63話 長い一日の終わり
「いや、あの、もう夕暮れです。夜の砂漠を行くことは許可できません。はっきり言って無駄です」
夜の砂漠は氷点下を下回るらしい。自分も馬鹿じゃない、引き下がろう。
「くっ……分かりました。今日のところは引き下がります。ですが、検討してくださいね!」
「はい、お疲れ様です」
マリスさんは平常運転で事務処理をしている。
「飯食いに行くか?」
ヘイの誘いだ。ヘイはいいお店を知っている。
「いや、やめておく」
『良いのですか?』
外食ばかりでシルフの手料理が食べたくなってきている。ヘイには悪いが辞退させてもらおう。
『嬉しいことを考えてくださるのですね』
「俺はもう行くぜ」
「振られましたね、ヘイさん」
ヘイは無言で出て行った。今までに会った人の中でも、1、2を争うクールさだ。変にはっちゃける人が多過ぎるんだ。
「ああ、私も陛下の下へ、甘い物が食べたくなってきている時間でしょうし」
マリスさんも行ってしまい、一人取り残されてしまった。
『今日は奮って夕食を作ります。食べたいものはありますか? ご主人様』
「いや……自分はあまり料理を知らないから……そんなこと聞くと、うどんばっかりになるよ?」
『はぁ……本当に……ご主人様……人の気を知らないでよくもそんなことが言えますね』
顔を背けて合わせてくれなくなった、そこまで怒る!? 料理の名前とか教えてもらって無いから分からないのに!?
『大丈夫、ユウ。こんな奴が作らなくても、ボクが作ってあげるからね』
『いいえ、私が作りますから、その方がご主人様も嬉しいですよね?』
また始まった。でも、この2人ぐらい料理の上手い人も居ないしなぁ……
「喧嘩するくらいなら外食でいいけど?」
『いいえ、私達は仲良しです』
『ああ、そうだよ、ユウ』
声からはお互いに向けた怒りが漏れていて、笑顔が引き攣っている。まあ、いいか、喧嘩に発展してないし。
食材を買いに街に出る。市場が広すぎて欲しい物を見つけるのも苦労する。
『これで夕食の材料は揃いました、ご主人様には勿体無いくらい今日は豪華です』
荷物を持たせ、憎まれ口を叩きながらも、体をピッタリくっつけてくるシルフ、自分からは顔を見せないようにしている。
『シルフは言ってることとやってることがおかしいのよ! 早くダーリンから離れて!』
サラマンダー達がシルフを引っ張り剥がしている。
「いつも言ってるけど、騒ぎだけは起こさないでね」
「どう思う、この国?」
市場から帰る途中、唐突に思いついたことを口にする。活気ある市場の人達がそうさせたのかもしれない。帝国は戦争中なのにも関わらず、人々は明るく生きている。
『私は……すぐそこに迫る死があるからこそ。命が輝いているのだと思うことがあります』
シルフは自分の顔を見つめている。まさか自分?
『それは分かるなー、ダーリンがまさにそんな感じだよね~』
サラマンダーも同調している。しかし、ノームとウンディーネの顔が曇っている。2人は自分が死にかけたり傷つくことに敏感だ。
「ノームとウンディーネはどう?」
『ボク? ボクからすれば争って傷つくなんて愚かだよ。ユウはそうじゃないよね?』
……あの……愚かです、すみません……ネクサスさんやセツナ君との戦いで楽しんでました。まあ、愚かだ。
『ユウくん? どうして気まずそうな顔して顔を合わせてくれないの? もしかして気分でも悪いの? 汗かいてるよ!?』
「いや、ノーム、大丈夫、大丈夫だから今はそっとしておいて、ね?」
『ユウくんがそこまで言うなら……でも、気分が悪かったら、すぐにお姉ちゃんに言ってね?』
『どうせ、図星を突かれて焦っているだけですよね? ご主人さぁま?』
余計なことは言わなくても良いって!
「何の話?」
肩を叩かれ、振り返るとトモヤが居た。マリスさんに報告しに行っていたのは見たが、今日一日、何をしていたか全く知らない。
『他愛のない世間話ですが? あまり聞いて楽しい話ではありませんよ?』
シルフは素直に言っているが、自分以外には基本無表情、勘違いされそうだな。
「警戒されてる? 分からなくも無いけど、あの2人に教われてるし」
来た直後にヘイとルビーに教われたことを言っているのだろう。あれは酷かった……
「この国の事を話していただけだからさ、本当にあまり楽しい話はしてないよ」
「普通、つまらない話でも仲間外れにされると面白く無いと思うけど」
正論だ……確かにその通りだな。仲間外れにされるのは辛い、経験者だから良く分かる。
「この国の名産品? 観光地?」
『この国の人々の話だよ』
「人々?」
『みんな活気があるよね~、って話してたんだ』
「たしかにそう……だな。この国の人々は生きることを自分のことだと思っているからだと思う」
どういうことだ? さっぱり意味が分からない。トモヤはこの国に召喚されたわけじゃなかったな、召喚されたときに居た国はどうだったのだろうか?
「俺が最初に居た国は宗教国家で、神の為に生きている、という考え方の人しかいなかったから」
それは凄い国だな……みんながみんな、縛られ続けながら生きることが出来ているなんて……
「俺はそんな国に居られず、ここに来たけど……まあ、ユウに比べると」
自分がこの国に来た理由、来なければならなかった理由に比べると軽いと思っているのかもしれない。
「俺はまだ買い物があるから」
話を切り上げてトモヤは行ってしまった。
部屋に戻った。両手の荷物から解放される。
『ご苦労様です。ご主人様』
ご苦労様は目下の人に使う言葉なんだけどね……知っていてやっているな、からかっているのだろう。
『良いお肉が手に入ったので、ふふっ』
シルフは機嫌良くキッチンに向かった。ソファーに座り、頭の中を整理する。トゥルースブレイブ、マリスさんと陛下の過去、ルビーとエメラルド、トモヤ、ヴェロニカ、ヘイとの同盟、ドラゴン、色々あり過ぎて何から手を出していいか分からなくなってくる。
この中でもルビーとエメラルド、マリスさんと陛下の過去は片付いている。ルビーに関してはこれ以上襲ってこないだろう。マリスさんと陛下の過去も手出しすることのできないことだ。ドラゴンに関しても対策は練った、ドラゴンは生物の死の先に生まれるもの、それが答えになるはずだ。
突然、頬を両側から掴まれ引っ張られる。痛い。
『自分はサラマンダーが好きだ! 愛してるよ、サラマンダー!』
……何の真似だろうか。後ろに立ったサラマンダーが腹話術のように自分を動かして、何か言っている。包丁の音が止まった。
「ストップ! シルフ!」
見えなくても分かる。シルフが包丁を投げようとしている。投げるふりだと思うけど、万が一の場合も考えて止める。
『蜥蜴の一品料理も追加しませんか?』
蜥蜴かぁ……食べたくないなぁ……普通の物が食べたいです。
『死んだ魚の様な目をして何を考えているのかな? それはボク達に相談出来ないこと?』
ウンディーネが息がかかるほど顔を近づけ覗き込んでくる。
「まだ、整理しきれてないだけだから心配しないで」
『出来上がるので考え事は後にしてください』
待ちに待ったシルフの手作り料理だ。考えるのはご飯の後でもいいな。
……脂が……ダメだ……歳だな……ステーキの脂で胸焼けがする。
『ご主人様。お茶です』
シルフの気遣いとお茶が沁みる。
『仕えるものとしては当然のことです。ご主人様こそ私に似合うような主人になれるようにしっかりしてくださいね』
沁みる……痛い方に……本当に隙を見せると抉って来る。
『考え事はもういいの? ユウ』
「考え事じゃなくて有ったことを整理しているだけなんだけどね」
『ふーん』
ウンディーネは自分の瞳を覗き込むように見つめ黙った。ウンディーネは聞きに徹することが多い。口数が多い方ではないな。
「トゥルースブレイブの目的が気になるんだよね、救世主を謳っているくせに国を滅ぼそうとしているって変じゃない? それどころか争いを自ら作っているよね」
ウンディーネは口を開かない、こういうときは……
『うん! おかしいと思う!』
まあ、サラマンダーだな。特に深く考えずに相槌を打っている。
「まあ、なんて言うか、そこが解明出来れば……」
『お姉ちゃんは名前が気になるところ』
人一倍ステーキを食べていたノームが食べ終わって意見を言っている。名前か、確かに気になる。真の勇者ね……真のとは、どういう意味だろうか。
『真の勇者とはどんな勇者だと思いますか?』
食器を洗い終わったシルフもソファーに座る、立ち振る舞い一つ一つが優美で見惚れてしまう。
「分からないけど、まあ、救世主みたいな?」
当たり障りのない言葉を選ぶ、分からないものは分からない。
『私はご主人様のことだと思っています』
お茶を吹き出してしまう、いきなり何を言っているのか。目の前のウンディーネの顔に掛かった。
「げほっ! ごほっ!」
『ユウ……ボクをこうやって汚したかったの?』
恍惚とした蕩けた表情で見つめ続けている。
「いや、事故だから早く顔洗ったら?」
ウンディーネが洗面所に向かった。
『ご主人様の優しさ、真の勇者に相応しいと思います。まあ、優柔不断過ぎるところもありますけど』
『そうだよ! ダーリンの優しさは誰よりも凄いところだよ! 優柔不断だけど』
『お姉ちゃんもそう思うよ! 優柔不断だけどね~』
優柔不断言い過ぎじゃない?
『その優しさの所為で、これから先、辛いことがあるかもしれません……ですが、信じています』
何だそれ……まあ、いいや、分からない。信じてもらえるなら、自分もみんなを信じて進みたい、今はそれだけでいい。
整理も半端になってしまった。しかし、色々あり過ぎて疲労が溜まっている。明日はドラゴンをどうにかしないといけない。寝よう。
「ほら、みんな、寝るよ? 一緒に寝るんでしょ?」
『ダーリン大好き!』




