61話 甘さと優しさ
「私の話をしよう。あれは……今から何年も前の話です」
何か始まった……口を挟まずに清聴していよう。
「まだ前の皇帝が在位していた時の話です」
私の家系は代々皇帝に仕え、様々な特殊な仕事に携わっていました。先代皇帝から私に課せられたのは謎の少女を守る極秘任務。この少女こそベアトリーチェ陛下です。当時は分かりませんでしたけど。
「これは……我直々の命である。いいか? 失敗は許されない。己が命を賭してでも必ず守れ」
先代皇帝の言葉の重圧、仄暗い目。今思い出しても冷や汗が出ます。
「これを持っていけ。それがあれば自由になれるはずだ」
皇帝に言われ、父上から謎の鍵を渡されました。ああ、父上も皇帝に仕える身です。
居住区の一角、小さな平屋にそのお方は居ました。はい。謎の鍵は平屋の鍵ではありませんでした。
「初めまして。私はマリスと申します」
「ベアトリーチェ、名前」
「そうですか。ベアトリーチェ様。家事一般、その他諸々、ご入用の際は私に仰ってください」
「甘い物が食べたい」
早速の要望、命を守るためにお互いの事をある程度は知っておかないといけません。
「甘い物ですか、かしこまりました」
早速食材を確認する。何も無い。買いに行くしかないですね。
「買い物に出ませんか?」
陛下はスカートを上げ枷を見せてくださいました。まあ、大体察しますよね。このお方は姫の一人だと。凄まじい魔力の枷で家から出られないように縛りつけている。その反面、鍵を渡されたことに驚きを感じずにはいられませんでしたけど。
「大丈夫です。鍵は持っていますから。では、失礼します」
枷は外れ、彼女の封印を解いてしまいました。ええ、封印です。まあ、それは追々。彼女と出かけることになりました。
「食べたいものがありましたら、お申し付けください、ベアトリーチェ様」
「あれ」
あれとは……視線の先にはケーキですね。ケーキ、知っていますか? 伝来されたものと聞いていますけど。甘くてふわふわとした食べ物ですね。職務上食べる機会もありませんでしたけど。
「かしこまりました。」
「すみません。二ついただけますか?」
何故二つかですか? それは私も食べる為です。一度食べれば再現できますから。皇帝に仕えるものこのくらいは当然です。そういう家系ですから。味、材料、調理方法、食べれば分かります。一応毒見の魔術を使い、毒の確認します。大丈夫ですね。店内で食べることにしました。
「お食べください、ベアトリーチェ様」
「いただきます」
ベアトリーチェ様が口をつけるのを見届けてから、食べるのが普通です。従者ですから。なるほど、これは魅入られのは分かります。溶けるような甘さ、これを作るのは手がかかりそうです。色々思案している間にベアトリーチェ様はペロリと平らげてしまっていました。
「おかわり」
「かしこまりました、同じ味のものでよろしいでしょうか?」
「いや、あれ」
今度は果物が沢山のっているケーキですね。
「かしこまりました、買ってきます」
ベアトリーチェ様の甘い物好きには頭が下がります。自由一つ無い生活を強いられながらも、屈することなく、好きなものを求められるのですから。周囲に刺客が居ないか注意しながら何度も買って来ました。
「満足していただけましたか?」
「うん、眠い」
あらら、まだ幼いですし、仕方がありませんね。
「背中にどうぞ」
「うん」
買い物をして帰りましょうか。ベアトリーチェ様を背負い店を出ました。食材探しに通りを見ると、あれは……父上? 皇帝の従者である父上が何故、皇帝の下は離れているのでしょうか、まあ、今はベアトリーチェ様のお世話が仕事の私にはどうすることも出来ませんが。心が騒ぎ立てますけど、勝手なことをする訳にもいきませんから。
「おはようございます。ベアトリーチェ様、お夕食が出来上がりました。」
帰り、夕食を作り、寝ていたベアトリーチェ様を起こします。まだ幼い彼女はせめて健やかに居て欲しい、そう思ってましたから。
「うん」
彼女は黙々と食べてくださりました。
「味の方はどうですか? 好き嫌いがあれば仰ってください」
「うん」
……うーん、一つ返事で分からないですね。私もまだまだです。父上なら分かるのでしょうが……仕方がありません、じっくりと向き合っていくしか無いですね。
「では、デザートはどうですか?」
「美味しい、昼と同じ」
甘い物が大好物のようですね。案外簡単に解決しそうです。
「実は、このような物も買ってみたのです、如何でしょう?」
買い物袋の中から童話の本を取り出す。彼女は無反応、デザートに夢中になっている。何よりも甘い物が好きなようですね。食べ終わってから話すことにしましょう。
「教養の一つとしてどうでしょうか?」
食べ終わったことを確認して話を始めることにしました。ケーキ、1ホール分食べるとは思いませんでしたけど。
「読んで」
「かしこまりました」
寝る前の読み聞かせは毎日続けました、知識はいくらあっても問題ありませんから。そして、数日経った頃には
「マリスー! これ読んでー!」
「かしこまりました」
自ら本を持って来てくださるようになりました。初めて持って来てくださった時は感涙で何も見えませんでした。
彼女は字を読み書き出来るようになり、絵も描き始め、年相応になってきました、ただ、凄まじい速さで物事を覚えていくので、驚きもありました。ですが、子供ならこのくらいは出来るものなのかな、と思っていました。
そして、ある日。
先代皇帝は失踪しました。私は、いつも通りベアトリーチェ様の朝食を作り、食べさせた後、表の喧騒、町の騒ぎで知りました。皆、皇帝の失踪に驚き騒いでいました。あの日以上に治安が悪い日は未だかつてありません。
ですが、それはそれ、私のやるべき事はベアトリーチェ様をお守りすることだけ。務めていつも通り過ごそうとしていました。
まあ、させてもらえるわけも無く、ドアを爆破されました。私がここに居る理由が来たのです。ベアトリーチェ様を部屋の奥に隠し、刺客を迎え撃ちに出ました。察するかも知れませんが、刺客は私の父上でした。
「マリス、大人しくベアトリーチェ様を出せ、そうすれば、お前は殺されずに済む」
「父上、いえ、ボラス殿、それは出来ません、これは陛下の命なのですから」
実の父親と殺し合えと、それが先代皇帝の私の命だったのでしょう。全て理解出来ました。先代皇帝はベアトリーチェ様を気に掛けていて、どさくさに紛れて帝位をベアトリーチェ様に渡したかったのでしょう。
「そうか、ならば」
ボラス殿は爆弾を用意していました。爆破させられる前に殺す以外、道はもう無いでしょうね。相手は殺す気しか無いでしょうから。
キッチンに飛び込みました。まずは武器を手に入れることしかありませんから。ユウさんのナイフ二刀流ではありませんが、包丁2本を手に取り応戦しました。ボラス殿は暗殺剣を持っていました。いえ、いつも持っていることは知っていましたから。
流れるような暗殺剣舞を包丁で受け流しながら、刺すタイミングを探していましたが、私に剣を教えた人物であるボラス殿に隙はありません。武器の優劣もあり、圧倒的に押され続けながら何とか耐えていました。
「マリス、もう一度言う。ベアトリーチェ様を出せ、お前が私に勝てるわけが無い」
父親としての慈悲なのでしょうか、投降を勧めてきます。ですが、皇帝直々の命を投げる訳にいきませんよね? 当然、聞き入れられませんよ。
「ボラス殿、何故このようなことを」
切り結びながらも落ちついた問答は続きます。机の上にあった朝食の皿を投げつけますが、剣で簡単に防がれます。ええ、強いです。
「新たな皇帝のため、ベアトリーチェ様は邪魔なのだ、ベアトリーチェ様さえ居なければこんなことをしなくても良い、分かってくれるだろう、マリス?」
分かります。新たな皇帝を抱えたい一派が居るのでしょう。ですが、それとこれとでは、別なのです。
「いいえ、引いてください、そのようなことで陛下の命を蔑ろにするつもりですか?」
「陛下はもう居ない!」
「いいえ、例え居なくてもその命は必ず遂行されなくてはなりません!」
押し問答ですね。お互い引く気が無く、どちらかが死ぬまで続くことが分かるでしょう。
「マリスー! まだ?」
ベアトリーチェ様が奥の部屋から顔を出されてしまいました。私が対処に手間取り心配させてしまったのでしょう。ボラス殿は好機と思い、持っていた爆弾をベアトリーチェ様に投げつけました。その時、運命が分かったのです。その爆弾を掴み、ここでボラス殿と爆発すると。
「ベアトリーチェ様、お元気で……」
「マリス!? まさか私と共に自爆する気か!?」
投げられた爆弾に手を伸ばしました。
「マリ……スー?」
爆弾に手が当たり、爆弾が白い光を発し始めました。
「ふぅ、マリス、お前が息子で私は嬉しい。何せ、こんなにしっかり陛下に仕えてくれているのだから、すまない、マリス、父親として何も出来なかった」
私は母は居らず、男手一つで育てられて来たので、父上の苦労は知っていました。父上も陛下に仕えながら、私に作法、剣術、教養を教えてくれたのですから。
「父上……」
爆弾が爆発し、私達2人は光に飲まれました。
気が付くと全身に火傷を負い壁に叩き付けられ動けなくなっていました。父上は胸部が抉られ一目で即死だと分かりました。痛みの中死ぬくらいなら即死の方が良いと思えてきますよね。外からぞろぞろと何者かが入ってきました、爆発に気づいた近隣住民ではありません。
「ボラスにマリスもこのようなことになるとは……仕方がない、ベアトリーチェだけでも殺しておくぞ、今ならまだ手に負えない範囲では無いだろう、新たな皇帝の為に」
ああ、同僚ですね。ベアトリーチェ様逃げてください……
「マリス! マリス!」
「ダメです。こちらに来ては……逃げてください……」
死に際の最後の力を引き絞って声を出し、逃げるように促します。
「わざわざ出てきてくださって感謝します。ベアトリーチェ様。それでは死んでください」
ああ、そんな……ベアトリーチェ様を狙って魔術が……
「奪わせない……何もかも……マリスも……!」
ベアトリーチェ様……?
部屋のありとあらゆる場所に魔法陣が出て、そこから金属の筒、大砲が現れました。
「もう魔王の力が発現しているのか!?」
襲撃者は部屋から逃げだそうと……
「消えろ」
全ての大砲が砲火を襲撃者に浴びせ、その後には人肉の焦げた臭いしか残りませんでした。
「マリス! 大丈夫?」
ベアトリーチェ様が私に近寄って来てくださいましたが、その時にはもう反応すら出来ませんでした。
「今助ける! マリス!」
私と重なるように魔法陣が出てきました。
次に目が覚めた時には体が機械になっていました。
「……ということが有ったのです」
重い……しかし、心音が無い理由が分かった。
「その後はどうなったんですか?」
「このことが明るみになり、ベアトリーチェ様が陛下となり、擁立されていた人物は国外追放されました」
「こんなに重い話だとは思いませんでした。他の人達が聞きたそうに無い理由が分かりました」
「いえ、話したのはユウさんが初めてですよ?」
「え? でも、他の人達は?」
「違う嘘の話をしています」
……そうだったのか!?
「しかし、何故自分だけ?」
「私、こう見えてもう長くありません。魂と機械の体が適合出来ていないのです。なので、後継者が欲しいのです」
「嫌です」
「そう言わずに」
「自分の人生から逃げてどうしたいんですか?」
「……」
「好きな人が悲しむことを自分から考えるなんておかしいですよ?」
「青いですね……」
「どんなに青いことでもみんなで望めば叶いますから」
「そうですね……私が間違っていました、あなたはそういう人ですから」




