕事をするときは一言くらい言ってくれるのに。来客用のソファーに座り、マリスさんが居なければ始まらない、観葉植物を見てマリスさんが来るまで時間を潰すか、と思った矢先に執務室のドアが開く。

「おはようございます、緊急事態です。件のドラゴンが暴れだしました」

 にわかに信じがたい言葉に体が動かない。

「彼の龍をアンフィスバエナと命名し、対策を取ります。作戦会議です。着いて来てください」

 マリスさんが先導し会議室に入る。ヘイが椅子に足を組み、ふんぞり返って待っていた。また、この3人か。しかし、自分とヘイの2人で手も足も出なかった、3人で大丈夫なのか? マリスさんには考えが有るのだろうか?

 自分も椅子に座る。精霊達も座って、マリスさんの言葉を待つ。


「早朝、アンフィスバエナは商隊を襲い、壊滅させました」

 壊滅……? 今までは荷台しか襲わなかったはずだ。

「今までは荷台のみを襲っていたアンフィスバエナですが、見境なく暴れ人を食べたと、助かった商隊の一人が報告しました」

 淡々としたマリスさんの声が今はありがたい。冷静に受け取れる。昨日は自分達にまるで興味を示さなかったのに、今日は一転して人を食べた。何故?

「昨日はそんな様子見せてないが、何かあったのか?」

 ヘイが自分の聞きたいことを聞いてくれた。しかし、マリスさんは首を横に振っただけだった。全く情報が無い。何をどうすればいいんだ!? 手の打ちようが無く完全に行き詰った。

『ねえねえ、ユウくん』

 全員の視線がノームに集まり、ノームが畏まる。ヘイが睨みを利かせている。

『現場に行ってみない?』


 ノームの一言でアンフィスバエナが襲った場所に行くことになった。何の対策も無い、出会って襲われれば、一口で丸飲みにされ、一巻の終わりだ。

 アンフィスバエナが襲った現場に到着した。前と同じで荷台の残骸だけが残っている。周囲に鉱物が散らばっているので荷台に積まれていたものは鉱石か。前は荷台の残骸しか残っていなかった。

『ダーリン、前より荷台の残骸が大きくない?』

 サラマンダーの指摘で気付く。有るのは荷台の端の大きな残骸だけだ。屋根や床の中央の部分が無い。普段、野菜や果物の荷台を襲う時は……丸飲みではなさそうだな。今回は丸飲み……襲われた人はまだ生きている可能性があるな。


「ノームさんの方はどうですか?」

 ノームは神妙な顔をして地面を覗き込んでいた。

『2つ』

 ……2つ?

『2つここに来た跡が残っているの、2つがアンフィスバエナに接触して……』

「それは誰のものか分かりますか?」

『うん。ギルバート』

 ギルバートか、前もドラゴンを操っていた。あいつら何を企んで居るんだ……

 ノームはもう一人の名前を出さない。どうしたのだろう?

『もう一人は』

 全員の視線を集めて、尚、勿体ぶる。

『トモヤくんの』


「……それは確実ですか?」

『間違い無いよ。土の精霊が土の事で間違えるはず無いから』

 ノームが悲しい顔をしている。裏切り者がついに分かってしまった。居なければ、マリスさんの勘違いだったなら、どれほど良かっただろう。いや、こんなこと考えている場合ではない。当面の問題はアンフィスバエナだ。

「来たぞ。奴が、地鳴りが聞こえる。どうする?」

 ヘイが狼に変身して耳を立てていた。アンフィスバエナが地中から接近する音が聞こえたようだ。

『でも、ちょっと不思議な事が有るの。トモヤくんだけど、ちょっとだけトモヤくんでは無い……というか……』

 歯切れが悪い、気になることが有るようだ。

「来る! 注意しろ!」

 ヘイが叫んだ直後、地鳴りが聞こえ始める。ドラゴンも簡単に対処出来るような相手ではない。気を引き締めていかないと。


 アンフィスバエナは地面から勢い良く顔を出し、そのまま太陽に向かって空中を進む、頭が見えなくなっても、まだ、尾が見えない。日本の竜とミミズを足して2で割ったような姿だ。影が周囲を覆う。アンフィスバエナはUターンして自分達に口を開き襲い掛かってきた。

「ここに居ては胃袋の中です。逃げましょう」

 マリスさんを先頭にして逃げる。アンフィスバエナのあまりの大きさに逃げても逃げても影から出ることが出来ない。

「二手に分かれるぞ! こいつなら腹の中でも生きてられるかもしれないからな! マリスさんは俺にしがみついてくれ!」

『ユウくんはお姉ちゃんに!』

 ヘイが大きな狼になりマリスさんを乗せる。ノームの手を取ると、スキーのように砂漠を滑りだし、反対に別れる。

 アンフィスバエナは二手に分かれたのを見て、頭を交互に振っている。知能は良くないようだ。助かった……

『どうするの? ユウくん』

 どうする? どうすれば? ギルバートが何をしたのか分かれば、助ける方法は見つけられるかもしれない、しかし、その手段が分からない。

 奴の能力は、魔力を操るというもの……のはず。この巨体の全ての魔力を操っているとは考え難い。それにデミウルゴスの時は……奴が居なくてもデミウルゴスは暴れていた……

「何か魔力でおかしい所は無い?」

『ご主人様が一番感知し易いはずです!』

 自分!? シルフが冗談を言っていないことは分かっている。やるしかないか!

 精神を研ぎ澄ませ、必死に魔力を視てみる。アンフィスバエナの頭部から大量の魔力が漏れている。

「頭だ! 頭に何か細工があるはず!」

『頭なの!? どうやってそこまで行けば……』

 ノームが頭を抱えている。

「奴の頭まで登ればいいのか? それなら、俺の出番だ! こっちに乗れ!」

 ヘイが先ほどより体を大きくして自分達の方に向かって来る。

「ノーム! ヘイの所までお願い!」

『任せてー!』

 ノームに投げ飛ばされた。狙いは正確で、ヘイの上に落ちることが出来た。

「掴まれ! 振り落とされるなよ!」

 ヘイはアンフィスバエナの体を垂直に登り始めた。アンフィスバエナは頭をこちらに向け体ごと噛みつこうとしている。

『させない! お姉ちゃーんパワー!』

 ノームが砂漠の砂で腕を造り、アンフィスバエナの頭を止めた!? しかし、すぐに砂が崩壊し、アンフィスバエナは自由になる。

『何度だって!』

 崩壊しても、また砂の腕を作り直し、動きを止める。アンフィスバエナの体を登っている間、何度も何度も繰り返し動きを止めにかかる。

『仕方がありません。援護します』

『ボクもやるよ』

『ダーリンの為に私が出来ることがあるなら!』

 シルフが風で動きを止めている間に、ノームとウンディーネが砂と水がアンフィスバエナの全身を拘束し、サラマンダーが焼いて固める。

 アンフィスバエナが完全に動きを止めた。もう少しで頭部にたどり着くことが出来る!


 ヘイが頭部まで登り切った。頭部には小さく魔法陣が描いてあった。これが奴の細工なのか?

「見せてください」

 マリスさんが魔法陣の近くに降り立ち、魔法陣を観察する。

「なるほど、仕組みが分かりました」

 凄いな。他人の計算式を解くようなものなのに……

「これを破壊すれば元に戻ります」

 魔法陣は一部でも消えれば効力を失う。急いで魔法陣をこすって消す。消えない……油性ペンで書いた落書きのように頑固だ。

 拘束している砂が崩壊していく音が聞こえる。早く消さないと地面に叩き付けられる。怖くて下は見ていなかったが、下を見ると、砂漠だけでみんなが見えない。帝国さえ小さく見える。高過ぎる!

 やっとのことで、魔法陣の一部を消し、効力を失くすことに成功する。魔法陣から魔力の放出が無くなった。アンフィスバエナは気を失ったように墜ちていく。これは予想外だった!

「ちっ! 不味かった。早く掴まれ!」

 一瞬、落下を緩めたヘイが自分とマリスさんを追いかけるように落下する。特にマリスさんの落下速度が凄まじい。自分ならまだマリスさんに手が届く。マリスさんの腕を掴み上に打ち上げる。ヘイがしっかりとマリスさんを掴む。

「次はお前だ! 手を伸ばせ!」

 凄まじい落下速度の中、深呼吸をする。いや、大丈夫、大丈夫だ。

『ご主人様はお任せください。ヘイ様』

 シルフが自分を抱きとめる。

「分かった」


 砂埃を巻き上げ、アンフィスバエナが地面に叩き付けられた。ヘイもシルフもゆっくりと降りる。砂埃が止んだ頃を見計らい、着陸する。

「何とかなるものだな」

「そうですね。驚きましたが」

 横たわり動かないアンフィスバエナを見ながらゆっくりと砂漠に腰を下ろす。

「例のもの、用意してありますけど」

 流石マリスさん。手抜かり無し。

「起きるのを待って見せましょう」


 アンフィスバエナの頭が動き起き上がった。口以外顔という顔が無いので見えているのか分からない。昨日のうちに集めてもらった植物系の残飯をアンフィスバエナの前に置く。それを見たアンフィスバエナは何かを吐き出した。

「商隊の人です。まだ生きています」

 アンフィスバエナの涎でベトベトになってはいるが意識があるようだ。良かった。当のアンフィスバエナは嬉しそうに残飯を食べている。

「これで何とかなったな、ああ、良かった……」

「コンポストか、言われてみればあったな」

 元がミミズという推理が当たっていてくれて良かった。アンフィスバエナが頑張ってくれれば砂漠が緑地になるかもしれない。

『ダーリン、あの子ずっとダーリンの方を見てるよ?』

 あの子? 周囲を見ても誰か居るわけではない、商隊の人は全員男性だ。

 アンフィスバエナが頭を近づけてきた。え!? まさか!?

『好かれたね、ダーリン』

 アンフィスバエナが頭を擦りつけてくる。体を上手にコントロールして押し潰さないよう頭を擦りつけてきている。餌を与えたから好かれたの!?

「お、マジモテモテだな」

 全員で笑い合った。


 次の瞬間、耳を劈く爆発音に意識が持っていかれた。帝国で爆発が起き、煙が上がっていた。

「急いで戻りましょう。嫌な予感がします」

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